Blaue Rosen -12-

ジタンが出ていた後、一人残ったバッツは落ち着きなく部屋の中をうろうろと歩いていた。
なんとか心を静めようとしたのだが、静かに座っていては様々なこと考えてしまい、考えないようにするために体の方を動かして気を紛らわせようとしたのだ。
しかし、それも余り効果はなく、未だ帰ってこないスコールと様子を見に出ていったジタンの身にもしも何かあったらと不安と心配で心が押しつぶされそうだった。

部屋の中は薪が燃える音と自分の足音しか響いていない。
静かな部屋の中に自分一人しか居ないのだということも不安定な心を余計揺さ振る。

「(スコール、ジタン、無事に帰ってきてくれよ・・・。もしそうじゃないと・・・。)」

種族は違えど二人はもうバッツにとって大切な存在だった。
きっかけはさておき自分の傷が治るまでここに置いてくれた、世話をしてくれた、時に笑いあった、同じ時間を沢山共有した。

それなのに、自分はただ一人の青年を探すために共に出ることもできない。
そしてその青年を自分は知らなかったとはいえ傷つけてしまったままだ。

あの時のスコールの叫びと冷たい言葉。
「出ていってくれ」と言われたのは部屋から追い出すためではなく、彼自身の前から排除をするためのものだった。

100年もの間、淡々と日々を過ごしながら今は触れることができなくなった温もりを思い、たった一つの形に残った思い出の品に花を捧げることしかできなくなった彼。
そんな彼の繊細な部分に土足で入ったも同然の自分。
もし、本当にもし彼に何かあったら、傷つけたまま、関係に亀裂が入ったまま会えなかったら・・・。

「・・くそっ!ちくしょう!」

窓際に手を突き、うなだれて歯を食い縛る。
一体どうしたら、自分は何もできないのかと心のなかで自身に問い、責めそうになったところに窓の外で何かが横切った気配がした。

最初は黒い、大きな固まりだと思い、見間違いかと目を疑った。
しかし、よく目を凝らし、夜の闇に目が慣れるとそれが人だとわかった。黒い大きな固まりに見えたのがその人物が黒い衣服と長い外套を身につけていたからだ。
背格好から間違いなく男性だった。

「・・・スコール!?」

一瞬見えた横顔は間違いなくスコールだった。
姿がよく見えるように窓に張り付くようにして外を見ると、スコールは庭園の方に降り立ったようだった。
ここからでは彼の表情などは見えないが、どうもいつもの彼の様子とは違うように思えた。体を丸め、地面に倒れ込むかのように座り込んでいる。

「(どうしたんだ!?あいつやっぱり怪我でもしたんじゃ・・・!!)」

何時ものスコールから想像できない弱々しい姿に彼に何かあったのだと察した。
ジタンが感じた異変の原因はやはりスコールだったのかだろうか。周辺の森が騒めくほどの出来事。スコールは一体何をしていたのだろうか。何があったのだろうか。

そうこうしていると、スコールはふらりと立ち上がり、地を蹴ったかと思うと一瞬で姿が確認できなくなってしまった。
怪我を負っていると思われる身体にしては素早い動きだった。
バッツは慌てて庭園を見渡したが遅かった。スコールの姿がまったく見えない。

「(しまった!!見失っちまった!!怪我をしていたらまずい、追わなきゃ!!)」

バッツは身を翻すと、部屋に備えてあった毛布を上着代わりに羽織り、ランプを持って部屋を飛び出した。




「は・・・はぁっ、は・・・。」

スコールは荒く息を吐き、地面に全身を預けた。
精神も肉体も限界を訴えており、もう歩くことさえままならない。もはやこれ以上の移動は困難だった。
力を振り絞り、体を何とか仰向けにして大きく息を吐く。

「(・・・まさか最後にこの場所に来るとはな・・・・。)」

視線だけで見渡すと、一面に青い薔薇が咲き乱れている。
スコールが今いる場所は青い薔薇が咲き乱れる花壇の傍だった。

自分が丹精込めて咲かせた青い花。
遠い、とおい日の姉との約束の花。
両親が愛した薔薇の花。
優しく、辛い思い出を思い出させる花。


薔薇特有の甘い匂いが鼻孔を擽り、ベルベットのような濃い青の薔薇に見下ろされながらスコールは自分の体に負った傷を確かめようと重い手を動かす。傷口に手を当てれば、ぬるついた感触がした。そのまま手のひらを見ればべっとりと血がついており、ひどい有様だった。

連中に誘われ、ついて行った先には今までと比べものにならないほどの団体で待ちかまえていた。
ただ雁首を揃えただけと逃げることなく挑んだ。相手はやはり数をそろえただけの集団だったが、その数が多すぎたようだ。

賭けに勝つことはできた。ただ、その代償はあまりにも大きかった。

負った傷が治るどころか血が止まることなく流れている。
意識が混濁しかかっている。
手足を動かそうとしたが鉛のように重く、自分の身体とは思えないほどだ。

そして・・・強烈な飢えと渇き。
自分の奥底になんとか閉じ込めている化け物が血を欲している。

怪我を負い、まともな判断が難しい時の飢餓状態はいくら堅忍不抜のスコールでも耐えることはできそうになかった。
このまま血液を摂らなければ、飢えにより人を見境無く襲ってしまうかもしれないが、ここは人里離れた屋敷で自身は大怪我を負っていてほとんど身動きがとれない状態。
放って置けば自分はこのままのたれ死ぬだろうとスコールは安堵した。
死ぬことに安堵するのもおかしな話だが、誰かを襲い、殺してしまうよりはかはずっといい。
ジタンや自分を助けてくれた者達は気になったが、この周辺の平穏は守られたので、彼らの身の心配も今はもうない。
傷つけ、連れてきた旅人の青年も傷が癒えている。

自分が背負っているものはもうなにもない。

大切な人達を失ってしまってから自分は長く生きすぎ、生きることに疲れてしまった。
人の生き血を啜った身が言うのも滑稽だが、最後の最後は人の意識があるうちに人生に幕を閉じることができそうでよかった。

沈みゆく意識の海へと飛び込もうとスコールは瞳を閉じた。





盾となった両親と目の前で殺された姉

薄らと笑う目の前の男に対してどす黒い感情が渦巻き、考えるまでもなく向かっていった。

しかし、相手は自分の攻撃を受け止め、赤子の手をひねるかのように簡単に自分を跳ねとばした。

大木に体を叩きつけられ、倒れると咳き込む。内臓を傷つけたためか、口内に血液の、鉄の味が広がる。

なんとか起き上がろうとする自分に相手が馬乗りになり、囁いた。


--・・・殺すには勿体ない顔をしているな・・・お前。


首筋に鋭い痛みが走った。噛みつかれたのだ。

痛みにのけ反り、もがき、馬乗りになった男を押しのけようとしたがびくともしない。

噛みつかれた箇所からじわじわと熱が侵入していくかのような感覚。

体がどんどんと熱くなり、体中の血液がどくどくと強く、速く流れていく感覚を覚える。

頭の中に靄がかかり、体が急に気怠くなり、暴れることが億劫になってくる。



このまま自分は死ぬのだろうか・・・?

この男に・・・魔物に殺されてしまうのか・・・?

家族を傷つけ、殺したものの仲間に殺されてしまうのか・・・?



・・・嫌だ・・・いやだ・・・イヤダ・・・!!

大切な人達を奪った奴等に簡単に殺されてなるものか!!

憎い、憎い、殺してやる、ころしてやる、コロシテヤル・・・・!!




憎悪と殺意に満たされ、必死で手足を動かした。

その時、偶然にも何かに手が当たった。

一本の折れた木。先程大木に叩きつけられた時に折れたものだった。

男の方もまさかスコールが反撃をするとは思っていなかったのだろう。

一瞬の隙を突き、渾身の力で馬乗りになった男を押し倒すと、高々と木を男の心の臓に目がけて打った。

断末魔の叫びと共に、そこで意識が途切れた・・・。




「どこ行っちまったんだよ!!スコールのやつ!!」

ランプを手に持ち、外套代わりの毛布をはためかせながらバッツが庭にやってきた時にはやはりスコールの姿は影も形もなかった。
四方八方にランプの光を掲げてみたがどこにも見当たらず、バッツは途方に暮れる。

この屋敷内にいるのは間違いない。傷を負っているのならば、もう一度外にでる可能性は低いだろう。
しかし、屋敷の庭はとても広いうえに今は夜。おまけに手がかりらしい手がかりもない。
どこか物陰に潜んでいれば簡単に見落としてしまうだろう。

「(時は一刻も争うかもしれない時に・・・!)」

強い肉体を持つスコールがうずくまるほどだった。まず間違いなく深手を負っている。
そんな状態に動いていいわけはない。早く傷の手当てをしなければいけないのに、見失ってしまった。

「(おれの馬鹿野郎!!早くあいつをみつけないと!!)」

バッツは心の中で悪態をつくと、とりあえず周辺からしらみつぶしに探そうと足を踏み出した時だった。
ブーツを履いた足におかしな柔らかさを感じた。
踏み込んだ芝生が湿り気を帯びているのか、感触が普段のものと異なるのだ。
葉が濡れて、柔らかく、しっとりとした感覚の気持ち悪さに思わず視線を下にやり、ランプの光を照らした。

「・・・これは、血・・・?」

夜露に湿ったにしては芝生が濡れすぎていると思ったら、よく見ると血で湿っていた。
位置と状況からスコールの血にまず間違いない。
ランプを掲げると、ぽつぽつと血が続いている。

そこをたどっていけばスコールに行きつける。そう思ったバッツは血を頼りにスコールを追った。

これだけの血を流しているということはやはりスコールは傷を負っている。しかも相当な深手のようだ。
ジタンと入れ違いになってしまったのが痛いが、仕方がない。ここには自分一人しかいないのでジタンが戻るまで自分がなんとかするしかない。

