Blaue Rosen -4-

バッツがここにきて三週間近く経った。

はじめは寝台から身動きが取れなかった体も今では日常生活を送るのに問題ないところまで回復することができた。

寝台の端に座るバッツの体をジタンは触りながら傷の回復を確認すると、よしと頷き、固定用の包帯をきちんと巻き直して、薬箱を閉じた。

「骨、ちゃんとくっついたみたいだな?あとは、旅をしても大丈夫な体に戻すことだな。もう暫くの辛抱だ。」
「おうっ!ジタンが毎日おれの世話をしてくれたからだ。ありがとな。」

横になっていた間、ジタンはバッツの傷の手当から食事、部屋に閉じこもっている間の暇つぶしにまで付き合ってくれた。
彼には感謝してもしきれない。
開けていた寝間着の前を閉じながら、バッツが礼を言うと、ジタンは快活に笑った。

「いいや、オレもバッツがいてくれてよかったよ。色んな話ができたしさ。あともう少しよろしく。」

軽くウィンクをしながらジタンが言うと、バッツもそれを真似てウィンクをして返して二人で笑った。

「ああ。こちらこそ!けど、こう毎日部屋でのんびり本読んだり、絵を描いたりじゃ申し訳ないからさ、おれにも何かできることないか?もう暫く世話になるし。」
「んー別にいいけどなぁ。」
「いいや、おれ、金とかもってないから返せるものといえば労働力ぐらいしかないし。それに、これがリハビリになりそうだしさ。」

バッツにそういわれてジタンは少し悩んだ。
自分とスコール、バッツの3人の家事など、慣れてしまっているので苦ではない。

しかし、バッツがここまで言っているのに断るのは悪い気がする。
何よりも、ひと月近く、バッツは部屋から出ていないのでそろそろ動きたくて仕方がないのだろう。

怪我のリハビリにもなるのなら、多少は手伝ってもらってもいいかもしれない。
スコールも自分の部屋に入られる以外、この館の中をバッツがうろうろしても多分気にしないだろう。

「だめか?」

黙るジタンをみて不安に思ったのか、バッツが少し目を伏せると、ジタンは「そんなことないさ。」と微笑んだ。

「バッツが手伝ってくれるなら助かるぜ。じゃあ色々手伝ってもらおうかな?」

ジタンの返答にバッツは手伝い・・・この部屋から出て歩けることに喜び、握り拳を作って軽く自分の胸を叩いた。

「任せてくれよ!!おれの家事能力のすごさにに驚くなよ?」
「お、言うねぇ。じゃあ早速お手並み拝見と行きますか?」

自信満々と笑うバッツを見てジタンは楽しそうにゆらゆらと尻尾を揺らしたのだった。


寝間着を脱いで、服に着替えると、ジタンが簡単に屋敷内の説明をしてくれた。
「この屋敷は3階建てだけど、天井が高いから階段の上り下りが少したいへんだ。地下にはワインセラーや食料庫などがある。今日は洗濯を手伝ってもらいたいから、洗濯場に向かうぞ。」

二人で部屋を出ると、ジタンがあちこち案内しながら洗濯場まで移動した。
洗濯場は室内だったが、石造りの床に手押しポンプと大きな桶と洗剤が置かれており、そこで洗濯をするのだと説明された。

カゴの中に入っていたシーツやタオル類の山を、二人で洗濯桶と板で次々とと洗っていく。
怪我をする前なら、どうってこともなかったことでも、いまの身体には少し堪える。

それに気づいているのか洗濯物の半分以上をジタンが洗い、洗ったものをカゴに戻して息をついた。

「結構あって疲れるな。さて、次は洗濯物を干してもらおうかな?ちょうどいい干場があるからついて来いよ。バッツも気に入ると思うぜ?」

気に入る洗濯場とは一体?とバッツがジタンに聞こうとしたが、笑顔だけでなにも答えてくれなかった。
見てのお楽しみということなのだろう。

ジタンは洗濯カゴをもつとバッツにまたついてくるようにと前を歩きはじめる。
自分の体調を気遣ってか、ジタンは一人でカゴを持つだけではなく、いつもよりもゆっくりと歩いてくれていた。
ほんの少し前まで限られた空間でしか生活していなかったバッツにとってその気遣いはとてもありがたかったが、同時に申し訳ないような気持ちにもなった。

