Blaue Rosen -7-

多くの生物が休息をとる夜。
鈍い月明かりしかない夜の闇に染められた室内は静寂そのものだった。

静寂が支配する世界に小さな音がかちりと金具を解く音が鳴り響き、窓がすっと開かれ、大きな影が室内に入ってきた。


開かれた窓から鈍い月明かりが差し込み、影の姿を照らし出す。
影の正体である黒い衣服と外套に身を包んだスコールは部屋に降り立ち、小さくため息を吐く。

夜の闇に紛れて、近辺を移動していた時に、タチの悪い人あらざる者に出くわしたのだ。

この近辺の土地は自分とジタンが管理しているのだが、それをよしとしていない連中たちが結託をしているのだろう。
ここ最近、見回りをするたびに夜の闇に紛れて集団で襲い掛かってこられるものだから傷をこさえて帰ってくることが殆どだ。

夜の闇にまぎれた対集団での戦闘はジタンには不得手で危険だった。かといって夜二人での見回りはバッツを一人残すことになってしまう。
屋敷周辺は結界を張っているのだが、万が一のことも考えられる。
その為、連中がほとんど活動しない昼間はジタンが、夜は自分が見回りをすることにしたのだが、毎晩飽きもせずに向かってこられて休む間もないほどだった。

外套を脱ぎ捨て、傷を負った箇所を確認する。

腕と腹部に痛みを感じる。
相手からの攻撃を受けて衣服が破け、べっとりと血液が付着しており、皮膚が裂けて肉が見えている傷まである。

無言で確認すると、煩わしそうに上半身の衣服を脱ぎ捨てて髪を掻き上げる。
血がついたままの身体では横になることができないため、体を拭くか、浴室で洗い流そうと歩き出したところでドアをノックする音が聞こえてきた。
そちらの方に視線を向けると、薬箱と湯が入った桶を持ったジタンが部屋の中に入ってきた。

「遅かったな。帰ってくる気配がしたからさ・・・。」

そういうと、スコールの傷に視線を移し、顰め面をした。

「・・・また集団でか?」

ジタンの集団とはこのあたりの土地を狙っている連中のことを指しているのだろう。
スコールが無言で頷くと、彼は眉を吊り上げて自分の方に近づいてきた。

「傷の手当てするぞ。いくら治りが早くても、しないよりましだろう。」

それだけ言うと、ジタンは湯の入った桶にタオルを浸して固く絞り、スコールの体を拭きはじめた。

人あらざる者は人に比べて傷の回復が早い。
ただし、回復が早いだけで傷を負えば痛みはあるし、場合によっては処置も必要だ。
白いタオルはすぐに赤く染まり、どれだけの傷を負って帰ってきたのかとジタンは改めて思うと、血を拭きとった後に今度は傷の手当てをし始める。

「ここ最近、傷が絶えないけど大丈夫かよ?バッツ落下の件はともかく、夜出歩くと必ずと言っていいほど傷を作ってくるだろ。」
「・・・前に負った傷はほとんど完治しているから問題ない。」

表情一つ変えずに大人しくジタンからの手当てを受けながら答える。

痛みに顔を歪めることも、喚き散らすこともないスコールが逆に心配だった。
スコールはあまり感情を言動に出すことが殆どない。だからこそ、こうして傷を負って帰ってきた時は本当に問題がないのか、無理をしていないかどうか気になってしまうのだ。

長い付き合いではあるのだが、ここ最近物騒になってきたため正直に漏らして欲しい。
通常なら「はいはいわかったよ。」と自分が呆れて終わるのだが、今回は引き下がらなかった。
手当の手を止めて、ジタンはスコールを真っ直ぐと見据えた。

「問題はないって言ってもスコール、傷の回復速度や状態から、やっぱりもう一度人間の血が必要だと思う。動物の血で飢えや渇きを押さえられても早く傷を回復させるには人間の血液が必要なんだろ?」
「・・・。」

ジタンとは違い吸血鬼であるスコールは動物の血液であれば餓えは凌げるが、戦闘力や回復力は人間の血をどれだけ摂取したかによって大きく左右されてしまう。
バッツからの血液の摂取をしたことも、ここ最近傷を負うことが急に多くなったスコールの回復のために行ったことだった。

