さまよう掌

コスモスの戦士たちがクリスタルを手に入れ、秩序の女神の元へと向かっている途中の出来事だった。



今、戦士たちが旅をしている断片は厳しい戦いの日々とは思えない雲一つない青い空と青々とした草木が茂る世界であった。
珍しく土地柄が良いこの断片は、風は少し強いが心地がよく、太陽は光輝いている。

敵の気配も感じられないこともあってか、仲間たちの表情はとても明るく、皆、景色を楽しんだり、仲間同士で談笑をしながら歩いている。

どことなく穏やかな空気が流れる中、ガンブレードを肩にかけて歩いていたスコールは立ち止まり、空を見上げる。
青い空はなんの混じり気もない青で戦いの最中であることを忘れさせてくれそうだ。

「(天気が・・・風が、とても気持ちがいいな・・・。)」

この世界での旅は決して楽なものではなく、険しい旅路の途中で突然の敵襲に合うことはもちろん、日々の生活は天候も、土地もでたらめな世界で行うため多少なりとも心労が重なる。

スコールも例外ではなく、いつ終わるかもわからない戦いの日々に、不安と焦燥感に駆られることはもちろんあった。
しかし、それを首の皮一枚のぎりぎりの状態で引き戻ったのは常に自分のそばに仲間たちがいたため気を引きしめさせられ、時にはその仲間に安らぎを与えてくれたからだと思う。

守り、そして頼れる仲間たちが自分の傍にいるから、こうして青い空を仰ぐことができているのだ。

スコールがそう思いながら青い空を眺めていると、軽い足音が近付き、彼の隣でぴたりと止まった。
少し後を歩いていた旅人の青年、バッツがスコールのそばに寄ってきたのだ。

「綺麗な青空だよなあ。こんな天気の日にはのんびり釣りでもして過ごしたいよなぁ。」

バッツの意見にスコールも確かに、と心の中で頷く。
今日のような断片なら、釣りもいいが、草の上に寝転がって昼寝もいいかもしれない。
戦いの日々にそのような要望を口に出そうものなら、ウォーリアあたりに弛んでいると叱責されるかもしれないが、思うだけなら自由だろう。

横に立つ青年に同意するように視線を向けると、彼もそれに気づき、にかりと笑いかけてきた。

他の戦士に比べて、戦士らしくない彼は切羽詰った状況だろうが、今日のように穏やかな時間が流れる場所であろうが常に物事を楽しもうと前向きであった。
強い敵と出会えば、自分の腕を試せる、腕がなると不敵に笑って先陣を切って飛び込み、厳しい気候の断片を横切る時は日頃の太陽や風のありがたみを知るいい機会だと笑う。

この青年のその性格に、笑顔に、自分も、他の仲間たちも救われた時がある。
それを言葉にして青年に言うのは気恥ずかしいので、心の中で感謝をしておいた。


「・・・そうだな。たまにはそうやって過ごすのも悪くはないな。」
「だろ?今度ジタンと3人で釣り競争でもしようぜ?」

他愛もない話をしながら二人そろって歩みを進め始める。

この青年とこうして共に歩き、戦い、時に穏やかな時間をすごせるのは、この世界に来たからだ。

当初は、ただ召喚されたからというだけで戦いに赴いていたが、青年と、ほかの仲間たちとの出会いと、ともに過ごした日々の中で彼らが背負うもの、帰るべき場所のために戦うという目的に変わった。
彼らのためにも、自分のためにも、戦いを終わらせよう。

スコールは心にそう誓い、ガンブレードを肩にかけなおした。



ある程度道程を進んだところで、野営地として使えそうな場所に出てきたため、今日は早めの休息をとることにした。
数人の仲間で組んでテントを張り、薪を集め、食料となりそうなものを探して調理をする。
それぞれ自分に与えられた役割をこなすと就寝前と食事当番以外は食事前にほんの少しの自由時間が与えられる。

スコールは自分の役割を終えて、自分が休むテントのそばで武器の調整をしていると、小さな足音が小走りで近づいてきた。
何度も聞いたその足音の主は振り返るまでもなくわかっていた。

「バッツ見なかったか?」

小柄な少年、ジタンがバッツが見当たらないのだと、スコールに居場所を知らないかと聞きに来たのだ。
スコールは武器に向けていた視線をジタンに向ける。

「いや、知らないが。先程まで薪ひろいをしていたのは見たが。」
「そっか。さっきから見当たらなくてさ。あいつのことだから、その辺ふらふらしてるだけだとは思うけど。今日手に入れた素材整理をするっていってたんだけどなぁ。あのやろ、さぼりかな?」

