拍手お礼ログ

■ 拍手お礼 連載ミニ小説


子供の頃に親に読んでもらった絵本や放映されていたアニメの話はある日突然普通の生活が一変してしまう場面からはじまることが多かった気がする。

いきなり自分の部屋に正義の味方が現れて、その手助けをするために自分も正義の味方に変身して闘う。
または魔法使いから、魔法の素質を見出され、普通の人間から魔法使いの弟子になるなど、非現実的な場面から始まる物語がどのように展開していくのか幼い頃胸を高鳴らせて聞いていたことを覚えている。

けれどもそれはあくまで物語の中だけであって現実ではまず起こりえないことだと、歳をとっていくにつれて自然と理解してしまっていた。

ただ・・・今自分の目の前で起こっている現実はその考えを大いに覆すものであった。


その日は土曜日で学校は休日だった。
高校生のスコールは貴重な休みを家でのんびりと過ごすのがささやかな心の平穏であると思っていた。

いつもより少し遅めに起き、のんびりと朝食を取った後に、洗濯や洗い物をしてしまい、自分の時間を自由に過ごす。
母親がいないため、家は父親と2人暮らしだったが、その父親は現在単身赴任中。
実質一人暮らし状態で最初は周囲の人間に心配されたものだったが、一人での生活にはすっかり慣れてしまい、今では心配をかけられることもなくなってしまった。

家事を終え、父親から健在であるかどうかの確認メールを返信し、さて、自分の時間を過ごそうとした時に事は起こった。

読みたかった真新しい本を持って居間に入ると、突然、目も開けていられないほどの閃光が部屋の中を照らした。
あまりのまぶしさに思わず本と腕で目を守る。
光の洪水とも思えるその強さに、はじめは家の中に爆発物でも投げ込まれたかと思ったスコールだったが、家はもちろん自分の身体や家の中の家具が吹き飛ぶ気配もない。

「(なんだ!?この光は!?)」

閃光弾の類なのだろうか?
それだとしてもなぜ一般家庭にそんなものが投げ込まれるのか、まったく理由が思いつかない。

そうこうしているうちに、光が止んでいく気配がしたため、スコールはおそるおそる瞳を開けると、目の前に一人の青年が立っていた。

背格好から恐らく自分とそう歳の変わらない男だった。
やや癖のある茶色い髪のどこにでもいそうな人懐っこそうな感じの青年だったが、青年はとてつもなく風変わりな格好をしていた。

青いタンクトップに厚手のタイツと腰布、金細工の肩当てと腰までの長さのマントを身に纏っている。
ところどころにちいさな宝石のような装飾品を身につけており、一見するとサーカスか劇団の団員のような格好の青年だった。

見るからに怪しい青年にスコールが身構えると、青年はにこりと微笑みかけ、元気よく挨拶をしてきた。

「こんにちは。そしてはじめまして。地上部門旅行課見習い一級神バッツ・クラウザーと言います。よろしく!」

そう自己紹介すると、なにやら名刺のようなカードをスコールに差し出してきた。
わけがわからず向こうのペースで話しかけられたスコールはそれに乗せられてしまい、大人しくカードを受け取り、何が書かれているかを確認する。

カードはほとんど名刺といってもおかしくないものだった。
白いカードには青年・・・バッツの名前と先ほど自己紹介された内容が金色の文字で記載されており、下には小さく"旅に関する地上でのお仕事を精一杯努めさせていただくため見習い中です!"と宣伝文句のようなものが書かれていた。
普通の名刺に比べて少し派手な名刺と思われるカードと交互に青年を見ると、彼は深々と頭を下げてスコールに話しかけてきた。

「おれ、地上での勤務を希望している見習い神なんだ。今回、一ヶ月間、あんたと一緒に生活して、地上勤務が可能かどうかを試験されることになったんだ。協力してもらえるか?」


地上での勤務?
見習いの神?
一か月間自分と生活?


目の前の青年の言っていることが全く理解できない。
神と名乗っていたのだから、人間ではないということなのだろうが、青年には羽は生えていないし、手足が複数本あるというわけでもない。
なんの変哲もない普通の青年のように見える。

どこか頭のネジが一本外れた人間なのか、それとも自分のことをからかっているのか。
見かけは普通だが、服装と言っていることがおかしいこの青年に、スコールは受け取ったカードをジーンズのポケットにしまいながら警戒心を丸出しに問いだした。

「聞きたいことがあるのだが。」
「うん?」
「あんた、正気なのか?いきなり神様の見習いだとかなんとか言われて、はいそうですかと大人しく言えると思うのか?そもそもあんたが本当に神様なのかも怪しいところだ。新手の泥棒か詐欺師か何かか?」

きつく問い詰めるスコールにバッツはきょとんとし、自分の恰好を確認しだして、首を傾げた。

「ん〜・・・人間からすればまあ、怪しく見えるのかな?おれ。」
「(見るからに怪しいだろう・・・。)」

スコールが心の中で突っ込みを入れているのに気が付かず、バッツは暫く腕を組んで何かを考えているような素振りをすると、やがて名案を思い付いたとばかりに笑顔でぽんと手を叩き、ふわりと床を蹴ってジャンプした。
ただ、ジャンプはしたが、落下せずにスコールのちょうどひざくらいの高さをふよふよと浮き上がっている。
彼はそのままの状態で空中でくるりとでんぐり返りをしたり、くるくると回転をして、また床に降り立った。

「人間は自力で飛べないはずだからこれでどうだ?なんならもっと高く飛んで見せようか?」

目の前人間が飛ぶのを目の当たりして、唖然とした表情のスコールにバッツは笑顔でそう言った。
確かにバッツの言う通り、人は自力で空を飛べないし、ましてや空中ででんぐり返りや回転などは無重力空間でないかぎりまずはできない。
しかし、それはあくまで平常時の話である。

