「あ、総司さん!こんにちはっ」
「こんにちは、ゆのちゃん」
見慣れた姿を見つけて、頬が緩む。
2日ぶりに見たその人は相も変わらず眉目秀麗で。飄々とした雰囲気も素直じゃなさそうな微笑みも、なにもかもが絵になる美男子だった。色素の薄い茶髪に翡翠色の瞳、白い肌……女の私が嫉妬するくらいだ。
新選組一番隊組長の、沖田総司さん。私の想い人であり、私のお店によく足を運んできてくれる人。
「…今日も大分混んでるみたいだね。繁盛しているようでなによりだよ」
「え、あ、ありがとうございます!……あとすみません、せっかく来てくださったのに時間取れなくて…」
「あはは、大丈夫だよ。いつもみたいにここ座ってるから」
「はい、もうすぐでお客さんも引くと思うので!」
頑張ってね〜、とひらひら手を振る総司さんに悩殺されながらも励まされて、気合いを入れて接客に戻る。
簪屋さんの我が店には今日も沢山の女性とその連れの男性で賑わっている。誰かが「ここの簪を贈ったり贈られたりすると、その二人は比翼連理の間柄になれるそうだ」という根拠も何もない妙な噂を流してくれたおかげで、京でもちょっとした人気店なのだ。
簪職人の私としては、自分が作った簪を贈られて頬を染めながら喜ぶ女性を見て嬉しくないはずがない。
大袈裟かもしれないけど、人の幸せに多少なりとも貢献出来ているのだから。
………私は、贈られる予定など無いけれど。
「ご来店ありがとうございました!またお越しください」
最後の一組を見送って、先程とは打って変わって静かになった店舗に戻る。
今はお昼時。皆それぞれ昼餉を食べに行ってしまうから客足は極端に減るのだ。
「終わった?」
「はいっ!」
人がいなくなった店舗の、会計台の奥の長椅子が忙しい時の私を待つ総司さんの定位置。
長椅子に静かに座って待っていてくれた総司さんに、毎回のことながら胸がきゅんとする。
「今、お茶入れてきます」
「うん、ありがとう。今日はお饅頭買ってきたから一緒に食べようよ」
「本当ですか!わかりましたっ」
ぱたぱたと台所まで行ってお茶を用意する。気分が高揚しすぎて身の回りのものがきらきらして見えるし、口角が上がるのを抑えられない。もう、浮かれすぎもいいところな気がする。女の子としてどうよ、とも思う。
でも仕方ない、だって相手が総司さんなのだから。
**
「お茶はいりました!」
「ああ、ありがとう。はいお饅頭」
「わっおいしそう。ありがとうございますっ」
二人で長椅子に座ってまったりするこの時間が、私はなによりも好きだ。
しかも今日は総司さんが、総司さんが(ここ重要!)買ってきてくださったお饅頭つき。………私はなんて幸せ者なのだろうか。
一人にへにへしていると、そんな私を見て総司さんは苦笑した。そして、思い出したかのようにこう切り出した。
「そういえば、ゆのちゃんに頼み事があるんだ」
「え?頼み事、ですか」
「そう、実はね−…」
「…………え?」
聞き間違いだと、思いたかった。
それから半刻ほど話して、総司さんは帰路についた。今日は深夜の巡察が有るとかで、それまで睡眠を取っておくらしい。
また来るよ、と言って小さくなる背中を笑顔で見送ったけれど、私の心は晴れなくてもやもやと悲しみばかりが募った。
「実は、簪を作って欲しいんだ」
「いつも元気で、健気な子なんだけど……そんな彼女に似合う簪が欲しくてさ」
「頼まれて、くれる?」
「断れるわけないよ……」
儚くも散った、私の初恋。
総司さんの"彼女"を思い出して慈しんでいるような表情を見てしまったから、断れるはずも無かった。
"ここの簪を贈ったり贈られたりすると、その二人は比翼連理の間柄になれるそうだ"
つまりはそういうこと。
総司さんには想い人が居たのだ、元気で健気な。
「………う、ふぇっ」
柄にも無く、久々に大声を上げて泣いた。
**
「はぁー…寒い…」
白く消えていく吐息に、冬だなあと感じて身を縮こまらせた。今日は、特に冷え込んでいる気がする。
