しあわせパンケーキ

今日はいつもに比べて目が覚めるのが遅かった。
朝スコールが目覚めた時はいつもよりも日が若干高く昇っていた。
普段の寝覚めに比べて、頭が少し重い。まだ眠り足りないのか体を起こすのも億劫だった。
少し怠い体を起こし、手櫛で髪を整えながら昨日の出来事を思い出す。
昨日の任務はクラウドとセシルの3人で近辺に蔓延っていたイミテーションの討伐だった。敵はそれほど強くは無かったものの数が多く、あらかた片付けた時には日が暮れる頃だった。
疲労困憊でふらふらしながら陣地に帰還し、食事も風呂もそこそこに眠りについたのを覚えている。

「(疲れていたから寝すぎたか・・・しまったな)」

いつもならしでかさない失敗にスコールは軽く舌打ちをすると少々早めに身支度を整え始める。
簡素な夜着を脱ぎ、普段着用している皮のパンツを履いてTシャツを着た。
おそらく他の仲間たちはもう起きている筈だ。
この時間なら朝食を摂り始めていると思われるので、仲間たちがいるであろうダイニングに向かうためにジャケットを手に取り、部屋を出た。

現在、陣営はコスモスの加護が働いている古城を拠点としているため、小さいながらも全員分の個室が上階にあり、下階にダイニングや広間、キッチンなどがある。
着なれた上着を羽織りながら階段を下りてダイニングへと向かうと近付くにつれてにぎやかな笑い声と、食器の音が聞こえてきた。
どうやらスコールの予想通り、仲間たちは食事を摂っているらしい。
ダイニングルームに入ると、部屋全体が甘ったるい匂いで充満しており、スコールは思わず顔を顰めた。
テーブルの上に目をやれば山のように積み重なったパンケーキが乗っている。その横には生クリームにジャム、メープルシロップなどのビンにフルーツ山盛りの器がそばを控えており見ているだけで胸焼けを起こしそうだった。

「お、起きたか?」

スコールが入ってきたのに気が付いたバッツが笑いかける。彼はエプロンを身に着け、ティーポットを片手に給仕をしていたのでどうやら今日の食事当番は彼だということを知った。
つまりはテーブルの上のパンケーキを作った一人はバッツということになる。

「バッツ、これは一体・・・」
「ん?ああ、今日の朝飯か?実は昨日さ、オニオンとティーダが探索に行った断片で沢山食料を仕入れてきてくれてさ!二人のリクエストで今朝はパンケーキにしたんだ!」

テーブルの方を見ると、オニオンとティーダ、ティナが嬉しそうにパンケーキにジャムやクリームをたっぷりつけて食べている。
昨日共に討伐任務に就いたセシルとクラウドはきちんと起きていたらしく、彼らも皆と交じって食事をとっていた。
二人とも甘いものが苦手ではないらしく、さきほどの3人ほどではないものの、メープルシロップやバターの器を手に取って皿の上のパンケーキに落としていた。
ウォーリアもジタンも自分たちの分のパンケーキをつつきながら、バッツが淹れた紅茶を飲んでいる。

「スコールも座ってくれ。すぐに焼くからな」

キッチンからバッツと共に食事当番に当たっていたらしいフリオニールが顔を出し、スコールに空いている席に着くように言うとすぐに顔を引っ込めた。
バッツは自分が立っている傍にあった空席の椅子を引き、ここに座れとばかりに微笑む。

「焼きたてのパンケーキはうまいぞ?フリオニールが焼くまで紅茶でも飲みながら待っててくれよ」

バッツはスコールを座らせてすぐさま台所に向かったかと思うと、サラダと淹れ立ての紅茶を持って戻ってきた。

「はい、どうぞ」

スコールの目の前に、生野菜がたっぷり入ったサラダと香り高い紅茶が置かれる。
しゃきしゃきとしたレタスに胡瓜、熟れたトマトは起きたばかりの体でもすぐに食べられるだろう。目が覚めるようにと紅茶も少し濃い目に淹れている。
しかしスコールはそれらを目の前にしても顔を顰めたままだったため、彼の表情にバッツは首を傾げた。

「?どうした?調子でも悪いのか?」

昨日一日中表に出ていたので疲れているのだろうと思ったのだが、スコールはゆっくりと首を振り、小さな声で「すまない」と謝ってきた。
いきなり理由もなく謝ってきた目の前の少年にバッツは瞳を瞬いた。

「え?どうしたんだ?」
「・・・甘いものは苦手なんだ。その、この部屋の香りだけでもう・・・」

甘いものが好きな部類のバッツはあまり気に留めなかったが、部屋の中はパンケーキと、クリームやシロップの甘ったるい匂いで充満している。
僅かに表情を曇らせているスコールからどうやら匂いすらだめだと初めて気が付いた。
普段文句も言わず、好き嫌いなく食事を取っているイメージがあったので、今日の朝食のパンケーキがダメだとは思わなかった。

