Blaue Rosen -1-

この世に生を受けて二十年。
気ままな旅暮らしで時には危険な目にあった。

盗賊に寝込みを襲われそうになったり、植物だと思って近づいたら実はモンスターだったなんてことなど危険な目にはよくあった。
自分で言うのもなんだが、数えきれないくらいの修羅場を潜り抜けてきたので腕も立つし、肝も据わっている方だと自信を持って言える。

しかし、それが油断を生んでしまったのだ。

「(まさか、立ち寄った村で一服盛られるなんてなぁ・・・。)」

気が付けば冷たい石台の上に両手足を縛られていた。
芋虫のように転がりながら旅人バッツはこうなるまでの自分自身の行動に後悔した。

事のはじまりは旅の途中で立ち寄った村。
規模は小さいけれど、空気も水もよく、田畑の実りもそこそこ豊かな村だった。
村の中には食堂と宿屋もあり、今日はここで休むことにしようと迷うことなく決めた。

宿をとり、散策とばかりに村の中を歩き回ると、少しの違和感を感じた。

村人たちの表情がどことなく暗い。

見たところ、飢饉の心配もなさそうだし、村人の身なりも豪奢ではないものの小ざっぱりしており清潔である。
盗賊や野党の類の者にゆすられているなどの心配はなさそうなのにどうもおかしかった。

挨拶をしても、皆笑顔で返してくれるが、感じる違和感が拭えなかった。

「(モンスター被害にあっているのか?けど、それならもっと村は荒れているはず・・・一体何なんだ?)」

宿屋へ戻り、寝台に横になりながら考えたのだが、すぐにそれが遮られた。
宿屋の主人から「久しぶりの客人のために、村長がもてなしたいそうです・・・。」と声を掛けられたのだ。



「(くそーあの時ほいほいついていかなければなぁ。おれの大馬鹿・・・。)」

なんとか上半身を起こして、縄を解こうとしながらバッツは悪態をついた。

あの後、のこのこと村長宅に赴いたバッツは、大量のご馳走と酒が用意された食卓に座らされ、食事と酒をすすめられるがままに口にした。
豊かな村に相応しく、肉も野菜も酒もどれもこれもとても美味であったことと、旅の途中ではとても口にすることができない料理の数々に上機嫌になった。


次々と腹に納めたところで、記憶が途切れている。
眠気が残る頭とやたらと重い体。

一服盛られてここに連れ去られたのだとすぐにわかった。

「(とりあえず、縄を何とかしないと・・・。)」

バッツは自分のベルトの中に隠し持っていた小さな短剣を取り出すと、器用にそれを手に持ち、まずは腕の縄を切り始めた。
少しずつ、確実に縄を切ると、ものの数分で両手が自由になり、今度は足の縄に取りかかる。
こちらも何の問題もなく解くことができた。

石台の上から飛び降り周囲を確認する。

バッツが寝かされていたのはどうやら古い、朽ち果てた神殿のような場所だった。

台の周りに四つの石柱と床にはタイルのようなものが敷かれている。
石台のすぐそばにあった小さな卓の上は何かでどす黒く汚れており、それが古い血溜りの跡であるのに気付くのに少々時間が掛かった。

「(・・・まあ、普通に考えれば生贄にされたんだよな。おれ。)」

恐らく、卓上に人や動物の臓器などを置いていたか、或いはそれを取り出すための道具を置いていたのか。
どちらにしても石台も卓も何かを捧げるために使用していたのだろう。

想像しただけで寒気がした。

不幸中の幸いか、自分以外は誰もおらず、心臓などを抉り取られたり、モンスターの類に生きながら食い殺される・・・といった儀式はなさそうだ。
しかし、自分を捧げるのなら、運んできたであろう村人も、ましてやモンスターの気配もないのはちょっとおかしいとバッツは思う。

