Sweet Rain
「(今日の天気は最悪だ。)」
大雨と突風の中、スコールはいつも以上に眉間に皺を寄せながら今にも折れそうな傘を差して黙々と歩いて家に向かっていた。
朝、家を出る時、彼の同居人のバッツが「今日は雨が降るから傘を持って出た方がいいぞー。」と玄関にある傘を指差しながら言ってきた。
起きた時に窓から見た天気は雲一つない空だった。
しかし、バッツは毎朝の天気用を欠かさず見ている上に、本人も天気を読むのが上手いので、スコールは彼の言うとおり、近くに置かれていたコンビニ傘を持って家を出た。
午前中は本当に雨が降るのかと疑うくらい天気がよかった。
窓から差し込む日の光は明るく、太陽は光り輝いており、傘は不要だったかとのんびりと講義を受けていたのだが、午後になってからだんだんと雲行きが怪しくなり、すべての講義を終えて帰る頃には朝の天気が懐かしく思えるくらいに荒れ狂っていた。
バスで帰ろうかと思って学内のバス停に向かったものの、皆考えることは一緒なのか、バスを待つ生徒で長蛇の列ができている。
この天気で、いくつかの講義が休講になったのもあってか、普段よりもさらに人が増えているようだ。
「(バスで帰るよりも徒歩の方が早く帰れそうだな・・。)」
自分とバッツが住むマンションはバス停から近かったのでバスで帰りたかったのだが、待つのに時間がかかりそうだったため、諦めることにした。
スコールは徒歩で帰ることを決めて、自分のカバンの中にある教科書をたまたま持っていたビニール袋で包み、しっかりと胸に抱くと、襲い掛かる雨風をコンビニ傘で防御して歩き始めた。
ばしゃばしゃと音を立てて大学がある山を下っていく。
途中、自転車で通学している生徒を何人か見送ったが、強風のせいか転ばないようにふらふらとバランスを保つので精一杯らしく、差している傘は意味をなしていなかった。
自転車組の危なっかしさに同居人がこの天気で無茶をしていないか気になり、電話をしてみたのだが出てくれず、スコールはできるだけ早く家に帰ろうと歩を進めた。
家が近くなるにつれて、まるで帰宅を妨害するかのごとく、雨風がどんどん強くなっていく。
靴が雨で染みて靴下がぐしょぐしょと濡れて気持ち悪いし、パンツの裾は泥だらけで帰ったら即洗濯機行き決定だ。
降り続ける雨にカバンは濡れてしまい、中にしまっている教科書をビニールで守っておいてよかったと思ったが、上を見上げると差している傘がどうも心許ない。
先程からぐらぐらと骨が揺れ、ビニールが波打っている。
「(家までもてばいいのだが・・・。)」
スコールは祈る思いで傘で雨風を守っていたのだが、傘は悲鳴を上げるかの如くビニールはバタバタと音を立て、骨はますますぐらぐらし始めた。
その時だった。
スコールの正面から大きな風が吹き、コンビニ傘を見事に逆さにして通り過ぎて行った。
「・・・・。」
無言で傘を見ると、傘の骨は折れ、ビニールは破けてビラビラと風に靡いている。
どう見ても使い物にならない傘を片手にスコールはため息を吐き、ちょうど近くにあった個人商店の軒下へ小走りで入っていった。
個人商店の方も今日は商売にならないと判断したのか、早々とシャッターが閉じられており、店の者と顔を合わせなくて済んだのはスコールにとって不幸中の幸いだった。
額に張り付く髪を払い、使い物にならなくなった傘を少し乱暴にたたむ。
胸に抱いていたカバンは濡れていたが、中を覗くとビニールで守られた教科書は無事らしくほっと安堵した。
雨が止むまで雨宿りしたいのだが、天気の様子を見る限りは暫く収まりそうにもない。
タクシーを捕まえることも考えたが、この雨ならそう考えている人も多い上に、何よりもずぶぬれの自分が座席に座っては迷惑になるかもしれないと諦めた。
どうしたものかと考えていると、ばしゃばしゃと雨の中を歩く足音が聞こえてくる。
そちらの方に目を向ける前に、足音の主に声を掛けられた。
「おー?スコール!!」
「バッツ?」
歩いていたのはバッツだったらしく、彼はスコールが雨宿りしている個人商店の軒下に走り寄ってきた。
彼は普段から使用している大きな傘を差し、ビニールを被せたリュックを背負っている。
どうやら彼もまた大学からの帰りらしく、スコール程ではないものの、履いていたジーンズの裾や靴は泥だらけになっており徒歩でここまで帰ってきたのは一目瞭然だった。
「あんたも大学だったのか?電話したのだが・・・。」
「おれは今日は午後から授業だったんだよ。電話、気が付かなくてごめんな。しっかし、すごい雨風だよなぁ。ここまで降るとは思わなかったよ。」
