ハロウィン攻防戦

「とりっくおあとりーと!」

ジャックオランタンの帽子と黒いぼろぼろマントを着たバッツが満面の笑みでデスクに座っていたスコールに手を出してきた。

今日は10月31日ハロウィン。
子供たちがモンスターや妖精などに仮装し、お菓子をねだりにやってくる。
それに従わなければイタズラをされるわけだが・・・。

スコールの目の前にいる青年は20才の成人男性で、本来なら菓子をねだるよりも与える側の方である。
それなのに、菓子を配りやすいようにラフな格好をしているわけはなく、バッチリハロウィンの仮装衣装に身を包み、貰った菓子を入れておく袋まで持参している。
しかも自分よりも年上であるにもかかわらず、何の遠慮もなしに両手を差しだしてくるものだからスコールは呆れずにはいられなかった。


「あんた、一体いくつだ?」
「こういうイベントに年齢なんて関係なし!楽しいだろ?」

こめかみを押さえてつぶやくスコールに特に気にもせずにマントをひらひらとさせながらのたまうバッツ。
その姿は仮装をして練り歩いている子供たちと交じっていても何ら違和感がなさそうだ。
周りにパステルカラーのあめ玉やクッキー、ボンボンショコラの幻覚まで見えてしまいそうなほど、バッツはどっぷりとハロウィンの空気に溶け込んでいる。

こういったイベントは子供のためのものであるはずなのだが、目の前の男にそれを注意したところで通用しなさそうである。

「楽しければそれでいいじゃないか。」

きっとそう答えるだろう。
大人だと思えば、子供のように全力で遊びも楽しむ。
そんな性格だから年下のティーダやオニオンから親しみ半分、呆れ半分で「二十歳児」と影で呼ばれているのだ。

いいかげん気づいて自覚してくれ、あんたの頭は何のためにある。飾りか?とスコールは心の中でそう毒づいた。

スコールにかなり失礼なことを思われているとは知らず、バッツは「はやくはやく!」とばかりに差し出した手のひらを振っている。
きらきらとした瞳と笑顔でこちらを窺う姿はまるでゴールデンレトリバーのような人懐っこい動物を連想させる。
彼に尾っぽが生えていたならば、ちぎれんばかりのいきおいで振っていることだろう。

その姿は成人男性ながら少しかわいいと思うのだが、テンションが常時より高めのバッツをいちいち相手にしていたら疲れそうだ。

それに加えて、スコール本人はハロウィンよりも来週提出予定の課題をかたづける方が重要であった。

バッツが襲来してくる前から、スコールはパソコンの前に座り、黙々と課題に取り掛かっていたのだ。
楽しそうにしている彼には悪いが、無視をしてやりかけの課題を再開しようとしたところでバッツに制止された。


「課題はストップ!おまえも参加しろよ!ハロウィンは今日しかないんだぞ?」
「・・・俺は忙しい。来週提出の課題なんだ。ハロウィンを楽しみたいのなら他をあたってくれ。」

そういい、パソコンのキーボードを打とうとしたところで、バッツが電源ボタンに手を添えてきた。
不穏な空気が流れ、スコールは眉間にしわを寄せてバッツを見つめた。


「なんのつもりだ?」
「だから、とりっくおあとりーと?」

菓子をくれないとイタズラ・・・課題のデータが入ったPCを強制終了するぞ?と言いたいのだろう。
こういう時の彼は恐らく、いや絶対此方が折れるまで引き下がらないことは付き合っていて学習済みである。

にこやかな笑顔で恐ろしいことをしようとしている彼にスコールはため息をついて、自分の横に置いていたカバンを引き寄せた。
観念したと思われるスコールにバッツは電源ボタンから手を離し、スコールを覗き込むと、彼はカバンの中をごそごそと中を漁ったかと思いきや、何かを取り出し、それをバッツの手のひらに乗せてきた。

手に乗っていたのは大きなあめ玉だった。


「Happy Halloween・・・これでいいか?」
「おっ!いいねぇ!んじゃ、さっそくいただきまーす!」

期待していたものよりも出てきた菓子がよかったのだろう。
バッツは嬉しそうに包装紙をひらくと、大玉のあめ玉を食べようと大きく口を開く。

そこで、それを見ていたスコールが小さな声でぼそりと呟いた。

「・・・Trick or Treat?」
「え?」

あめ玉を食べるのをやめてスコールの方を向くと、彼はバッツに片手の平を差し出してきた。


「気が変わった。俺もハロウィンに参加することにした。」
「ちょっと待てよ。おれにお菓子をねだろうってか?」
「ああ。あげた者にはねだってはいけないとは決まっていないだろう?」

ずいっとさらに手のひらをバッツに差し出すと、彼は自分が貰ってきた戦利品の袋をガサゴソと漁りはじめる。
袋の大きさからすると相当な数を回ってきたのだろう。
クッキーやチョコレート類、マフィンなどがたくさん入っていた。


「ちょ、ちょっとまってくれよ。確かセシルからもらったブラウニーがあったはず・・・。」
「人から貰ったものを回す気かあんた。それは失礼じゃないか?」
「うぐ。」

スコールに突っ込まれバッツは呻く。
人から貰ったものを横流ししてはいけないとは決まってはいないが、スコールの言うとおり、彼とセシルに対して失礼だ。
しかし、ねだる側に徹していたバッツは配る用の菓子を持ち合わせていない。

