蝉の音は殆ど聞こえない、少し暑さが引いてきた9月上旬。 あの日以来ニカの姿を見ていない。 小耳に挟んだ話しによると、任務へ出掛けたらしい。 アイツ、戦闘の時はまだ良いが・・宿屋でこの前みたいな事になったらどうすんだよ。 一人で耐えるのか? まあ俺には知ったこっちゃねぇ話しだ、どうでも良い。 ―・・あれから暫く経って、腕に書かれたアイツの文字は消えた。 だが・・ 「チッ・・」 消えてくれない想いが其処(心)には在った。 ---------- 教団内地下水路 「腹減ったさ〜。一緒に食堂でも行くさ?」 「否、遠慮しておく。」 任務から帰還したニカとラビ。 彼女の腕の中には仔犬が抱かれていた。 小さく震えているものの、ニカの胸にスッポリと顔を埋めて大人しい。 ラビと別れた彼女はコムイが居るであろう科学班フロアに向かった。 ガチャ 「あ!お帰りー・・?」 「犬を拾った。」 彼女の第一声に固まる科学班に、突然賑やかな場所に連れて来られて震えが増す仔犬。 「それだけだ。」 パタン 刹那、科学班が驚愕の叫びを上げた。 「あのニカが、犬を拾って来るだなんて・・!」 「人ですらまともに接してる所見たことないのに!」 その中で、薄く微笑むコムイとリーバー。 コムイは珈琲を啜りながら言った。 「ニカは"ヒト"以外には優しいからねぇ。」 「でも、今まで連れて帰って来る事なんて無かったっスよ。」 「ふふ♪そうだねぇ・・。」 仔犬、か。 泣きそうな目をして、震えていたねぇ。 まるで、ニカのように―・・。 ---------- その夜 「違、違う・・!まだ何もっ」 「キャン!キャン!」 また、"最後の瞬間(トキ)"の予知を視た。 最近そればっかりだ。 仔犬が俺の服を引っ張り鳴いているが、大丈夫、だなんて嘘は吐けない。 沢山の生き物が死に、血の海に大地が溺れる・・そんな"絵"。 気がおかしくならない方が変だろ、と・・心が無いと謳われた俺でさえそう思う。 「・・は・・っ、馬鹿、みて・・」 落ち着け、落ち着け。 まだ何も起きて無い。 まだ"最後のトキ(瞬間)"は訪れない、アレは阻止出来るものなんだ。 ―・・無駄な感情は捨てろ。 バリィン!! 「・・・・・・っ」 窓硝子を割り、拳に自ら痛みを感じてどうにか気を保つ。 荒い息を整えようと両手で顔を覆った。 「クゥ〜ン・・」 膝の上へ座る仔犬。 少し悪い事をしたな。驚かせてしまった。 「悪、かったな・・もう大丈夫だから・・。」 そう、俺は大丈夫。 「くっ・・・・、」 大丈夫なのに・・。 この頬を流れる生暖かいモノは、何なんだ・・? ×
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