彼がもし、事前に自分の家にワイヤーなどを仕込んでいればなんとか可能である。
種を仕込むことができる可能性があるものは信用できない。・・・ただ、その種であるワイヤーなどの類は全く目に見えていないのだが。

「飛ぶことができると言ったが・・・そういった手品はよく見る。そう簡単に信用できない。」
「中々用心深いなぁ。」

スコールの主張にバッツは少し困ったように頭を掻くと、今度はスコールが持っている本を指差した。

「んじゃあ次。その本を貸してもらえるかな。」

この本は買ったばかりの本で、先ほど書店の包装をといたばかりのものだ。
これを何に使うのだろうか?と疑問に思いながらスコールはバッツに本を渡すと、彼は表紙に書かれた題名に手をかざし、何やらぶつぶつと聞きなれない言葉を唱えはじめる。

本にかざしたバッツの手から淡い光が発せられると、表紙の題名の文字だけが表紙から剥がれて、ふわふわと浮き上がった。

「な・・・!?」

思わず驚いた声を出すスコールにバッツはくすりと笑うと浮き上がらせた文字をお手玉にして遊びながら器用に本をスコールに渡してきた。
手渡された本をスコールは受け取り確認すると、題名の部分だけが空白になっており、文字がなくなっている。

目を丸くして驚くスコールに、バッツはお手玉にしていた文字を持ち、それを題名が取り出された本に押し付ける。
すると文字は本の表紙に溶け込むように吸い込まれてなくなる。
バッツが本に当てていた手を離すと、本の題名は文字を取り出される前と同じ状態に戻り、表紙に消えたはずの題名がきちんと表示されていた。

何か仕掛けでもあるのだろうかと、スコールは本の表紙を触ってみたり、本を開いてぱらぱらとページをめくってみたが何も変わりがなかった。

この本は昨日発売されたばかりで、前もって表紙に細工をするのは難しいと思われる。
もし、細工できたとしても本屋に並んだ本の山にそれを忍ばせ、スコールが手にとる確率は相当低い。

夜に家に忍び込んで細工されたかとも考えたが、先ほどといた包装紙にはおかしな点はなかったと思う。

「これで信じてもらえるかな?」

明るい声で聞いてきたバッツにしきりに本を触って仕掛けがないかを確認をしていたスコールは本からバッツへ視線を向ける。
スコールの視線が自分の方にまっすぐ向けられると、バッツは軽く咳払いをし、先ほどの楽しげな様子から打って変わって、丁寧に頭を下げてきた。

「地上勤務への大事な試験なんだ。改めまして、協力してもらえるか?いや、してください。」

そうスコールに頼んできたのだった。

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神様?バッツさんと人間スコさん。

mainで連載中の吸血鬼ではスコさんが人間ではありませんが、拍手のお話は逆にバッツさんが人間ではない話を書いてみたいなぁと思いまして。
最初は天使で行こうかとも思ったのですが、かわいすぎだと思ったので神様に。

バッツが神様だと何かとんでもないことをやらかしそうな、賑やかな神様になりそうですね・・・。







■ 拍手お礼 連載ミニ小説



「聞きたいことがあるのだが、いいか?」

バッツは下げていた顔を上げると、スコールは眉間に皺を寄せて腕組みをしていた。
食あたりを起こしたかのような難しい顔をして自分を見つめていたため、バッツは何処か不作法なところでもあっただろうかと首を傾げた。
尤も、勝手に家に上がりこんでいる時点で失礼極まりないのだが。

「何?なんでもどうぞ?」

笑顔で先を促すバッツにスコールは前髪をかきあげると、至極不機嫌そうな声で問いかけてきた。

「一ヶ月間俺と共に生活をしなければいけないのはわかった。ただ、俺に拒否権はないのか?人間なんて・・・沢山いるだろう?何故俺なんだ?」

スコールからすればいきなり見ず知らずの人間・・・バッツの場合は人間ではないのだが、一ヶ月間生活しろと言われてはいそうですかと答えることはできない。
性格も生活環境もちがう相手との共同生活はスコールでなくても嫌がる人間はいるだろう。

それならば、とっとと他の人に当たってもらいたいところがスコールの本音である。

しかし、バッツ本人はスコールの質問に困ったかのように頭を掻きながら答えてきた。

「うーん、拒否をすることはできるっちゃできるんだけどさ・・・。」
「・・・何か問題でもあるのか?」
「えーっと、お伺いを立てて、相手に了承を得るのも試験の一環なんだよ。地上勤務の神は多かれ少なかれ人間とコミュニケーションをとる機会があるからさ。断られたとしたら了承を得るまで何度も話し合わなければいけないわけ。」

とどのつまり、拒否権は無いに等しいのだとスコールは理解した。

「あと、なんでお前が選ばれたかについてだよな?天界にあるデータベースに登録されている全人間データからおれと相性がいい人間が選ばれてるんだよ。もちろん、相性だけではなく試験内容に合った条件にも一致しているかも判定材料だけど。おれが住んでも支障がないくらいの広さの家に住んでいて健康で口が堅そうでまじめで「もういい、わかった。」

全人類の中で目の前の青年との相性とその試験内容にたまたま合致してしまったために選ばれてしまったとはなんという不運だとスコールは頭を抱えたくなった。

見るからに騒がしそうな青年と自分が相性がいいとはとても思えない。
この青年と一ヶ月どころか、一週間でも共同生活ができるのだろうかと甚だ疑問である。
しかし、自分がそれを断ったとしても、目の前の青年が了承するまで何度も頼みにくるのため避けることはできない。
一ヶ月の同居は嫌だが、拒否をしたところで免れられないのならば、さっさと同居を了承してしまうほうが関わり合いは少なくすむということになる。

