Blaue Rosen -6-

落下事件からバッツは暇があれば庭園の掃除を手伝うことを決めた。

自分を助けるために丹精込めて世話をしたであろう庭園の花壇や木をなぎ倒してしまったスコールに申し訳なく思ったからだ。
バッツの決意にスコールは別段気にしていなかったため断ろうとしたのだが、バッツはそれを押しのけてきっぱりと「自分がここにいる間は手伝わせてもらう。」と宣言をした。

手伝うと譲らないバッツと彼の肩をもつジタンの様子をみて、やめさせるのは困難だと判断したスコールは断るのを早々に諦め、彼に水やりと掃き掃除を頼み、別に作業がある時はその都度頼むようにすると言って折れたのだった。

起床してからバッツはジタンと共に朝食を作ってしっかり残さず食べた後、掃除に洗濯を終えて箒を片手に庭園に向かった。
広い庭園の掃除は地味で骨が折れる仕事だが、干場からみた庭園の美しさを保つためには必要である。
落ち葉や枯れた花を一か所に固めて掃き掃除に雑草抜きを熱心にしていくと、あっという間にこんもりとした山になってしまった。

ある程度掃除をしたところで、バッツはふう、と息をついてあたりを見渡す。

どのくらいの時間がかかったのかはわからないが、掃除の成果である落ち葉と枯れた花や雑草の山を見るとどれだけ働いたのかはよくわかる。
じんわりとにじみ出た汗をタオルで拭き取ると一休みとばかりに近くにあったベンチに腰を下ろし、箒を傍に立てかけて庭園を眺めた。
掃除をしていてわかったのだが、実際に庭園を歩き回るのと干場からの景色から感じた広さは全然違っていた。

広い庭園を掃除をするだけでも大変なのに、スコールはそれ以外にも植物に合わせて水や肥料を与えていたり、風や雨で倒れてしまった背の高い花を起こしたり、枯れた花や葉を切り取ったりなどをしていたらしい。

なぜ彼がそこまでするのかはわからないが、それでも大切に育てなければ庭園の管理などとてもできないだろう。


「(・・・スコールはこれだけの広さの庭を一人で世話をしていたんだよなぁ。おれはまだ掃き掃除しかしてないけど、大変だよなぁ。)」

心の中でそうごち、少しでも手伝いになるように掃除の山を片付けようと立ち上がったところで、軽い足音が聞こえてきた。
足音の方を向くと、ジタンが手を振りながらやってきて、バッツと掃除した落ち葉と雑草の山を交互に見比べて「ご苦労さん。」と笑いかけてきた。


「庭、だいぶ綺麗になったみたいだな。」
「ああ。体力戻しがてら手伝わせてもらったからさ。なんとかな。」

バッツはそう答えると、持ってきた箒を手に取って剣を構えるかのような恰好をとった。

庭園の掃除をすると言いだした時、ジタンも一緒にスコールに頼んでくれたのだが彼は自分の世話をずっとしてきたからか、多少過保護なところを見せる時がある。
人ではない彼は人間であるバッツの傷の回復具合がよくわからないらしく、治ったにもかかわらず、やれ傷はどうか、やれ疲れていないかとたびたび聞いてくる。
恐らくだが、彼が庭園にやってきたのは自分の体調を気にして見に来てくれたのだろう。

流石に体力の方は本調子ではないが、傷はほとんど癒えているので問題はない。
元気であるところを見せるためにバッツは構えた箒をくるくると回し、舞うかのように一回転してみせると、ジタンがけらけらと笑ってきた。


「まるで踊ってるみたいだな。」
「こう見えても踊りは得意だぜ?」

そういい、笑いかけるとジタンはゆらゆらと尻尾を揺らしてまた笑った。
機嫌がいい時のジタンの癖であるゆらゆら尻尾をみて、少しは彼を安心させることができたと、バッツはほっと胸を撫で下ろした。


「しっかしお前もすごいよなぁ。オレもここの庭は好きだけど、世話はちょっと勘弁だな。」
「なんでだ?綺麗になっていくと楽しいぞ?」

目の前にある掃除の山をみてそう言ってきたジタンにバッツが何故だとばかりに答えると、彼はやれやれと肩を竦めた。

「まあ、おまえがそう思えるならな。この草の山だけでどれだけの掃除が必要か考えただけでため息がでるよ。」

ジタンはそういうと「捨てに行くだけでも大変そうだ・・・。」と小さくつぶやいた。
そんな彼の様子にバッツは苦笑すると、再び庭園内を見渡した。

上から見た景色と、地に立った時に景色は全く違う。
目標物が近いため、上からでは判別できなかった小さな花もよく見える。
上から見た時はこの庭園は絵画か絵本を見ているようだった。
そういえば、自分は庭園の一角を物語の場面のように思ったんだったと思いだしたと同時に気になっていたことを思い出した。

