ふかふかの明暗
スコールは先ほどから自分の背に突き刺さるほどの視線を感じていた。
視線の主は同じコスモス軍の紅一点のティナ。
先ほどから何故自分の方を飽きもせず見ているのか見当もつかない。
こちらをみては時折首をぶんぶんと激しく振り、またこっちを見るという動作を何分も前から繰り返している。
普段ならオニオンかクラウドと一緒にいることが多いのになぜ自分を見ているのか。
思い切って訳を聞くべきか悩んでいたところ、そばでバッツと談笑していたジタンがティナがスコールを見つめていることに気づき、彼女に声を掛けた。
「さっきからスコールを見ているけど、何か言いたいことでもあるのかい?」
控えめで引っ込み思案のティナがスコールに言えないことでもあるのかと思ったのか、そう声を掛けると、ティナは少し慌てた様子で首を横に振る。
彼女の顔は若干赤く、心なしか目が泳いでいる。
よほど言いづらいことがあるのだということがわかり、スコールはますます気になる。
ジタンとバッツもどうやらスコールと同感らしく彼女言いやすいように促した。
「んー、やっぱりスコールに何かあるんじゃないのか?」
「ティナちゃん、オレ達仲間なんだしさ、スコールに言ってみなよ?頼みごととかならオレ達も一緒に頼んでやるよ。」
バッツとジタンがスコールの都合などを無視して勝手にティナに助け船を出す。
バッツはあくまで親切半分好奇心半分だが、ジタンは女性第一をモットーとしているのでティナには甘い。
普段からともに行動している自分よりも今はティナを優先している2人にスコールは多少不満を覚えたが視線の訳が気になるので黙って聞くことにする。
2人からの励ましもあってか、ティナは最初、躊躇うかのような表情をしたが、意を決したかのように小さく頷くとおずおずとスコールに向かって話し始めた。
「あの・・・上着の・・・ファーをふかふかして・・・いいですか?」
「・・・は?」
ティナの発言に3人は目が点になった。
ふかふか・・・ティナが好きなのはふかふかした柔らかい毛並みのモーグリの毛質を堪能することだったと思うが、何故それをスコールの上着のファーに?と、3人とも首を傾げるとティナの背後からオニオンが現れた。
心なしか、疲労しているような表情を浮かべている。
「ティナがモーグリをふかふかするの好きなの知ってるよね?最近、モーグリ達と遭遇してないでしょ?だからティナはモーグリの毛並みに似たものをふかふかしたいんだよ。」
丁寧に3人に説明するオニオンの横のティナはこくこくと頷いた。
そういえば、ここ最近モーグリを見ていないことに3人とも言われて初めて気づいた。
モーグリは特定の場所に居つくことがあまりなく、時々ふらりと自分たちの前に現れて、アイテムや武器などを自分たちに売ってくれることがあり、物資が不足しているときはありがたい存在だったのだが、ここ最近は特に物資の補給の必要がなかったため、現れない彼らを特に気にしていなかった。
まさかティナが代用品を探すまで我慢していたとは・・・三人とも気づいていなかった。
「それで、肌触りがいいもので代用できないかと思って他の仲間にも聞いてまわったんだけど・・・特にふかふかできそうなものはないみたいで。」
必要最低限の物資と装備品をもち、私物をほとんど持たない、しかも男性となればふかふかしたものを持っているとは思えない。
バッツが話の続きを促すと、オニオンは自分の頭飾りを取り、それを3人に見せてきた。
「・・・僕は頭の飾りを貸したんだけど、ふかふかしすぎてへたっちゃってさ・・・。」
オニオンの説明を聞き、よく見れば彼の頭の飾りが若干ぺたんとつぶれていた。
ティナがオニオンの飾りをどれだけ強くふかふかしたのか一目瞭然で、ティナもやりすぎたと思っているらしく、申しわけなさそうに俯いている。
ティナのふかふか被害にあったオニオンに3人は心のなかで合掌した。
潰れた頭の飾りが気になるのかオニオンは何度も膨らみを直そうとしながら話を続ける。
「最後にティーダが、「ふかふかできるものはないけど、スコールのファーなんてどうっすか?」って言ってくれて・・・スコール、申し訳ないんだけど、そのファーでティナにふかふかさせてあげてくれないかな?」
先程からのティナの視線は自分ではなく上着のファーだったのか。