ジタンは眉を寄せると、スコールに礼を言い、ほかの仲間たちのところに行ってしまった。
スコールはジタンの背を暫く見つめ、そして周りを見渡す。
バッツ以外の仲間たちはテントの前で休息を取っていたり、料理当番の仲間は食事の準備をしていたりと周辺にいることはすぐに目に入った。

ただ、ジタンの言った通り、バッツだけの姿が見当たらない。

珍しい宝がこの周辺にないか探し回っているのか、そうだとしても最近は強いイミテーションも出現するようになっているので、武器を持たない単独行動はなるべく控えるようにと仲間たちでこの前決めたのだが。
そう決めたはずなのに、数人の仲間たちで固めて置いている荷物のそばには彼が普段から使っている剣が横に置かれている。

スコールはため息を吐くと、調整をし終えたガンブレードを片手にバッツを探しに出ることにした。



野営地を少し離れ、森の中を歩いていく。
バッツがどこにいるかはわからないが、なんとなく、彼が好みそうな場所を探して歩いていく。

自分より年上の彼は頼もしくもあるが、時に危なっかしい時がある。
他人の心配はするくせに、自分のことになると無頓着になるので本当に困る。
周辺にイミテーションなど敵の気配はないものの、もし予期せぬ何かが起こったとしたら・・・と考えて行動をして欲しい、とスコールは頭の中で文句を言いながらバッツを探して歩いていく。

暫く森の中を歩いていくと、小さな泉が見えてきた。
その周辺だけ、木が生えていないため、太陽の光が大きく差し込み、水面に光が反射してきらきらと輝いている。


「(・・・泉か・・。)」

スコールが泉の方に目をこらそうとした時のことだった。
不意に大きな風が吹き、木々を揺らし、木の葉を舞い散らせる。
余りにも強い風だったため、スコールがとっさに武器を持たない片腕で顔面を守るように覆い、風の通った方向へ目を凝らした先に探し人がいた。

「(・・・いた。)」

泉のすぐ傍の大きな木の下にバッツが横になっていた。

「(休んでいるのか?それとも怪我かなにかを?)」

スコールが立っている場所ではバッツの様子がよく窺えなかったため、不安に思い、乱暴に草木を分けて急いで前に進む。
煩わしい草木を抜けて走り寄って彼の様子を確認すると、ただ眠っていただけで見たところは怪我の類はなさそうであることにほっと息を吐く。

ただ、こんなところで武器も傍らに置かずに眠っているとはあまりにも無防備すぎる。
さっさと起こして仲間たちのところへ戻ろうと、スコールは声を掛けようとしたが、バッツの様子を見て留まった。

普段なら少しでも物音がしたら起きる彼が珍しく起きない。
スコールがすぐ傍にいるにも気が付かず、静かな寝息をたてて眠り続けている。

そういえば、ここ数日は厳しい環境下の断片を旅し、手ごわいイミテーションとの戦いの毎日だった。
彼は戦闘以外にも、魔法がそこそこ使えるため回復魔法要員として、戦闘が終わった後に怪我を負った仲間たちの治療をすべく休む間もなく動き回っていた。

「(疲れているのだろうか?・・・それならもう少し休ませたほうがいいか。)」

武器を持った自分がそばにいるなら、ここで少し休んでも大丈夫だろうとスコールは思い直し、バッツを起こさないようにゆっくりと横に腰を下ろしてすぐ傍の木にもたれた。

敵の気配がないとはいえ、何があるかわからない。
せめてバッツが起きるまで、自分が護衛役をすればいいだろうと、肩にかけていたガンブレードをすぐ手にとれるようにそばに置いて身を落ち着ける。

そよそよと流れる風は爽やかで心地がよい。
木と葉の香りが心を落ち着かせてくれて、バッツでなくとも眠ってしまいそうだ。
戦いの日々の束の間の休息。

スコールは瞳を閉じて風をもっと感じようとした時だった。
隣で眠るバッツが少し身じろいだ気配がした。

視線を彼の方に向けると、彼は自分が身に着けていたマントを体に巻きこんで、さらに丸くなって眠ろうと、もぞもぞと動いていた。

「(寒いのか・・・?)」

風は気持ちいいが、軽装の彼には少し寒いのかもしれない。
スコールは彼に自分が着ているジャケットを脱ぎ、彼に掛けようとそれを広げた。。
気休めにしかならないだろうが、無いよりはマシだろうと、バッツの体に掛けようとしたところで動きを止めた。


