16. 胸の高鳴りは止まない -2

※微エロ注意

(しょーがねェ……ッ)
「!?」

ミスタはいきなりヴィスカを壁に押し付け、逃げられないよう、自分の腕を壁につける。
壁に追い詰められたヴィスカは意味が分からず、何するの、と口を開こうとするのだが。

ーホシが俺達を怪しがってんだよ。精一杯やれ。

間近に迫る男の目を見ると、そんな事を告げられているような気がした。
それからスイッチが入ったように、彼の目は変わる。

「なァ、今日のお前、サイコーにホットだぜ」

ミスタはヴィスカの脇腹をつつつ、と指でなぞりながら、耳元で甘く囁き、そのままちゅ、と首筋にキスを落とす。

「んんっ」

突然の首筋の感覚。ヴィスカは一瞬脱力しそうになる。
混乱してミスタの顔を見れば、そこにあるのは"男"の表情で。何かを言いかけた言葉が、喉の奥へと戻ってしまった。
どうしよう。何をしたらいいのだろう。ヴィスカは固まってしまった。こんな事になるなんて、まるで思ってもみなかったから。
腰を触られている。服の中に手が、入って来る。
固まって動けない。いや、動いてはダメなのだ。カップルを演じなくてはいけない。反社会的な男女の。
頭の中が真っ白になる。その間中ずっと、ミスタの手が自分の身体を這うように弄っていく。
目の前には熱い瞳があって、見つめられると全身がきゅうと熱く切なくなった。

「前から思ってたけどよォ、ヤラシー身体つきしてるよなァ、お前」

そんな事を急に言われ、身体がまた一段と熱くなる。あぁ、何なの。恥ずかしい。お願い。私の顔を見ないで。
戸惑いと恥ずかしさを孕んだそんなヴィスカの瞳が、ミスタの目の前で揺れ動いた。

「…可愛いぜ」

揺らぐ、揺らぐ。ヴィスカの瞳が潤んで大きく揺れる。
これはちょっとヤベーな。コイツ、言葉に弱いのか?ミスタは頭の片隅でそんな事を思った。
今の無防備なヴィスカはかなり煽情的だ。どうしたら良いの?と訴えかけるような、すがりつくような表情。恥じらって固く閉ざされた口。
時折その、色っぽい小さな唇から漏れる吐息ごと、自分の口で塞いでしまいたいとさえミスタは思った。

「んん…」

彼女が身じろぎする度、甘い香水と、ほのかな女の香りが体温に乗って脳の奥深くをくすぐった。
ヴィスカの首筋に顔を埋め、吸い付くように何度もキスをする。彼女の吐く甘い息は、どこかでジンの香りがした。

「あ…ミ、ミスタ…」
「……あぁ、何だよっ」
「ン…み、ミスタ…ね、ねぇ、」

頼りない、消えてしまいそうなほどの小さな声でそう呼ばれ、ミスタはもう我慢ができなかった。
服をまさぐりながら身体を撫でていた手は徐々に上の方へ伸びていき、十分な膨らみをもった所で止まる。
何度か優しく、掴むように力を入れると、ヴィスカの声がまた大きくなる。

「……んんんッ」
「もっと声聞かせろよ。なァ、ヴィスカ……」

ミスタは彼女の脚の間に自分の腿を滑り込ませ、ずい、と押し上げるように力を入れた。

「〜〜〜」
(おいっ、お前も、何か言え…っ)

首に噛むようなキスを落とされているさなか、ミスタは小声でそう告げた。
生温かい荒い息が首に何度もかかる。そのたびに、ぞわぞわとして、身体の感覚が全部抜けてしまうというのに。
汗を吸って湿ったセーターに、どこか動物的な香り。嗅いだ事のない、ミスタと言う男の匂い。
ばくばくと鳴る心音は、男の手の中にある。熱い。自分が熱いのか、それともこの男が熱いのか?

何か言わないと。何か、意味のある言葉を。盛りの付いた、女の言う事。

「…‥も、もっとして…」

咄嗟にヴィスカが口走ってしまった言葉は、目の前の男を煽り立てるにはふさわしく。
ミスタは自分の理性が一瞬飛んでしまいそうになるのを抑えるのに必死だった。
また強く、ヴィスカの首筋を噛む。

「んん〜〜ッ」
(よくできたじゃあねーかよ…ッ!)

その時。ターゲットのため息のようなものが聞こえ、踵を返して歩き出す靴音が鳴った。
それをミスタは聞き逃さない。
彼は急いでズボンのポケットにしまわれていた小型の無音カメラを取り出し、シャッターを切る。

1回、2回、3回。

危うくカメラを落としそうになってしまったものの、ミスタは無事、ターゲットが店に消えていく瞬間を収める事に成功した。
カメラ片手に安堵のため息を漏らす。
目の前には、顔を真っ赤にし、何が起こったのか何一つ理解できていないようなヴィスカがいた。

「任務は完了。よくやったな」
「え‥‥…あの、写真は…」
「ばっちり、撮れたぜ」

ミスタは手に持っていた小さなカメラをひらひらと見せる。

"ばっちり撮れた。"その言葉のさす意味と、男の顔を見て、ヴィスカは今やっと遅れて理解する。
あぁ、任務は成功したのだと。
えも言えぬ安堵に包まれ強張っていた体の力が静かに抜けていく。うるさいほどに高鳴る心音は平穏を取り戻したかのように思えたが。


