- ナノ -




10 息ついて


「おかあさんっ!」
「名前!」

縛られていて身動きできない中でも駆け寄って来た娘の方へと顔を向けて叫ぶ。
何とか起こした上半身に両手を広げた名前が勢いよく抱きついて震えたのは同時だった。
「よかったっよかったぁ…!」と、途端に糸が切れたように泣き出した名前に顔を寄せて同じく涙腺が潤んだ。
それは浚われていたかもしれない危機を脱せた自らへの安心感などではなく。

「名前っ怪我がなくてホント良かったったばね…!!」

グスリと鼻を鳴らせて潤む涙腺は耐える。
下手したらこの子にも危害が及んでいたかもしれない。
もう二度とこの子を抱けなくなっていたかもしれない。
つい先ほどまで襲撃者が狙いを名前へ向けていた事を思い出すと今でも全身の血の気が引く。
それほどクシナの感情をいっぱいにするのは、名前への心配だった。

「君も無事で本当に良かった」
「ミナト!…そうか、名前は貴方を呼びに飛んだのね」
「ん、間一髪だった。あの僅かな間でよく知らせてくれたよ」

歩いてきたミナトが傍へと座って名前に微笑んで穏やかに褒める。
すると大泣きしていた名前はパチクリと瞬いて泣きやみ、それからクシナから離れてミナトの後ろへと回った。
その小さな手が火影の羽織を掴んだ気配に、変わらない微笑みだけで小さく頷きクシナへと向き直った。
手を伸ばしてクシナの身体を縛る鎖を伸ばしているクナイに刻まれた印の文字を見る。
それから素早く印を組んでクナイへと触れると、途端に3色の鎖は砕け散って霧散した。
バランスを失って倒れかけた身をミナトの両手が優しく支え膝抱きにする。

「ありがとう、ミナト。名前、おいでってば?」
「っ…おかあさん」

ミナトの腕の中で互いに額を近づけて、ほんの一瞬だけ触れた熱に安心を通わせる。
すぐに離れて身を起こし自身で起き上がって、両手を広げてミナトの後ろにいた名前を引いて抱き締めた。
名を呼んで抱き合う母娘の姿をミナトも緊張を解いた表情で眺めつつ立ち上がって空気を変えた。
真剣な顔立ちへと変えて後ろへ振り返るのは、出現した気配を察知したからだ。

「四代目様」と、瞬身の術でその場に出現するや否や数人が膝を地につけて頭を垂れて礼をとる。
数人は軽く礼をして倒れている襲撃者の捕縛に入っていた。
獣を模した白の仮面と独特の服装を着用する彼らは暗部の者だと見ただけで分かる。
ミナトは真剣な様を崩さず、礼をとる隊長格へと素早く指示を飛ばして動かした。

すっかり泣き止んだ名前は瞬きながらもクシナの腕の中で動く暗部の面々を目に映していた。
それは初めて目にした物珍しさからだったものの、ふと気がついて視線を後ろへとやる。
倒れている襲撃者たちを捕縛したり、術の痕跡や忍具を回収したり現場を検証したりしている彼らの合間。
正確にはその向こうの闇の中に見えた足とチャクラの気配。

「…?」
「どうしたの、名前?」
「ううん…」

僅かに首を傾げた仕草がクシナには伝わったのだろう、聞き返されて視線を一瞬逸らしてしまった。
もう1度向けた先には見えていた足と感じたチャクラの気も綺麗に失せてしまっており。
眉を下げて疑問符を浮かべつつ、何でもないのだと首を横に振って答えた。
ただ、視線だけが闇の中に消えた気配の名残を探そうと外せずにいる。

(小さな足?)