彼の閉じられた瞳に一粒の涙が溜まっていた。


普段は泣くどころか、弱音なども一言も吐かないバッツが涙している。
スコールは驚き、体に掛けようとした上着を引っ込めて、彼の顔を覗き込んだ。

涙を溜めているものの、寝息は穏やかで、表情から悪夢などにうなされているようではなさそうだ。

彼は今、一体どんな夢を見ているのだろうと気にはなるが、眠っている彼に聞けるわけでもなく、スコールはどうしようかと迷っていると、彼の唇がかすかに動いた。
バッツは、何かを話しているようなのだが、その声はあまりにも小さく、よく聞き取れない。

「(・・・何かを話している。・・・いや、呼んでいる?)」

スコールは彼の唇に耳元を寄せようとさらに身を屈めようとした時だった。


 おやじ・・・おふくろ


風が吹けば簡単にかき消されてしまうくらいの小さな声だったが、スコールの耳にははっきりとそう聞こえた。
彼は父親と母親を求めているようだった。

この世界に来たものは記憶が曖昧なものが多く、彼も例外ではなかった。
元の世界ではチョコボを連れて旅をしていたのだと彼は言っていたが、それ以外は何も知らなかった。

小さな呟きとたった一粒の涙。

たとえ辛い状況でも泣き言一つ言わずに、常に笑顔で前向きで、仲間たちを励ます。
彼は誰にも、長く行動を共にしていたジタンと自分でさえも涙を流すことはもちろん、弱音を吐いたことは一度も無かった。

そんな彼が唯一、甘え、縋ることができるのは・・・先程彼が求めていた父親と母親。
一人で旅をしていると言っていたということは、たとえもとの世界に戻っても、彼を包み込んでくれるものはもういないということなのだろう。


自分は、彼に何度も救われ、助けられたというのに、自分は彼に何をしてきたのか。
もし、今のように誰にも気づかれずに涙していたとしたのなら。

スコールは涙を溜めて眠る彼の涙を拭い、今すぐ抱きしめ、包み込みたい衝動に駆られた。


だが、伸ばしかけた手は、触れるか触れないかのすんでのところで止まってしまう。

気持ちに正直になり行動を起こすことは簡単なことだった。
しかし、この戦いが終わり、いつかは自分も、彼も元の世界に帰らなければいけない。

今、彼を抱きしめてしまえば、これからどうなる?
別れの時にどうする?

様々な思いが、スコール自身を、伸ばしかけた手を制止させる。

今ここで、彼に寄り添い、包みこもうとしたところで、この戦いの終わりには・・・世界が自分たちを隔ててしまう。

遠いなんてものではない、別離。
今吹いている風も、この日差しも、木々も、景色も違う世界で互いの存在を感じあえることもできない。
別れた後で、彼はまた一人になってしまったとしたら、自分が行おうとしていることはその場限りの自己満足なのかもしれない。

スコールは彼に触れようとした手を少し引っ込め、迷った末にそっと彼の瞳からこぼれる涙を掬い、拭った。
指に乗る涙はとても温かく、日差しに反射して輝いている。
一粒の涙を暫し、指の上に留めると、傾けて地面に落とした。

まあるい輝きは地面に弾けて吸い込まれ、やがて跡形もなく消えてしまった。
これで流した涙の行方を知るのはスコールのみだ。


手に持っていた上着を改めて広げ、それをそっと眠るバッツに掛けてやると、彼は何事もなかったかのように静かな寝息を立てて眠り続けた。
その横顔を見つめながらスコールは頬に涙の跡がないかを確かめ、小さく息をついた。

目覚めた時、せめて、すぐに笑ってもらえるように。
彼は、人前で決して弱みを見せないから。
今の自分にできることはただ、それだけだから。




幾分かの時間がたった後、横で眠っていたバッツが大きく唸り声をあげて体を起こした。
木に身をもたれかけさせていたスコールがゆっくりと唸り声の主の方を向くと、彼は胡坐をかきながらぼりぼりと頭を掻いていた。

「おーおはよ、スコール。」

寝起きだからか、欠伸交じりの声と半目の寝ぼけ眼で挨拶をされてしまった。
その様子は、先ほど瞳に涙を溜めていた同一人物とはとても思えないくらいだった。

「やっと起きたか・・・。」
「うんにゃ、お宝がないか探している途中でさ、ここに行き着いちゃって。気持ちよかったからついつい・・・最近忙しかっただろ?」

へらりと笑う彼にスコールはため息を吐く。

「起きたなら、さっさと戻ろう。」

武器を持ち立ち上がると、片手をバッツに差し出した。
バッツは遠慮なくスコールの手を掴むと、体を起こしてもらい、自分の衣服と、掛け物代わりに使っていたスコールの上着のほこりを落とした。

