67.レクイエムは静かに奏でられる -2



皆が目覚め、話す亀と会話をする少し前の事。


「ーーあれ、みんな……もう起きてたの…?私たち、ずっと寝ていてーー…」

彼らと同じようにして起き上がったのは、ブチャラティと同様、目を覚まさなかったはずのヴィスカだった。
彼女は起き抜けの虚ろな眼で、目の前の光景をぼんやりと見つめる。
ジョルノ、ミスタ、ナランチャ、トリッシュの4名が立っているその姿が、すぐ近くに捉えられた。
けれど、何かがおかしい。ヴィスカは眠い目をこするが、そのこすった腕がーーなんとそのまま顔を通り抜けていく。

「ーーッ!?」

驚いて腕を見れば、服ごとすべて、すっかり透けているのだ。
腕だけじゃない。体全身だった。そして小さな悲鳴がもう一度。

「な、なんなのよ、コレーーッ!?!?」

ヴィスカは自分の足元に倒れている"もう一人の自分"を見つけて、呆然と立ち尽くした。
身体が透けていない。その姿を見て、彼女は自分の身に起きた事を理解した。魂が、身体から出てしまっているのだ。

「わ、私は死んだのーー…?」

しかし、倒れているその姿を見る限り、死んではいないようではある。頬も唇もピンクがかっていて、生気は感じられるのだ。
ヴィスカは戻ろうとして身体に触れてみるが、何かに"はじかれる"ようにして、中に入る事ができない。
ひょっとして、またあのクスリのせいなのだろうか。あのせいで、自分の意識は飛んでしまったーー?身体にも、戻れない?

「ねえみんなッ、みんなはーー……ッ」

ハッとして顔を上げる。しかし、やっとそこで、ヴィスカは先程から感じていた違和感の正体に気づく事になる。
ジョルノも、ミスタも、ナランチャもトリッシュも皆ーー、すっかり止まってしまったかのように"動いていない"のだ。
彼らだけじゃあない。鳥も、雲も、風も、すべてが止まってしまっている。

「何が…起こっているの……スタンド攻撃ーー…?いや、幻覚を見てるーー?」

立ちつくしている4名に慎重に歩み寄れば、その顔は全員が全員、心底驚き慌てふためいている様子だった。相手の顔を見て、動揺しているように見える。
一体何が起これば、皆のこんなに驚いた顔が見られるのだろうーーと考え、そこでヴィスカは、大事なことを1つ思い出した。
直前まで自分は、ブチャラティの幻覚を見ていたのだ。
ブチャラティがトリッシュではない何者かに連れられて、このコロッセオまでやってくる1つのビジョンを。
亀から出て、倒れているブチャラティを助けようと駆け寄ってーー…そして、意識を失ってしまった。

「ーーブチャラティは…」

辺りを見回すと、ヴィスカはそう遠くない所で自分と同じように倒れているブチャラティの姿を見つけた。
彼もまた眠ってしまっているようだ。様子を伺おうと近づこうとすると。

「ヴィスカ」

懐かしい声が後ろからかかった。
振り向いたらそこには、自分と同じように身体が半透明になったブチャラティが、心配そうにこちらを見ながら立っていたのだ。
一体いつからそうしていたのだろうとも思うが、そんな事は今や二の次だ。

「ブチャラティ!!」
「ーーヴィスカ、大丈夫みたいで安心したぜ」
「それはこっちのセリフよ!!ブチャラティ、本物?幻覚じゃないよね?」
「ーー?幻覚じゃないさ。ほら、この通りーー…って言っても触れられないようじゃあ、確認しようもないな」

ブチャラティは困った顔で笑い、それから、やけに安心した表情になる。

「あのセッコとか言うヤツから君が変な薬を打たれたと聞いて、ずっと心配していたんだ。でもこうして君とまた会って話す事ができて嬉しいよ」
「そう…‥そうだったんだ。ごめんなさい、心配をかけて。でも私は平気ーー…とは言えない状況だけど‥‥」
「はは、そうだな。俺たち、おかしいよな。幽霊みたいになっちまって、こうやって話してるんだから……」
「私たちはどうなってしまったの?幽霊って、まさか、死んでーー…」

ブチャラティは首を振った。そして、驚き顔で止まってしまっている4名を見つめる。

「何か不思議な事が起きたらしい。俺達の精神はそのせいですっかり入れ替わってしまった」
「は?!入れ替わった…って」
「ミスタとトリッシュ、ジョルノとナランチャの魂と体が入れ替わってる様だ。それであんなに驚いた顔をしている訳さ」
「どうしてそれを、ブチャラティは知っているの?何故全員、止まってしまっているの!?私も、ブチャラティも戻れないのはーー…私たちがもしかして入れ替わってーー…」
「おいおい、待て。焦るのは分かる。だが俺にもよく分からないんだーー、君と同じようにさっき目覚めたんだ。そうしたらこのザマさ」

