蝉の鳴く声は少し遠くなったものの、まだ暑さが残る8月の終わり。 ギィ・・ 「・・また寝てやがんのか。」 任務を終えた神田が真っ先に向かったのはニカの部屋。 ニカはこの頃になると、神田が勝手に部屋へ入って来ても何も言わなくなっていた。 ベッドの隅で小さくなって眠る彼女の汗ばむ額に手を置く。 ―・・また、何かを視ているのだろうか。 小さく聞こえる呻き声と荒い息・・それに、細い肩が震えている。 神田はいつものように黙って彼女に寄り添いながら目を覚ますのを待った。 「っ、」 暫くして勢い良く身体を起こすニカ。 前屈みになり、シャツの上から己の胸を掴んで必死に『何か』を耐えている様だった。 「違、違う・・まだ何も・・」 "まだ何も起こっていない" 自分に言い聞かせているようにも感じ取れるそれは、彼女の口癖。 神田は何も言わずにニカの背中を優しく叩く。 規則正しいリズムを感じる事により、次第に落ち着きを取り戻して行くニカ。 深呼吸した後に煙草に手を伸ばした彼女は、開いた窓に身を乗り出して言った。 「最近、よく来るな。」 「俺の勝手だ。」 そう、勝手。 お前だってそんな事を言いながらも俺を拒絶しないだろ? あの日、俺に笑った姿を見せてから。 「だから笑ってねぇって・・。」 「勝手に人の心を読むな。」 なんだかんだで俺達の距離は少しずつだが次第に・・確実に縮まって行った。 近くに居ることで様々な表情を見て、弱い部分を知った。 別に浮わついた思いなんて抱いていなかったが何故か放って起きたくないと、そう思った。 「お前・・」 「・・あ?」 また少し、痩せたな・・ ---------- 科学班フロア 「違う、その式は―・・」 久々に手伝いをしに科学班の元へ訪れたニカ。 連日徹夜続きで目の下に濃い隈を作った彼等は歓喜の涙を流して彼女にすがり付いた。 「でも、身体は平気なのか?」 「ああ。今日のメンテナンスはクリア・・・・ジョニー、ここ違う。」 気遣いの言葉よりも目の前の数字と向き合う彼女を見てリーバーは微笑みながらコムイに言った。 「ニカ、最近少し明るくなったっスね。」 「そうだねぇ♪」 ・・チラッと聞いた話しによると、よく神田君と一緒にいるらしい。 "全く違う"けど、似ている部分もあるって事に気が付いたのかな? それとも・・ "ヒト"に、やっと興味を抱いてくれたのかな? どちらにせよ嬉しい変化だ、あのニカが誰かと一緒にいるなんて見た事なかったから。 このまま何事もなく、普通に生活出来たら良いんだけど・・。 神様は『レプリカ』を、『許す』、かな? 再び彼女に視線を移す。 相変わらずニカは厳しい目でジョニーやタップの資料に目を通している。 「字が汚い、常人じゃ読めない、やり直せ。」 「酷い!」 「安心しろ。式は合ってるから。」 「!、本当に?」 ・・やり方が上手いなあ。 見習わなくちゃね。 重たい宿命さえ背負っていなければ、直ぐにでも科学班へ転職して欲しいものだ。 「いや、それは無理だ。こんな所で働くのなら死んだ方がまだマシ。」 「人の心を読むなあぁっ」 ムリムリ、と片手を左右に振る彼女を見て科学班は笑いに包まれる。 ねぇ、君は知っているのかい? こんな残酷な世界だけれど、誰もが君達の幸せを願っているんだよ。 どこかの漫画にあるような、最終話のhappy endじゃ足りないくらいの幸せを。 ×
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