しかも、生贄をささげるようなことをするのは昔こそ、そこらであったのだが、旅をしてきてそのようなことを行う風習が残る国や街、村に立ち寄ったことは一度もなかった。

「(なんかおかしいよなぁ・・・生け贄をささげるにしても放置してるし、そもそも小さな村とはいえ、そんな風習があるなんてよほどじゃないかぎり・・・。)」

そう思いかけたところで再度石の台に目をやると先程気が付かなかったものが置いてあるのに気付く。

石台のちょうど自分が頭を置いていた辺りに青い花が置かれている。

手にとって見ると薔薇の花だとすぐにわかった。

「(なんだ?青い薔薇か?珍しいな。青い色なんて今まで見たこと・・・。)」

花を観察しているとふいに背筋に冷たいものが走った。


「(なにかいる!!)」

バッツは直感でそう感じると、感じた先に視線を移した。

視線の先には一人の人間が立っていた。
黒い服に長身の人間。
背の高さからするとどうやら男性のようなのだが、辺りが暗くて顔がよく見えない。

一瞬村人の誰かかと思ったのだが、身なりからするとどうやら違うようだ。

暗くて刺繍や装飾品などを着けているかはわからないが、仕立てのよさそうなシャツと黒い上下の服に外套。
昼間見た村の人間が着るような服装ではなかった。

ただ服装以上に異様に感じたのはその男が発する気配だった。
殺気があるわけでもない、ましてや驚きや怯えといったものも感じられない。

感じるのは、威圧感。

今まで沢山のモンスターを倒し、野党や盗賊からの襲撃をすり抜けてきたが、目の前の男には太刀打ちできるようにはなぜか思えなかった。


「あ、あんた、だれだよ?」

震える声をなんとか押さえて、男に聞くと彼は数歩自分の方に歩み寄ってきた。


「村からの人間は・・・あんたか?」
「え?」

深みのある低い声からやはり相手は男のようだ。
村からの人間と言われたが、自分はたまたま立ち寄った旅人であって村人ではない。

「おれは旅人だ。あんたの言ってる村かはわからないけど、立ち寄った村の人に一服盛られて気が付いたらそこの石の台に寝かされていたんだよ。あんたこそ、何者だ?」

縄を切った短剣を構えて間合いを十分に取れるように数歩下がる。

本来なら剣を構えたいところだが、宿屋に荷物をすべて置いてきたために、武器となりそうなものは手に持っている短剣しかなかった。

目の前の男が何か武器のようなものをもっていたらどうしようかと警戒しながら距離を置くが、男は短剣を構えるバッツをさほど気にしていないのか、少し時間を置いた後にため息を吐いた。

「・・・石台の上に寝かされていたことと、その薔薇を持っているところから・・・やはりあんたが提供者なのだろうな。」
「はぁ!?」
「若い女性の方がよかったのだが・・・十分若く、生きもよさそうだから譲歩するとしよう。」

何やらぶつぶつと言っているが、何を言っているのかバッツにはさっぱりわからなかった。

「(提供者?若い女?こいつ、なんなんだよ!?)」

男への警戒心をさらに強めたバッツは短剣を前に突き出して、いつでも体術を繰り出せるように構える。

目の前の男が向かってきたら、すぐに抵抗できるようにしておこうと思ったのだ。

しかし、その構えも無駄に終わってしまった。

目の前の男が地面を蹴ったかと思うと、一足飛びで自分に向かってきたのだ。


「なっ!?」

一瞬で間合いを詰めてきた男に驚愕する。
今まで色んな人間を相手にしてきたが、ここまで素早く、静かに動く人間は見たことがなかった。

「くっ!!」

薔薇を投げ捨て、横跳びに逃げてなんとかかわし、男を見据える。
先程立っていた位置では見えづらかった男の顔が、月明かりに照らされてはっきりと見えた。

整った顔立ちの長身の男だった。
印象的な青い瞳にさらりと流れる髪。すらりと伸びた手足はとても長い。
顔には一筋の向こう傷があり、それは外見を損ねるどころか、整った顔をより際立たせている。

絵画や彫刻のモデルになりそうなほど、美しいと思える青年だったが、少しも変わらない表情が造り物のように思えて逆に恐ろしく感じた。


男の方は、自分がかわされたことが意外だったのか次の動作に移らず、バッツを見据えるにとどまった。

「かわすとは、中々の運動神経の持ち主のようだな。」
「旅人をしていると道中危険な目に合うことも多いからな。・・・今みたいに。」

正直に言うと、今の攻撃をかわせたのはまぐれとしか思えなかった。
まっすぐ向かってこられたからこそ避けられたのであって次の攻撃をかわせるかはわからない。

低い体勢でいつでも動けるように構えると、男はバッツの姿を真っ直ぐ見据えたまま口を開いた。

「そういえば、あんたは俺が何者かを聞いていたな。どのみちすぐにわかることだから言っておくとしよう。俺は・・・吸血鬼だ。」
「吸血鬼・・・。」

男の正体を知り、バッツは目を見開いた。
物語の中だけでしか聞いたことがない存在にバッツは驚きを隠せない。

一瞬嘘かとも思ったのだが、目の前の男が嘘をついているようには見えない。
ましてや先ほど自分との間合いをほとんど音も立てずに一気に詰めてきた動きも人間離れしていた。