腕を組んで考えるスコールに、バッツは「よくある質問」と書かれた小冊子を取り出して話しかけてきた。

「もちろん、ただでとはいわないよ。同居中にかかる金銭は保障するし、おれの試験が無事に終了したら条件付きだけど願い事を一つ叶えてくれるよ。なんなら注意書きもみせちゃうぜ?」

小冊子を渡そうとするバッツにスコールは手で押し返した。
彼の様子にもしや断られるのかと思い少々不安そうな顔をしたバッツにスコールは一瞬の躊躇いの後に、ゆっくりと、不承不承頷いた。

「一ヶ月間の共同生活、了解した。断ったとしても、あんたは居座る気なんだろう。」

迷惑そうな顔で了承するスコールに、バッツは見る見るうちに笑顔になり、彼の手を取って何度も「ありがとう!」と大きく握手をして礼を言った。

「話がわかるやつで助かったよ!もし聞いてくれなかったらおれ、聞いてくれるまで庭で野宿して頼み込もうと思っていたんだよ。」
「なんて迷惑なことを考えているんだ!あんた!」

バッツの考えを聞き、スコールは顔に青筋を立て声を荒げた。

庭で野宿する変わった姿の青年を隣近所の人達にもし見られでもしたら・・・どんな噂が流れるか考えたくもない。
ご近所ネットワークの恐ろしさをまったくわかっていないのだろう。

伺いを立てると言っている割にはなかなかの神経の持ち主のようである。
これから一ヶ月、なんとか被害を最小限に抑えるよう彼には注意をしなければならないと思うと改めて自分の不運をスコールは呪いたくなったのだった。

そんな不機嫌極まりないスコールとは対照的にバッツは満面の笑みである。

「これから一ヶ月宜しくな!!スコール!!」

名乗ってもいないのに自分の名前を呼ぶバッツにスコールは「何故名前を知っている?」と突っ込みを入れそうになったが、そういえば彼は神なのだから知っていても不思議ではないのだと一人で納得した。

たった数分間で期間限定だがほとんど居候でしかも人間ではない者を住まわせることになってしまい、どっと疲れがでてしまった。
とりあえず、本を読むのをやめて心を落ち着けるためにコーヒーでも淹れようとスコールはよろよろとした足取りでキッチンへと向かった。

「どこ行くんだ?」
「コーヒを淹れてくる。・・・あんたもいるか?」
「コーヒーか。聞いたことあるぞ。人間の飲み物なんだよな?一度飲んでみたかったんだ!!」

遠慮なく答えたバッツにスコールは「了解した・・・。」と呟くと、キッチンへと向かうべく部屋を出ていってしまった。

「・・・さてと。」

スコールの気配が遠くなったことを確認すると、バッツはほっと息を吐き、懐から書面と砂時計を取り出した。
どちらも天界を出る際に試験官から必要なものだと渡されたものでどのようなものか説明を受けたのだが、今一度確認のすることにしたのだ。

書面を開き、書かれている内容を確認する。
中には試験開始についてと試験内容についてたった2行だけが書かれていた。

「(試験開始について・・・『試験期間は試験官から手渡された砂時計が流れたら開始とし、その砂がすべて流れたら終了とする。』っと。)」

バッツは手に持っている砂時計を確認すると、天界を出た時は砂がまったく落ちなかった砂時計が、今はさらさらと下に落ちていっている。

「(どうやら"上"はきちんと試験開始と判断したみたいだな。とりあえず、第一関門終了だな。)』

自分の行動、試験相手とのやりとりは天界で逐一記録され、監視されると聞かされていたので、驚きはしなかった。
さらさらと流れ落ちる砂を暫し見つめると、今度は試験内容を確認するために視線を書面へと戻す。

「(・・・『試験は選ばれた人間と一ヶ月間生活を共にし、共に助け合うこと。』か・・・。)」

試験の説明はたった一行それだけが書かれていた。
天界を出る前、バッツは今までの試験内容と結果を個人的に調べたのだが、過去の試験内容も今回と同じく人間との共同生活を送るものがほとんどだったが、単純な試験内容の割に落ちる者は大勢いるようだった。

「(試験の合否基準はわからないけど、相手と助け合わなくちゃいけないんだよなぁ。・・・あいつ、見るからにハードル高そうだよなぁ・・・。)」

見たところ試験相手はかなり警戒心が強い上に中々心を開いてくれなさそうな少年のように思えたので試験期間中に彼のことを理解し、自分も理解してもらって互いを助けて支え合うことができるかどうか不安ではある。
しかしもう後戻りはできない。

「(期間は一ヶ月。これに合格すれば地上勤務なんだ。・・・まずばスコールを知る必要があるよな。)」

まず自分にできるところから始めることからだと決意すると、懐に砂時計と書面を大事に懐にしまい、自分を奮い立たせるため、握り拳をつくり胸を一度とんっと叩く。
そうすると不思議とやる気が出てきた。

「(さてと、互いの理解と助け合いの一貫も兼ねて、あいつのコーヒーの準備を手伝いに行くとしますかね。)」

台所からコーヒーの香ばしい薫りが漂ってくる。
それを深呼吸をして味わうと、バッツは足取りも軽やかに台所へと向かったのだった。

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押しかけ女房ならぬ神様バッツさん。
試験内容がかなりアバウトなのは気にしないでください。

