- ナノ -




12 映える赤色


木の葉の里が抱く火の意志。
それを象ったとされる赤い火形の石像は墓地を見渡せる中央に位置していた。
名前は見上げ瞬いて見つめ続ける。
笑うわけでもなく驚くわけでもない、純粋な無感情な表情。

「…名前ちゃん」

備えるための花を持って戻ってきたカカシが小さく呼べば、途端に明るい表情に戻って駆けてきた。
「お花、ユリだ!良いにおい!」とはしゃいで喜ぶ様子はいつも見慣れたもので。
伸ばされた手をとるも、カカシの目にはやはり先ほど見た光景が消えなかった。

(見透かしてるみたいだ、この子は。一体何を思ってあれを眺めていたんだ?)

火の意志を象徴するもの、別を言えば鎮魂のために築かれた慰霊石。
カカシから見ても歳相応の無垢な幼子は時々ああした静かさを見せる。
透き通る空色の瞳が曇りなく自身を映し出すと、カカシでも目を逸らせなくなる。
そんな不思議な空気を醸し出す子だと思う事が多くなった。

名前の手を引きながら花を持ち、墓地の合間を歩いて足を止めた先の墓石。
“のはら リン”と刻まれた文字を険しい表情で見つめながらカカシはゆっくりと腰を下ろして花を添えた。
すっかり枯れてしまった前の花を取り除いて、ユリの花が左右で揺れる。

「リン…ミナト先生が四代目火影になられたんだ」

何を口にして良いか散々迷って、ようやくポツリと呟くように発せられた言葉はその一言だった。
発した後で、ぐっと拳を握って気まずくなり黙ってしまう。
険しい表情がより険しくなった事で隣に同じように座ってユリの花を触っていた名前が顔を向けた。
俯く横顔と細められる瞳は酷く緊迫していて怖い。
それでも瞬きながら視線を外さず映す色は先ほどと同じ静けさだった。

(いや、何を言ってるんだオレは。もっと他に言う事があるだろ)

握った拳が震えるのは力を込め過ぎているからではない。
目を開けていてもフラッシュバックして消えない光景は悪夢だけではなくなっていた。
毎晩魘されて目を覚ます度、手が赤くなるほど水で洗い流しても消えない紅。
掌を染め上げた生温かい感触と鉄臭い匂いが消えない。
リンの胸を貫き、息の根を止めた感覚が。

―カカシ…カカシ…!!

千鳥が閃光を発する中で、血を吐いたリンの表情と呼ぶ名が耳に残って。
毎晩毎晩カカシの心を苦しめて、いつしか恨みを叫ぶ表情に変わっていく。
握った拳を開くと震える掌に、どす黒い紅が見えてぞっとした。

その時だった、その紅に小さな手が重ねられて見えなくなったのは。

「!」
「リン姉、あのねっカカシ兄は任務いっぱい頑張ってるんだよ!あとねガイ兄はいつも青春だーっ!って燃えてる!」
「…名前ちゃん?」
「アスマ兄と紅姉は一緒にいていつも色々教えてくれるの。あ、こないだ自来也せんせーが里に帰ってきてね、大人な取材してた!」

開いた手へ小さな手を重ねて握ったと思ったらペラペラと思いつくままに話すのは他愛無い日常。
しゃべりは拙いながらも、カカシが戸惑うくらい力いっぱい元気を込めて。
落ち着かせようと発しようとした言は向けられた表情に飲み込まれた。

「みんな元気でやってるよ、だから心配しないでね!」

ぐっと片手を伸ばしてピースを決めてとびきりの笑顔。
吹いた風に揺れたユリと長い紅い髪色が重なって墓石のリンの名に重なった。
勢いに押されて言葉を失っていたのに、息を吐いて肩の力を抜くのは呆れからだった。

「名前ちゃんから聞けるならリンも喜ぶな…」
「?、違うよカカシ兄」

言いたい事も言えず迷ってしまう自分よりは無邪気に思うままを口走る名前がいて良かったなと。
その方がリンも喜んでいるだろうと静かに返せば、見上げてきた名前の表情からは笑みが消えていた。
真っ直ぐ真剣な表情に一瞬ぞわりとする。
この表情はあの、見透かすようなものだと分かるから。

