食べたいのは君の方

「ドーナツ!ドーナツ!」

歌うように呟きながら、バッツは購入したドーナツが入った大きな紙袋を大事に手に持ちながら帰り道を歩いていた。
手にしているのは某有名チェーン店のドーナツ。疲労と空腹感を抱えながらバイト先を後にしようとしていたら、休憩中のバイト仲間達が話題にしているのを耳にして久しぶりに食べたくなったのだ。
最初は二、三個買えば十分だと思っていたが、いざ店に入ると種類の多さに目を奪われ、あれもこれもと選んでしまい、気がつけば大量に買い込んでしまっていた。
個数の総数は片手では数えきれないもので、どう見ても一人では食べきれない量ではあったが、バッツには策があった。
一人では食べられる数に限りはあるが、できれば沢山の種類を食べたい。それなら誰かと分け合いながら食べればいい。そこで思い浮かんだのは育ち盛りの幼馴染で恋人の顔であった。
大量のドーナツを手にしながら、バッツはもう引退させてくれと言わんばかりの古い携帯でスコールに電話で事の顛末を話すと、呆れられはしたが誘いに乗ってくれた。これで問題解決とバッツはにんまりと笑い、足取り軽く家へと急いだ。
家に帰り着き、部屋に荷物を置くと、窓を開けて隣の家のスコールの部屋へと声を掛ける。

「スコール!いるかー?」

数秒後、人が動く気配と共にカーテンと窓が開かれ、スコールが顔を出す。

「いる。近所迷惑だから呼び時は電話にしてくれとあれほど……」
「昼間なら別にいいじゃん。ほれ、さっき言ってたドーナツだぞー」

スコールによく見えるように、バッツは顔の高さまでドーナツをかかげる。
どこ吹く風のバッツにスコールは注意しても無駄だと悟り、軽いため息と共に自室の窓を大きく開けると、数歩後ろに下がった。入ってこいとことなのだろうとバッツは察すると、ドーナツの袋が落ちないように袋の持ち手を手首に引っ掛け、窓の縁に足をかけて身を乗り出した。

「よっと」

軽いかけ声とともにバッツは窓から窓へと移動した。無事バッツが部屋へと入ってきたのを確認すると、スコールはクッションを投げて渡し、適当に腰を落ち着けるように勧めた

「飲み物と取り皿を取ってくるから少し待ってろ。今日は父も姉さんも出かけているから、挨拶は不要だ」
「おお、クッションふかふかだなぁー。お言葉に甘え……っとその前に手だけ洗わせてもらっていいか?」
「ご自由に」

そういい部屋を出たスコールを見送ると、バッツはあたりをぐるりと見渡した。デスクの上に目を止めると、筆記具と参考書などが纏められており、来るまで自習をしていたのだと察した。
スコールの方もいい息抜きになるかなとバッツは笑みを浮かべるとローテーブルにドーナツを置き、部屋を出た。
スコールの家は一階と二階に手洗い場があるので、部屋から近い二階の方を借りることにした。
バイト終わりでクタクタではあるが、甘いおやつが待っていると思うと疲れも幾分吹き飛んだ気がする。鼻歌交じりの上機嫌でバッツは手を洗い、意気揚々とスコールの部屋へと戻る。丁度階下から飲み物と取り皿を乗せた盆を持ったスコールと鉢会った。

「お、飲み物とお皿ありがとな」
「別にこれくらいなんてことない。コーヒーでよかったよな?」
「ドーナツにあっていいと思うぞ。色々買ったから何から食べようかなー?折角だからお互い選んだのを半分こして、食べ比べしようぜ」
「ああ」

二人で話しながら部屋に戻り、バッツはいそいそとドーナツの袋を開く。
シンプルなもの、クリームやジャムが詰まったもの、チョコレートや苺のクリームがかかったものと様々種類のドーナツが袋の中に詰められており、バイト疲れと空腹を感じているバッツにとってはすぐにかぶりつきたくなるものばかりであった。

「さーて、どれからいこうかなー」

指差ししつつ、少し悩みながら選んだのは、カスタードクリームが詰まった丸いドーナツ。粉砂糖がかかったふわふわの生地にたっぷりカスタードが詰められたそれは、口当たりが見た目よりも軽めなので一つ目にはに丁度いいと判断した。

「おれはこれ!」
「……じゃあ俺はこれにする」

スコールの方は少し硬めのチョコレートがかかったドーナツであった。シンプルかつ素朴な菓子類を好むスコールらしいチョイスにバッツは小さく笑うと、早速自分の分を半分に割った。