少しシリアスな感じが漂いましたが、面白おかしいバッツさんとそれの巻き添えを食らうスコさんなどのドタバタな場面も沢山いれたいと思っています。







■ 拍手お礼 連載ミニ小説




バッツが台所に入ると、既にスコールはコーヒーを淹れ終わっており、トレーの上には2つのカップが並んでいた。
やってきたバッツにスコールは気が付くと、トレーに置いていたカップの一つを彼に差し出し、バッツは「ありがとう。」とお礼と共にカップを受け取った。

「お、これがコーヒーかぁ。」
「飲んだことはないのか?」

すぐに飲もうとせずにカップの中に注がれたコーヒーを眺めるバッツに、すでに飲み始めたスコールが問うと、彼はこくりと頷いてきた。

「ああ。地上の情報は書物や映像で見たことがあるくらいでさ。飲んだことがあるのは地上勤務の神くらいじゃないかな?」

そもそも天界と地上では微妙に食物が違うとのことをバッツは説明した。
果実、野菜、肉などももちろんあるのだが、地上のものと同じものがあれば大きさ、色などが異なったもの、天界にしか存在しないものなど様々らしい。
神々も人間と同じく食物を口にする者が大半で、食事やお茶の時間などは人間と同じく楽しみのひとつなのだとバッツは言った。

「天界にも色々な料理や飲み物はあるよ。ただ、コーヒー豆は天界にないから飲むのは初めてだよ。ところ変われば品も変わるってわけだな。」

コーヒーを気に入ったのか、味わうかのようにゆっくりと飲みながらバッツが締めくくると、文化圏の違いはバッツの衣服で十分わかるのだが・・・とスコールは心の中で突っ込みを入れた。
そして、ふと、彼の衣服がまだ劇団員のような幻想的な衣裳のままだったことに気付いた。

家の中ならそのままでも構わないのだが、外に出る時にそのままで出られると悪目立ちをしてしまう。

「・・・その服だが、何とかならないのか?」
「ん?ああ、地上だとこれだめなんだっけ?」

バッツ本人は普段着ているものなので、何の違和感もないのだが、スコールが着ている衣服と比べると感じがかなり違う。
スコールは上着は来ているものの、バッツのように装身具やマント、宝石などを身に着けていない。

「そうだなぁ・・・ちょっとまってろよ?」

バッツはそうスコールに言うと立ち上がり、くるりと一回転する。

おとぎ話では魔法使いや妖精はステッキや特定の動作で衣裳を変えることができたがその類なのだろうか?とスコールが眺めていると、バッツがターンを終えてスコールの前に立った時には先ほどとはまったく違った衣裳を身に纏っていた。

「・・・なんなんだそれは。」

スコールはバッツの衣裳を見て軽く眩暈を起こしそうになった。

バッツの衣裳は先ほどのものと比べて確かに人間が着るものには近くなった。
ただ、彼が身に着けていたのはローライズの黒のパンツと緑の腰布、胸元と腹部を露出した真っ赤なシャツを着ている。
サンバかフラメンコでも踊りだしそうな格好だったが、バッツ本人はスコールが感じている違和感に全く気が付いていないようだ。

「これならどうだ?おれが持っている衣裳の中で地上に一番近いものを「どうみてもダンサーだろう!!その恰好は!!」

突っ込みを入れるスコールにバッツはきょとんとし、自分の恰好を確認したが、やがて首を傾げて問うてきた。

「なぁ、これもだめなのか?」
「・・・その恰好は確かに先程よりも近くはなったが・・・それで歩くとかなり注目を浴びるだろうな。」

微妙にズレているバッツにスコールはため息を吐くと、どうしたものかと考える。すると何かを思いついたのか、台所を出ていき、戻ってきた時には数冊の雑誌を手にしていた。
スコールはバッツの前に雑誌を置くと、ぱらぱらと開いていき、彼に似合いそうな服を着たモデルはいないかと探す。

あるページで、手を止めると、モデルの写真を指差し、これと同じ服を出すことができないのかを聞いてみる。

「この服と同じものを出して、着ることはできないのか?あんたならこの感じが似合いそうだが・・・。」
「まったく同じにするだけなら簡単だよ。」

バッツはまかせろとばかりに頷くと、また同じようにくるりと一回転する。ターンを終えると、今度は雑誌のモデルとまったく同じ衣服、ネックウォーマーにダウンベストとパーカー、ジーンズを穿いており、どこからみても普通の青年にしか見えない。
この格好なら問題はなさそうだとスコールは胸を撫で下ろすと、彼は珍しいのか何度も自分の恰好を確かめていた。

「ふーん・・地上の服ってこんな感じなのか。"上"で一応研修は受けたけど、実際とは違うなぁ。なぁなぁ、せっかくだからさ、服以外にも色々と教えてくれよ。試験中だけど人間がどんな風に生活してるか実際目で見て手で触ったりできるのって貴重な経験になると思うからさ。」



服を選んでからも中々大変だった。
バッツは家中の家具、家電などをいちいちスコールに用途を聞いてきて、どのように使うのか使ってみたいとひとつひとつ自分で確認していた。
中でもパソコンや携帯電話などの情報端末機器には「これがあれば地上の情報を沢山知ることができそうだ!」と、かなり喜んでいた。

流石に神であるためか、スコールの説明をすぐに理解し、家電類を問題なく使いこなしている様子から、情報収集能力がかなり高いようだった。この調子なら、こちらの文化や常識などもすぐ理解してもらえそうで、もし自分以外の誰かに不審に思われて何か言われても、文化圏が異なった国の留学生と誤魔化せばいいだけである。
一ヶ月間ならどうやらなんとか生活できるだろうとスコールは安堵した


あれこれとバッツの相手と彼の部屋の用意をしていたら、あっという間に日が暮れてしまった。
スコールが用意した食事を二人で摂った後、バッツはすぐさまパソコンにかじりつき、その間にスコールは風呂に入ることにした。