「はやく体力回復しなきゃな。少し歩いてるだけなのに体が怠いや。」

そう呟くバッツにジタンはカゴを持ったまま首だけ後ろを向いて、励ますかのように笑いかけてきた。

「まあ、無理すんなよ。洗濯物も、無理だったらすぐ休めよ。」
「そのくらいの量なら多分大丈夫だよ。」
「ならいいけど。」

そんなやりとりをしていると、前から人影が見えたので二人でそちらの方を向く。
スコールが前から歩いてくるところだった。

室内だからか、外套を身につけてはおらず、黒いシャツとパンツで全身をまっ黒で固めている。
どこか近寄りがたいオーラを放つ彼だったが、ジタンは慣れているからか、気にせず明るい声で彼に挨拶をした。

「お、スコール!おはようさん!」

ジタンが楽しげにカゴを持ちながらスコールに駆け寄っていく。
この館に来てから最初の一日しか彼に会っていなかったバッツは、どういう体で接すればいいのかわからず、その場に立ち尽くした。

普段なら誰にでも分け隔てなく接することができるバッツだったが、変に距離を開いたままだったため今更どのように話せばいいのかもわからない。
そんな複雑な心情のバッツをよそにジタンはスコールに色々と話しかけていた。

「これから朝の日課か?」
「・・・ああ。」
「毎日よく飽きもしないよなぁ。精が出るこって。」


朝の日課?彼らは一体何の話をしているのだろうとバッツは首を傾げる。
そもそも吸血鬼ならこの時間は棺桶の中で眠っているのではないのか?
寝台で横になっていた時もスコールは朝にやってきたが、物語の吸血鬼とは違うのだろうかと様々な疑問が頭に浮かんだ。


その間にジタンがほとんど一方的にスコールに色々と話をしていたが、それに飽きたのか、スコールはふいっと視線をそらし、もう行くとばかりに背を向けた。

「・・・いつもの無駄話なら俺はもう行くぞ。」
「無駄って言うなよ。たまには話さないと口がなくなるぞ〜?」

ジタンが言ったことは聞こえているはずだが、答えるのも無駄と判断したのか、スコールはそのまま歩いていき、姿が見えなくなってしまった。

「あいつ、こういうところが駄目なんだよなぁ。長い付き合いだけど、ほんとそっけないなぁ。」

呆れた表情でスコールが歩いていった方へ呟くジタン。
そのそばにバッツは駆け寄り、先程抱いた疑問を彼に聞いてみた。

「ジタン、"朝の日課"ってなんだ?」

バッツの問いにジタンは「ああ。」と言うと、面白い話をするかのような表情で話し始めた。

「スコールの奴、この屋敷の庭園で花育ててるんだよ。」
「花ぁ!?」

吸血鬼が花を育ててる。
バッツが今まで聞いたおとぎ話の吸血鬼は闇夜に紛れて人の生き血をすする恐ろしい化け物・・・という内容のものばかりで花を育てているなんて話は聞いたこともなかったし、思いもしなかった。
素っ頓狂な声をあげたバッツにジタンは「やっぱり驚くと思った。」と笑う。


「意外だろ?あいつ、朝は大体この時間に屋敷の庭園の花の世話に行くんだよ。バッツも一回見てみるといいぜ?すごいから。」

吸血鬼が世話する庭園。
ジタンに言われるまでもなく、確かに見てみたい気もするのだが、それ以上に、夜の魔物の彼が日差しの中で植物の世話をしても大丈夫なのか?
日傘など日よけの物を全く持っていなかったのだが。

「・・・吸血鬼なのに、昼間から外にでても大丈夫なのか?」
「?何言ってんだ?」

きょとんとするジタンにバッツは、自分が聞いた話では吸血鬼にとって日光が毒だと説明すると、彼は初めて聞いたと不思議そうな顔をしてきた。
どうやら、人間側の認識が、ジタンやスコールなどの人あらざる者の常識でないらしい。
バッツが今まで聞いてきた吸血鬼の弱点、"日光"、"十字架"、"ニンニク"などをジタンに聞いてみたが、彼はどれも聞いたことがなかったらしく、逆に面白い話を聞いたとばかりに笑った。

「へぇ、人間は吸血鬼の弱点をそう思っていたのか。初めて聞いたな。少なくともスコールはどれ触っても大丈夫だと思うぞ?ニンニクは匂いを嫌がりそうだけどな。」

今度スコールにも話してみるかと笑うジタンにバッツは頭を掻いた。

「なんだ、そうなのか。たしかに、十字架や日光はまだしも、なんでニンニクが苦手なのか・・・どこにも繋がらないよなぁ。」
「だろ?さ、話は終わりにして洗濯物を運んじまおうぜ?」

ジタンはそういうと、カゴを持ち直すと、二人で話しながら干場まで歩いていく。

「しかし、吸血鬼っておれが知ってる情報と違うんだなぁ。・・・あ、そういえばさ気になることがあるんだけど。」
「なんだ?」
「あいつ、青い瞳だったけど、おれが襲われたときは赤に見えたんだけどなぁ・・・。」
「ああ、吸血鬼は血を摂取している時や興奮状態、飢餓状態などの時は赤い瞳に変わるんだよ。あいつの瞳の色は青だよ。」