正月が近いせいか町も活気に溢れていて、皆正月準備に忙しそうだ。
あの日から14日ほど経った今日。私は簪屋を少しだけ閉めて町に出た。
ようやくあの簪を作り終えたのだ。作製中に涙が浮かんだり、彼に簪を渡されて微笑む見知らぬ誰かに嫉妬して、自己嫌悪に陥って。
さらには元気で健気というのを表現するのに意外とてこずり、時間がかかってしまった。
でもやっとこさ完成。
薄い翡翠色の簪に、珊瑚色の蝶々や梔子色の花などをあしらった派手過ぎず地味過ぎず清楚な仕上がりになった。大切な総司さんの頼み事だ、かなりの力作である。
………少し虚しいけれど。
とりあえず壬生寺の前で商品の受け渡しになっているから道を急ぐ。…それと同時に、私の一大決心を急かすように速度を上げた。
「総司さん!」
「ゆのちゃん、こんにちは」
「こんにちはっ」
私が壬生寺に着いた時にはもう、総司さんは着いていたようだった。ちょっと待たせてしまったのか、鼻の頭が赤くなっている。
「…………」
こんな時でも、かっこいいなと思ってしまう私は大分重傷だ。それくらい好きなんだ、と。心の奥で総司さんの名前を声が掠れるくらい呼んでいるのだと再認識する。
「……どうぞ、かなりの力作ですからお気に召したら嬉しいです」
「…ありがとう。ちょっと見てもいい?」
「はい」
彼と瞳と同じ翡翠色の、私の力作の簪を眺める総司さんを前に私の決心は徐々に固まっていった。
−総司さんに想いを伝える
多分困らせてしまう。彼には想い人がいるのだから。お店にも来てくれなくなるかもしれないけど、でも何も伝えないまま初恋を終わらせるなんて嫌だった。
私の、自分勝手な気持ちだけれど。
「……ありがとうゆのちゃん、すごく綺麗で気に入ったよ。これお代ね」
「あ、ご注文ありがとうございました」
つい自分の思考に耽ってしまって、総司さんの声ではっと我にかえる。
お代を受け取って、早く早く言わなくちゃと内心で焦る私に、総司さんは「…ちょっとお茶しようか。奢るよ」と言ってくれた。
でも多分、今言わなければ茶屋に行った後も言えないと思う。決心が揺らぐ前に言うべきなのだ。
「ゆのちゃん?どうかし」
「…ーっ総司さん!」
動かない私を心配そうに見ていた彼は、私が急に声を上げたためか目を見開いて驚いていた。あ、と思う。…やってしまった…総司さんめちゃくちゃ驚いてる。
「あ、あの。えっと……」
もう後には引けない。
彼の事だ、なんでもないとごまかしても絶対何かあるとばれてしまうだろう。
心臓が五月蝿くて、まともに思考できない。彼の顔を見れば胸が詰まって涙が溢れそうになる。
でも、伝えたかった。
これが最後の機会だと思ったから。
「わ、私は……総司さんが好きです」
まっすぐ、彼を見つめて言い放った。緊張でぐらりと体が揺れるけれど、どうにか踏ん張った。
しかし目から溢れる涙は止められなくて、すぐに俯いてしまったから彼の表情はわからなかった。
「…………」
「…………」
長い沈黙。
やっぱり迷惑だったんだと思った。当たり前のことだけど、彼は優しいから今まで友達として接してきた私を即座に突き放せないんだろう。
そう思って、答えも聞かずさっさと踵を返そうとした。その刹那
「まったく、先に言っちゃってさ」
そんな言葉と一緒に、ジャリと境内の砂利を踏む音が聞こえた。
…え、と思って顔を上げると後ろから髪に優しく触れられる感覚。
しゃらんと音をたてて付けられたそれは、私の作ったそれで。
「君が作ったものを君に贈るのはどうかと思ったんだけど………ゆのちゃんの簪が、僕は1番綺麗だと思ったから」
「……え、総司さ…」
「僕も君が好きだよ、ゆのちゃん」
今度は私が目を見開く番だった。
(それは)
(比翼連理の誓いのためのもので)
( かんざし、ひとつ )
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