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…よし、撒いたか。

武道場の裏にまわり、きょろきょろと後ろを確認したところで乱れた呼吸を落ち着けるべく大きく息を吐く。
久々に全力疾走した為に膝ががくがくと笑って今にも崩れそうだ。格好悪いから我慢するけど。
…あーでもなー、いいや、やっぱ座っちゃおう。

壁に背中を預けてずるずると地面に座り込めばそのまま全身の力を抜く。
もう横になってしまいたい衝動がおそったがそれは流石に我慢してふぅと息をひとつ吐く。
疲れた…
まじあのシャララしつこい何なの。マジキチだろ。
大体自宅警備が運動部に勝てるわけないし。馬鹿じゃないのまじで。いや馬鹿なのか。馬鹿だな。

事の発端は私の鞄のチャックが開ていて、そこから覗くマフィンを黄瀬が目敏く見付けたことから。そこから始まった鬼ごっこは、かれこれ30分は続いていた。しつこくねだられたから面倒で逃げてきたけど、黄瀬はしつこいし見事教室に弁当忘れてこのザマだ。もうこれは大人しく分け与えた方がエネルギーを使わずに済んだような気がするなーなんて…
いや、それは駄目だ。
だってこれは好きだったメーカーがやっと出した新製品なんだから。しかも私の好きなバナナマフィン。もう愛してる。
だからこそ私の楽しみを奪おうとした黄瀬は削ぐ。まじでいつか埋める。そして人間スイカ割りの刑状態の黄瀬を女子に売り飛ばしてやる。

頭だけ出した黄瀬が女子にもみくちゃにされるところを想像した辺りで辺りにぐぅきゅるると切ない音が響く。

「おなか、すいた…」

何でお腹が空いている時って凄くひもじくなったような気がするんだろうか。
あーでも面倒だなー動きたくない。でも今を逃したら私はきっと昼飯を食わずに終わってしまう。そして午後の授業は体育と協調性が試される家庭科。
…それは死ねる。
重い腰を上げて周りを見回し遠回りしながら仕方なく教室に向かう。さすがにね、空腹には勝てませんて。
でもこのマフィンは、もうちょっと我慢。食べながら帰るんだ。

早くしないと昼休みが終わってしまうと、走らずにそれでも気持ち早歩きで日陰を選んで歩いていたら不意に小石に蹴躓いて持っていたマフィンを落としてしまった。

今日の私の楽しみが……!


慌てて拾おうとしたところで前方からにゅっと手が伸びてきて鳶が餌をかっさらうが如くマフィンの袋を奪っていった。……………え?いやいや、え?

「………ちょ、それ私のなんですけど」

「はぁ?誰アンター」

思わず二度見すれば目の前にはなんか凄いでかい人?が。
いやお前が誰だよ。
つーか超でけぇ。腹立つ。相当見上げなきゃいけないんだけど、逆光眩しいなおい。
ていうかいやいやいやいや!

「ぅおおい!何食ってんだこらああああ!!」

「お菓子」

「見ればわかるわボケ!」

久々にこんな取り乱したわ。何こいつ。何勝手に食ってんの?馬鹿なの?そして何でまだ食い続ける。え?馬鹿なの?
え、ちょっと、おい、な、おま、こいつの世話係誰だ…!!!
…いや、ここで怒り狂ったら相手の思うツボ…落ち着け私!理性を総動員させて落ち着くんだ…

「あの、それはわかるんだけどさ?それ、私のじゃん?」

「はぁ?落ちてたんだしー」

「いやだから私が落としたんだってお前目の前に居ただろうがよ。返せ、」

無理でした。こうなったら実力行使だろう。ばっと私の袋に手を伸ばす。
が、見た目や喋り方に似合わない素早い動きでかわされた。

あ、無理だわこれ。何が無理って歴然とした身長の差だよね。私が届かないように高々と袋を上に上げてるもん。あはは、腹立つ。と言うか、またここで熱くなったら黄瀬の二の舞になる。めんどくさい。
仕方ない、泣く泣く諦めよう。また、帰りに買って帰ろう…
ああ、部活に勤しむ学生の横で美味しいマフィンを食べながら帰る優越感を味わう楽しみが…

はぁ、とため息を一つ吐いてくるりと背を向けて去ろうとすれば、背中にのんびりとした声が届いた。

「………なに今の。捻りもなんもねぇし遅いし亀かと思ったー。
てかこのマフィン微妙なんだけど」

………まじ、なんだこいつ。
いやいやいや待て待て待て私。ここで反応したら同じことを繰り返すだけだ。まず家に帰って立体機動装置と超硬質ブレードを作ってから然るべき訓練を受けて確実に仕留めにこよう。

それがいい、それが。



ゆるふわな巨人とか
(あり?秋瀬さんマフィンどしたの?)
(巨人にもってかれた)
(………は?)

 

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