闇に霞む形で一瞬しか見えなかった足だったけれども、あれは自分と同じくらいか少し上くらいの子供の。
それも感じた事のない不思議なチャクラの気配を纏っていた。
少なくともこの場の誰にも似ていないそれに、どこか懐かしささえ覚えてしまったから目に止められたのだったが。
幼い名前には、その時何故気がついたのか自身でもよく分かっていなかった。



それからミナトの指揮の元で手早く片付けられた現場は一晩でほぼ元通りになった。
襲撃があった事すらも感じさせない程に綺麗に修復された我が家だったが、クシナと名前は別の場所で夜を過ごした。
それから数日、特に大きな騒ぎもなく過ぎていく中で事件後に我が家へと初めて足を運んだのはクシナだけであり、名前は里内を駆けて別の場所へ向かっていた。

あんな事があった後でも、いつもしている約束を違えるつもりはないからで。
タッと足を踏み入れた先、広々とした広場には既にイタチが待っていた。

「ごめん、おまたせしました!」
「いや、オレも今来た所だから」

時間に遅れた事を軽く謝れば、忍具を確認していたイタチはいつもの表情で答える。
感情を見せない返しだったが、名前には怒っていないと伝わるからエヘヘと笑って返した。
それから、ふと数日前の事件と今までの忙しさを思い出して顔を伏せてしまう。

「色々あって、おひっこしするから。だから時間まちがえちゃった」

家を修復しても襲撃された事実は消えない。
今後の危険性も考えて住処をより安全な場所に移した方が良いという三代目の助言があった故に、ミナトもクシナも抵抗なく受け入れた。
それぞれが家族の安全を考えての事だったが、名前だけは幼いながら寂しさが消えなかった。

(おとうさんもおかあさんも大変なのはヤダな…)

早く大人になりたいと、そしてもっと強くなりたいと子供ながらに思う。
大変な父と母の力になれるのに、と素直に落ち込みを見せる様にイタチは黙ったまま見つめるだけで。
少し考えた後、名前から視線を外して後ろを向く。

「修行の前にちょっと寄りたい所があるんだけど良い?」
「ん、良いけど…」

いきなりの申し出に名前は首を傾げて頷くが、イタチは振り返らずに歩き出した。
その背を追いかけつつ黙って付いていく。
真面目なイタチが修業よりも寄り道を優先する事など今まで無かったから。

待ち合わせにしていた広場を抜け、向かう先は里の中でも高い建物が建ち並ぶ方角。
途中、「木登り覚えてるよね」と聞かれ頷き、2人して地を蹴った。
足にチャクラを集中させて壁を駆け上り跳躍して高い建物を素早く登っていく。

「イタチ!どこ行くの?」
「行けば分かるよ、ほら早く」
「でもその先は!あ、まって!」

流石に駆け上る先は一つしかないため、イタチの目的が分からずに声を上げた。
だが先を登る返しは答えをくれず、一気にスピードを上げて最後の一歩を踏み出す。
間を開けずに名前も力を入れて身を上へと動かした時、目に飛び込んだ景色に動きを止めてしまった。

晴れた空と陽光を受けて風が吹き抜ける。
木の葉を風に舞わせて広がる立派な街並みと火影岩を抱く崖まで見渡せる全ては、名の如く木の葉の里そのものだ。

「わぁ…!」と、一望できる風景の素晴らしさに目を輝かせて呟く横顔に、立ち並んで眺めていたイタチが小さく笑った。
その音でパチパチと瞬いてようやく、あ、と気がつき振り向く。
イタチがしたかった寄り道がようやく分かった、この風景を見せてくれるためだ。

「とってもキレイ!崖じゃないのにこんな風に里見られるトコはじめて!」
「前に教えて貰ったから、そのお返し」

以前、火影岩のある崖上で一番見晴らしの良い場所へ案内した事があった。
里が一番綺麗に見える、名前にとってお気に入りの秘密の場所。
イタチなら、と教えたそこから見える景色と同じくらいココは見晴らしが良かった。
お返しの意味が嬉しくて「ありがとう!」と発した声色は思うより明るく弾んでいた。

「元気出たみたいで良かった」
「!」

ポツリとイタチが紡いだ言葉が最初は理解できずにいたが、すぐにピンときて「ん!」と返した。
その顔に浮かぶ笑顔はいつも知っている無邪気で明るく元気なもの。
だからイタチもそれ以上何も聞かなかった。

そうしてしばらく、風に吹かれながら2人で里の風景を眺め続けていた。

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