よく分からないと言っておきながら、ブチャラティはやけに落ち着いてもいた。
さっき目が覚めたなんて言っているが、目覚めてから自分と同じように色々と分析をしていたのかもしれない。
その証拠に、ブチャラティはいくつか確証を持っていた。

「ただ、一つ言えることがある。時間は止まってはいないし、これはディアボロのキング・クリムゾンでは無い事も」
「どうしてそれが分かるの?」
「アイツらをよく見てみろ」

そう言われ、ヴィスカは目を凝らして4人を見つめた。最初は分からなかったが、10秒ほどしていると、ミスタの瞳が、やや閉じられていくのに気づいた。
ミスタだけでは無い。皆の口も、手も、ほんの少しずつ、動いているのだ。

「少しずつ、動いている……」
「あぁ。止まってはいないようだ。おそらく、俺達精神と、彼らの肉体で流れる"時間の速さ"が違うのだろう」
「ど……どういう事…?」
「ほら、よく言うだろ。死ぬ前にーー…やたら周りの景色がゆっくりと見えたりすると。意識だけ切り離された今、それと似たような事が起きてるんじゃないかと思う」
「走馬灯の事ね?……それにしても遅すぎじゃあない…?」
「俺にも分からないが……まぁおそらくこの速さで言うと、俺達の1時間が、アイツらにとっての1秒とか、そういうレベルになるんじゃあないのか?」

とんでもなく気が遠くなるような時間だ。ヴィスカは計算しようとして、苦い顔をして、やめた。

「どうしてそんな事が……」
「さっきはまるきり逆だったんだぜ。君に気づく前は、アイツらの動きがとんでもなく速く見えた」
「じゃあーー」
「精神世界の時間の流れは、一定じゃあないのだろう。今はとんでもなくゆっくりと流れている。また何かのきっかけがあれば、速く動き出すかもしれない」
「……な」

ブチャラティが言おうとしている事は、理屈的にはとてもよく分かる。
けれどあまりにも現実離れしていて、それを素直に受け入れて良いのか、ヴィスカには分からなかった。
それに、時間が遅くなったり早くなったりーーという点も不思議だ。

「…‥ーーまあ、私たちがそういう状況にいる、と言う事は分かったわ。でも、私たちはどうやって身体に戻れば良いの?このままじゃあ皆と一緒に戦えないわ」
「俺も試そうとしたんだ。でも、自分の身体にも、君の身体にも入れなかった。唯一入れたのはーー…」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。私の身体に入ろうとしたのッ!?」

ヴィスカは急いで話を遮り、顔を赤くさせた。

「…?あ、あぁ。何かマズかったか…?」
「いや、そういうんじゃあないけどッ…そういうんじゃあ………ちなみに、どういう感じで?」
「‥‥ど、どういうって…言われてもだな……」

ブチャラティは少し困った様子で首元の髪をかき上げる。
顔まわりが暑いらしい。ーー精神だけの状態でも、温度を感じるのかは不明ではあるけれど。

「……それは…言わないとダメか?」
「いや……その、一応、私が次に身体に戻る時の参考に…?」
「ーー…まあ、分かるさ。その時になれば…」

ブチャラティはやや恥ずかしそうな、気まずそうな顔をしながら、ふい、と顔を背け、一つ咳ばらいをして本題に戻す。

「ーーで、話を戻すが」
「う、うん」
「俺が唯一入れたのはーー」

この階段を上がったすぐ近くにある、ディアボロの身体だ。
それを聞いた途端、ヴィスカの表情に陰りが差す。

「ディアボロの……身体に……」
「俺がアイツの身体に入る。矢を持ったスタンドがどこに潜んでいるかも、もう分かっているんだ。俺が不意打ちをしかけて、矢を手に入れようと思っている」
「そんな!まずみんなに話した方が良いわ。いきなりディアボロが現れれば、皆、貴方がブチャラティだと気づかずに攻撃するはず!」
「その混乱を逆に利用するのさ。なに、心配はいらない」
「待ってブチャラティ!!私はーー…、私は誰の身体に入れば良いの!?私、自分の身体に戻れないのよッ。やっぱりあのクスリが悪さしてーー…もう!こんな時にッ!!あのヤブ医者がッ!Cretino! 」

ヴィスカにしては珍しく、かなり汚い言葉で悪態をついている。
ブチャラティにとっては意外ではあったけれど、彼女がそれほど憤っている事が手に取るように分かり、肩をすくめて見せた。

