27. 知られざる悪

※兄貴捏造少々あり

「ペッシ!後ろ危ない!」
「あ、危ねェ危ねェ…!ヴィスカ、助かったぜぇ、ありがとう」

残党の1人をヴィスカが持ち前のスタンドですぐに始末すると、ペッシは緊張感をすっかり解いた。がしかし、すぐにその表情を硬くする。
ペッシの目線の先に見えたのは、乱れた身なりを整えながら歩いてくるプロシュートだった。
煙草に火をつけているのを見ると、すっかり持ち場は片付いたようで。

「そっちは問題無かったか?」

その言葉にヴィスカは被っているフードを外して浅くうなずいた。

ここで仕事をするようになったのは、つい最近の事だった。
アジトに来てから最初の1か月は、殆どプロシュートとペッシの仕事を"見ている"だけのいわば金魚のフンのようなものだった。
出来る限り人目に付かないように2人に着いて行き、彼らがしている事を見て学ぶ。
それがいつからか、今のようにペッシが気を抜いてヴィスカが助ける、という事が起こってから、時々こうして、このひ弱な男の尻ぬぐいのような事をしていた。
人を殺したことが無いのだ、この男は。

「い、いてぇよおおお!!!」

唐突に辺りに男の叫び声が響き、あまりにも突然の出来事に、何事かとペッシは振り向く。
ヴィスカの片手には血に濡れたナイフがあり、彼女のすぐ後ろでうずくまっている男の脇腹は浅く血に滲んでいる。
プロシュートも少し驚いた顔をしてヴィスカを見ていた。

「何?いきなり後ろから襲い掛かろうとしてたから」

さも当たり前のように言うヴィスカに、プロシュートは2、3度瞬きをしてから、面倒そうにタバコをくゆらせた。
刺された男は苦しそうに腹を抱えて呻き、地面を這いずっている。

「おい。なぜ殺さない?」
「この男は今回のリストには載ってなかった」
「…‥関係ない奴か。腹を切られた報復に来るかもしれないぜ」
「でも来ないかもしれないわ」
「ハン、そーだな」

プロシュートはヴィスカのこういった問答にも慣れつつあった。
変な女だ、というのがヴィスカに対するプロシュートの私的な見解だったが、彼女の意見は常に一貫性を持っていて理解できなくはなかった。
彼女は人を殺したくないと頭で思っている。だから"殺すべき者"しか殺さない。危害を加えようとする者や関係のない者は、致命傷を避ける程度にナイフを一振りするだけだった。
甘いな、とプロシュートは思う。何かしらの正義心がきっと彼女を突き動かしているのだと思うが、世界の構造を理解していない子供の浅い価値観だ。

「ねぇ、アンタの仕事まだ終わってないみたいだけど」
「…あ?」

プロシュートは自分の持ち場の生き残りがよもや自分の後ろにいるとは知らず。
飛び出していったヴィスカは男の腹に手をかざして、何か言葉を発する暇も無く、絶命させた。

「……悪ィな」
「…別にこれくらい」

驚くほどの反射神経だ。
ヴィスカはきっと自分でも気づいていない。どれだけ素早く動いて、どれだけ正確に仕留められるのかを。
その瞳に、獲物を狙う恍惚感があふれている事。

そしてそれが、どれだけ彼女を美しく見せるかを。

「おいヴィスカ。付いてこい」
「…まだ仕事?……ペッシは?」
「コイツはアジトに先に戻らせる。お前は俺と一緒に来い」



暫く歩いて着いた先はバーの看板が掛かっている店だった。
まさかここで仕事、という事では無いだろうと思いつつ、ヴィスカはプロシュートの後を追って閉じ掛かる扉にするりと身体を滑り込ませた。
プロシュートがカウンター席に腰かけたのを見て、当然のごとくヴィスカは眉を潜める。

「おい。突っ立ってるなよ。まぁ座れ」
「私をこんな所に連れてきて。仕事じゃあないわね」
「俺の奢りだ。文句言うなよ」

へら、と笑ったのを見て、ヴィスカは肩をすくめる。仕事じゃないのならすぐにでもアジトに戻ってシャワーを浴びたかった。
ただでさえ残暑厳しい中、人目に付かないようにジャケットを着ているのに。うなじにかいた汗に髪の毛が張り付いているのが分かる。

「どーした、ン?」
「……」

プロシュートは出された旨そうな酒を飲みはじめ、ヴィスカの喉は渇きからコク、と鳴った。
この男と酒を飲むのに断る理由もないし、奢りなら良いかという気持ちもあり、プロシュートの隣に腰かける。
周りの目が自分に向くのが分かる。"あんな良い男の隣に座るのがあの女?"テーブル席に座っていた女達は今にもそんな事を言い出しそうな、間抜けな表情を向けていた。


「あんな風に人を殺した後によく食べたり飲んだりできるわね」

プロシュートは酒を口に含み、イチジクの乗った青カビのチーズを食べていた。

「ヴィスカ、お前も食って良いんだぜ」
「……いらない。ブルーチーズは苦手」
「やっぱりガキだな」

プロシュートはニヤつきながらヴィスカを見るが。

「……なァ、頼むからそのダセェ上着を脱いでくれよ。俺の隣に座るのに相応しくねェな」

マジマジと見た後で何を言い出すかと思えば、そんな事だった。

「ダサくて悪かったわね。私も好きでこんな服を着たいんじゃあないの。できるだけ人目に付かないように行動しろって言われてるから。どこかの誰かさんに」
「へーへー、おっかねー女」
「仕立て屋でこしらえてもらった良い服さえあれば楽しいでしょうね。プロシュート、あなたみたいに」

ねぇ、だの、ちょっと、だの、ヴィスカは大抵適当にプロシュートを呼ぶ。
しかしこうも、"プロシュート"とその名前をハッキリ呼ばれると、まぁそれも悪くないもんだ、と男は思う。
ヴィスカは上着を脱ぎ出した。上着の下に着ていたのは、流行りの服だった。17の女が喜びそうな、好きそうな。

「あぁ。悪くねぇな。悪くねぇよ」
「アンタのために着てるんじゃあないから」
「まぁ、なんでもいいさ。似合ってるぜ」
「‥‥…」

男の一言で気分を良くするなんて、自分も簡単な人間だなとヴィスカは思う。
頼んだソルティドッグを一口飲んだ。疲れた体に塩の味とグレープフルーツの酸味がいっぱいに広がる。完全に胃に流し込むと、イチジクを1切れつまんで食べた。
隣で相変わらず酒をあおっているプロシュートを見る。透き通った金色の髪、澄んだ目の色、ノリの付いたスーツから伸びる、長細くしなやかな手。
嫌味な男だが、外見だけは完璧だった。神が作った完全な作品。性格を除いて。

「熱い目で俺を見るなよ。女が妬くぜ」

この減らず口さえ無ければ、と思うが、プロシュートが完璧な男になるのはもっと寒気がして、ヴィスカは苦い顔でもう一度グラスに口づける。

「お前、自分が人を殺す時の表情を見た事あるか?」
「は、はァ?いきなり何?」

プロシュートの突拍子もない質問に、ヴィスカは酒を飲んでいた手を思わず止めた。

「見た事あるわけないでしょ……。なんで」
「お前が自分自身を何て思おうが勝手だがな、人を殺す時のお前は、"確実に"殺しを楽しんでいる目だぜ」

「は、はァ!?ふざけないで!!」

プロシュートの思慮を欠いた言葉にヴィスカは頭に血が上り、震える手でグラスをカウンターに戻す。

「殺しをするのは仕方ねぇと思ってるだろうがな、お前の本心はそうじゃあねぇ。俺には分かるぜ」
「……アンタに何が分かるの」

睨みつけるヴィスカにはお構いなしに、プロシュートはもう一度酒を飲んだ。
そして何かをそらんじ始める。

"もし勇ましい男たちが
みんなこうした鈴をみつけたら
たちまち敵を
苦も無くかき消してしまえるだろう"

「……何?」
「モーツァルトの魔笛だ。知らねぇことはねぇだろう」
「魔笛……オペラ……?」

訝しがるヴィスカを前にして、プロシュートは仰々しく肩をすくめた。

「ガキの頃観に行ったんだ。オペラなんて興味ねェがな、この歌だけは頭に残って離れねぇ」
「……」
「ある人間が、魔法の鈴を手に入れる。それは敵を苦も無く消滅させてしまうほどの素晴らしい鈴だ」
「……そう」
「そう、じゃあねーだろう。いいか、俺たちはこの"魔法の鈴"を持ってるも同然なんだぜ」