「カカシ兄が来てくれるから、リン姉は喜ぶんだよ」

「だってリン姉はカカシ兄もオビト兄も、お父さんもずっと大好きだもの」と、はっきりと告げる。
あまりに当然という言い様に、年上として取り繕う否定すら出来なくて唖然となってしまった。
同時に握られていた手がパッと離されて、ニパッと笑みを向けられた。

「あ!あっちにも誰かいる!」
「!、ちょ…!」

立ち上がって遠目で誰かを見つけたらしい。
興味がそちらへ移ってしまったらしく、「1人で遠くへ行っちゃ駄目だぞ!」と叫ぶ間に既に遠くなっていた。
風で揺れる明るい赤い髪が陽を受けて目に焼き付く。
溜息をついたカカシがふと掌へ視線を戻して気がついた。

「…ホント、不思議な子だよな。リン」

声を掛けても墓石は答えないと知っていても、風で揺れるユリの花が肯定しているように見える。
穏やかさを宿して細めた瞳が向く掌、どす黒い紅はもう見えなかった。



墓地の合間で佇んでキョロキョロと周囲を見渡して首を傾げている小さな子が見える。
目立つ明るい赤い髪を鳥居の影から遠目で見つめていた存在はクスリと笑んで呟いた。

「さすがうずまき一族の子ね、綺麗な赤髪だわ」

女口調であっても声色の低さはどう聞いても男性のものだ。
そのまま鳥居の向こうに鬱蒼と茂る木々へ話し掛ける。
正確には木の枝から見える片足にだ。
ブラブラと遊ばせるように揺れていた足が止まり、クッと小さく笑って答えた。

「あの歳で飛雷神まで使うってさ」
「!…それは本当かしら」
「アンタ好きだろ?ああいう『天才』」

言い回しは褒めているというより皮肉っているという方が正しい。
パサリと音を立てて片足の隣から見えた片手には本が開いたまま握られていた。
その小説のタイトルを目にした男も同じく皮肉った笑みを浮かべる。

「あら、貴方でもそんな本読むのね。どう?面白いのかしら」
「ぜんっぜん面白くなくて笑いも出ないよ。ボクはこういうノリの本、嫌いだし」
「でも読んでるのね」
「アンタは読んだ事ないの?一応、アンタのお友達の著書だろこれ。な、大蛇丸様」

同じ三忍の自来也の、と続ければ途端に大蛇丸の笑みが消える。
「そんな関係じゃないの」と、不快を隠さないという否定にそれ以上追及はなかった。
対して大蛇丸は話を切り替えて報告を促す。

「うずまきクシナを連れ去ろうとした輩は雲隠れの者たちだったと聞いたけれど?」
「ああ、そうだよ。連中の中にうずまき一族から聞き出した秘伝の術があったって」
「ご苦労様」

パシリと投げ渡された小さな巻物を受け取り開いた大蛇丸の労いは表面上のもの。
軽く開いた内容に素早く目を通している間に木の枝の上から声は続く。

「アンタが欲しがるなら引き渡しても良いって。どうせ拷問で吐かせ済みだし、もうボクたちじゃ遊び飽きたから」
「あらあら、貴方たち『根』にとっては雲隠れの暗部も遊び道具なのね」
「アハハ、アンタがそれ言う?」

声を上げて笑う様子に、大蛇丸が「それで」と言葉を遮った。

「これからは貴方が正式に私への遣いという事で良いのかしら。いいかげん名前を聞いても?」

ピタリと止んだ笑いと訪れる静けさ。
あれだけすんなり出ていた答えに対して空いた間に大蛇丸が軽く訝しめば動きがあった。
見えていた小説を持つ手が葉の中へと消えて、パタンと閉じる音が響く。
それからトッと目の前に降り立つのは、獣を象った白い面をつける少年だった。

「レンゲ」

短く告げ渡された名に大蛇丸は視線を小説へ移して皮肉る。

「それは貴方の名ではないんじゃないの」
「元々ボクに名なんて無かったし、今つけた。ならボクの名だろ?」
「嫌いなものから取るなんて良い性格してるわ。そういうの好きよ私。よろしくね、レンゲくん」
「だからさ、アンタほどじゃない」

大蛇丸と同じ雰囲気で笑うレンゲの手に持つ小説の題、それは『ド根性忍伝』。

[ 14/46 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]