「上着、かけてくれたんだよな?ありがと。と、いうか探しに来てくれたんだよな?」
「ああ。武器も持たずにいつの間にかいなくなっていたからな。」
「ごめんな?しかも、おれが起きるまで待っていてくれて。」
「いや・・・。」

気にするなと、首を振るとバッツは礼を言い、上着を差し出す。
スコールは差し出された上着を着ると、「行くぞ。」と声を掛けて、バッツも頷いてそれに従った。


二人でもと来た道を戻っていく。
バッツは横に歩いているスコールが、普段よりもさらに無口なような、なんとなく話しかけづらいような雰囲気を醸し出しているような気がした。

今日、二人で道を歩いている時は、彼の機嫌はよさそうだった。
しかし今は、不機嫌と言うわけではないのだが、なぜか余所余所しいような、複雑な空気を身に纏っている。

自分が誰にも話さず、しかも武器も持たずに出てきてしまったからだろうか。
けれど、それなら起きてすぐに小言のひとつやふたつ言いそうなのだが・・・。

「(なにかしたかなぁ・・・おれ。)」

バッツはどうしようかと困り、自分の頬に手を添えて考えようと動作する。
頬に指を触れた時、ふと皮膚に違和感があった。

目じりの付近が乾燥しているような・・・少しカサついている。
このあたりの気候のせいかと思ったが、どうも違うような。
自分が眠っている間になにかあったのだろうかと思い、隣のスコールに聞いてみることにした。


「なぁ、おれが寝ている間になにかあったか?」

バッツが問うと、スコールは一瞬目を少し見開き、やがて首を横に振った。

「いや・・・何も。」
「・・・。」

スコールの様子からやはり何かあったのだろうと推測はできた。
ただ、彼は何か考えがあって隠そうとしてくれているのだろう。

自分が眠っている間、何があったのかは少し気にはなるが、まったく覚えてもいないことを無理に聞くまでもないだろうと思った。。
ほんの少し、気になっただけのことなのだから、スコールが言う気がないのなら、そうしておこうと決め、バッツはいつものように微笑みかけた。


「そっか。スコールがそういうなら別にいいや。さ、みんなのところに戻ろうか?おれ、腹減っちゃった。」

先行くぞとばかりにスコールの前を一歩出でて、軽やかな足取りでさっさと歩いていく。
いつものように鼻歌交じりで歩くバッツの背をスコールは見つめる。

眠っている間のことをどうやら覚えていないらしい、彼の様子にひとまずは安堵した。
自分の隠せなかった動揺に気付いてはいたが、追及されずにすんでよかった。

前を歩くバッツの背に、スコールは自分の掌を掲げ、開かれた指の間から彼の背中を見つめた。


いつかお互い元の世界に帰る時がくる。

それをわかってる上で、涙する彼のそばに寄り添おうとする半端な優しさは余りにも無責任で残酷だ。
包み込みたいその身体は手を伸ばせば届くのに、感じる距離は世界を隔て、遠い。

屈託なく笑う彼の笑顔の裏側にどれだけの不安や悲しみ、淋しさを隠しているのだろう。
たった一粒の零れた涙と家族を呼ぶ小さな声はあまりにも大きく、そして重かった。

「(このまま戦いが終わり、元の世界に戻った時、バッツは・・・また、密かに涙を流すことがあるのだろうか・・・。)」

そう考えると、つい先ほどまで、早く戦いを終わらせ、元の世界に戻りたいと願っていたはずなのに、心の中に言葉にできない感情が複雑に渦巻いた。
感情で胸が苦しくなり、スコールはバッツの背に合わせて掲げていた掌で拳をつくると、苦しい胸を宥めるかのように強く胸に押し付けた。


願わくば、彼の悲しみも不安も、すべてを包み、共に歩き、寄り添う者が現れてくれるよう・・・。

まっすぐ前を歩く青年に、ただ、ただ、スコールはそう願った。


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7000hitリクエスト切ない85でした。

書いた後で読み返しましたら、8→5になっているような・・・これで大丈夫でしょうか;;

バッツは他のFF主人公とは違い、あまり迷わない、弱音を吐かないイメージがありまして、もしかしたら両親くらいにしか沢山甘えなかったのかな?とか思って書かせていただきました。
スコールは相手に対して無責任なことができないと言っていますが、それ以上にいつかの別れに無意識のうちに臆病になっているのかもしれません。(原作のお姉ちゃんの一件もありますし・・・。)


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