この時間くらいは誰にも邪魔をされたくなかったため、脱衣所の扉に鍵を掛け、服を脱いで浴室へと入る。沸かしたての湯に入浴剤を入れてから体と髪を洗い、ゆっくりと湯船に浸かった。
大きく息を吐き、体を浴槽のヘリにもたれかけさせると、じわじわと体が熱くなり、血液の巡りがよくなっていくかのようでとても心地が良い。

これから一ヶ月間はあの騒がしい神バッツと共に生活をするのだ。

平日は学校だが、休みの日は一日の大半を彼と過ごすことになる。
だとすると、彼から離れて一人きりになれるのは、夜眠る時か今のように風呂に入っている時くらいだ。
自分の性格上、四六時中他人がピタリとついて回られるのはやはり疲れてしまう。

温泉成分入りの入浴剤が入った湯とその香りに癒されながら、ゆっくり休息しようとスコールが浴槽に深くもたれかかった時だった。

ガチャッ!!

勢い良く浴室の扉が開いたと思ったら、腰にタオルを巻いたバッツがニコニコと浴室に入ってきたのだ。

「(ネットをしていたのではなかったのか!?それよりも、脱衣所の扉に鍵を掛けていたはずだが!?)」

面食らったスコールは持たれかけさせていた背を起こし、浴槽のヘリに手を掛けると、バッツは腰に巻いたタオルとは別のタオルと石鹸らしき物を取り出した。

「地上には『裸の付き合い』という言葉があるんだよな?さっき、インターネットで知ったんだ!折角だから二人で背中の流し合いをしようぜ!」
「ちょっとまて!その話の前に扉には鍵を掛けていたはずだ!あんたが開けて入ったのか!?」
「ああ、おれが外したけど何か問題あるのか?スコールもおれも男だし別にいっかなーって。」
「(問題大アリだ!)」

同性だからいいというわけではなく、モラルやマナー違反ではないのかと問いだしたところで目の前の男、もとい神にはわかってもらえるかどうか怪しいところである。
地上と天界の常識や文化にズレがなければ、着ていた奇妙な衣服もきちんと修正をしてくると思われる。

湯船の中で片手で顔を覆ってうなだれるスコールなんてお構いなしにバッツはぺたぺたと風呂場を歩き、スコールの肩を叩いた。

「さて、裸の付き合いと行くとしようぜ。まずは互いに背中の流し合いだ。」
「・・・俺はもう体を洗ったからいい。」
「そうなのか。じゃあおれの背中でも洗ってくれよ!明日からはちゃんとスコールと同じタイミングで入るからさ。」

彼の発言に貴重な安息の場が一つ減りそうだと感じたスコールは断固阻止をする。

「裸の付き合いは温泉や銭湯などの大人数で入れる大きな風呂場で行うことだ!一般家庭では小さな子供と親が一緒に入るくらいでほとんどしないんだ!」
「そうなのか?けど、まったくないわけでないんだろ?いいじゃないか。減るもんでもないしさ。」

何が悲しくて家庭用の狭い浴室で男同士で風呂に入り、背中の流し合いをしなければいけないんだとげんなりとしていると、バッツはスコールの腕をつかみ、「さぁ背中を流してくれ。」と言ってきた。

どうやら折れそうにない、もとい、折れるまで説得する気力も無くなったスコールは諦めて手近にあったタオルを腰に巻くと、バッツの背中を流すためにしぶしぶ湯船から上がった。
スコールの様子にバッツは嬉しそうに笑い「宜しく頼む!」とばかりにタオルと石鹸を押し付けて椅子に座ると背中をスコールに向けてきた。

「(なんとかなりそうだと思ったが前言撤回だ。)」

背中を洗うために、タオルで石鹸を泡立てながら明日からどうしようかとスコールは考えあぐねるのだった。


共同生活はどうやらかなり前途多難のようである。


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神話の神々(特にギリシア神話)はかなり奔放なイメージがあるので、バッツさんも倣って自由奔放に。
かなり大らかな上に、文化を知らないのはご愛嬌ということで(スコさんからすれば受難の日々の始まりですが。)

しかし、いつかは書いてみたいと思っていたお風呂ネタがまさかこんな形で書くことになるとは思ってもいませんでした(汗)






■ 拍手お礼 連載ミニ小説




朝起きて、ダイニングキッチンへの扉を開けたらトーストが空を飛んでいた。




昨晩はずいぶんと賑やかな夜だった。
風呂場に押しかけ神・・・もとい、バッツが風呂場に乱入した後、休もうとしたら今度は寝室にまでやってきて「まくら投げをしよう!」と大量の枕を抱えてきたのだ。

どうやら彼にインターネットを教えたのが間違いだった。
バッツは驚くほどの情報収集能力と吸収力で多くの知識を得たようだが、少々感覚がずれているのか、"裸の付き合い"や"まくら投げ"など過剰な交流方法をあれこれとスコールに提案してきた。
本人は純粋にスコールと交流しようと思ってやっているようだが、スコールからすれば迷惑極まりない。
ただ、スコール自身があまり強く物を言うタイプではないことと、バッツの勢いに気圧されてしまって付き合ってしまい、その疲れが体に残ってしまった。


慣れないことをしたからか、体が怠い。
おまけに大量の枕が飛び交う夢までみてしまったため、うなされて寝不足だ。

頭を押さえてふらふらとしながら、朝食の準備をしようとキッチンに向かうために、ダイニングキッチンの扉を開けたところでスコールは固まった。


トーストが数枚、空中をひゅんひゅんと飛び交っている。
サラダのボウルがぷかぷかと浮かび、中に入っていたレタスやトマトなどが飛んだり跳ねたりしている。
コーヒーメーカーがゆらゆらと揺れており、カップや皿がテーブルの上でくるくるぴょんぴょんと踊っている。

