夕涼みと秋の風

「夕涼みしないか?」

帰宅したスコールに同居人のバッツがビール片手に誘いかけてきた。

季節はもう秋に差し掛かり、昼間はともかく、朝夕は涼しく、時折肌寒く感じる。
日が暮れて、夜の闇に差し掛かっているこの時間帯は過ごしやすく、風も少し冷たいので昼間以上に秋の気配を感じさせる。

それなのに、目の前の男は夕涼みをしようとにこにこと微笑みながら提案したのだった。

「・・・涼しすぎないか?」

スコールが眉根を寄せて言う。
寒いというわけではないが、わざわざ夕涼みをするような気候ではないと思ったのだ。
食い付きが悪いスコールの反応をみて、バッツは強請るように手を合わせてきた。

「まだ大丈夫だろ?この機会を逃すとさ、中々できないと思うんだ。秋ってさ、気が付いたらすぐに肌寒くなっちゃうだろ?」

頼むよとばかりに上目づかいでこちらを見てくる。
バッツの言うとおり、この機会を逃すと夕涼みは中々できなくなるだろう。
ここ最近イベントらしいイベントもしていなかった上に今日は週末なので明日のことを考えずに飲み食いはできる。

そして何よりも子供のようにうずうずとしているバッツを見ているとスコールとしても、たとえ面倒くさくても断ることができそうになかった。

「了解した。」

スコールが小さく頷くと、バッツは満面の笑みでよしとばかりにガッツポーズをした。

「ありがとな!・・・けど、じつはもう用意してあるんだけどな?」

そういったバッツの後ろにみえるテーブルにはビールの缶とわざわざ冷やしたグラス、料理が乗ったお盆があり、スコールがたとえ断ったとしても無理やりにでも参加させていたかもしれないことが想像できた。

「(俺はなんだかんだで結局バッツに従うのだろうな・・・。)」

鼻歌交じり夕涼みベランダ晩酌の準備をし始めるバッツの背中を眺めながら、苦笑したのだった。



「んじゃ、かんぱーい。」

ビールが注がれた少し小さめのグラスをかちりと鳴らして乾杯をする。

二人並んでTシャツと楽なパンツに履き替えてベランダの方に足を投げ出しながら秋の夜風を楽しみながら飲むことにしたのだ。
外はちょうどいい涼しさで、風が心地いい。
念のため、横にはブランケットを控えさせたのだが問題はなさそうだった。

ごくごくとのどを鳴らして冷たいビールを飲み、二人同時に「ぷはー。」と息を吐く。
ほどよく疲れた体に冷たいビールはまるで乾燥した大地を雨で潤すかのように染み渡る感覚がする。

「うん!少し涼しいけどビールがうまいな!!」

バッツは満足そう笑いながら口元についた泡を手の甲でぬぐうと、横に控えていた料理が乗った盆をスコールに見せてきた。

「夕涼みだから、お手軽メニューにしてみた。」
「なるほど・・・。」

バッツの横においてある盆の上には唐揚げやポテトなどの揚げ物類、焼きそばにたこ焼きなどの手軽に食べられるメニューのオンパレードだった。
普段栄養バランスや彩を考えて料理するバッツにしては珍しい。

「ビールに合って楽なメニューにしようと思ってさ。炭水化物も油分も多いけどたまにはいいだろ?」

おかかが踊るあつあつのたこ焼きを一つとり、頬張りながらバッツは答えると、「食うか?」と小皿に料理を取り分けてそれをスコールに突き出してきた。
スコールは皿を受け取ると、その上に乗っていた爪楊枝が刺さったたこ焼きを一つとり、バッツに倣ってそれを一口で頬張った。

たこ焼きは外は少し冷えていたが、中はまだ熱く、無理に食べればやけどをしそうなほどだったため、はふはふと言いながら食べる。
そんなスコールの様子をバッツは可愛らしく思い、笑いそうになったが、彼が不機嫌になりそうなのでなんとか堪えた。

スコールの方はたこ焼きを飲み込むのに集中しており、バッツの様子に気付くことなくなんとかたこ焼きを飲み込む。
バッツが「どうだ?美味いだろ?」と聞いてきたため、素直に頷くと、満足そうな顔をして自分もまた一つ頬張った。

「ん、うまい!冬場のたこ焼きもいいけど、夏のたこ焼きもいいよな?」

にこにこと聞いてくるバッツにスコールはグラスを口につけ、今度は唐揚げをつまむ。
確かに肌に感じる風は心地が良くて気持ちいい。
それを受けながら飲み食いなんてやたらめったらできることではないのでバッツの言うとおりかもしれない。