よく聞けよ。普通に生きていて、現実世界で魔法の鈴に出会える事なんてほぼ無いに等しい。
モーツァルトは魔笛を書いてすぐ、30代の若さでこの世とオサラバした。そしてその後墓標も無い共同墓地に埋められたんだ。
悲しい事だろ。俺たちはモーツァルトとは違う。素晴らしい鈴を持っているんだぜ。この"スタンド"という、素晴らしく美しい魔法の鈴を。

「人生は限られてるんだ。与えられた能力を使わないなんて勿体ない事をするなよ」
「……私だって、それが"敵"なら、"鈴"を使う事だって厭わないわ。でも、罪もない人を殺したりしたくないの。アンタがどう思ってるか知らないけど」
「ほお」

プロシュートはニヤつき、頬杖を付きながら好奇の目を向ける。

「お前が考える"敵"っつーのは何だ?"罪"っつーのは何だ?」
「そんなの‥‥そんなの決まってる。人の命を平気で奪うのは罪よ。盗みや犯罪だって。人のお金で楽な暮らしをしたり……ルールを守らない人たちが敵。違う?」

言うと、プロシュートは鼻で笑い、半面ヴィスカは眉を潜めた。

「…人を鼻で笑うなんて失礼だわ」
「…なぁヴィスカ。まずそのお前の考えが甘いって事を知るんだな。ルールを守らない奴が敵と言ったが、ルールを守って生活している無知な奴らが一番多くの人間を殺している事に気づかない」
「は…?何が言いたいの?」
「いいか。世界最大の犯罪である"戦争"は"ルールを守って"引き金を引く所から始まるんだぜ」

これは一般人にだって言える事だ。プロシュートは続ける。

「大企業傘下の大型ショッピングモールで"ルールを守って"楽しくお買い物した家族たちは、その商品が不法労働で働かされた子供たちが作っている品だって事も知らねェ。自分たちの税金の一部が、人を殺す武器に充てられているって事も知らねェ。たった今、どこかの誰かがコーヒー一杯を買ったおかげで、世界のどこかで人が死んでいるなんて想像もつかねぇだろ?」
「そんなの!ある訳ないし、許されることじゃ‥‥…」
「実際にお前はそれを目で見たのか?違うと言い切れるか?ええ?」
「…‥それは」

「お前の定義に当てはめるなら、人間はみな無知で悪だぜ」

プロシュートが言っている事が、本当なのか、それがただの自己欺瞞なのか、今のヴィスカには判別できるほどの頭が無い。
でも、きっとそうなんだろうと思えてしまうようなーーなんとも言えない、説得力がこの男にはあった。

「だからよォ、心おきなく鈴を鳴らして踊ればいい。死神のようにな」
「…死神……って」
「お前の事だ、決まっているだろ」

その一言に、ヴィスカは弾かれたようにプロシュートを見る。

「お前が唯一、良い表情をしている時だぜ?」

女の嫌がる顔を見たがる、卑俗な顔だった。
プロシュートはわざと言っている。ヴィスカにはそれが分かった。頭に血が上り、何も答えずにスツールから降りる。

「……気分が悪い。帰るわ」

プロシュートが「良い」と言った服を隠す様にすぐさまジャケットを取って羽織ると、ポケットのコインと紙幣を適当にカウンターに置いて店を出る。
泣きたいような、むしゃくしゃするような、吐き気のするような、とにかく最低な気分のまま。

(……プロシュートは神が作った完全な作品?)

自分はどうやら頭がイカれていたらしい。
遠くからでも目立つチカチカする金髪。気味悪い色素の薄い目。殺し屋のくせに、スーツはおろか手すら汚したくないという薄情さ。
考え直してみれば、あの男に良い所なんて1つも無かった。

(‥‥…)

ただ、プロシュートが言った、"人間はみな無知で悪"と言う言葉が、いつまでも離れない。


27 知られざる悪 end


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