- ナノ -




母を訪ねて


「良いかい、お客さんが来たら?」
「いらっしゃいませっ」

玄関の前、出掛ける準備を整えた新八と神楽が振り返ってしゃがみ込んだ。
新八の優しい問いに片手を上げて、「ハイっ」と元気良く答える姿には二人も顔を緩めてしまう。
後ろから定春も歩いて来て尻尾を振りつつ、玄関で見送る娘の後ろに座った。
頷いた新八の次には神楽が聞いた。

「変態が来たら?」
「ぶっとばすっ」
「ちょッなに教えてんのォ!?」
「何も驚く事ないネ、新八よく考えるアル。娘はこんなに可愛いネ、世間の子供好きな変態が放って置くはすがないヨ。私たちがいない間に、頭巾被って私たちのフリをしてやってきたらどうするアルか!お見舞いに来たと見せかけて、出迎えた娘がパックリいってしまったらどうするアルか!」
「どこの赤い頭巾のフリしたオオカミ!?いや、ある意味オオカミだけどッ…た、確かに娘ちゃんは可愛いから、もしもが心配だっていうのは分かるけど」
「私の可愛い娘が毒牙にかかるなんて見たくないネー!」

どこまで怖い想像したのか「娘ーっ」と抱き寄せてヨシヨシとする神楽にくすぐったそうにしながらも娘も抱きつく。
ぎゅーっと、言い合って笑う二人に呆れつつ、「でも僕らだって仕事行かない訳にはいかないからね」と念を押した。
すると、神楽も分かっているために仕方なそうに娘を解放して新八の隣に立つ。

「もう一回確認だよ。何か大変な事や困った事があったら、すぐに僕らに連絡するんだよ。電話番号は?」
「ちゃんともってるっ」
「夕方には帰ってくるからネ。定春も頼んだヨ」

ワン!と鳴いた定春と一緒に扉を開けて外へ出る二人に手を振って娘は「いってらっしゃ!」と紡いだ。
扉を閉める時、振り向いた二人が声を重ねた。

「「じゃ、銀さん(ちゃん)の面倒よろしくね(アル)」」
「ハイっ」

と、元気良く返事する娘の前で閉まる扉。
事務所の奥では長椅子で二日酔いにうなされながら起きずに使い物にならないオーナーが置き去りにされているのである。
残るのは五歳を数えるようになったばかりの幼い娘と、その二日酔いで寝ている父親な銀時だけ。
普通、面倒よろしくされるのは逆じゃないかという正論は坂田家には無かった。

お留守番、というのは初めてではない。
勿論、一人じゃなく誰かが必ず一緒にいてくれる…最近はよくあるのだ、娘がある程度大きくなったからなのもあった。
名前が真選組の仕事に復帰したのが大きかった。
二人を見送って事務所兼居間へと戻って、伏せた定春と一緒に絵本を開いてみたりする。
居間の隅には、名前が娘のために買ってきた絵本が結構な山になっていた。
童話から寓話、はたまた神話など幅広い内容で、それを夜寝る前に名前が必ず読み聞かせてくれる。
だから、娘は夜の寝る前の時間が一番楽しみで大好きだった。
それに今まで読んで貰ってばかりだったが、最近は平仮名やカタカナを覚えて読めるようになっていた。
それで全部を読めないのを分かっていても、自分一人で読んでみようとするのだ。

「むぅ〜…」

しばらくは見開いて眺め、時には紙を広げて絵を落書きしたりした。
だが、やがて夢中になっていたのも、次に開いた本でむすくれてしまう。
漢字が少し多めに使われているもので、娘の年齢より高めの世代向けであった。
今までよりもずっと難しくてチンプンカンプンでは楽しくないし、一度楽しい集中を途切れてしまえば不満は消えない。
それでも、その本が分からない嫌な気持ちは収まらず、立ち上がって長椅子の方へ寄った。

「ねぇ、おとーさん。おとーさん、おきて!」

最初はゆっくり揺する気遣いだったが、上がるのは途切れ途切れのイビキと「うぐぅ〜…もー飲めねェ、ぎぼぢわるる…」という呻きだけで。
おきてー!と耳元で主張してみたが、防ぐように後ろ向きに寝相を変えられてしまい、見下ろす娘は盛大に頬を膨らませた。