犯人は考えるまでもなかった。


血相を変えたスコールが、キッチンの怪現象の犯人を探すと、犯人はのんきに庭に出て水やりをやっていた。
ただし、手にはホースや如雨露などは持っておらず、直接手から水を生み出し、景気よく振りかけるかのように木々や植木鉢に水を与えていた。
水芸などのレベルではない技にスコールが頭を抱えると、自分の背後にいるスコールの気配に気が付いたバッツが振り返って挨拶をしてきた。

「おっ、おはよう。スコール。」

自分を探しにきた青年に、バッツはにっこりと笑うと、彼は荒い息を吐き、バッツに水やりをやめるように言ってきた。

「その水やりはやめろ。人にみられたら不審に思われる。」
「え、大丈夫だよ。ちゃんと人に見られないように"結界"を張ってあるからさ。」
「それでもだ!なにがあるかわからないだろう!?」

バッツが言ってきた"結界"とはどのようなものかはわからないため、どのくらい安心できるものかわからない。
自分が理解できないものに大丈夫だといわれても、到底信じられそうになかった。

バッツは困ったように苦笑すると、手から生み出していた水を止めた。

「心配性だなぁ。まぁ、そこまで言うなら次回からは気をつけるよ。」

のほほんと答えるバッツに、スコールは片手で顔を覆い、ため息をつくと、今度はキッチンの怪現象の文句を言わなければとバッツの方を向きなおると先程まで目の前にいたはずがいない。
「何処に行った!?」とスコールがきょろきょろとすると、彼はすでに家の中に入ろうとしており、スコールに小さく手招きをしていた。

「水やりは終わったからさ、朝飯にしようぜ?もう準備はできてるからさ?」

不機嫌極まりないスコールに気付いていないのか、彼はスコールを連れてダイニングキッチンに向かう。
室内にはトーストやサラダの他にオムレツやスープがいつのまにか仲間に加わってダンスをしており、バッツが両手をパンパンと叩くと全部ダイニングテーブルに大人しく鎮座した。

「昨日はスコールが晩飯の準備をしてくれたからな。今朝はおれがしてみました。」

どうだ?とばかりにスコールの顔を覗き込むバッツ。
スコールはそんな彼からの視線を逸らし、テーブルの上のメニューを確認する。

どれも普通の朝食メニューでとても美味そうだったが、全て得体のしれないバッツの力で作られたと思うと素直に「美味そうだな。」と言うことができなかった。

「朝食を作ってくれるのはありがたいが、出来れば次回からもう少し大人しめで作ってもらえないか?」

スコールがそう頼むと、バッツは「・・・大人しめってどうやって?」と聞き返してきた。
どうやらこれが彼の普通の作り方のようらしく、”大人しめ”と言われたらどのような作り方をするのかわからないようだった。

「・・・人間式に作れということだ。」

スコールが調理器具を手に持ってバッツに見せると、彼は理解したのか、ぽんっと手を叩いて頷いた。

「手で調理器具を持って作れっていうことか?」

ようやく理解したらしいバッツにスコールは話を続けた。

「そうだ。人間はあんたとは違って物は手で持たないと動かすことはできない。さっきの水やりみたいに、何もない状態から何かを生み出すことはできないんだ。せめて、人間らしい振りだけはしてくれ。それが無理なら俺がするから。」

スコールの頼みにバッツは目を丸くし、次に苦笑した。

どうやら思っていた以上に目の前の少年はかなりの慎重派のようだ。

スコールには伝えていなかったが、試験中、部外の人間に自分の能力を見られても最悪記憶を消すことができる。
ただ、その手続きや空いた記憶の辻褄あわせが面倒なので大抵の神は"結界"と呼ばれるものを張り、外部から"結界"内部が見えないようにしておくことが殆どだ。

バッツも当然、自分がこの家に入った時にそうしたので余程強い技を使わなければ家の外の人間に怪しまれることはない。
だが、ここは地上。少年のやり方、つまりは人間の生活に倣ってみるのも面白いかもしれないし、地上勤務に役立つかもしれないと思ったのでバッツはスコールに了解とばかりに頷いた。

「わかった。同時進行できるから楽かと思ったんだけど、次からは力は使わないよ。ま、今回はせっかく作ったんだし勘弁ということで。」

バッツは朗らかに笑いながらスコールに言うと、彼に席に着くように手で促した。
スコールは少し考えた後、自分の前の席を引くと、そこに座り込んだ。


ぼんやりとコーヒーを飲み、サラダをつつくスコールに、バッツはトーストにバターを塗って渡すと、今日はどういう予定で動くのかと聞いてきた。

「今日は"日曜日"だから休みなんだよな?今日も一日家にいるのか?」

バッツからトーストを受け取ると、スコールはしばし考え後、トーストを齧って咀嚼し、飲み込んでから答えた。

「今日は日用品と食料品の買い出しなどをするつもりだが・・・まさか・・。」

スコールが気づいた時には時すでに遅し、バッツが目を輝かせてこちらを見ていた。
彼の様子から「おれも行きたい!連れて行ってくれ!」と訴えているのがすぐにわかった。

昨日の様子から人間のやることなすことなんでも興味を持つくらいなので当然と言えば当然の反応だろう。

どうすべきかとスコールは悩んだが、一ヵ月もこの家の中に閉じ込めるのは活動的な彼には苦痛だろうし、なにより気の毒にも思える。
それに、おおざっぱに見えるバッツだがスコールに注意されたことをきちんと聞き入れているようで、今日は昨日の仮装のような服装ではなくジーンズにシンプルなセーターを着ていた。