なかなかのピンチにどうしようかと困っていると、スコールが容赦なく言い放った。

「タイムアップだ。」

そういうやいなや、バッツが食べようとしていたあめ玉を素早くひったくり、彼が取り戻そうとする前にそれを口に放り込んだ。
パクンと口が閉じると、あめ玉を転がす。
口内に甘ったるい柑橘系の味が広がり、転がすたびに大きな飴玉が歯に当たってかちかちと音が鳴った。


「あーっっ!!ひっでぇ!!」

せっかく食べようとしていた菓子を奪われてしまい、指差しながら非難がましい声をあげるバッツ。
さらに文句を言おうとするバッツに、スコールはあめ玉を口に含んだまま、彼の手首をいきなり掴み、一気に抱き寄せる。

「うおっ!?」

驚くバッツを無視し、顎を掴んで無理やり自分の方へ顔を向かせると、いきなり口づけてきた。

「んむっ!?」


いきなりキスをされて暴れる彼をきつく抱き締め、彼の唇に自分の口に含んだ飴玉を舌で器用に押しつけて口移しで飴玉を贈る。
バッツの口内に甘ったるい飴玉の味が広がる。
ひとしきりバッツの口内を堪能した後、スコールは軽いリップ音と共に唇を離し、同時に抱きしめていた彼の体も解放した。

「ぶはっ!!」

やっと解放されたバッツはあめ玉を口に転がしたままぜいぜいと息をつき、それが落ち着くとスコールを睨み付けてきた。


「おまっ!いきなりなにするんだっ!!」
「・・・菓子を貰えなかったからいたずらだが?さっきの菓子も取り返せてよかっただろう?さぁ、さっさと次の獲物へ向かってくれ。」

しっしとばかりに手で追い払う動作をするスコールにバッツは頬を膨らませ、スコールにずいっと両手を突き出した。


「・・・とりっくおあとりーと!!とりっくおあとりーと!さすがにもうお菓子はないだろう?」

自分と違い、普段甘いものを食べないスコールならさすがに2個目は持っていないだろうと予想したのだ。
これで彼が菓子を出さなかったら堂々といたずら、もとい報復ができるのでバッツはさらに両手をスコールに近づける。

しかし予想に反し、スコールはまたもカバンの中をガサゴソと漁ると、今度は一口大のチョコレートを3、4個取り出し、それをバッツに渡してきた。


「これでいいか?」
「なっ!?なんでっ!?」

何でそんなにお菓子があるんだ!?とばかりに目を皿のようにしてスコールを見てくるバッツ。
そんなバッツにスコールはおまけとばかりに彼の手のひらに乗っているチョコレートの上にラムネ菓子の袋を乗せてきた。

「これで十分だろう?まだいるか?」
「おまっ!!カバン見せろ!!」

バッツはスコールのカバンをやや乱暴にひったくると、口を逆さまにして大きく振った。

ドサドサ、バラバラと床に中身がぶちまけられる音が響く。
あらかた中身を出したところで下を見れば、あめ玉やチョコレートの袋、ラムネ菓子にガム、ビスケットなどの袋が大量に散らばっており、それを見たバッツは思わず絶句した。

このカバンの中に、一体どうやって大量の菓子をスコールは仕込んでいたのか。
普段一緒にいてるのにまったく気が付かなかった。

「いつの間に・・・。」
「あんたが何かしてきても追い返せるようにな。好きなだけ持って行け。」

スコールはしれっとそう言うと、デスクに向かい、今度こそ課題を再開し始める。
キーボードのタイピング音が軽快に鳴り響く。
余裕そうな彼の様子にバッツは地団駄を踏むと、キッと眉をつり上げてスコールを睨んだ。


「くっそう!!来年はおぼえてろよー!!」

月並みな捨て台詞をはいて部屋を出て行ってしまったバッツの背中をスコールは見送り、ふう、と息を吐いた。


「(これでようやく課題に集中できそうだな・・・。)」

そう思い、彼が戻ってくる気配がないのを確認すると、携帯電話を取り出し、メールを打つ。


【助かった。感謝する。】


そう一言打つと、アドレスを指定し、送信ボタンを押した。

メールの送信相手はジタン。
実はスコールは2,3日前、友人のジタンからあるアドバイスを受けていた。


「バッツのことだからハロウィンは気をつけたほうがいいんじゃね?あいつのことだから手の込んだいたずらを仕込んでくるぞー?」

普段何かと自分の世話を焼いて気遣ってくれるバッツだが、忘れた頃に突拍子もないことをしでかしてくれる。
ハロウィンの前、共通の知人であるジタンが事前に自分に連絡をよこしてくれたのだ。
彼は以前、バッツのイタズラの餌食にあったらしく、恐らく今年は恋人のスコールをターゲットにしてくるだろうと助言をしてくれたのだ。


彼の助言に従い、小分けのお菓子を大量に用意しておいてよかった。

散らばったお菓子から、バッツがかぶっていた帽子と同じジャックオランタンの顔クッキーをつまみ上げる。
パキリと音を立ててクッキーを真っ二つにかみ砕くと、スコールは勝利の笑みを浮かべたのだった。



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たまには強気な8
ただ、来年はどう切り抜けるんでしょうね?


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