「さだはるっ」

と、呼ぶと既に後ろまでやって来た定春が、ワン、と静かに鳴いて答えた。
尻尾を振ったまま、大きく開けられた口が見事に銀時の頭に噛みついた。

「!?、ぎゃぁあだだァッ!?な、なんだーッ!?何だって、定春てめっ俺は餌じゃねェェ寝ぼけんじゃッ…ぁ」

ガブガブとされる口内からくぐもった悲鳴の次に両手が定春を引き離そうと動いたが、定春が離れる方が早い。
抵抗を空ぶって開けた視界には、頬を膨らませて怒っている娘が一人。
長椅子に座ったまま一瞬死んだ魚の目を瞬かせて、用事を済ませた定春が娘の後ろを歩いていくので理解した。
頭をかいて盛大に肩を鳴らし、再び襲ってきた気持ち悪さに眉を寄せて格闘する。
だが、そんな銀時の事情は娘には関係無しであり、「おとーさん!」と再び呼んだ。

「あー…どうした、娘ちゃん。トイレか?もう一人で行けるでしょ〜さすがにパパは神楽ちゃんと違って一緒にゃ行けねーからね」
「ちがうもん!娘、ひとりでいけるもん!コレっ」
「本んん…?そんなの夜に読んで貰いなさい。ママがいつも読んでくれるだろ」
「やだ!よんで!」
「だから夜にッ、おまっコラッ!」

本を示されたので読んでやらないと断るも、聞かない娘が銀時の正面から腕の合間に身体を入れて膝の間に収まってしまった。
慌てる銀時だったが、本気で突き放す事など死んでも出来ないのが娘可愛い父心。
まんまと膝の上を陣取るのに成功して満足そうにニコニコする笑い顔が上を向き、銀時を見上げて見事にトドメを刺した。

「よんでっ」
「分ぁったよ…(可愛ェェ…ッ俺の娘世界一だろ!)」

内心は置いておくとして、表はいかにも仕方無さそうに気だるく本を開いてやる。
「なになに…?」と言いつつ、読み方はかなりスローで感情は込められない。
名前がするような、本の中へ引き込むような読み方とは程遠いけれど。
それでも、銀時と本の間にチョコンと座る娘は最後まで夢中になって聞いていた。

時間にして十数分くらいだっただろうか。
児童書であるものの、割と厚みのある文章量だったため、読み切った銀時は疲れた息を吐き出す。
やや乱雑に本が閉じられ横へ置かれても、娘は嬉しそうだった。
だが、すぐに笑顔がシュンとした沈みに変わってしまった。

「…娘もおかーさんにあいにいきたい」

最初は理由が分からず、今度はいきなりまた何をと思ってしまった銀時だったが。
つい先ほど読んでやった本の内容を思い出して、合点がいった。
それは男の子が遠く離れた地で働く母を探して会いに行く旅の話だったからだ。
話を聞いている内に、幼心から重なる部分があったのだろう。
寂しさを前面に表して沈んでいるのは銀時からしても見るに耐えなかったが、願いを叶えてやるのは難しいと思う。
名前の仕事を邪魔する訳にはいかないだろうし、と思いつつ、俯いている娘の頭を撫でる。
なるべく優しい声色を落とした。

「会いに行きてェのは分かるが、ちゃんと良い子で待ってるって約束しただろ。夕方には帰ってくる、それまでお留守番出来るって言ってたのは嘘か?」
「…うそ、じゃないもん」
「なら、ちゃんと待ってられるな」
「……」

頷くつもりなのだろうが、気持ちはどうしても頷きたいくないらしく。
銀時から見て一生懸命考えているような背がクルリと身体ごと向きを変えた。
見下ろしている銀時の着流しを掴み、眉を下げて言葉を向けた。

「ちょっとだけ…パパ、おねがい」
「ッ!!」

その時、衝撃が落ちたという表現が正しいだろう。
見事な雷エフェクトを受けて口を開けたままの銀時はしばらく固まっていたが。
途端に、娘の両肩へ手をのせて告げた。

「パパに任せなさい!」

と、それは頼もしそうな雰囲気を発する顔は珍しくキリッとした覚醒状態であった。
喜ぶ娘の声に、寝ていた定春が大きな欠伸一つして目を開ける。
それから、銀時の顔を見て呆れた感じで尻尾を下げたのだった。
ここ最近されなくなった「パパ」呼び効果は絶大であった。