「まあ、こういう夕涼みも来年までできないと思うと、今日くらいなら・・・。」

満更でもないスコールの様子にうれしく思いながら自分もまたフライドポテトをつまんで口に放り込んだ。

「はは、そうこなくっちゃ。しかし、秋に差し掛かってるけど、せっかくの夕涼みだからスイカもあればよかったんだけどなぁ。あとかき氷とかな。」

どちらも夏の夕涼みなら涼しげでいいのかもしれない。
しかし、スイカもかき氷も暑い夏を乗り切るための水分が多く、冷たい食物である。
涼しい風の中で食すのは少々寒いかもしれないとスコールは思った。

「・・・今だと、少し寒いだろう。」
「そうかなぁ?」

ビールをまた一口煽りながら答えるバッツにスコールは眉をしかめた。

バッツは割りと自分のことに関しては雑なところがあるためいつか体を壊さないかと心配になることがあった。
そんな心配をしているスコールとは別にバッツはのんきに二杯目のビールを缶からグラスに注いでいる。

少し注意すべきかと思ったところで、その前に彼に話しかけられてタイミングを失ってしまった。

「まあ、それはさておき、ここ数日でかなり涼しくなったよなぁ。少し前までは寝る時に掛けるものなんていらなかったのにさ。」

グラスに注いだビールに口をつけながらバッツがいうと、スコールも「たしかにな。」と言い、注意するのはまた後でにしようと再び自分もグラスを傾けた。

あと半月もすれば、この格好でベランダで飲むのは少し寒いかもしれない。
あれほど暑かった夏の気配は今はほとんどなく、微かに秋の虫の声が聞こえてくる。
先日まで喧しく鳴いていたセミもいないし、夏特有のじわりとした湿気もほとんどない。

「こうしていると少し物悲しいな。毎年のこととはいえ。」
「しかたがないさ、この土地にいる限りは一年間に四つの季節は必ず訪れる。それに、あんたはどの季節も好きなんだろう。」
「まぁそうだけど。」

しみじみとどこか寂しそうに呟くバッツ。
余程今年の夏は楽しかったのだろうか。もっとも、彼ならどの季節も楽しんで過ごしそうな気もするのだが。
去年はどうだっただろうかとスコールが考えていると、そこでふと思い出したことがあり、「そういえば・・・」と呟くと、バッツがこちらに視線を向けてきた。

「・・・去年の今よりもう少し経ってからか?あんたの故郷の幼馴染が送ってくれた地元の秋の食材に喜んでいたのは。」

去年、というよりも季節ごとに恋人の故郷にいる幼馴染が恋人と自分に大量の食材を送ってきてくれるのだ。
春夏秋冬。季節の旬の物が詰まったものばかりで、バッツは時期になるとそれを届くのを楽しみにしていたことを思い出した。

現金な恋人は先ほどの寂しさをどこかに吹き飛ばし、今度は嬉しそうに話し始めた。

「あーそうそう!大量の野菜と茸に栗、イモ類!あれはうまかったなー。しかもクール便で肉や魚!レナが季節ごとに色々送ってくれるからなぁ。」

去年舌鼓を打った秋の味覚を思い出したのか、よだれを垂らしそうな緩んだ表情をする。

「(バッツは痩せているわりにはよく食うからな・・・幼馴染たちもそれをわかってくれているんだろう。)」

スコールの方は去年のありがたい贈り物の美味さは勿論のこと、送られてきた食材の量に驚いたことを思い出していた。

男二人暮らしにしてはやけに大量だったため、見た時はきちんと食べきれるのか心配したのだが、料理が得意なバッツの調理配分もさることながら、痩せている割には食べる量が多い彼のおかげで痛ませたことは無かったと思う。

「夏が終わるのは寂しいけど、秋が来ると思えばいいよな。食欲の秋に万歳。」

そういうと機嫌よくスコールのグラスに自分のグラスを合わせてきた。

「まあ、それもいいかもしれないが”読書の秋”や”芸術の秋”はないのか?」
「本は嫌いじゃないけど、スコールみたいにまんべんなくいろんなジャンルは読まないからなぁ・・・あ、でも芸術の秋は好きだよ?何にも考えずに絵画や彫刻を眺めるの好きだしな。」
「(何も考えないのか・・・。)」