ただ、スコールはよほど必要ではないかぎり人の血液を摂取することをできるだけ避けようとする。
その訳をジタンも知っているからこそ、普段は人の血液を摂ることを勧めることはない。
この土地を狙う奴らが結託さえしなければ、自分にもっと戦える能力があれば、スコールが傷を負うことも、急に人の血液を摂取する必要もなかったのに・・・とジタンは悔しく思う。
けれど、自分がそう思ったところでスコールの傷が治るわけでもない。
ここは、やはり人間の血液を摂取して少しでも早く回復してもらいたい。

「・・・なぁ、バッツに頼んでみろよ。あいつ、最初はともかく最近はお前にも普通に接してくれてるじゃないか?今なら・・・。」

そう言いかけたところで、スコールは静止するかのように、ジタンの顔の前に掌を突き出して待ったをかけた。

「あんたが心配してくれているのはよくわかる。ただ俺にも思うところはあるんだ・・・あんたもわかっているだろう?」
「ああ、わかってるさ。けどよ、ただでさえ最近この辺りを荒らしに来る奴らが増えているのに今のままじゃあ・・・。」
「ジタン。」

スコールは名前だけ呼び、射抜くような視線でジタンを見つめた。
鋭く、研ぎ澄まされた刃のような視線。
その視線の強さに、スコールは自分の考えを決して受け入れることはないのだと悟り、ジタンは頭を掻いてため息をついた。

「・・・わかったよ。お前が頑固なのは今に始まったことじゃないからな。けど、これだけは約束してくれ。無茶はしないこと、そして本当にヤバいとオレが判断したら・・・オレからバッツに頼むからな。」
「・・・。」

妥協案としてそれだけ言うと、スコールも目を逸らし、「すまない。」と小さく詫びてきた。
素直に謝ってくることはいいことだが、自分の提案に対しても、素直に応じてほしいと心の中だけで呟きながら、ジタンはスコールの傷の治療を再開した。








--写真を撮りにいこう。

村に写真屋ができて暫く経った日の出来事だった。
ある日家に帰って来た父親が母親と姉と自分にそう提案をしてきた。
家族が元気で揃っている姿を一枚の写真に納め、思い出を形に残してみたいと思ったのだ。

家族での写真は初めてのことだったけど、いい思い出にしたい。その思いが表れたのか、写真の出来のよさに家族で喜んだ。

母の肩を抱く父
その父に寄り添う母。
そんな両親の前の椅子に座って薔薇の花束を持って微笑む姉。
姉の隣に立つ自分。

みんな穏やかな表情で、幸せそのものだった。

出来上がった写真を何度も確認しながら、父親は来年も再来年も家族揃って撮ろうと笑った。


数日後に訪れる悲劇のことなど、この時思いもしなかったんだ。





翌日、ジタンが昼間の見回りと食料調達から戻ってきた時、通りかかった台所からなんともいい匂いが漂ってきた。
その香りに惹かれて台所の中を覗き込むと、バッツが火にかけられた大鍋の前に立ち、木べらで中を掻きまわしている。
匂いの正体はどうやらその鍋かららしく、何かくつくつと煮える音がしている。

「いい匂いだな。何を作ってるんだ。」
「あ、おかえり。ジタン。」

ジタンの位置からは鍋の中が覗き込めないため近付いてバッツに直接聞くと、彼は「なんだと思う?」とニコニコと笑いながら逆に問いかけてきた。
甘い香りと何かを煮立てているのでジャムを作っているのだとすぐに分かったのだが、普段食べているイチゴやブルーベリー、オレンジなどとは香りが違った。
いままで嗅いだことのないジャムの香りにジタンはうーんと腕組をして考えたが、思いつかずに降参とばかりに両手を挙げた。

「ジャムを作ってるんだよな・・・?けど、変わった香りがするなぁ。どこかで嗅いだことがあるんだけど検討がつかないや。」
「ジャムは正解。じつはこれ、青い薔薇のジャムなんだよ。」
「ええ!?」

ジタンは驚き、バッツの傍に寄って鍋の中身を確認した。
鍋の中には青い花びらが大量に入っておりくつくつと煮えていた。

「花びらってジャムにできるのか?」

食卓で食べるジャムはベリーや柑橘系のものはほとんどで、ごく稀に栗などのジャムを見かけることはあるのだが、花びらのジャムはジタンには初耳だった。

「ああ、花びらでジャムを作ることはできるんだよ。レモンからかな?香りが少し変わったのは。」
「そうか、その香りが混ざってスコールの青い薔薇とは気がつかなかったんだ。何度も嗅いだことがあるのに、当てられなかったのは悔しいなぁ。」
「はは!まあ、花びらのジャムなんてあんまり見かけないしな。できあがったら是非食べてくれよ。」
「おお、そりゃ楽しみだな。」