スコールと初めて会った時に見た青い薔薇。

青い薔薇も庭園のどこに咲いているかを探そうとしたが、建物の上から落ちてしまい、それどころではなくなったためにすっかり忘れていた。
もしかしたら、ジタンなら知っているかもしれないと思い、バッツは彼に青い薔薇について聞いてみることにした。


「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「ん、なんだい?」

掃除の山をどう始末するか考えていたらしいジタンに声を掛けると、彼は大きな瞳を自分の方に向けて首を傾げてきた。

「おれが初めてスコールと会った時にさ、青い薔薇を見たんだけど・・・それってここの庭で育ててるのか。」

バッツの問いにジタンは「ああ。」と呟くと首肯し、庭園の奥にある温室を指差した。


「ほら、向こうに温室が見えるだろ?そこと、そのすぐそばで育ててるよ。確かスコールが温室と外とで育ちの違いを比べてたはずだ。それがどうしたんだ?」
「いや、青い薔薇ってみたことがなかったからさ、この庭のどこかにあるのかなーって思ってて。」

バッツがそう答えると、ジタンは少し思案した後、彼に「見に行って来たら?」と提案した。

「見に行っても大丈夫なのか?」
「オレが通っても何も言わないからいいと思うぜ。せっかくだし、ここの落ち葉を片しといてやるから見に行って来いよ。」

ジタンはそういうと、バッツから箒を受けとり、彼の背を軽く押した。
掃除の山を彼に任せてもいいのかと遠慮しようとしたバッツだったが、彼は笑って手を振ってくる。
・・・掃除も気になるがそれよりも珍しい青い薔薇を見ることができるという誘惑に勝てそうになさそうだったため、ジタンの好意に大人しく甘えさせてもらうことにした。


「さんきゅーな。あとで仕事手伝うから!」
「おー行って来い。」

ジタンに手を振ると、バッツは先程彼が指差した温室の方へと歩いていったのだった。




遠目ではそれほど大きくないと思っていた温室も目の前に立つとそこそこの大きさがあり、外からでも沢山の草花、観葉植物が育てられているのがすぐにわかるほどだった。
庭だけでもすごいのに温室も世話をしているのかと思うと、一体スコールはいつ休んでいるのかと疑問に思ったが、人ではないから根本的に人間とは体のつくりが違うのかもしれないとバッツは推測し、温室の周りをてくてくと歩いて青い薔薇を探し始めた。

「ジタンは温室のそばって言ってたけど、これだけ広いとどこにあるんだか・・・。」

ぶつぶつと独り言を言いながら歩いていき、温室のちょうど裏にまわったところで目的の花を探し出すことができた。

薔薇特有の甘い香りが漂ってきたと思ったところで、眼前に広がったのは花の青と葉の緑のみの世界だった。
まるでその一角だけが世界が変わったかのように光景にバッツは思わず息をのんで立ち止まり、大きく目を見開いた。

「すごいな・・・。」

旅の途中で見た道端に咲く花や立ち寄った街や村などで育てられていた花とはまるで違った。
愛らしい、可愛いではなく、まるで美しさに圧倒されるかのような感覚を覚え、咲き乱れる青い花の世界に飲み込まれそうにさえ感じる。

混じり気のない濃い青は冷静で落ち着いた情熱をはらっているようで、同じ薔薇でも情熱的で蠱惑的な赤い薔薇や清楚で無垢な少女のような白い薔薇とはまるで違い、淑女のような凛とした気品を感じさせる。

落ち着きを払い、気高く聡明な女性のような花だ、と柄にもなく例えてしまう。

もっとよく見ようと近づこうとしたとき、背後から気配と声が飛んできた。

「誰だ?」
「うわっ!?」

夢中になって花を眺めていたバッツは背後から近づく気配に気が付かず、びっくりして飛び上がり、振り向くとスコールが立っていた。

丁度世話の途中だったのか、腰に道具袋を着け、右手には青い薔薇の束を、もう片方にはバケツを下げている。
彼は薔薇を見ていたのはバッツだと認識すると、肩をすくめ、緊張を解いた。

