こたつとみかんときみ
冬の休日。
いつもより少し朝寝坊をしたスコールが身仕度を整え、リビングに向かうと恋人が笑顔で朝の挨拶をしてきてくれた。
ここまではいい。ただ、その恋人の姿にスコールは眉間に皺を寄せそうになったところをすんでのところでなんとか止めた。
「おはよう。寒い日はこれに限るよなぁ。」
小豆色のジャージに青地にチョコボ柄の半纏を着たバッツは炬燵に入ってだらけていたのだった。
普段忙しく学業にバイトに勤しんでいるので休息日は設けるべきなのはスコール自身もよくわかっている。
特に今日は気温も低く、天気予報では午後から雪が降ると伝えていたので、用事が無いのなら、温かな部屋で過ごすのが得策だと言える。
何よりもお笑い番組を見ながら炬燵に入ってみかんを食べているバッツは至極幸せそうなので注意をする気はない。
確かに寒い日に暖かい部屋で日頃の疲れを癒しながらのんびりと過ごすのは幸せなことなのだが・・・目の前の恋人の恰好がなんとも言えない。
半纏とおそらく高校生の時に使っていたジャージを着ている恋人は色気のいの字も感じられない。
胸につけている「3-5 クラウザー」のゼッケンが余計にそう思わせる。
一体なぜそのようなものを今まで取っておいて着ているのだろうか。以前それを着ていた時に聞いたことがあるのだが、彼からの答えは「まだまだ着れるから勿体ないじゃないか。」その一言である。
そんなジャージと半纏姿の彼の横には大量のみかんが入った段ボール箱が控えている。
バッツの故郷の幼馴染が送ってくれたというそれは二人暮らしにしては少々量が多かったためバッツは暇な時、もしくは小腹がすいている時それを手に取って食べていた。
今日はどうやら朝ごはんの代わりに食べていたのだろう。炬燵テーブルの上には大量のみかんの皮が山盛りになっていた。
ジャージ姿で半纏と炬燵とみかん。
そこいらのおっさんおばさんのようなバッツにスコールはため息が出そうになった。
「(せめて私服で半纏にしてもらえたら・・・。)」
どんな格好でも恋人は愛おしい。
恋人が可愛い、又は格好いい姿でいてほしいと訴える恋人達がいることは知ってはいるが、スコールがバッツに格好をとやかく言ったこと一度もない。
けれど、そこまでだらけた姿でいられると、どうも実家にいる父親の姿と被って見えてしまうのだ。
実家にいるスコールの父親も冬場はよれよれの部屋着かパジャマと半纏姿でだらけていることが常だった。
50歳のおっさんと同じレベルの恋人。そう思うと複雑である。
「どうした?入らないのか、炬燵。」
スコールが自分の姿を見て色々と考えているとは知らないバッツは自分の反対側の炬燵テーブルを指差し、スコールに入るように勧めてくる。
立ちっぱなしでいているのもなんなので、スコールはバッツに小さく肯くと、勧めに従い向かい合って炬燵の中に入った。
ぽかぽかの炬燵はとても暖かくて気持ちが落ち着くが、バッツの恰好にその効果も若干割り引かれているような気がする。
スコールの複雑な思いとは別に、バッツの方は明るい笑顔でみかんを手に取り皮を剥きながら、スコールに朝食はいるかどうかを問うてきた。
「朝ごはん、おれはみかん食べちゃったからいいけど、何か作ろうか?もちがまだたくさんあるから吸い物の中に入れてもいいし、それともパンがいいならサラダとオムレツにするけど?」
バッツに問われ、スコールはバッツの姿に気を取られて朝食がまだだったことに気付いた。
いつもならここでバッツか自分が準備をするのだが、彼はみかんで済ませたため必要ない。
自分の分を用意してもらうのも大変そうなので、スコールもバッツと同じく手軽に済ませようと、彼の横にある段ボールからみかんを二つ三つ取り出した。
「俺もこれでいい。」
目の前にみかんを置くと、一つ手に取り皮をむき始めた。