モーグリに出会うたびにふかふかさせてくれと頼むくらいに好きなのなら、代用品ではあるが満足してもらえるのなら貸すぐらいならいいだろう。
何よりも仲間達の精神衛生上の秩序をこれで保てるのなら。
「これでいいなら・・・。」
スコールが了承すると、ティナはぱっと笑顔になり、オニオンは明らかに安堵した表情となった。
「ありがとう!スコール!」
オニオンが何度も礼を言い「ほら、ティナ、よかったね!」とティナの背を押してスコールの前に立たせた。
「あの・・・ありがとうございます。」
ティナはちょこんと頭を下げると、スコールは気にするなと首を振り上着を脱ごうとしたのだが、ティナが自分にさらに一歩近づいてきた。
全員が頭にクエスチョンマークを浮かべるかのごとく首を傾げると、そんなことはお構いなしにティナは「お願いします。」と再度頭を下げるやいなや、いきなりスコールに抱きついてきた。
「ああああーっっ!」
「ちょっ、ティナ!!駄目だよ!!」
ジタンの絶叫とオニオンの制止の声が響きわたるがティナはスコールのファーに顔を埋めている。
よほどふかふかに飢えていたのか瞳を閉じて柔らかな毛皮を堪能しているようだ。
一方、スコールはまさか抱きつかれるとは思ってもいなかったらしく、反応が遅れてティナをかわすことができずに抱きつかれてしまい、かといって普段大人しい彼女を無理やり引き剥がしていいものかと悩んでそのままの状態に落ち着いてしまった。
「ティナ、駄目だよ!女の子が男の人に抱きついちゃ!」
オニオンが慌ててティナをスコールから引きはがすと、彼女はふかふかしたファーから離れたために少し悲しそうな顔をした。
もともと恋愛面に疎いティナには他意はなかったのだろうが、フェミニストなジタンとティナの騎士を自称しているオニオン、見かけの割には初心なスコールの3人には心臓に悪い。
スコールは無言で上着を脱いでティナに着せてやったのだが、肩についたファーでは顔を埋めることが困難らしく、彼女はファーを両手で寄せて顔にうずまるように何度もふわふわとさせ始めた。
ただ、顔は笑顔だったものの、先ほどの満足そうな表情とは少し違う。
嬉しそうなのだが、先ほどの方が嬉しそうなような・・・そんな気がした。
「(彼女は・・・ふかふかしたものを抱きしめたいのだろうか?)」
スコールはティナがモーグリにふかふかしている光景を思い出してみる。
普段モーグリにふかふかをするとき、彼女は両手でモーグリを抱きしめて、顔を埋めている。
その時の感触を似せたいのなら、先ほどの行動にも納得がいく。
かといって自分に抱き着かれるのは少し困るとばかりにスコールはため息をついた。
オニオンとジタンがうるさいのもあるのだが、なによりも自分の想い人で恋人であるバッツの目の前で女性に抱き着かれるのは気が引ける。
・・・もっとも、バッツはそのようなことを気にするようなタイプではないかとも思い、若干気分を下降させながら、どうしたものかとスコールが考えていると、今まで大人しかったバッツがティナに挙手をして話しかけてきた。
「あのさ、ティナはふかふかしたものを頬ずりとかしたいんじゃなくて、抱きしめたいんだよな?」
バッツの疑問に、ティナは一瞬戸惑った表情を浮かべたかと思うと、ためらいがちにこくりと頷いた。
「え、そうなの?」
オニオンはティナに聞くと、彼女は小さく「ごめんなさい・・・。」と彼に謝ってきた。
自分のために色々と気を遣ってくれた彼に申し訳なくて中々言いだせなかったのだろう。
「あの、頬を寄せるのも、もちろん大好きなんだけど、本当はモーグリたちのように抱きしめたくて・・・さっきスコールの時はちょっと我慢ができなくて・・・。」
ティナの言葉にがっくりと頭を垂れるオニオン。
自分の頭飾りに頬を寄せてきたのも、がまんしてあれだったのかと気を落としてしまったようだ。
抱きしめるものならぬいぐるみかなにかを探してきた方がいいのかもしれないのだが、あいにくこの世界でぬいぐるみを見つけたことはほとんどない。
また、あったとしても持ち物を極力減らして活動しなければならないので持ち歩きをリーダーのウォーリアに許してもらえるかどうかもわからない。