何よりも、見たこともない色の薔薇を添えて村人たちがわざわざ自分を眠らせてここに連れてきているのだから、本当のことなのだろう。


「(あいつが本当に吸血鬼だとしたらおれ、血を吸い尽くされるわけか?冗談じゃない!!)」

訳も分からないうちに人生が終わるのはまっぴら御免だと、この場をなんとか打開できないものかと考えようとした時だった。

瞬きをした瞬間に吸血鬼が視界から消えたかと思うと、自分目の前に立っており、手刀でナイフを叩き落とされ、強く肩を掴まれた。

「しまっ!?」
「すぐに終わる・・・大人しくしろ。」

掴まれた肩の手を振りほどこうとしたがビクともしない。
視線を吸血鬼に移すと、青い色をしていた瞳が赤く変化している。

血のように真っ赤に染まった瞳が人外の存在であることを認識させられ、恐怖で身がすくんだ。

しかし、開かれた口から白く尖った牙が目に入ると、すぐに渾身の力を振り絞って抵抗した。
この牙に噛みつかれたら最後だと思ったからだ。

「大人しくしろって言われて、できるわけないだろっっ!!」

震える体をなんとか奮い立たせ、みぞおちに力の限りの蹴りを入れた。

至近距離からの蹴りならさすがにひとたまりもないだろうと踏んだのだが、苦しむどころかびくともしない。
むしろ、蹴りを入れたみぞおちは鉄のように固く、肉がめり込む感触がまったくなかったため、逆にバッツの方が驚愕した。

「・・・どうやら実力行使といかないと大人しくならないようだな・・・。」

吸血鬼の男がそう呟くのが聞こえた次の瞬間、肺のあたりにずしりと重い何かがぶつかった。

「ぐはっ!?」

視線を下に移すと、拳がめり込んでおり逆に自分が攻撃されたのだ。
拳が離れると、みしり、と体が軋む。

あばら骨が折れたのだ。

「(たった一撃で・・・!?)」

無意識に傷を負った部分を守ろうと体を丸めようとした瞬間、抵抗が薄れたバッツの首筋に男が食らいついてきた。

「うあっ!?」

首筋に牙が食い込む痛みに呻いた。
血が僅かに吹き出して地面にぽたぽたと落ちている。

「ひ、ぐっっ・・・。」

バッツは男を引き剥がそうと腕を突っぱねようとしたがびくともしない。
動けないようにするためか、腕の中に閉じ込められて、更に深く牙が食い込むと、その箇所だけ熱を持ったかのようにどくどくと強く脈打つ。

体中の血液が噛まれた箇所に集中していくように感じた。


「・・ふっ・・・あぁ・・ん。」

首筋が熱い。
はじめは頭が朦朧とし、まるで酒に酔ったか、高熱を出した時のような気分だった。

だが、徐々に背筋がぞくぞくし、腰が甘く疼く。
目を見開き、だらしなく口元が緩んで唾液が垂れた。

噛み付かれた痛みすら快感と感じる。
傷つけられ、自分の生命が奪われゆく行為のはずなのに、気持ちがよくて堪らなかった。

性的な快楽に似た感覚が身体中に走り、立つこともままならない。

自分の首筋に噛み付く男を支えにしようとしたが無理だった。
体から力が抜け落ちるのを感じながら、バッツは意識を手放した。



吸血鬼の男は気絶をして倒れ掛かった旅人を抱き留めると、噛みついた首筋から流れた血を舐めとり、顔を放した。


血を吸った相手の顔を見つめる。

相手は男のはずが、自分が最も美味いと思っていた若い生娘の血よりも美味だった。
口内に広がった血液はとても熱くて香り高く、芳醇な味わいだった。

今まで大勢の人間、動物の血液を吸ってきたがこれほどの美味なのものはなかった。


意識を手放した旅人は見たところ普通の人間のようだが、彼特有の体質なのか、何か秘密があるのか興味が湧いた。

吸血鬼は暫く思案するとやがて決心をしたのか、気絶している旅人を抱えなおす。
軽く地面を蹴って空へと舞い上がるとそのまま夜闇の中へと飛び、やがて見えなくなってしまった。


地に落ちた一輪の青い薔薇もまた、夜風に舞い、花びらが一枚、また一枚と散り、二人の後を追うかのように闇に溶け込んでいった。


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初人外パロに挑戦!
ハロウィン用に考えていたのですが、ハロウィンじゃなくてもいいかと通常掲載にさせていただくことになりました。


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