「…おい、お前、今何してた?手に持っていたものは何だァ?」

突然の声に、ヴィスカとミスタは振り返る。切れかけたネオンの看板が掛かる入り口から顔を覗かせた、怪しい風貌の男。
店の呼び込みにも見えるし、用心棒のような風体にも見えた。

ーこの辺りは違法なものを取り扱っている店が多い。
ーカメラに敏感だから気を付けろよ。

資料を渡された時、ブチャラティにそう忠告を受けていた事をミスタは思い出す。
ミスタは相手に気づかれぬよう、手に持っていたものを静かにポケットにしまいこんだ。

「別に何も持ってねーよ。うせな」
「おい、貴様、誰に向かって口をきいてんだよ?えぇ?」
「うるせーな」

「…‥よく見れば、良い女を捕まえてんじゃあねーか。その女をよこせば見逃してやらんことも無いぜ。ひひ…」

「……」

男は下種な笑いを浮かべていた。ミスタは一瞬目を細め、ブーツに収まっている銃を取り出そうとしたが。
傍にいるヴィスカの肩を抱くようにして引き寄せ、「おい、行くぜ」と小声で告げ、来た道を戻りだす。

「あ、危ない!ミスタ!」

しかし男の異変に気づいたヴィスカが叫ぶ。
男は刃物を持ち、後ろからこちらに振り下ろそうと迫っていたのだ。

「うせなって言ってんだろーが」

一瞬。ほんの一瞬の出来事だった。
振り返りざまにはもうミスタの手には銃があって。次に見た時はもう、目の前の男には銃口が突き付けられていた。
人が違ったかのような無駄の無い動きに、ヴィスカは束の間目を奪われる。

「何も持ってねぇし、この女も渡さねぇよ。クズ野郎が。分かったらとっととお家に帰りな」

獲物を射止めるような鋭い眼光と、肩を強く抱かれる腕の力。
それに、"この女は渡さない"なんて熱っぽく吐かれたセリフに、ヴィスカの胸はひときわ大きく高鳴る。
引き金は引かれない。でも確かに感じた。燻られたような火薬の匂いを。

「ひえ…‥」

銃を突き付けられた上、これほどまでに殺気を放たれてしまった男は歯の根が合わなくなったのだろうか、ペタリと地面にへたり込み
「やめてくれ、撃たないでくれェ」、と言葉にならない言葉を捲し立て、半泣きでミスタに懇願する。
こうなれば完全に戦意は無くなったも同然で。ミスタは「うるせぇなァ、」と一言言って銃を降ろしかけるが。

「おい、お前ら何してんだァ!」

遠くの方から、また別の男の怒鳴り声。この騒ぎを聞きつけたのだろうか、足音は複数あった。
おい。一難去ってまた一難かよ、なんて面倒くさそうに言ったあと、ミスタはヴィスカの腕を取る。

「ヴィスカ、走れるか」
「え」
「流石にここで目立つわけにはいかねーからよ。おら、行くぞ」
「あっ、う、うん…っ」


来た道を小走りで駆け出すミスタに手を引かれ、ヴィスカもそれに合わせて走った。
こんな状況にもかかわらず、さっきと打って変わって、彼の表情はどこか少年のような楽しさを含んでいる。
危機感が無いのか、余裕なのか、はたまた楽しいのかは分からない。
でも、こうやって"追いかける何か"から逃げるのは鬼ごっこのようでもあって、少し楽しいかもしれないなとヴィスカも思ってしまった。
細道は相変わず甘く煙った匂いが立ち込めていたけど、新鮮な夜風が頬を、髪を切るのは心地良い。


「……ねぇ、ミスタ、早いのね」

「あぁ?これでもお前に合わせてゆっくり走ってんだぜ」

「違うの。銃を取り出すの。早くて見えなかった。ミスタの事……見直した」

ヴィスカはヘラヘラと嬉しそうにする男を横目で見て口元を緩めた。
そして先程の事を束の間考える。

銃を構えた時のミスタは覚悟を持った男の眼をしていた。
いつもどこか傲慢で。銃を手にすれば俺に怖いものなんてねェ、と言わんばかりに自惚れている男だと思っていたけれど。
高を括っていたのはそれこそ自分の方だったのだとあの時気づかされたのだ。
今までに見た事のない、強く、どこか高貴な表情は、目を閉じると瞼の裏に焼き付かれたかのように現れる。

この男は本当に色々な表情をするんだな、と。
あぁ、ミスタのスタンドが6つの表情を持つピストルズなのは、彼が色々な表情を見せるからなのだと。なんとなくそんな事を想った。


「へへ。素直じゃあねーか。惚れ直したかよ?」

体温は、過ぎていく風にひんやりと当たり、熱くなり過ぎない。
でもそれが良かった。


ーーうん。正直思ったけど。すごくカッコよかった。


胸の内でヴィスカはそう言って、また少し笑った。


16 胸の高鳴りは止まない end
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