オニオンと共にジタンとスコールが頭を悩ませたのだが、バッツの方は満面の笑顔でうんうんと頷いている。
なにか良案でも思いついたのだろうかと、スコールが訝っていると、バッツはティナの肩を優しく叩き、胸を張った。
「おれにまかせろよ!!」
バッツはくるりと一回転すると、次の瞬間、羊の毛皮を被った着ぐるみのような衣裳を身に纏っていた。
「ほらっ!!魔獣使いだ!!これならどうだ?」
見るからに柔らかそうな毛皮をまとっているバッツにティナは頬をみるみるうちに紅潮させて、感嘆の声をあげながら毛質を確かめるように何度もふかふかと指先で押したり摘まんだりしはじめた。
「わぁ・・・ふかふか!」
どうやら理想のふかふか具合だったらしく、嬉しそうに何度も触り、やめようとしていない。
横で見ていたジタンは感心するかのようにまじまじとバッツの姿を眺めている。
もともと他の仲間たちと違い、多彩な技を使うと思っていたのだが、まさかこのようなことまでできるとは思ってはいなかったようだ。
「それもジョブの力なのかい?すげーな。」
「ああ、おれの世界のな。この世界じゃあんまり役にたたないからチェンジしたことなかったんだけどさ。この毛皮ならどうだ?」
バッツはティナとオニオンににこにこしながら提案した。
オニオンはバッツの恰好なら直接ティナの体をほとんど密着させないだろうということと、何より彼はティナに恋愛感情云々を考えて接しないだろうと判断したのか、許可をしたとばかりに頷き、ティナに「ほらっ!!」と声を掛けて彼女の背を軽く押した。
先程、ジタンとオニオンに叫ばれたことが尾に引いているのか、彼女はおずおずとバッツの背後から抱き着き、魔獣使いの衣裳の羊の毛皮に顔を埋めて質感を堪能し始めた。
「ふかふか・・・。」
「だろー?これなら荷物になんないしさ、モーグリが現れない時はいつでもチェンジするぜ?」
ティナはバッツに嬉しそうに何度も頷くと、暫し、ふかふかを堪能するために彼を後ろから抱きしめながら毛皮に顔を深く埋めてきた。
幸せそうな少女と、能天気な青年とは別に、3人の男たちは1人は微笑ましいものを見るかのように苦笑し、残り2人は複雑な表情で2人を見ていた。
「よかったなーティナちゃん。」
ジタンはそういうと頷いて2人に微笑みかける。
・・・ただ、若干バッツが羨ましく思ったのは内緒にしてだが。
一方のオニオンはバッツに持って行かれるとは思っていなかったため、モーグリ達を何としてでも探し出そうと静かな闘志を秘めて決意をした。
スコールの方は恋人の何も考えていなさそうな行動に、気分を下降させて、壁とでも話していた気分に陥ったのは言うまでもなかった。
「(バッツは・・・俺以外のやつに抱きしめられるのは平気なのだろうか?そもそも俺が他のやつに抱きしめられても平気なのか?)」
考えれば考えるほど負のスパイラルに陥るのは明らかなのだが、若く、真面目な性格が災いとなり、自分という深い海の底に沈むかのごとく考え込み始めたのだった。
「(おれって嫉妬深いのかな〜?)」
後からティナに抱き着かれながらバッツはぼんやりと先程のティナとスコールの一件を思い出す。
ティナがスコールに抱き着いたとき、一瞬何が起こったのか考えられず、硬直してしまった。
ティナがスコールに対して恋愛感情を抱いているとは思っていない。
スコールもティナもふたりとも互いに”大切な仲間”だと思っていることもわかっている。
第一、スコールは自分と恋仲なのだ。
分かってはいるのだが、もやもやしたものが胸の中で渦巻き、どう接していいかわからかった。
ティナがふかふかしたものを抱きしめたいと分かった時、魔獣使いにチェンジした自分ならなんとかなるだろうと閃き、彼女がそれに満足してくれたことに正直安堵した。
「(スコールとティナは悪くない・・・おれもまだまだだなぁ・・・。)」
その気持ちをスコールに吐き出せば、彼が安堵するとは思いもせずバッツはティナに大人しくふかふかされるのだった。
-------
何も考えてなさそうなバッツさんもたまにはちょっと焼きもちやくんだよ〜という話が書いてみたくて思いついたお話。
ティナはみんな大事な仲間と純粋に思っています。(オニオン・・がんばれ;)
何度も思いますが、うちのスコールは不憫です;;[ 15/255 ]
[top][main]