11 風のような
若葉が舞う季節が木枯らしに変わり、吐く息も白く変わる寒さが当たり前になる頃。
「いってきまーす!」と構わず外へ飛び出す元気は季節が厳しくなろうと変わらない。
手を振って見送るクシナは、既に屋根の上を素早い動きで小さくなっていく背を見つめながら笑った。
「いつも楽しそうで私まで元気になっちゃうわ、あの子ったら」
ミナトとクシナの愛情を一身に受けて育つ気性は屈託のない明るさをそのままに。
ただ最近はどことなく冷静さを身につけたらしく、子供っぽくない口調をしばしば見せるようになったのは“1番の友達”の影響なのだろう。
(そう言えば、1番最初に聞いた時のミナトの反応が凄く面白かったってばね)
ー…えと、名前。自来也先生にも聞いたんだけど、その友達って男の子かい?
ーん!イタチっていうの、何でも出来て凄いんだよ!
ーそうかい、仲良いのは良い事だよ。友達…だよね!?
ー?
出来るだけいつもの穏やかさを保っているようだったが、後ろから父娘のやり取りを眺めていたクシナは途中から堪えきれずに盛大に笑ってしまった。
無邪気に首を傾げて疑問符飛ばす幼い娘と親心からくる心配を隠せず汗をかいて動揺を隠しきれない父。
娘に変な虫がつかないかこんなに心配だなんて知らなかったよ、と疲れた溜息をついていたミナトの珍しい姿が見られた。
今日も今日とて彼と修業したりするのか、それとも別の場所で遊んだりするのか。
母心からくる心配は勿論あるけれど、逐一何をどうしているかを聞いてはいない。
好奇心が強く何にでも触れようとする自由さは、風のような子だと思えて。
何よりあの子なら大丈夫と親馬鹿な部分がある事は否定できないが。
「さて!さっさと片付けちゃおうっと」
腕まくりして家の中へと戻るクシナは機嫌良く家事にとりかかった。
一方、建物の上を歩くように飛んで移動する名前は下の通りに見慣れた姿を見つけて顔を輝かせた。
木の葉でも有名な団子屋の前で何やら大声を上げて張り切っている人物。
「はっ!とうっ!うぉおーっ!」と叫んで1人動くは体術の構えだが、いかんせん季節に似合わず暑苦しい。
現に通りを行き交う人々は引きつり笑いか苦笑に近い形で距離をとっていた。
「ガイ兄!」
「おぉっ名前じゃないか!青春してるか!?」
「ん、青春燃えー!」
「うんうん、そうだろう!燃えろっ青春だぁー!!」
前へと着地して手を挙げて挨拶すれば、益々熱いテンションで返してくるガイ。
シュバッ!と風を斬る拳と脚の動きはダイナミック且つキレがある。
が、「青春だぁーッ!!」と叫び猛るは冷静な性格の人物たちにとっては暑苦しい事この上ないのは致し方ない。
「こんなに寒いのによくやるよなぁ、ガイの奴…」
「名前ちゃんまで…あの子何でも覚えちゃうからガイの暑苦しさ移らないと良いけど」
団子屋で団子を食しながら、戦隊ものの如く構えて生き生きとしている同期と幼女を呆れて眺めるアスマと紅。
ガイは時々体術を見せてやっているようだが、何でも覚えてしまう好奇心を持つ名前の成長が紅は同性ながらにとっても心配だった。
「今んとこ申し分なく可愛いから大丈夫なんじゃね?」
「これは早い内に私も教えてあげておいた方が良いかも」
「何を?」
何やらグッと拳を握って決意している紅の珍しい様子に、団子の串を咥えたままアスマが静かにつっこんでいた。
もはや通行人の視線を集めながら体術を披露している中小の2人を遠くから嫌でも視界に入れてしまったのがカカシだ。
ただでさえ連日のように悪夢で魘されて寝つきも悪く、機嫌も鬱真っしぐらだというのに目に入る光景。
これがガイだけなら素晴らしいまでにスルーするが。
「出たなっ我が永遠のライバル、カカシよ!今日こそオレと勝負だ!!」
「……」
スタスタと近づいていけば、気がついたガイが背後に気合の炎燃やせて宣言する。
そのまま飛び上がり、「木の葉旋風っー!」と決められた蹴りはカカシが無言のままに身体を逸らした事で外れた。
ドンガラガッシャーン!と音を立てて、先の物置場に突っ込んだ光景を名前はポカンと見つめていた。
「あー、やっちまった…大丈夫かアレ」
「心配ね、物置場」
お茶をすするアスマと紅に、ガイの心配じゃないの?、というつっこみはない。
それより2人の心配を引いたのはカカシと名前だった。
迷いなく名前の前へと立って見下ろすカカシの右目はアスマたちから見れば怖い。
少なくとも暖かさはないだろう、感情の読めない瞳は冷徹に写りがちになる。
だから同期の自分たちでさえ距離を置きがちなのだ、特に最近は。
細まった瞳は睨んでいるような凄みがあるが、見上げる名前はポカンとした表情のまま見つめ続けること数十秒。
次には、瞳を輝かせて「木の葉旋風!」と手をグッと握って笑みを見せた。
その発言は、今の今まで木の葉旋風の格好良さに感動していたのだと告げていて。
そっちか!!と、アスマと紅は思わず力を抜いて机に寄りかかる形になってしまう。
「カカシ兄もできる!?」
名前の言に眉を上げて反応したカカシは少し間を置いて、「いや」と曖昧に否定した後に手を伸ばす。
ポンと軽く頭を撫でて息を漏らした。
それはマスクに隠れて見えないものだが、近くにいる名前には漏れた笑いなのだと分かる。
「あんまりアレは真似しちゃ駄目だ」
返された言葉に名前はニコッと笑んで嬉しそうにするだけだ。
後ろの物置場からは「オレの話をしているのかー!?」と声が響いていた。
向きを変えて再び歩き出すカカシをじぃーと見つめた名前は唐突に駆け出す。
「!」
「どこかに行くの?私も一緒に行っていい?」
ゆっくり歩く隣に小走りで並んで聞く。
小さく反応して一瞬だけ足が止まったのは驚きからだろう。
立ち止まった足と共に沈黙する様子は酷く迷っているからだとは本人しか知らない。
が、見上げたまま逸らされない無垢な表情の真剣さに頷いていた。
「…楽しい場所じゃないけど、それでもオレと行きたいの?」
「カカシ兄とだから行きたい!」
「…そう」
楽しくないというのは事実だが、発する時は余計に強調していた。
けれども、力強く返す名前の明るい表情は崩れなかったので息を吐く。
手を差し出して「じゃあ、おいで」と発した言葉はすんなりと出てきていた。
「ん!」
その手をしっかりと取った笑顔、それはカカシのよく知る師の面影があった。
並んで歩く背に対し、復活したガイは団子屋の席に座って満足そうに見送る。
「うん、青春だ!」と紡がれた内容に、「意味が分からない」とアスマは冷静に返していたが。
「ま、色んな意味で自由つーか何ていうか風みたいな子だよな」
「そうね、あのカカシにまで近づけるんだから」
だから今の気難しい状態にあるカカシからも近づいて声を掛けるのだろうか。
遠目でも分かるくらい、見上げて何事か話し掛けて片手で動かして説明している様。
対して小さく頷く横顔と伸ばされている手はしっかりと繋ぎ合っていた。
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