ジタンの説明を聞き、バッツは初めてスコールと出会った時のことを思い出す。
スコールが赤い瞳をしていたのは、確かにバッツが血を吸われた時だった。
気分が高揚していたのか、それとも腹が減っていたのか、血を吸っていたからなのかはわからないが。

「(もし赤い瞳をしていたら要注意というわけか。覚えておこう。)」

大人しくジタンの後についていきながらそう思ったのだった。


干場につくと、ジタンはカゴを置き、空いている物干し竿や洗濯紐などは自由に使っても構わないとバッツに説明した。

「オレは食料調達に行ってくるからさ、運んできた洗濯物を干しておいてくれ。体、しんどかったら休み休みでいいからな?」
「おう!運んでくれてありがとうな!」
「いやいや。あ、そうだ。洗濯物を干し終わったら、端に行って景色見て見ろよ。オレのおすすめなんだ。きっと気に入ると思うぜ。」
「ああ!わかった!ジタンも気をつけてな!」

大きなカゴを置くと、ジタンは「大物を期待しててくれよ!」と元気よく言って干場を後にした。
残されたバッツは、ここにきて初めて外の空気を吸うことができたので、機嫌よく洗濯カゴのなかの物をつぎつぎと干していった。

多少、体が重いが、特に支障はなさそうだった。
自分がこうして元気よく家事をすることができるとは、ここに来た当初は思ってもいなかった。

鼻歌交じりで洗濯物を干していくと、あっという間に干し終えてしまい、バッツは大きく伸びをした。

干場は中々の高い場所で、外の風は少し冷たいが、日差しが暖かくて気持ちがいい。
高いところは苦手だが、先ほどのジタンのおすすめの景色が気になる。
手すりをきちんと持っていれば大丈夫だろうと、端まで近づき下をみると、沢山の花が目に入った。

どうやら、先ほどジタンが言っていたおすすめとはスコールが世話をしている庭園のようだ。
下を見ると、色とりどりの花が咲き乱れており、あたかも楽園の園のようであった。

「ジタンが言ってたおすすめの景色は庭園かぁ?すげーなぁ。」

広い敷地内には花を楽しんで観賞できるようにするためか、ベンチやテーブルが設置されており、少し離れたところには東屋まである。
貴族の庭師が手入れしているかのような花園はすべて無口な吸血鬼が一人で世話をしているとはとても思えず、素直に感心してしまう。

何種類くらいの植物があるのか、バッツは観察しようと、少し身を乗り出すと、ふとある一点の花に目がとまった。

赤と白の対照的なコントラスト。
どうやら薔薇の花のようだった。まるで不思議の国のアリスの女王の庭のような一角だな、とバッツは笑いそうになった。
たしか、赤が大好きな女王に首をはねられないようにトランプの兵士が白いバラをペンキで塗る場面があったが、それを模したかのように対照的な色の薔薇をわざわざ隣同士に植えているとは。

「あの吸血鬼、受けねらいのつもりか?そういや、あいつ、初めて会った時の青い薔薇をどこで育ててるんだろ?」

今まで旅をしてきて見たこともない青い薔薇。
恐らくそれも吸血鬼が育てているのだろうと予想した。
好奇心が強い方であるバッツは庭園のどこに青い薔薇が植えられているのかと探し始めた時だった。

ぶわ・・!!

突然の突風にバッツは驚き、青い薔薇を探すのをやめ、落ちないように手すりから慌てて離れる。
大丈夫か。とほっと胸を撫で下ろすと、目の前に自分が干した洗濯物の一枚が風に乗って舞っていた。

「あ、洗濯物!」

バッツはあわてて洗濯物を追いかけたが、病み上がりの体と、いたずらな風のせいで中々捕まえられない。
夢中になって追いかけて、手すりの近くにタオルが舞うと、身を乗り出してそれをキャッチした

下に落とさなくてよかったと胸を撫で下ろして離れようとした時だった。

またも大きな風が吹き、身を乗り出していたバッツはその風圧に耐えられず、手すりから手を滑らせてしまった。

そこからはスローモーションだった。

足場を失った体が、重力に逆らうことなく、下へと落ちていく。
先程まで花を見ていたはずなのに、目の前に広がるのは青い空。
空が遠ざかっていく。

「ぎ、ぎゃあぁぁああ〜!!?」

バッツは洗濯物をしっかりと握りしめたまま、腹の底から悲鳴を上げて下へとまっさかさまに落ちていったのだった。


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