転々としている血は徐々に間隔が狭くなっていっている。
息を切らせて庭園を駆け抜けながらスコールの無事を祈り、走っていく。
庭園を抜け、温室の横を通り抜けると、一面の青い薔薇。
夜の闇に溶け込むかのような濃い青の波の中にスコールがいた。


瞳を閉じ、仰向けに横たわっている。

時折雲から見え隠れする月の光に反射した肌は青白く、血の気が失せていた。

衣服はぼろぼろで所々が裂けており、赤く染まっている。

青い薔薇と血の赤が夜の闇というキャンバスに鮮やかに色を走り塗ったような、現実離れした光景だった。



ピクリとも動かないスコールにバッツは血相を変えて彼に走り寄ろうとした。

「スコール・・・スコール!!」

名を叫ぶと、わずかに彼の身が動いた。
どうやらまだ息がある。よかったと安堵した。

「よかった・・・なんとか生きて・・・「来、るな・・・!!」

あと数歩ところで静止の声がぶつかった。
先日と同じスコールからの強い拒絶に、バッツは思わず足を止めた。

あれだけの傷を負っているのになぜ来るなというのだろうか。大怪我をしているなら早く処置をしないといけないはずなのに。

「な、何言っているんだよ!!お前、そんだけの怪我ならいくら治ると言っても放っておくわけにはいかないだろ!?」

距離を保ったままバッツはスコールに抗議したが、スコールは横たわったまま、けが人とは思えないすさまじい形相で睨み付けてきた。
その姿は手負いの獣のようで殺気立って凄みがあった。思わず怯んでしまいそうなスコールの様子にバッツはうっと喉を鳴らしそうになったがなんとか耐える。

「そのまま・・・行け・・・俺に・・ちか、づくな・・・。」
「近付くなって・・・そんな・・・。」

訳が分からず、困惑してその場に留まっていると、不意に雲に隠れていた月が姿を現した。
月の光がスコールの身を照らす。
まるでそこだけスポットライトを浴びせるかのようだった。
先程よりはっきりとスコールの姿を瞳に映したところでバッツは息を飲んだ。


スコールの青い瞳が、赤く変化している。

血のように赤い瞳の色。


赤い瞳はスコールと出会った時以来だった。
ジタンから教えてもらったことを思い出す。
吸血鬼の瞳は血液を摂取している時か、飢餓状態の時には赤く変化をする、と。

自分が近付くなと言ったのはこのためだったのだとバッツは悟った。

目を見開き、自分を凝視しているバッツに、スコールは襲いかからないように強い自制心で自分の中に渦巻く血への渇望を必死で押さえた。
自分の中に潜んでいる吸血鬼としての自分がバッツを欲している。
まるで自分が二人、体の中に存在して争っているかのような感覚だった。

吸血鬼としての自分が囁く。

一足飛びの位置にいる餌に我慢することなんかない。思い切り餌を味わえばこの苦しみから逃れられる。
餌から漂う香りから、初めて出会った時に味わった血の芳醇な香りを思いだして生唾が湧きそうになっているじゃないか。
熱く、甘い血を持つ極上の餌。
欲望に忠実になれ。簡単なことではないか・・・。


人としての自分が叫ぶ。

餌?
餌じゃない。彼は人だ。自分と同じ人だ!!
人外の存在となり果てた自分に"あの日"から初めて自ら自分に接してくれた"人"だ!!
人を、彼を襲うくらいなら、死んでしまった方がずっといい!!
耐えろ、彼が逃げるまで耐えるんだ!!


「ぐ、うぁぁああっ!!」
「お、おい、スコール!?」

急に酷くもがき苦しみだしたスコールにバッツは彼に対してどうすればいいのかと狼狽えていると、スコールは叫び声を上げたかのような大声でバッツにこの場から去るように訴えてきた。

「に、げろ・・・頼む、できるだけ早く、ここから立ち去ってくれ・・・死なせてくれ!!」

今だこの場を離れようとしないバッツ。
このままここに居られたら、人としての自分を保てそうにない。今のうちにここから去ってくれれば、心は人として死ぬことができる。

忌み嫌った存在に完全に成り果てたくない。
死んでしまって、楽になりたい。
放っておいて、このまま死なせてほしい。死にたい。

スコールの叫びを聞いたためか、バッツが拳を握り、顔を逸らした。

手こずったが、どうやらここから逃げる決断をしてくれたようだと、スコールは苦しみながら安堵する。
そうだ、自分など置き去りにして逃げろ。スコールがそう言おうとした時だった。

バッツが逸らしていた顔を上げて、羽織っていた毛布とランプを落とし、強い足取りで近づきだした。
何か決意をしたような表情で目を逸らすことなくスコールを見据え、そのまま歩きながら襟元を寛げて白い首筋を晒す。

「飲めよ。おれの血でよければ。」

スコールが予想していなかったことを言い放った。


[ 205/255 ]


[top][main]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -