Blaue Rosen -3-

目の前の青年は身を固くし、自分を見据えていた。
彼の様子から昨晩の一件がまだ尾を引いているのは一目瞭然だった。

人間は人ではない自分に怯えるか、嫌悪感や敵意を剥き出しにされるか。
いずれにしても好意を持たれたことは一度もない。
しかしスコール自身はそれにはもう慣れていたため、特に気にもせず、彼の姿を上から下へとゆっくりと観察をした。


「(・・・見たところ、怪我をしている普通の人間にしか見えないな。)」

スコールが見るかぎり、青年は普通の人間以外の何者にも見えなかった。

人あらざる者が纏う特有の気配も魔力も感じられない。
旅人だからか、戦闘能力は一般の人間よりも秀でてはいたが、それが血の旨みに繋がるかとは思えない。
実際に女性以外にも男性、動物の血を吸ってきたが目の前の青年程の血の持ち主に出会ったことはなかったのだ。

ただ、可能性は低いが、自分が出会ったことのない人あらざる者の可能性も無きにしもあらずだったため、確認を取っておいた方がいいだろうと考えた。


「・・・俺は回りくどく話すのは苦手だ。単刀直入に行かせてもらう。・・・あんたは何者だ。」
「え?」

いきなり話掛けられたかと思えば、自分は何者かと問われて、バッツは軽く困惑した。

昨晩も説明した通り、自分は旅人であってそれ以上でもそれ以下でもない。
それを「何者か?」と問われて、これ以上どう説明すればいいのか。

人間で20歳の男です。固定収入もないその日暮らしの旅人です。としか説明できない。

バッツは頭を掻き、少し困った表情でスコールに聞き返した。


「あの、言っている意味がわかんないんだけど。昨日の夜も言った通り、おれはただの旅人だよ。これじゃだめなのか?」

それを聞いたスコールは少し、眉根を寄せて、バッツを見つめ返してきた。
彼の無表情がほんの少しだが、困ったような、考えているような表情に変わった。

無機質な彼の感情がほんの一瞬見えたような気がして、バッツは内心どきりとした。
吸血鬼ではなく、人間の青年のようだと思ったのだ。

しかし、そう思ってすぐさま心の中で首を振る。
この状況で何を考えているんだ、冷静にならなければと言い聞かせて、再び少しでもスコールから目を離さないように様子を窺った。

一方のスコールはバッツの心のうちには気づかず、思案した後、言葉を選ぶかのようにバッツに再度問いかけてきた。


「聞き方が大まかだったな。訂正する。あんたの血は今まで味わったこともない程上質だった。・・・もしやあんたは人外の者ではないだろうな?」
「はぁ?」

今度は人間じゃないのか聞かれて再度困惑する。
スコールはどこを見て自分を人間じゃないと思ったのか、さっぱりわからなかった。


「(ただ血が美味かったってだけで、人じゃないってか・・・。)」

生まれてこの方、自分は人間でないと思ったことは一度もない。
運動神経はいい方だが、それ以外に秀でていることと言えば旅の知識と家事能力ぐらいなもので特に特殊な能力と呼べるものは持っていない。

ここで空が飛べるとかならわかりやすいのだが、生憎バッツは飛べないし高所恐怖症である。
おとぎ話の魔女のように魔法が使えるわけでもない。

小さい頃からの記憶をざっと思い出してみたが、特に変わった思い出はなかった。


「・・・おれはふつうの人間だよ。おれの親父もお袋もだ。おれがもし人間じゃなくてあんたのような存在なら逃げられただろうし、簡単に傷を負ってないと思うけど?」

バッツにそう言われてスコールは折ってしまったあばら骨に視線を移した。

昨晩、抵抗するバッツを大人しくさせるために打撃を与えた時に感じた感触は自分の肉体と比べてとても脆く、柔らかかった。
人ではないものであれば、個人差、種族などによって違いや例外があったとしても、人間よりも強固な肉体であるのがほとんどだ。
それに加えて、彼の言動から嘘は吐いていなさそうであるし、そのメリットもない。


「・・・どうやら、たまたまあんたの血は俺好みの味だったのかもしれないな。色々とすまなかったな。」

目を伏せるスコールにバッツは目を丸くして彼を見た。


「(吸血鬼が謝るのか?なんか、意外だな。)」

物語や人から聞いた昔話ではもっと尊大な態度をとると思っていたが、どうやら少し違うようだ。
目の前の吸血鬼は自分が思っていたよりも、人間じみている。

それがどうしたとは思うのだが、先ほどまで抱いていた怯えや緊張が少し収まった気がする。
ジタンの言葉のおかげもあるとは思うが、昨晩自分に怪我を負わせた相手にそう思うとは自分でも複雑だった。

スコールは伏せていた目を開くと、まだ手が付けられていない朝食のトレーに視線を移した後にバッツへと視線を戻した。


「あんたのことは朝食を持ってきたジタンに世話を頼んでおく。俺よりも、ずっと面倒見がよく、気が利くからな。暫く休んでいるといい。」

それだけ言うとくるりと踵を返してすたすたと部屋の扉の方へと歩いていく。
いきなり話が終わり、バッツ慌てて動かすことが難儀な体でできる精一杯の動きでスコールを呼び止める。


「ちょ、ちょっとまてよ!話は終わったんだよな!?なあ、おれをここから出してくれないのか?もう用はないんだろ?」

ばたばたと大きく手を振って呼びとめるバッツにスコールは扉に手を掛けて、振り返って言い放った。


「普通の人間なら、尚更、簡単にここから出すわけにはいかない。悪いことは言わない。あんたはここに留まれ。以上だ。」
「はぁ!?」

表情を変えずに、それだけ言うと、スコールはバッツをそのままにし、扉を開いて部屋から出ていってしまった。
遠ざかっていく足音にバッツは背もたれ代わりに高く積まれた枕に背中を預けた。

枕は柔らかかったが倒れた衝撃で少し骨が痛み、うっと唸った。


「くそー・・・いてーなぁやっぱり。しかし、なんなんだよ、あいつ・・・。」

自分の質問をするだけしておいて、此方のことは取り合ってくれなかった。
少し人間くさいと思ったが、やっぱり何を考えているのかさっぱりわからない。
この体ではできることなど限られているので、バッツは自分の横に置かれていた朝食のトレーをすぐ近くに引き寄せ、とりあえず少し遅めの朝食をいただくことにしたのだった。





日が本格的に高くなり、窓からの景色をぼんやりと眺めていると、ジタンが昼食を運んできてくれた。
彼はバッツのそばまでワゴンを押してくると、朝とは変わらない明るい笑顔で挨拶をしてきた。


「よ!昼飯と薬持ってきたぜ!・・・どうした、浮かない顔だな?」
「ジタン。」
「どした、スコールと喧嘩でもしちまったか?あいつ、口下手だからさ〜。」

ジタンは話しながら手際よく昼食をトレーに乗せると、バッツが食べやすいようにすぐそばのサイドテーブルに置き、いそいそと紅茶の準備をしながらメニューを説明し始めた。


「昼食はチキンのサンドとサラダ、あとは特製ジュース。一人じゃなんだしオレも一緒にしていいか?よければ話も聞くぜ?」


バッツがワゴンをみると、ジタンの分と思われる同じメニューの食事が乗っていた。
昼食を同席してもいいかと聞くジタンにバッツは頷くと、彼は紅茶を二人分準備し、一つをバッツに、もう一つを自分の方に置く。
部屋に備え付けている椅子をベッドのすぐそばまで引いてくると、ジタンはそれに腰を落ち着けて、ふたりそろって食事をし始めた。

食事を取りながら、バッツはスコールとの話をジタンに話すと、彼は時折頷きながらバッツの話をきちんと聞いてくれた。
口数が少なく、言いたいことを言って部屋を出て行かれたので、何が何だかとバッツが言うと、ジタンは苦笑した。


「あいつなりにお前を心配してるんだよ。」
「・・・どこが?」

首を傾げるバッツにジタンは紅茶を一口飲み、丁寧に話し始めた。


「まずはお前の傷。オレやスコールだとどんなに時間がかかっても数時間で治るけどお前はそうはいかないだろ?だから治るまでここにいたほうがいいってことだよ。」

骨折して手当がされている傷に視線を移す。
確かに痛むし中々思うように体は動かせないが、それなら近くの村か街など人がいる場所にでも放り出してくれてもいいのでは?とバッツが思っていると、それを読み取ったかのようにジタンはさらに話を続けた。


「バッツの場合、傷を負った状態で旅をするのは難しいし、かといって長期療養するにも近くにある村や町はひとつしかない。多分、お前が立ち寄った村だと思うけど。吸血鬼の生け贄にした若者が首筋に傷をこさえてノコノコ帰ってきたらどう思われるかわかるだろ?」

そうジタンに言われて、バッツは暫し考えた後、言いたいことが分かったのか、眉を寄せて頭を掻いた。


「・・・そのまま追い出されるか、最悪、殺されるかとかか?」

古来より、人ではない存在と関わったことで不幸になった人間の話は多い。
特に吸血鬼の場合、血を吸われたものは同族となってしまい、人に襲いかかる話もある。
自分が村に帰ってきたところでまず、歓迎はされないだろう。

「ご名答。スコールは今回ちょっと訳ありであの村に血液の提供者を依頼したんだ。『血液を提供してくれるなら、村には相応の報酬を渡す。提供者の命も保障する。』てな具合にな。だけど、村人の方は信じられないのと、もしものことを考えて、たまたまた村に立ち寄ったお前を身代わりにしちまったんだろう。」

いくら切羽詰っていたとはいえ、自分を眠らせて生贄として出すとは中々やることはエグい。
軟禁状態されていることはとりあえず置いておいて、今回スコールが『命を保障』してくれたからこうして生きていたのだが、もし相手が違っていたら今頃自分は誰にも看取られないどころか、雨風にさらされて肉体が朽ちて自然に地に返るまでそのままだったかもしれない。


「ひでぇなあ。」

そうつぶやくと、ジタンは苦笑してバッツのカップを受け取ってお茶のお代わりを淹れはじめた。


「まあ、運が悪かったと思ってあきらめるんだな。・・・人間はとても優しい種族だと思うけど、時には残酷にもなれるとオレは思ってるよ。特に何かを守るためになるとな。」

バッツはジタンから紅茶のカップを受け取ると、すぐに口をつけずに、ゆらゆらと揺れる表面に視線を移した。

彼が言った通り、村人は自分と自分の大切な人たちや、今の平穏な生活を守るために、自分を差し出したのだろう。

村の中で誰を生贄として差し出すかを言い争うよりも、その方がずっと楽だ。
自分の近しい人がもし生贄として出されたら、選んだ者を恨まずにはいられないかもしれないし、選んだ方も選ばれた者と繋がりがあった者を見るたびに罪悪感に苛まれるだろう。

どこの誰かも、名前もわからない若者なら・・・はるかに楽だ。

複雑な表情で紅茶を眺めるバッツにジタンは自分の分の紅茶を一口飲むと、カップをソーサーの上に戻してバッツにまっすぐと向き合った。
ジタンが自分に向き合うように座りなおしたことに気づき、バッツは視線を紅茶からジタンに視線を戻すと、彼は深々と頭を下げて、また上げた。


「バッツ。スコールのことだけどさ、お前の命を奪おうと思って襲い掛かったわけじゃないんだ。」
「?村人からの生贄と思ったからだろ?」
「まあ、それもあるけど、少し事情があってさ。あいつ、少し言葉が足りなくて誤解されやすいけどさ。決して悪い奴じゃないからさ。全部水に流せとは言わないけど。」

どうやらジタンはバッツがスコールのことで怒っていると思っているようだ。
たしかに彼に対して複雑な思いがあるのは確かだが、ジタンの話と、先ほどのスコールの様子からそんなに悪い奴ではない・・・とは思う。

現に血は吸われたものの、こうして生きているのは彼が村人に提示した約束を守ったからだ。
守ることに何の利もないはずなのに。


「ジタン、そこまで言わなくてもいいよ。たしかにスコールのこと、よくわからないから今は何とも言えないけどさ、ジタンがスコールのことを気遣っているのはよくわかったよ。」

そう言い、バッツが微笑むと、ジタンは少し安心したかのように微笑み返した。
頼まれているからとはいえ、自分の面倒だけでなく、スコールのことも気に掛けるこの少年はとても心優しい。

人あらざる者は恐怖の対象であると思っていたが、少なくとも目の前の少年は違うようだ。

少年が気遣う吸血鬼も・・・ついでにそう思っておくことにした。


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