バッツはそう言いながら傘の水気を切り、自分のリュックからハンドタオルを取り出してスコールに渡してきた。
「濡れてないから使えよ。・・・よく見りゃすげー濡れてるなぁ。傘持ってなかったのか?」
バッツからのハンドタオルをありがたく受け取り、スコールは自分の顔や濡れた腕を拭きながら首を振って手に持っていたコンビニ傘を見せた。
「持って出たのだが・・・こうなってしまって。」
「・・・あーコンビニ傘だとこの強風は耐えられないよなぁ。」
無残に折れてボロボロになってしまった傘をみて納得したらしい。
使い物にならなくなった傘をバッツは受け取って綺麗にたたみ直し、「帰ったらゴミに出さないとな。」とつぶやいた。
商店の軒下から暫く二人で天気の様子を見てみたが、雨も風も収まる気配はない。
「(おれはともかく、全身ずぶ濡れのスコールは風邪をひくかもなぁ・・・。)」
隣のスコールを見ると、彼の髪から水が滴っており、上着も中の服も濡れて体に張り付いている。
早く風呂に入って着替えてもらいたいと思う。
このままずっとここで雨が止むのを待つよりも多少濡れても自分の傘で二人で帰った方がいいだろうと考え、バッツは持っていた自分の傘を差し、スコールに中に入るように促した。
「おれの傘、でかいから入れよ。これでうちまで一緒に帰ろう?」
「しかし・・・あんたも濡れてしまうだろう?」
ずぶ濡れの自分はともかく、バッツが濡れてしまうかもしれないと思うと遠慮してしまう。
しかし、バッツは特に気にもせず、自分の服の裾や足先をスコールに見せてきた。
「ほら?おれも少し濡れてるから気にすんな。スコール、そんなんじゃ風邪ひいちまうよ。それに、今日は教科書沢山あるんだろ?服は洗濯すればいいけど、本はそうはいかないだろ? 」
バッツのリュックに比べ、スコールのカバンの方が大きく膨らんで厚みがあった。
一応、カバンの中に入っている教科書はビニールで包んではいるのだが、傘もない状態で抱えながら歩くのは気が引ける。
スコールが眉根を寄せると、バッツは笑いながらもう一度、自分の傘に入るようにと促してきた。
散々迷ったが、自分が入らなければ、バッツもここを離れないだろうと思い、スコールは彼に甘えることにして、彼の傘の中に入ってきた。
「・・・すまない。・・・カバンの中はビニールで守っている。あまり気を遣わなくていいから。」
「おう!!んじゃ、行きますか!!」
スコールとバッツが一つの傘で共に帰ろうと歩き出す。
しかし、その次の瞬間、大きな突風が正面から二人を襲い掛かってきた。
「くっ!?」
「うわぁぁぁっ!?」
スコールは自分のカバンを抱えたままバッツを支え、バッツは自分が手に持っていた傘が吹き飛ばされないよう突風を防御するかのように傘を前に突き出したのだが・・・
ばきっ!!
大きな音を立てて、傘の骨が折れてしまい、二人はあっという間にずぶぬれになってしまった。
「は・・・はは・・・。」
「・・・・。」
まるでコントの一幕のような突風に渇いた笑いで壊れた傘を差すバッツと、もはや何もいえないスコール。
そんな二人をあざ笑うかのようにビュービューと吹く風はますます勢力を強め雨粒も先程よりも大きくなっていった。
「・・・どうしようか?」
雨に打たれながら苦笑するバッツにスコールはため息を吐き、彼の頭に自分が来ていた上着を乗せた。
スコールの行動にバッツは目を丸くすると、彼は何食わぬ顔でカバンを抱え直し、一歩前に出て手を差し伸べてきた。
「もうあらかた濡れているが、無いよりはマシだ。被っていろ。雨も風も止む気配がないから開き直ってこのまま帰ろう。」
カバンを抱えて自分に手を差し伸べるスコールに、バッツはみるみる内に笑顔になり、こくりと頷いて差し伸べられた手をとった。
「おう!!いくか!!」
「ああ。」
二人で大雨と風の中を走り出した。
天気は最悪だが、手をつなぎながら、ずぶ濡れになって走って帰る。
子供の頃以来の体験をこの年になってからもするとは思っていなかった。
お互いの手の暖かさをいつも以上に感じる。
前を走るスコールが後を振り向くとバッツは満面の笑みで、楽しそうに折れた傘をステッキのように振り回し始めた。
二人いれば傘なんて必要ない。
一緒なら最悪な天気も最高の天気となるのだから。
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タイトルは音ゲーjubeatに収録されている曲から。
(雨よりも台風のような天気ですが;)[ 143/255 ]
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