「そうなのか。じゃあパンケーキはやめた方がいいか?昨日の残りでいいならパンがあったと思うけど・・・」
「ああ、そうしてもらえるとありがたい」

焼きたてのパンケーキを持ってきたフリオニールにバッツはスコールの事情を話し、自分がそれを食べるから代わりに昨日の夜の残りのパンを少し温めて持ってきてもらうように頼んだ。
せっかく作ってきてもらったものを突き返すことになってしまい、スコールがフリオニールに詫びると、彼は「気にするな」と笑い、パンをすぐに温めて持ってくるからと再び台所に引っ込んだ。
その様子を、今日の朝食のリクエストを出した、オニオンとティーダが申し訳なさそうに見ていることにバッツは気付く。
スコールにしても、みんなが喜ぶだろうと提案したティーダとオニオンにも少しかわいそうなことをしてしまった。
たかが朝食と思うだろうが、みんなが無事にそろって、食事をとることは、戦いの日々ではとても重要なことなのだ。
殺伐とした日々に少しでも明るい時間があればと思っているからこそ、全員がそろって何かする時は自分なりに気を遣ってはいたのだが。

「(もうすこし考えて出すべきだったかな)」

紅茶のポットを持ち、空になった者のカップに注ぎながらバッツは心の中で3人に詫びた。



朝食が終わり、フリオニールに片付けは自分一人でできるからと、外の任務に赴く予定の彼を見送り、バッツは10人分の食器と調理器具を洗い始めた。
スポンジに洗剤を付けて汚れを落としていき、水で洗い流して清潔なタオルで水気を拭きとりながら、今朝の朝食のメニューを振り返る。
大量のパンケーキに生クリームとシロップとジャム、フルーツの山盛り。
塩気のおかずが全くない、甘党には嬉しい、逆に甘いものが苦手な者には苦しいメニューだったと思う。

「(普段何も言わずに食事してたから嫌いなものなんてないと思ってたんだけどなぁ〜)」

洗い物を片し終えて濡れた手を拭き、食材の確認するため食料庫へと向かった。
ティーダとオニオン、ティナは今日の朝食がよっぽど嬉しかったのか、朝食の後にわざわざバッツとフリオニールに礼まで言いに来てくれた。
ただ、スコールが甘いものがダメだと知ってしまったので、また食べたいとは言ってこなかった。
嬉しそうな3人の様子から、きっとまた食べたいに違いない。

「(けどなぁ・・・スコールがなぁ・・・)」

食料庫で残りの食材から今日と明日の分の献立を考えようとしたが、今朝のパンケーキのことが中々頭から離れないため、頭を掻き、腕を組んで考えた。
甘いものがだめならどうしようかと考える。
甘いもの好きでもそうでないものでも食べられるメニュー。

「(・・・あ、そうだ)」

何かを思いついたらしいバッツは、食料庫の棚に目をやると、いくつかの加工された食品を手に取り、食品を確認しては「これはだめかな」と棚に戻したり、「これはいけるだろう」と空いていた腕に食品を持ちながら棚に置いていた食品を次々と選んで行った。

「(・・・よし、これなら大丈夫だろう)」

棚の食品をあらかた確認し終えた後、腕一杯の食料品をみて微笑んだ。



翌朝、スコールは寝坊もせず起き上がり、身支度を整えて朝食の席に向かった。

「(昨日はみんなにはすまないことをしてしまった)」

昨日の朝食では悪いことをしてしまった。
バッツもフリオニールも、みんなが喜ぶと思って作ってくれたものだったのに。
オニオンとティーダも嬉しそうに食べていたのに、自分が甘いものが苦手だと知ってから浮かない顔をしてこちらを見ていた。
昨日のことを思い出してしまいスコールは少し躊躇いがちにダイニングに入ると、調理担当と給仕担当以外のもの全員が席について朝食を待っていた。
今日はバッツが調理担当、フリオニールが給仕担当らしい。ティーポットと水を席にセットしていたフリオニールが笑顔でスコールを迎えて席に着くように促した。

「フリオニール、昨日は・・・」
「ん?ああ、気にするな。それより今日の朝食はスコールも気に入ると思うぞ?」

スコールは席に着く前にフリオニールに詫びると、彼は快活に笑って首をふり、台所の方に声を掛けた。
暫くしてからバッツが朝の挨拶と共にワゴンの上に朝食を乗せてやってきたかと思うと席についてる仲間たち全員の前に次々とプレートを置いていき、最後にスコールの前にそれを置いた。

「今日の朝食もパンケーキだけどこれならどうだ?」

プレートの上にはプレーンのパンケーキが乗っておりその横に、ソーセージと厚切りのハム、マッシュポテトにサラダ、半熟のスクランブルエッグが乗っていた。
そして皿の横にはトマトのソースの器とバター。

「これは?」

視線でプレートのパンケーキを指すスコールにバッツは待ってましたとばかりに説明をした。

「みてのとおりパンケーキだよ。甘さを抑えて、おかずと一緒に食べれるようにしてるんだ。これならスコールでも食べられると思ってさ。さ、試してみてくれよ?」

甘いものが苦手でパンケーキが食べれなかったスコールに全員が注目する。
全員の視線に少し恥ずかしく思いながら、スコールはスクランブルエッグにトマトソースを掛け、一口大に切ったパンケーキと一緒に食べてみた。
あつあつの卵とトマトソースの塩気がほんのりと甘みのあるパンケーキとうまく調和していて美味かった。

「・・・美味い。」
「!そっか!よかった!」

気に入ってもらえたようでよかったとバッツは破顔した。
スコールがさらに食べ始めると、それを見た他の仲間たちも倣って食べ始める。

「こんなパンケーキもあるのだな」
「うん。とってもおいしい」

クラウドが感心したように言うと、横に座っていたティナもこくりと頷き、また一口と頬張った。

「パンケーキがほんのり甘くて塩味のおかずと合っておいしいね」

セシルはトマトソースを少し多めにかけて食べると、横にいたフリオニールは「ソーセージとパンケーキも合うと思うぞ?」と勧めている。
全員「美味い美味い」と喜びながら食べていたので、初めて挑戦したメニューにバッツは内心、ほっと安堵した。
パンケーキはクリームやシロップ、ジャムやフルーツなどを乗せて食べるイメージがあったため、甘いものが好きなメンバーには物足りないかもしれないとも考えていたのだがそれも杞憂だったようだ。
ふいに服の端を引っ張られ、振り返るといつの間にかティーダとオニオンがバッツの後に立っており、二人とも笑顔で空の皿を突き出してきた。

「バッツ!おかわり!」
「これうまいっすね!!おかずとパンケーキなんてはじめてっす!!」

作った者にとって最高に嬉しい言葉を言う二人にバッツは笑顔で皿を受け取る。
すると、ほかのメンバーも次々とおかわりと手を挙げてきたので、バッツは笑顔で空になった皿に次々とパンケーキのおかわりを乗せていった

「おーどんどん食え!!甘いパンケーキは今度おやつにでも作るからな〜」

この一言に、甘いものが好きなメンバーは喜び、それを年長メンバーは微笑ましく見ていた。
急に忙しくなったバッツをフリオニールとセシルが「作り方を教えてほしいから」と手伝いを申し出てくれたため、2人の助力もあってテーブルの上は昨日の朝と同じくにぎやかな食卓になっていった。ただ違うのはジャムやメープルシロップの代わりに焼きたてのハムにソーセージにトマトソース、フルーツの代わりにマッシュポテトとチーズが乗っている。

「(同じパンケーキでもこうも違うのだな)」

スコールは皿に乗ったパンケーキに視線を移す。
甘いものがあまり得意ではない自分のために、仲間たちが喜ぶためにバッツが考えてくれたのだろう。食べかけのパンケーキを一口サイズに切り、今度はソーセージと一緒に食べてみる。

「(美味い・・・。)」

世辞抜きに美味いそれにスコールは腹も心も満たされていくと感じた。


全員が綺麗に食事を平らげると、それぞれ上機嫌に今日一日の任務を行うために次々とダイニングを出て行った。
食器を片付けるバッツにスコールは手伝いを申し出、二人だけになったキッチンで並んで片付けをした。

「バッツ」
「ん〜?」

洗い終わった皿を清潔なタオルで拭き、最後の一枚を皿の山に重ねるとスコールの手がバッツ頬に触れてきた。顔を向けると、視線を少し逸らしながら小さく礼を言ってきた。

「その、ありがとう」

不器用なスコールらしい礼にバッツがへらりと笑う。

「いいや、お前やみんなが喜んでくれたのなら何よりだよ」

自分のこと、仲間たちのことを考えてくれた想い人に心があたたかいもので満たされていくと考える前に自然と体が動いた。
頬に触れた手でさらに自分の方へと顔を向けさせると愛おしい気持ちと感謝を込めて頬に口づけた。
バッツから今朝食べたほんのりと甘いパンケーキの香りがした。

「ごちそうさま」
「・・・おう」

口付けされて照れ臭いのか頬をほんのりと赤く染め、口付けを落とされた頬を押さえているバッツを見ると穏やかな笑みが自然と浮かぶ。
一日の始まりを美味い朝食とキスと共に迎えられると心も腹も満腹でこの上もなく幸せに感じた


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甘めに。
スコールは多少甘いものなら食べれそうですが、がっつり甘いものはだめそうですね。
なんとなくですが、コスモスメンバーは甘党が多そうです。
おかずパンケーキはO阪某所で食べたパンケーキ専門店のメニューを参考にしました。
(そこはハムではなくランチョンミートでしたが。)


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