「・・・なんだ、あんたか。」
「あ・・・取り込み中だったか。悪いな。」
「いや・・・。」

謝るバッツにスコールは首を小さく横に振る。
ジタンからは大丈夫だと言われていたものの、青い薔薇がひっそりと咲き乱れるこの場所はどこか秘密の場所めいていて、来てもよかったのかと少し不安に思ったのだが、彼の様子からどうやらこの場所に入ってきても問題はなさそうでバッツは内心安堵した。

「(嫌な顔されなくて安心したなぁ・・・しかし、こいつ、本当に熱心に庭仕事するよなぁ・・・。)」

花束とバケツを持って立っている彼の姿からどうやら庭仕事の途中のようだ。
服や靴にはところどころに土がついている。
バケツと鋏や紐などが入った道具袋が下がっている腰はともかく、抱えている花束と上半身だけをみれば美青年と青い薔薇とは中々様になっているのになぁとバッツは密かに思い、青年の姿を瞳に映す。

黙っていれば吸血鬼とは思えない、寡黙で整った顔立ちの青年。
やや色白の肌は肌理細かく、すらりとした身体はとてもしなやかそうだが華奢ではない。
憂いを帯びたかのように少し伏し目がちの瞳は一点の曇りのない青。

バッツが抱いた青い薔薇のイメージによく似合っている。

男性の自分でさえも見とれてしまいそうな姿に思わず見入ってしまっていると、向けられている視線が気になったのかスコールが怪訝そうな顔をしてきた。

「・・・なにか用か。」
「あ、別に用ってわけじゃないんだ。ただ、薔薇を見に来ただけなんだ。」

慌てて首を振ってなんでもないというと彼は納得したのか「そうか。」とだけ言うとバケツと花束を置き、バッツのすぐそばに咲いていた青い薔薇の世話をし始めた。

「何をしてるんだ?」
「昨晩雨が降ったからな・・・倒れているものを起こしている。」

言われてみれば、何か所か薔薇の枝が倒れている。
スコールはその一つ一つの根元を確かめて補強し、もともと立てていた支柱に紐を括りつけて起こしてやっていた。
重みがありすぎると判断した枝や葉を落としたり、咲いている花を思い切って切ってしまって対処をしている。

それに倣ってバッツも倒れていた薔薇を起こして補強してやる。
二人で集中して作業をするとすぐに終わってしまい、直した花を確認する。

先程は倒れていることをほとんど気にも留めなかったが、倒れた花が立ち上がり、倒れていなかった花と隣接したためか青が一層深く、濃く見えるように思えた。

「改めてみるとすごいな。青い薔薇のみだなんてさ。青い薔薇は確か作れないと聞いたことがあるけどどうしたんだ?」

切ってしまった葉と花を袋に集めるスコールにバッツが聞くと、彼は一瞬こちらを向くとまたすぐに視線を集めた山に戻して作業をしながら答えてきた。

「長く生きていると、人間では知りえないことを知ることができるからな・・・。」

そう答えたスコールの声は淡々としていたが、どこか憂いを帯びているようだった。
吸血鬼である彼は人間である自分とは違い、長い年月を生き、その間に色々なことがあったのかもしれない。

長く生き続けるからこその辛さや悲しみを彼は持っているのだろうか?
ただ、そう思ったところで彼にそれを聞くことができる立場ではないし、何よりも自分と彼は種族が違う。

ジタンと仲良くなり、スコールとも話すことができるようになったため忘れかけていたが、彼らは人間ではない。
自分は人間なのだから、人間としての価値観でしか彼を見ることができないかもしれない。

そう思うと、少し胸が苦しくなった。


「・・・そっか。その花束と葉っぱと花の山は捨ててしまうのか?」

黙っていては申し訳ないと思ったバッツが、当たり障りのないように、話題をスコールが手に持っていた花束と切り落とした葉と花の山に移した。

「切り取った葉と花は捨てるつもりだ。花束は・・・飾るのに使う分だ。」

バッツの問いにスコールはそう答えると、花と葉が詰まった袋の口の上で花束の茎が水を吸いやすいように鋏で斜めに切り、それを水が入ったバケツに入れてやる。
作業が終わると袋の口を締め、これで作業が済んだとばかりに小さく頷いた。

スコールはバッツの方を向き直ると、彼は口が締まった袋の方をじっと見つめている。
なにか気になることでもあるのだろうか?とスコールが眉を顰めると、それを察したバッツは自分から話しかけてきた。