普段ちゃんとした食事をとるスコールが果物だけで済ませることが珍しい。そう思いながらバッツはスコールをじぃっと見つめていると視線に気づいたスコールが首を傾げた。
「なんだ?」
「あ、ごめんごめん。スコールってさ、食事はきちんとしたものを食べるって思ってたからみかんでめしを済ますなんてめずらしいなぁって思って。」
「そうか?果物だけで食事を済ませる人間なんて沢山いる。別にこれでもいい。その箱に入っているものをなんとか消費したほうがいいだろう。」
「まあ、そうだけどさ。」
幼馴染がせっかく送ってくれたものなので、いたんでしまう前に全部食べてしまえれば、それに越したことはない。
スコールはみかんの皮を剥き、一口分に割ってそれを口へ放り込んだ。
柔らかい果実を噛むと、甘酸っぱい果汁が広がり、飲み込むと少し乾いていた喉を潤す。
寝起きの体には十分なようで、スコールはまた一口とばかりに実を割りながら自分を眺めているバッツに話を続ける。
「一人分の食事を作るのは手間だし、年末年始食べすぎた体にはちょうどいいだろう。」
割った実を口に放り込んで飲み込みながらそう言った。
そんなスコールのその姿にバッツはぽかんとしながら様子を見る。
炬燵とみかんとスコール。
この組み合わせが普段クールで恰好つけなところがあるスコールに組み合わされるとどこかおかしいのに、とても穏やかでのんびりとしており、バッツは声に出して笑ってしまった。
「ふふっ。」
「・・・どうした?」
みかんを食べる手を止めてスコールがバッツの方を向くと、彼はにこにこと微笑み、箱からみかんを取り出してスコールの前に一つ、自分の前にひとつ置いた。
「いや、スコールと炬燵でみかんってなんかいいなぁって思ってさ。」
「?どういうことだ?」
訳が分からずに首を傾げると、バッツは自分の分のみかんを手に取りゆっくりと皮を剥きながら話した。
「おれ、大学で地元出てからスコールと一緒に住むまで、こうやって誰かと炬燵に入ってのんびりすることなんてあんまりなかったからさ。今回の冬はたくさんのんびりできてうれしいなぁって思っただけだよ。一人だとこうはいかないからさ。」
バッツに言われて、スコールもまた、バッツと同居するまでこのように誰かと向かい合ってのんびりすることはほとんどなかったことを改めて思い出した。
バッツがここにやってきてから、こうして穏やかで優しい時間を過ごすことが当たり前になっていたが、もし、目の前に彼がいなければ自分はここで一人、淡々と時を過ごしていただろう。
「・・・好きな奴とあったかい部屋で同じ時間を過ごせるって幸せだよな。」
バッツがつぶやいた言葉がスコールの胸に響く。
恐らくバッツは狙って言っているわけではない。
けれど、当たり前になりつつあることでもかけがえのないことであることを心のどこかで忘れずにいるのだろう。
何気ないことを幸せを感じるバッツ。
そう思うと、彼のジャージと半纏姿を気にしていた自分が小さく思えてしまい、スコールは心の中で自分に対して小さなため息を吐いた。
そんなことには知らず、バッツは先程皮を剥いたみかんを食べながらのんびりとテレビをみており、時折声に出して笑っていた。
なんてことはない日常だが、穏やかでとても優しい時間が流れている。
温かい部屋で炬燵とみかんとバッツ。
そんな何気ないことが本当の幸せなのかもしれない。
積み上げられたみかんの皮に自分が食べた分の皮を重ね、スコールはもう一つみかんを手に取り、皮を剥き始めたのだった。
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何気ない日常を心穏やかに過ごせればそれはそれで幸せだと思います。
スコさんは恰好つけなところがあるので、自然体すぎるバッツさんがたまに理解できない場合もあるのではないかと。
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