ぐつぐつと煮詰めさせながら、時折木べらでかき回す動作を暫く行うと、バッツが突然ジタンに話しかけてきた。

「・・・あのさ、おれ、そろそろここを出ようと思ってるんだ。」
「え?」

いつか言われると思ったことを、まさかこのタイミングで言われると思わなかったジタンは驚いて思わずバッツを見つめると、彼は鍋の火を止めて、彼にいつもと同じ調子で話し始めた。

「だいぶ体の調子も戻ってきたし冬が来る前にこの土地を出て、長期滞在できそうな村か町を探さないといけないからさ。だから、あと数日のうちに出て行こうと思うんだ。」

旅人である彼は、身動きが取りづらい冬の季節は長期で滞在できる村か街に一時的に身を寄せて、春になると出ていくという暮らしをしているらしい。
今回、怪我をしてここに留まることにならなければ、今頃その場所を見つけ、冬を過ごせる場所とそれまでの職を見つけていたのだと説明する。

窓の外の風は少しずつ冷たくなり、そうしない間に季節は秋から冬へと移り変わるだろう。

「そうか・・・寂しくなるな。」

いつも上向きの尻尾を下に下げながらジタンが呟くと、バッツは苦笑した。
自分がここに連れてこられた時、不安だった自分の面倒をみて、元気づけてくれた時とはまた逆のように思えたのだ。

「おれも寂しいよ。けど、永遠の別れじゃないんだし生きてたらまたいつか会えるさ。」

バッツらしい発言にジタンは目を丸くすると、やがて眼を細めて大きく頷いた。

「そうだな。うん。お前らしいよ。その答え方。」
「はは。まぁ、あと数日宜しく頼むよ。さて、と。ジャムは完成だな。あとはドライフラワーも作ってるんだ!!スコールは、こういうものは食べられないんだよな?」

できあがったジャムをへらですくい上げてとろみを確認しながらジタンに問うと、彼は腕を組んで唸った。

「うーん・・・食べようと思えば口にすることはできるだろうけど、吸血鬼の栄養源は血液だからなぁ。あいつが食べ物を口にしているのはここ数十年は見ていないなぁ。」
「そうだよなぁ。じゃあ見せるのはドライフラワーだけにしておいたほうがいいかなぁ。食べられないもの見せられてもなぁ。」

出来上がったジャムを味見しながらぶつぶつと言うバッツの様子をジタンは横から伺った。
最初の頃に比べて、バッツはスコールに対しても自分と同じように話しかけに行ったり、彼の横で毎日花の世話の手伝いをしている。

彼への警戒心が和らいだと同時にバッツ本来の人懐っこさがスコールに向けられているのはとてもうれしく思う。
そう思うと同時に、今の彼なら、もう一度スコールに血を提供してもらえるのではないかとも考えてしまう。

バッツのことはジタンも気に入っているし、気の合う大切な友人の一人とも思っているため、昨晩スコールに提案したものの血液の提供者として彼を見てしまうのは本当は少し心が痛む。

しかし、スコールは血液以外のものから栄養を摂取することができない。
昨日帰って来たときも表情こそは変わらなかったが、体の傷の回復具合から摂取血液の量が足りないのだとすぐに分かった。

飢えを凌ぎ、最低限の栄養摂取の為に鶏や兎などの動物の血を吸っているようだが吸血鬼が本来必要とするのは人間の血液だ。

「(スコールには言ってみたものの、どうしようかねぇ。)」

彼が数日の間に出て行くとなれば、別の提供者を探さなければならない。
バッツを身代わりに差し出した村からまた提供者を探すこともできなくはないが、バッツを差し出すくらいの行動をとってきたので大人しく村の中から提供者を探すとは思えないのでそれは避けたい。

「(野党や盗賊の類の悪人がたまたま通りかかってくれるのが一番いいんだけどなぁ・・・多少乱暴にしても、かまいやしないことをしてきてるような人間だったら・・・。)」
「ジタン?」

真剣な顔で物騒なことを考えているジタンにバッツは首をかしげると、ジタンは首を振って「なんでもない。」と答えた。
ジタンの何かを隠しているような様子にバッツは少々不審顔になったために、ジタンは話題を変えて彼の気を逸らそうと話を再開した

「それよりさ、ドライフラワーはどうなんだ?もうできあがってるのかよ?」
「ん?ああ、おれが使わせてもらっている部屋の窓辺に吊るして作っているよ。そろそろ頃合いだと思うよ。」

話題が移り、バッツの気がそれて、ジタンは心の中でほっと安堵した。
人を軽視しているわけではないが、悪人ならそれなりに乱暴に扱ってもいいと考えているジタンだったが、たとえ野党などの悪人でもとっ捕まえてスコールの食料替わりにしようとバッツに知られでもしたら、何を思われるか。

心が忙しいジタンに気が付いていないバッツは、ジャムが入った鍋に蓋をし、肩のコリをほぐすかのように肩を回して大きく伸びをした。

「ジャムの方は完成っと。花のジャムなんて久々だったからうまくできてほっとしたよ。」
「お、お疲れさん。」

服が汚れないように身に着けていたエプロンを取ると、バッツは時計を見て「そろそろ洗濯物でも取り込んでくるか。」とジタンに後を任せることにした。

「洗濯物でも取り込んでくるから、3時のおやつにお茶と一緒にジャムの試食しようぜ?朝の残りのスコーンとトーストがまだあるだろ?」
「お、いいな。じゃあジャムをのせるトーストとスコーン、あとビスケットでも準備しておくかな。洗濯物はまかせたよ。」
「はは。よろしく頼むよ。」

バッツは軽く手を振ると、台所を後にし、一番上の階の物干し場へと向かうために階段を上がっていく。
怪我が治って最初の頃はこの階段を上る行為さえもしんどかったが、今はそれに慣れてしまったため息を切らすことは無い。

ジタンからの看病と世話を受け、スコールの手伝いをしていたために自分本来の身体と体力に戻りつつあることはとても嬉しい。
ただ、その生活もあと数日で終わる。

いつまでもここにいるわけにはいかないとわかっていたのだが、二人と共に同じ時を過ごすことが当たり前となりつつあり、ひどく居心地がよいと感じた。
だからこそ、離れられなくなる前に、ここを出てしまうのがいい。

自分は旅人。
このまま彼らと共にいれば、旅に出られるのかと不安に思ったからこそ出ていくと決めた。
寂しそうな顔をしていたジタンに、なんとか笑顔で話すことができてよかった。

けれど・・・スコールは・・・どう思うだろうか?
ジタンのように寂しいと漏らしてくれるのだろうか?
彼の前でも自分は笑うことができるだろうか?


そう思い俯き加減で歩いていたら、いつの間にか階段を上り切り、干場から離れた奥の場所まで歩いて行ってしまっていた。
考え事をしていたがために通り過ぎてしまったようだ。

「(・・・歩きすぎだな。引き返さないと。)」

元来た道を戻ろうとしたのだが、一番奥にある部屋の扉が少し開いているのが目に入った。

誰の部屋か、使っているかまではわからないが、戻る前に扉を締めておいたほうがいいかと思ったバッツは扉のほうへ近づく。取っ手に触れて扉を閉めようとした時に意図せず部屋の中が見えてしまった。

部屋の中央にテーブルとソファが置かれており、テーブルの上には青い薔薇が飾られていた。
以前、スコールが飾り用に青い薔薇を切っていたことを思い出し、どうやら彼が活けたのだろうということはすぐにわかった。

「(青い薔薇ということはスコールが使ってる部屋かな?・・・その横になにかある?)」

花瓶の横に木とガラスでできた盾のようなものが置かれている。
窓からわずかに差し込んできた光を反射したそれが何なのか気になったバッツはいけないと思いつつも好奇心に駆られて、人けのない部屋の中に入った。

そろそろとテーブルに近づき、反射したものの正体を確かめると、古い写真が入った写真立てだった。

少し色あせてはいるが大切にしまってきたのだろう、写っている人物がはっきりと分かる。

「写真なんて久々だな。一体誰のだろう。」

よく見ようと、手にとって覗き込んだところで大きく目を見開いた。

写っていたのは家族と思われる4人の男女だった。
少し年が行った男性と女性。おそらく夫婦なのだろう。男性が女性の肩を抱いており二人とも幸せそうに笑っている。
その2人の前に椅子に座った若い女性が薔薇の花束を抱えて微笑んでいる。かなりの美人だった。
そして若い女性の隣に立つ青年にバッツは目が離せなかった。

「・・・スコール?」

女性の隣に立っていたのは、スコールだった。


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