見かけだけなら十分取り繕うことはできるようだし、自分が傍にいれば誤魔化すこともできるだろう。

スコールから"OK"の一言が出るかどうかとそわそわした様子で待つバッツに、スコールはため息を吐くと、小さく彼に頷いた。

「”人間らしく”いることと、今朝のようなことはしなければ別に来てもいい・・・。」

仕方なさそうに言ったスコールだったが、それを気にしないのかバッツは手を広げて喜んだ。

「やった!!初めての地上での外出だ!!うれしいよ!!」

大喜びするバッツの様子に、スコールはたかが買い物にここまで喜ぶものかとあっけにとられた。

しかし、よくよく思い出せば、自分も幼い頃、親と出かけると決まった時は今のバッツのように喜んでいたということを思い出した。
めったにないことや初めての経験に喜び、楽しむことなどここ最近は少なかったような気がする。

無邪気に喜ぶバッツに、スコールもここまで喜んでもらえるなら了解してよかったのかもしれない・・・とこっそりと思った。

「よーし!!そうと決まれば腹ごしらえだな!!」

バッツはそう意気込み、トーストを手に取った次の瞬間、冷蔵庫が勝手に開き、中からジャムの瓶やソーセージ、チーズなどが飛び出し、こちらに押し寄せてきた。

「・・・。」
「・・・あ、悪い!!嬉しくってつい・・・力使っちまった。」

喜びが大きすぎて先ほどの忠告を忘れてしまったのだろうか。
一段と賑やかになったテーブルにバッツは平謝りし、それを見たスコールはため息を吐き、簡単に了解するのではなかったか・・・と頭を掻いたのだった。


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落ち着きのないバッツさん。
スコさんは保護者のようなポジションになりつつありますが・・・;

スコさん、バッツさんが人間社会に馴染めるように面倒を根気よくみてあげてください。
(通常はバッツさんがスコさんの面倒を見ていることの方が多いような気もしますが、たまにはこんな二人もいいかとも思ってます。はい。)







■拍手お礼連載ミニ小説



「なあなあ、これなんなんだ?あめ玉みたいだな。お菓子か?」

バッツの手にあるのは、ピンク、ブルー、イエローなどの少し大きめのカプセルタイプのものと小さなシャンパンボトルのようなものに入っている入浴剤だった。
どうやらバッツには用途がわからなかったらしく、傍のスコールに何に使うものかを聞くと丁寧に説明をされた。

「・・・それは入浴剤だ。風呂の中に入れると湯の色が変えたり、浴室をいい香りで満たしてくれたり、泡風呂になったりする。」

"風呂"に使うものと聞いた途端、バッツの目がきらきらと輝いた。

「風呂で使うやつなのか!!なぁなぁ、これならお前と一緒に風呂入った時楽しめるんじゃないのか?」
「誤解を招くような発言はやめてくれ!!」

大型ショッピングモール内にて、二人の青少年のやりとりを周りの客がじろじろと見ていた。


休日の大型ショッピングモール内には家族連れ、カップル、おそらく友達同士できたと思われる老若男女で溢れかえっていた。
人と物で溢れかえったこの場所を好奇心旺盛なバッツは買い物をしていくスコールの後ろを最初は大人しくついていたのだが、明るい配色の雑貨屋の前ではどうやらそれが抑えきれなかったようだ。
先程から動物の形をしたキッチン用品や皿などを手に取って、楽しそうに頷きながらあれこれと手に取ってみている。

さっさと買い物を終わらせたかったスコールだったが、無理やりバッツを連れて行くのも忍びなかったので、彼の気が済むまで少し離れた椅子に座って様子を窺うことにした。
子供や女性と交じって雑貨を見ている姿はそこらの人と変わりなく、神様だとは誰も思わないだろう。

地上生活2日目なので、これくらいはいいかと、ぼんやりと遠くから眺めていたら、急に大きな声で名前を呼ばれて手招きをされた。
首を傾げてスコールが近付くと彼は数種類の入浴剤を手に取っていたのだ。

そして冒頭に戻る。
入浴剤を知らなかったバッツにスコールが説明をすると、彼はこれをスコールと風呂に入った時に一緒に使うのはどうかと言ってきたのだ。


男二人が一緒に風呂に入るために使う入浴剤。
周りの買い物客がスコールとバッツを奇妙な目で見てくるのは言うまでもなかった。

「?なんかおかしいこと言ったか、おれ?」

じろじろと自分たちを見ている視線を感じたのか、きょとんとするバッツにスコールは大いに頭を抱えた。
昨日今日と彼と一緒にいてわかったことだが、バッツはストレートに思ったことを口に出す。

それが悪いわけではないのだが、今、この場でそのような発言をすれば自分たちはどのように見られるのか考えないのだろうか?・・・バッツの表情を見る限り考えていなさそうだ、とスコールは諦めた。
その場限りの人何人かに変に誤解をされただけだと、自分に無理やり「気にするな。」と言い聞かせながら、スコールは痛む頭を片手で押さえ、なんとか平常心を持ちこたえさせて彼に問いかけた。

「・・・あんたがおかしいのはもともとだ。それにしても、あんたの"国"には入浴剤はないのか?」

"国"とは"天界"を指すのだが、流石のバッツもそれを察したのかこくりと頷いた。

「おれの"国"は風呂は沐浴か普通にお湯だからなぁ。力を使って湯の中を光らせることはあっても、こんな風に湯の色を変えるものなんかないよ。だからめずらしくて。」

楽しそうに入浴剤を見るバッツにスコールは暫し考えた後、彼の手からそれを取り、レジに向かいだした。

「・・・それを買ってやるから、さっさと店を出よう。」
「え、いいのか?」

たかだか数百円の入浴剤にいつまでも騒がれたら人の迷惑になりかねない上に、沢山の人にバッツと自分の関係を誤解されてしまったのでスコールとしてはさっさとこの場を離れてしまいたかったのだ。
首を傾げて聞くバッツにスコールは軽く頷くと品物を会計し、可愛らしい紙袋に入れられた入浴剤をバッツに押しつける。
彼は紙袋とスコールを交互に見ながら大きな瞳をまんまるくし、やがて柔らかく顔を綻ばせながら「ありがとう。」とスコールに頭を下げた。

彼の嬉しそうな様子から、経緯はどうであれ、プレゼントしてよかったかもしれない、と密かに思った後でスコールは小さく首を振った。
何をほだされているんだ、彼とは限られた時間の間柄なんだから、と思い直し、今だに入浴剤の袋を眺めているバッツに「行くぞ。」と声をかけて歩きだした。
その後ろを入浴剤に気を取られ、気が付くのが少し遅れたバッツが慌てて追い掛けた。

沢山の人の波を切り抜けながら、バッツは器用に周りの店、人を眺めていく。

「"ショッピングモール"ってすごいな、人も物も沢山あってさ。おれ、びっくりしちゃったよ。こんな買い物もできるなんて思わなかったな。」

入浴剤をスコールから渡されたエコバッグとは別に大事に手に持ちながらバッツは言うと、スコールは自分のエコバッグを肩に掛け直しながら答えた。

「最近はこういった大型複合施設が沢山出来ているんだ。食品以外にも日用品も一緒に揃うし、生活用品を揃える以外にも服屋に本屋に映画館なども見ることができるから休日は人で賑わうんだ。」
「そっか、なるほどなぁ。おれたちは"力"が使えるからあれだけど、一ヶ所に物が集中しているのは便利だな。」

二人でショッピングモールを出ると、家までの道を歩いていく。
途中、沢山の家族連れとすれ違ったところでバッツは前を歩くスコールの背を見た。

自分が世話になっているこの少年は一人で一軒家に住んでいた。
一応"上"からの情報では彼には単身赴任中の父親が一人だけで、あとは家族はいないとのことだったのでこんな風に休日を一人で過ごしているのだろうか。
ショッピングモール内は沢山の人で賑わっていて皆とても楽しげで笑顔が多かったが、スコールは楽しそうにも見えず、にこりとも笑わずに淡々と買い物をこなしていた。

ただ必要にかられただけで、ひとりでこうして買い物に来ていると思うと、余計なお世話かもしれないが少し寂しげに見えた。

バッツがスコールの背を見つめながらそんなことを考えていると、突然スコールが後ろを振り返ってきた。
慌てて何事もなかったかのようなふうでバッツが「なに?」と聞くと彼は少し躊躇いがちの表情で呟いた。

「・・・すまない、寄りたいところがあるのだが。」
「へ?」

スコールがすっ、と指を差した方向には一件の花屋があった。

「そこの花屋に寄りたいんだ。すぐに済むから待っていてくれ。」
「お、おお?」

向かった花屋は沢山の花に溢れかえっており、ブラウンとグリーンと赤を基調とした可愛いらしい造りの店構えだった。
スコールが店の中に入ると、奥からエプロンを身に着けた若い女性が出てきた。栗色のたっぷりとした髪をピンクのリボンで結いあげてツイストにさせており、店に合わせたのか赤いエプロンを着けている。
女性はスコールを知っているのか「いつもありがとうございます。」と丁寧に頭を下げてくるとスコールもそれを返すかのように軽く頭を下げた。

「すみません、前にお伝えした、作ってほしい花束のことですが・・・。」

スコールも勝手がわかっているのか、頭を下げてすぐに花束の注文に入ると、女性の店員の方も合わせてメモ帳とペンを取出した。

「かしこまりました。ではお花の確認と、あとリボンなどの包装のご指定がありましたら承りますので仰ってください。」
「はい。」

バッツが聞いたこともない単語・・・おそらく花の種類と思われるものをスコールは女性に指定すると花屋の女性はそれを丁寧にメモをとっている。
花以外にもリボンの色や大体の予算、他の花を合わせるかどうかなどを話すとスコールはあとのことは予算内でならそちらに任せると伝え、店員は微笑んで了承した。

「わかりました。では、花束はいつご用意すればよろしいでしょうか?」
「次の水曜日にできますか?」
「大丈夫ですよ。では、水曜日にお引き取りですね。」
「はい、お願いします。」

スコールは注文票を店員から受け取ると、様子を見ていたバッツに「待たせたな。」と詫びて連れ立って店を出た。

二人が店を出た後、バッツはショッピングセンター内に花屋があったことを思い出し、何故そちらを使わなかったのかとなんとなしにスコールに問い掛けた。

「なあ、花屋ならさっきのショッピングセンターにもあったぞ?」
「・・・さっきの花屋の方がいいんだ。注文に対して柔軟だからな。」
「そうなのか。」

確かに感じのいい店と店員ではあった。スコールも何度も利用しているのは見て取れたので、恐らく馴染みがあるからさっきの店を選んだのだろう。

しかし、何故花束を注文したのか。
世話になった人か意中の女性へのプレゼントなのだろうか。
もし女性へ贈るのだとしたらこの少年は無口で冷静なイメージに反して中々やることは気障だ、とバッツは心の中でこっそり笑った。


花束は誰かへの贈り物だろうと単純にそう思っただけだった。

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しっかりお母さん(スコさん)と手のかかるちっさい息子(バッツさん)のような気が・・・(汗)

バッツさんは湯に浸かるのが好きそうなので、スコさんに買ってもらった入浴剤でかなりのごきげんさんになるかと。
これでまたスコさん入浴中に突撃して怒られるといいと思います。




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