これを機会に図書館や美術館に誘ってみてはどうだろうかと一瞬思ったのだが、「何も考えずに」の一言が引っかかる。
せっかく行くなら二人で盛り上がりたい。
演劇なら大丈夫だろうか?とスコールが考えていると、バッツは唐揚げを口に放り込んで咀嚼しながらもう一つを摘まんだ。

「芸術も読書もいいけど、やっぱり秋と言えば食べ物だろ?米もパンも野菜もなんでもかんでも美味いしな。作るのも楽しいし。ほら、よく言うじゃないか、”天高く馬肥ゆる秋”ってな?」

摘まんだ唐揚げをスコールに見せながら、口に放り込むと美味しそうに食べる。
のんびりと答えるバッツにスコールは眉根を寄せて彼を見ている。
何かおかしなことを言ったかな、と首を傾げるバッツに、スコールは少し言いにくそうに彼に話し始めた。

「・・・あんた、その言葉のもうひとつの意味、知ってるのか?」
「?いいや?」
「その言葉は、故事で秋になれば騎馬民族の馬たちが肥えて逞しくなり、農耕民族の収穫の時期にその馬に乗って強奪のために攻めてくるから注意しろという意味もあるんだ。」
「げ!まじか・・・。」

物騒な意味を持っていることを初めて知り、バッツは目を丸くする

大抵の者は秋の豊穣を讃えるために使う言葉と思われるが、スコールから意味を聞くまでそのような意味もあるとは知らなかった。

バッツはビールをごくりと飲みながら、せっかく収穫した野菜や果実が奪われていくイメージを頭に浮かべて顔に青筋を立てた。

「・・・すげーな、スコール。流石成績優秀者。覚えておくよ」

隣の恋人の博識ぶりに感心しながら、呟くと彼は少し笑ったような気配がした。

「あんたの方がよほど物知りだと思うがな。」

スコールからすれば、家事や怪我をしたときの応急措置などに詳しいバッツの方がよっぽど凄いと思うのだが。

何でもないように料理、洗濯その他諸々をこなすことができるのは、知識と応用力があるからだと思う。
バッツにとっては当たり前かもしれないのだが。

「そうかな?あ、そうだ、あとスポーツの秋。二人で市民マラソンに向けて動くってのもよくないか。」

二人でできるスポーツがしたいと前々から思っていたことを思い出したのか、バッツが提案すると、スコールは少し考えた後、首を横に振った。

「・・・遠慮しておく。」
「つれないなー。」

運動神経がいいのに、余り一緒にスポーツをしたがらないスコールにバッツは口を尖らせた。
どのスポーツなら一緒にしてくれるだろうかと考えようとした時に、少し強めの風が吹いた。

くしゅ・・・。

小さなくしゃみと共に風の冷たさにぞくりと背筋が震えた。
ほんのわずか身を震わせただけだったのに、スコールが目ざとくそれに気づいた。

「あんた、寒いのか。」

心配そうに聞いてくる恋人に、少し湿った鼻をこすりながらバッツは手を振って否定する。

「少し風が吹いたからだよ。だいじょうぶ。」

なんでもないよと笑うバッツにスコールはため息をつくと、横にいおいていたブランケットを差し出す。

「これでも羽織ってろ。夜になると冷えるからな。」

そういって押し付けるようにして渡すと、バッツはブランケットとスコールを交互に見た。

「けど、悪いよ。おれ、自分の分取ってくるからこれはスコールが使えよ。」

お前も寒いだろうと小首を傾げるバッツに、スコールはまたため息をつくと、今度はバッツの手に押し付けたブランケットを奪い、それを広げた。
スコールが使うのだと思ったバッツだったが次の瞬間、広げられたブランケットはスコールだけではなくバッツも包み込む。

「え?」

体にブランケットが掛けられたと思ったら次は手首を掴まれてスコールの中にすっぽりと納まった。

「あ、あれ?」
「こうすればいいだろう。・・・少しは空気を読んでくれ。」

スコールはそういうと、バッツを抱きしめながらビアグラスを器用に傾ける。

ほんのりと赤い頬と耳は、決して酒に酔っているわけでもなく、涼しい風を受けているからではないだろう。
不器用ながらも優しいスコールの行動にバッツは笑みを浮かべ、スコールの中に納まりながら自分のグラスを傾けた。

「来年もさ、こうやってベランダで晩酌しような。」
「・・・来年でも再来年でもしてやるさ。」
「そっか!」

暖かな温もりに包まれながら、バッツは少し冷たい秋の風の心地よさを感じたのだった。



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この二人が季節ごとのイベントを二人そろって楽しんでくれていたらかわいいかと。大学生設定なのでビアー片手にベランダ晩酌。


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