「切り落とした花、咲き切っていたとはいえ、綺麗だったからさ。もったいないな、って思っただけだから、気にするな。」

首を振るバッツに、スコールは暫く彼を見つめたのちに、温室の一番端にあった植木鉢を指差し、口を開いた。

「・・・そんなに青い薔薇が気に入ったのなら、そこにある鉢に入れて持って行け。部屋にかざるならその大きさで十分だろう。」
「え!?」

突然のスコールの提案にバッツは目を丸くしたのちに、大きく手と首を振り、自分には世話ができないと提案を断った。

「おれ世話の仕方がわからないからいいよ。せっかくだけどさ」
「薔薇はそれほど弱くない植物だ。それなりに世話をすれば問題ない。」

スコールはそういうものの、もし自分が世話をして枯れさせてしまったらと思うと、やはり簡単に持っていくわけにはいかない。
なによりも、一株だけ鉢に入れられて世話をされるよりも、たくさんの薔薇が咲き乱れるこの場所で育つ方がなんとなくだが、その方が綺麗だと思った。

「・・・やっぱりいいよ。嬉しいけど、おれが育てるよりも、ここにみんなといた方がずっと綺麗だと思うよ。」

丁寧にありがとう、とバッツは笑うと、スコールは「そうか。」とだけ言い、花束が入ったバケツを持ちなおした。

「俺はそろそろ行く。見ていたいなら好きなだけみていればいい。」
「ありがとう。あ、そだ、代わりと言っちゃなんだけど、その袋の花びらだけもらってもいいか?ジャムやドライフラワーにできるかもしれないから。」

スコールが手に持ってる花と葉が詰まった袋を指差しながら言ってくるバッツに、スコールは一度袋に視線を移し、そしてそれをバッツに差し出した。

「勝手にすればいい。土に還るものをどう使おうかはかまわない。」
「そうする。・・・できたら持っていくから、その時見てくれよ。」

差し出された袋を受け取ると、バッツはそう笑いかけた。
その顔を一瞥すると、スコールは花束が入ったバケツを持ち、その場を後にした。




バケツを持ち、歩いていきながら先程のバッツの様子を思い出す。
人と他愛もない話をしたり、同じ時を長く過ごすのはスコールにとって久々のことだった。

先日のバッツ落下事件以来、彼は何かと自分に話しかけてくる。自分のように無愛想で話もうまくない相手にも関わらず。
そんな彼の態に少なからず悪くはないと感じている。

感じているのだが・・・自分は彼とは違って人ではない。

そう思うと、彼に対して複雑な何とも言えない感情が心の中を渦巻き、どう接すればいいのか・・・わからなくなる瞬間がある。


スコールは手に持っていた青い薔薇を見つめる。

本来なら咲くはずのない青い薔薇。
庭園に咲き乱れる花とは違い、異色な存在の花。

他の花と区画を分けたのは自然界で咲くはずのない色の花だったから。
その有様にまるで自分のようだなとスコールは自嘲した。

「(怪我も治っているのだから・・・体力が戻るまでの間。あいつがいるのはそう長くはないんだ・・・こう複雑に思うのも後暫くの間だけだ。)」

そう言い聞かせるように心の中で呟くと、花を持ち直し、空を仰いだ。

薔薇の青とは違う空の青にスコールは目を細め、自分の記憶の波の中にある古い思い出を掬いだしていく。



幼い頃の自分は大人しく、人見知りしがちな性格だったため、村の子供の輪に中々入れなかった。
そんな時は決まって姉の後にくっついていた。

姉はそんな自分の面倒をよく見てくれた。

二人で村の花畑に行って花を摘んだり、絵を描いたり、図鑑を片手に花の種類を調べて過ごすことが多かった。

ある日、姉と二人で薔薇の花の種類を調べていた時だった。
二人で薔薇に青い色がないことを初めて知った。

両親をはじめとする村の大人達に二人して聞いてまわったが、青い色はないんだと教えられた。

それを知った時、姉がひどく残念がっていたことを覚えている。
そんな姉に、自分は何かをしたくて、こんな約束をしてしまった。

--大きくなったらぼくが青いばらをさがしてくるよ。

何もわかっていない小さな子供の約束に姉は微笑んでありがとうと言ってくれた。


けれどその約束は・・・果たされることはなかった。


[ 199/255 ]


[top][main]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -