9 月夜の光影
その夜は、火影と里の上層部を中心として有力一族の長たちを交えた重要な会議が開かれていた。
会議も長引く夜の間、一息を入れようと休憩を挟んだ折の頃合いだった。
火影執務室に名前が飛雷神で飛んだのは。
「っ?…おとうさんっ、いない…」
誰もいない灯りの落ちた暗がりにパッと降り立った名前は素早くあたりを見渡して父を探す。
しかし見渡しただけでも明らかに誰もいないと分かる執務室で眉を下げて目の前の術式クナイを見た。
窓から差し込む月明かりだけが室内を仄かに照らす内、棚に置かれているのは父が常時置いているものだ。
ミナトが火影に就任したばかりの頃、こっそりと連れてきてもらった火影の部屋。
―ほら、見てごらん名前。ここからも里がよく見えるんだ。父さんが護り支える場所が、ね?
みんなには内緒だぞ、と自分を抱き抱えて火影の椅子に座りながら悪戯っぽく笑った父の表情。
それは晴天のように暖かくどこまでも大きな木の葉を照らす陽に見えた。
エヘヘと膝の中で見上げて笑い返した光景が、昼から夜の今へと戻る。
(おとうさん…!どこ!?…ッ、チャクラの気!)
バッと顔を上げて、焦った表情と思考は名前が意識するよりも先に身体が動いていた。
ほとんど無意識化で気配を闇に溶け込ませ、全身の感覚を研ぎ澄ませる。
ただ思うは、父を探す、という一心で。
焦る気持ちと荒くなる息に反して、細めた瞳は視界の闇夜でなく感覚で覚える視界を捉えていた。
実際に目で見えているわけではない、直近に感じるチャクラの気配を探り当てる事だ。
イタチとも何度か試した、かくれんぼに似ているかもしれないと思った。
覚えている父のチャクラの気配…名前には金に輝く陽の光に感じられるそれを辿るように探る。
そうして、消え霞む後を辿った先に感じた大きなチャクラが集まる場所の方向を定めるや否や、弾かれるように駆け出した。
正面の扉を凄い勢いで押し開けば、廊下へと出てちょうど書類を持って歩いていたらしい上忍とぶつかりそうになった。
「おっ女の子ぉ!?」と驚く声が後ろにするのに心の中で謝りながら走る足は止めない。
チャクラを込めて踏み込んだ足をもっとより先へと地から壁を蹴って反転する。
反動を込めて手をつき、曲がった角の先の向こうの大扉。
瞳に映る扉よりももっと奥、脳裏に描く金の光だけを目指して一直線に駆けようとした足だったが。
「!?」
「止まれ!お前一体どこから侵入した!?」
声と掴まれた手で、視界が一気に目に映っている光景を認識して思考が戻って驚く。
怒り声で手を強く掴んで離さないのは、扉の前で番をしていた上忍の1人で。
しまった、と眉を下げて後悔する。
普通に考えて行動していれば、扉の見張りをしている彼らの存在など当たり前に理解できるはずなのに。
ミナトの気だけに集中してしまっていた名前は、周囲の状況へ意識を向けていなかった。
正確には向ける余裕すらないほどに集中してしまっていた故だったのだが。
「はっ、はなして下さ!あの、おとうさ…火影さまに会いたいんです!」
「何をいきなり!まったく、こっちへ来い!」
「やっ…!はやくしないとっ」
おかあさんがあぶないのに!、と叫びかけた言葉は咄嗟に飲み込む。
見下ろしてくる上忍たちを見て、浮かべられている怒りの表情と否定の感情に駄目だと気持ちを押しとどめた。
無断で侵入した子供を捕えて怒りで染まっている彼らは言葉を聞いてはくれないだろう。
そんな彼らに、不用意に口走ってはいけないと思ってしまったから。
しかし掴み上げてくる彼らを振り払うには手荒な手段を取らなければと至るも無理だと泣きそうになる。
名前が抵抗を激しくすれば、余計に不信感を煽ってしまい食い止めは更に激しくなるばかりだろう。
どうしたら、と顔を歪めてぎゅっと瞳を閉じた時に聞こえた助けが低い声だった。
「どうした、何を騒いでいる」
「はっ!…ダ、ダンゾウ様!?いえ、この小娘が…ッ、お騒がせして申し訳ありません!」
カツリと廊下の先から足音を響かせてゆっくりと歩いてくる影へ振り返って固まる。
ちょうど月明かりの当たらない場所から姿を見せ歩いてくる様は闇が形を現すようにも見え。
目が離せずに瞬く名前と異なって、上忍たちは顔を引きつらせて声を上ずらせた。
瞬く空色の瞳と厳しい闇色の瞳が交差した刹那。
「すぐに連れ出しますので!本当に申し訳御座いませっ」
「放してやれ」
「はっ!?」
「聞こえなかったか、その娘を放してやれと言ったのだが?」
「はっ…え、はいぃ!」
へ、と聞き返しそうなほど上忍が間抜けな声を上げつつも力が緩む。
その間も名前はダンゾウと呼ばれた老人から目を離さずにいたが、腕を掴む力が緩むとすぐに身を翻した。
「あ!?」と叫んだ上忍の隙間を流れるように抜けて、大扉へ手をかける。
一切の迷いなしに押し開かれた先へ飛び込んだ小さな赤をダンゾウは黙したまま見届けていた。
「ダンゾウ様!何故あの娘を行かせたりなど…!」
「そんな事よりも先に動かねばならぬ事があるのではないか」
「!」
問いに答えず、上忍が戸惑う気配に動かされた杖が床を叩く。
怯んだ空気を崩したのは、名前が飛びこんだ先でざわつく会議室内に響いた火影の凛とした声で。
それが呼んでいるのだと理解した上忍たちは慌てて室内へと駆けて行く。
残されたダンゾウだけが闇夜の廊下に佇み黙したまま身を翻す。
月明かりのあたらない死角に足を進めた時、ピクリと顔を上げて視線だけを横へやった。
何も無い闇の中から忠実な声だけが淡々と事実を報告する。
「そうか」と呟かれた声は低く無機質だったが、細められた左目は確かに見定めていた。
無垢で小さな赤い灯を。
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