そうと決まれば話は早く、乗り気な銀時に連れられて万事屋を出てかぶき町へ。
定春の背に乗りながら町並みを楽しそうに見回すのを銀時も横目で見やった。
つい可愛いおねだりに負けて出てきてしまったが、お散歩も兼ねるお出掛けにご機嫌そうな姿はいつまで見ていても飽きないだろう。
いつの間にやら二日酔いの気持ち悪さも吹き飛んで、手を伸ばして娘の頭をワシャワシャとした。

(俺ァ一生コイツに可愛いしか言えねェかもしんねーわ)
「!、かみ、ぐしゃぐしゃなっちゃうから、ヤッ!」
「残念でしたァ、お前の髪はパパ似だからずっとクルクルなんだよ」
「むぅっ〜…!おおきくなったら、ママみたいにまっすぐなるもん!おとーさん、きらい!」
「んなッッ!?」

きらい!と二度目の言葉のナイフを銀時の頭へぶっ刺して、むくれたまま定春の頭を軽く叩く。
すると、ヤレヤレといった半目の定春が一声鳴いて駆け出した。
一気に駆けて行く風を受けながら喜んで「もっと早くー!」と言っている娘の後ろ、「待て、先に行くんじゃありませんんー!!」と我に返って追いかける銀時の叫びが続いた。

後ろに構わずに十数分ほど突っ走っていけば、あっという間に町中にある広い敷地を持つ塀が横に続いた。
その塀沿いに進んでいけば門が見えてきて、黒い隊服の者が番をしている。
番の者が真っ直ぐに駆けてくる巨大な犬に度肝を抜かれて驚いた顔をしてしまって反応が遅れたのもあった。
制止の無い門を突破して正面までノンストップで突入。
堂々な正面侵入であって、屯所の建物を前にようやく定春が足を止めた。
上からヒョコリと顔を出した娘が「ついた?」と定春へ聞きつつ、飛び降りて着地する。
後ろで尻尾を振った定春を「いいこ、いいこ」と撫で褒めてから周りを見渡す。

「ここ?」

石畳が道に沿って分かれて続いており、正面には大きな屋敷。
小道は奥へと続いているようだが、塀に沿って曲がっているため先は分からない。
豪華さは無い質素な造りであるのは娘にも分かったが、この先どうしたら良いか分からずで出た言葉だった。
ココが、「しんせんぐみ」の「とんしょ」なのだろう。
いつも母に聞いているから、単語と話では知っていた。
定春が連れてきてくれたのだから間違いは無いが、いざ来てみると嬉しかった衝動が落ち着いて疑問になってしまう。
キョロキョロとしていると、曲がり角の方から曲がって来た人物がいた。

「!、何でこんな所にガキがいやがんだ…!?」
「あれィ…あのワンコロ、万事屋んとこのじゃないですかい」
「あァ?万事屋だァ…?」

一人はタバコを吸っている目つきの鋭い(娘から見ても)怖そうな男で、もう一人は優しげな顔だちをしている青年だ。
二人の視線が敷地の真ん中で佇んでいる娘を見つけて驚く。
しかし、横の定春を見つけてから「万事屋」と発したので、身構えた娘も警戒は解いた。
ただ、自分から近づいていく事も考えられずに、結果として無言のまま見つめた状態になってしまう。
そうしていると、二人の方が先に近づいて娘の前までやって来た。

「この銀髪天パは野郎の…という事は、名前か。オイお前、どうしてココにいる。一人で来たのか?」
「……」
「しゃべれねェのか…?」
「違いやすぜ、アンタが怖いんですよ。そんな顔じゃあ赤ん坊も泣き出しまさァ、あー怖ぇ」
「総悟てめっ!…あー、お、お嬢ちゃん、どうしてここにいるのかなァ?」
「声が上ずって気持ち悪ィ」
「黙れ!!」

怖いの一言は効いたらしく、咳払いをして先ほどよりもずっと優しく(本人はそのつもりらしい)声を掛けてきた。
横から茶々を入れられて怒鳴るあたり意味が無いような気をするが。
しゃがんで視線を合わせてきた男だったが、娘はビクリと肩を動かすだけで何も言わない。
その様子を見ていた青年の方が、「こりゃあ…」と何か言いかけた。

瞬間に、しゃがんでいた男が横に吹っ飛んだ。
ドンガラガッシャーン!と聞こえそうな勢いで建物の一部へ突っ込んで煙が上がっている。
目を丸くしていた娘は、足を下ろした横を見上げた。

「俺の可愛い娘に近づくんじゃねェよ、汚職警官が」
「ッてぇ…、万事屋ァ!!」
「危なかったですねぇー。アレはニコチン怪人ニコチ○コだから絶対近づいちゃいけませんよぉ、マヨまみれにされちゃうからねー」

男こと副長の土方が吹っ飛んだ先を鼻で笑いつつ、サッと後ろへ半分隠れ気味になった娘の頭へ触れる。
労わるようにしながら、自分の後ろへ隠れている様がまた堪らないらしく、やや気持ち悪い口調でしゃべりかけている始末。
そこへ、煙の中から復活した土方がキレながら戻ってきた。

「誰が妖怪だッ!!ガキに嘘吹き込んでんじゃねェ!てめェなんか万年糖尿無職侍だろうが!!」
「誰が無職だ!俺は立派な社長ですゥゥ!」
「ハッ、名ばかりのな」
「あァ!?やるかァこのロリコン野郎がァァ!」
「今日こそ叩き斬ってやろうか、クソ天パ!」

最初は余裕ぶっていた態度も、土方に笑われては売り言葉に買い言葉。
いつも言い合いに発展してしまい、後は遠慮なくギャーギャーと罵り合いに至る。
それには傍にいた娘もすぐに銀時から離れて距離をとる。
しかし、離れたのにも気づかないらしく、言い合いは激化していた。
抜刀されないのが、せめてもの配慮であろう。

「娘」
「!」
「だったよなァ、確か。最後に会った時きゃあんなにチビだったのに、随分デカくなったじゃねェか」
「あったこと、ある?」
「あァ、あるぜ。俺ァお前のかーちゃんの相棒だからな」
「あいぼー?」
「そーだぜ」

母と聞けば先ほどの警戒と無言は嘘のように近寄って来る。
土方がしていたように目線を合わせるためにしゃがみ、「俺ァ、沖田ってんだ。沖田 総悟」と指差してニィと笑う。
瞬いた娘も次には笑顔を浮かべた。

「笑い顔はママ似だねィ」
「ハイっ」

ますます嬉しそうにするのにつられて沖田の雰囲気もからかいから優しくなる。
それから、「これからは俺にも会いにきな、いつでも遊んでやるぜ。怪人マヨネーズの撃退方法教えてやるから」と発した。
頷いて意気込む娘に満足そうにして、まだ喧嘩を続けている銀時と土方を横目に何かを企むようにニヤリとする。

「いつの時代もドSじゃねェと面白くないってもんだ」
「?」

言っている意味が分からず不思議そうにしている娘へは、ニコニコと優しい笑み。
しかし、振り返り死角になってからは、見事なドSっぷりであった。
それから沖田と少し話していたが、定春が急に吠えたのに振り向く。
沖田と土方がやって来た曲がり角を曲がってきたのは探していた姿だった。

「おかーさん!」

パァッと今までで一番笑顔になって駆けて行き、「!」と驚いている名前の腰に正面から抱きついた。
突然の出来事であってもしっかりと娘を受け止めつつ、名前は定春と、それから土方と言い合いをしている銀時を見て仕方無さそうな顔をした。
きつく抱きつきながら、顔を押しつけて離れない様に落ち着いた声を落とした。

「パパに無理言ったでしょう」
「…ちょっとだけ、おねがいしたの。ママに会いたかったから…」
「仕方ないなぁ、もう」
「ごめんなさい…おこる?」
「怒らないよ。ママも娘が来てくれて嬉しいから。でも今日だけ、特別なのは分かるね」
「ハイっ」

怒られないとホッとした様子から手を挙げて返事をするのを抱き締める。
「ぎゅ〜」っと嬉しそうに言葉にして、声を立てる娘の笑い声が耳元に響いていた。
寄ってきた定春の顔を撫でつつ、「ありがとう」と告げて立ち上がる。
ピッタリと腰にくっついて離れない娘をそのままに、手で合図した沖田へと苦笑で返して前を向いた。

「さて、怒るのは別の人たちだ」

と、片手を腰にあてて眉を上げつつ宣言一つ。
すぐに銀時と土方の喧嘩が止んで、名前のお説教が飛ぶ形となった。

また、視線を交わした沖田と娘の交流が続いた後、銀時へとんでもない反抗期が訪れるのはもう少し先の話だ。

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