「俺を連れて来た小僧が近くにいたと思ったんだがな……いつの間にか消えてしまった。ーーという訳で、君は少しここで待っていてくれないか」
「嫌よ!私も誰かの身体を借りて行くわ!!ブチャラティの身体なら入れるかもッ!」
「駄目だ。俺の身体には"絶対"に入るな。間違ってもだ。俺がディアボロの身体に入れたように、もしかしたらディアボロも俺の身体に入り込んじまっているかもしれない。君を危険に晒したくないんだ」
「ーー…そんな……じゃあ、このまま付いてくわーーッ!」
「悪いが、そんな状態じゃあただの"足手まとい"だぜ?それに、時間の流れが違うんだ。どうやって一緒に戦うんだ?」
「……でもッ!!」

強情で引かないヴィスカを前にブチャラティはすっかり困り果てていたのだが。

「ここは、私の"はじまり"の場所でもあるの。だから私もーー、最後まで見届けたい」
「はじまりの場所?」
「ーー…私が両親を失って、自分の能力が目覚めた場所だわ。この建物を見ていたのを覚えている。自分の過去を清算するためにも、私は貴方たちと共に行かないといけない」

復讐に支配される一歩手前まで来ているヴィスカの瞳を見据えながら、ブチャラティは人知れず、過去の自分を思い出し彼女に重ねた。
病室で父親の仇を討った夜。初めて人をーー2人のゴロツキだったがーーを殺し、何もかもが、かりそめになってしまう世界に足を踏み入れた夜。
"何かを終わらせる"ことが、彼女へ"何かをはじめさせる事"になってはいけない。

「……ヴィスカ。君は美人なのに、そんな顔をしていたら勿体ないぜ」
「なッ、えぇッ?!」
「今、相当"酷い顔"をしてる。鏡でもあれば見せてやりたいくらいだ」

唐突に笑われ、ヴィスカは自らの赤くなった顔を覆った。
ブチャラティは相変わらず頬を緩ませたまま、慌てるヴィスカを愛おしそうに見つめている。

「俺たちがすべてにケリをつけてくる。君を苦しませる事になったこの薄汚い裏の世界にも終止符をつける。君は行かせない。以上だ」
「どッ、どうして私は行っちゃいけないのよーッ!!じゃあ、ただ待ってろって言うわけ?座って、ここで、こうして?何もせずにボーっとしてろっていうの?」

その言葉にいよいよ困り果てたブチャラティは少し考え込んで、一言。

「いいや、君の任務はある。俺の身体の"監視"だ」
「かーー監視」

呆気に取られたヴィスカに、ブチャラティは踵を返した。

「なに、すぐに矢を持って戻ってくる。そんなに時間はとらせないさ」
「すぐに片付くって…ちょっと、ブチャラティ!相手はディアボロなのよ?!必ず厳しい戦いになるわッ!!」
「矢があれば、絶対に大丈夫だ。全部上手くいく。ヴィスカは俺の身体が悪さをされないよう、見ていてくれよ。犬にでも喰われて戻れなくなっちまって、君を恨んだりしたくないからな」
「待って、ブチャラティ!」
「ーーああ、そうだ。ヴィスカ、あの時俺を呼び止めてくれてありがとう」
「えーー?」
「トリッシュじゃねぇって、必死に伝えようとしてくれたろ。気づくのに遅れてしまって、結局こんな事態になっちまったが……」


「俺は必ず戻るよ」


ブチャラティはそう言うや否や、身をひるがえして階段を駆け上って行く。
暫くすると、気配はすっかり消えてなくなってしまった。


(そっかーー…そうだったんだ。私の声は、聞えていたんだ……)

束の間顔を綻ばせるも、喜びに身を浸している場合では無いのは分かっている。
我に返ったヴィスカは、自分の身体が横たわっているすぐ隣に腰かけた。


「でも…待ってるって…‥こんな時間の中で?1時間が1秒って……いったい何日?何年待てば良いの?すぐって、いつなのーー…?」

相変わらず皆は、さっきと同じような顔をして固まっているままだ。とても滑稽なはずなのに見ていると虚しくなる。
いっそ、ミスタの指の毛の数でも数えようか。そんな事を考え、顔を振る。
悠久の時間の中に1人取り残されてしまった気分だった。寂しさ、不安、恐れ。ヴィスカはすっかり困り果て、淡く白く滲んだ空を見上げる。
さっきは気づかなかったが、雨がーー降っているようだ。手を伸ばすが、その雨粒には届かない。


(ーー死って、こんな気持ちなの?)


ヴィスカは暫しの間、瞳を閉じた。







※Cretino! =低脳な奴め!馬鹿野郎が!と言った意味の汚いスラング

※仮にディアボロを1時間で倒してきたとなると、この時間の流れだと150日間待つことになります。
2時間だと300日?計算が合っていれば…


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