「ほい。半分!」
「ああ。じゃあ俺の分も」

きっちり半分に割られたドーナツを受け取り、皿に置くと二人揃って手を合わせる。「いただきます」の挨拶とともにバッツは最初に自分が選んだドーナツを手にとり、口をつけた。
生地のふわふわとした食感と共にたっぷり詰め込まれていたカスタードクリームが口内にとろりと広がる。バニラオイルの甘い香りが鼻を抜け、生地とクリーム両方から卵の旨味とコクが感じられた。甘さ控えめに作られてはいるが、疲れた身体には染み渡る甘さでバッツは美味いと笑みをこぼす。
スコールの方も表情こそ変わらなかったものの、バッツと同様にドーナツの美味さを楽しんでいるようであり、その様子が嬉しく、バッツはドーナツを頬張りながらスコールに話しかけた。

「うまいなー」
「……だな。甘いが、くどくない」
「ここのはいくらでも食べられる甘さだよな」
「かもしれないな。……おい、口元クリームと粉だらけだぞ」
「美味いから食べるのに夢中になっちまうんだよ。食べ終わったらちゃんと拭くって」

スコールの注意も気にせずバッツは自分が選んだドーナツをあっという間に完食し、スコールが選んだドーナツの半分に手を伸ばし、かぶりつく。こちらも素朴な味わいで美味いとバッツは満面の笑みで食べるのを、スコールは注意しても無駄だと判断し、呆れつつ食べるのを再開した。
若者らしい旺盛な食欲と胃袋で二人はあっという間に完食すると、自然な流れで次のドーナツを選ぶ。

「まだ食べれるよな?」
「ああ。問題ない」

食べると思いつつも一応断りを入れながら、バッツが次に選んだのは見た目が可愛い、苺のクリームがたっぷりかかったドーナツ。苺の甘く、爽やかな香りがするそれは甘みと酸味のバランスが雑妙な逸品であった。

「おれ苺クリーム!」
「俺はママレードにする」

スコールも酸味のある果実の味のものを迷いもなく選び、さっさと半分に割ってバッツの皿へと乗せる。今度もあまり表情は変わらなかったスコールではあるが、甘いものも食べることもそれなりに好きなんだろうとバッツは心の中で呟きながら自分の分を半分割ろうと指に力を込めた。が、余計なことを考えながらだったためか、割ったドーナツの大きさに格差が生まれてしまった。だが、バッツは躊躇いもなく、大きい方をスコールの皿に乗せ、自分は小さい方を選んだ。

「ほらよ」

先ほどと変わらない軽い調子でバッツがドーナツを分けてよこしてきたが、明らかに大きさが違う取り分にスコールは眉根を寄せる。

「……大きさが違う」

そう指摘したがバッツは苦笑を浮かべつつ「いいからいいから」とドーナツが乗った皿をスコールの方へと押しやった。

「大きさが違うって言っても一口ぶんくらいしか変わらないだろ?スコールは育ち盛りなんだから、遠慮せず食えよ!」

笑いながら勧めるバッツにスコールは内心、バッツの方が大食らいの癖にと突っ込みを入れる。
目の前の恋人兼幼馴染は、小さい頃から兄貴風を吹かせるところがある。二人で何かを分け合う時は必ずと言っていいほどスコールが欲しいと思うものを選ばせる。物心がついて、スコールが遠慮を覚えても、それは変わらず、何だかんだと言いくるめてスコールにより良い方を差し出していた。

「はい、スコールは大きいほう!スコールは小さいからたくさんたべて大きくならないとな!」

そう言いながら幼いバッツが半分に割った菓子の大きい方を躊躇いもなく差し出してくれたことをスコールは思い出す。
年齢を経ても変わらないバッツの優しさは嬉しくもあるが、どうも子供扱いされている気もして気に入らないとスコールは思う。

「もう、十分大きくなったと思うけどな」
「へ?」

スコールが呟いた小さな不満の声に、バッツはうまく聞き取れずに聞き返す。
そんなバッツにスコールは自分の皿に乗せられたドーナツを摘むと、半分開いていたバッツの口に躊躇いもなく押し込んだ。

「むぐっ!」

スコールの行動を全く予想していなかったバッツは、目を白黒させながら突っ込まれたドーナツを受け止める。
いきなりどうしたと問いかけたいが、ドーナツで口の中がいっぱいになりうまく喋れず、視線でスコールに訴えかける。すると、それを察したスコールが目を細め、バッツが手にしていた苺クリームドーナツの小さい方をさっと掠め取りながら不満をはっきりと言い放った。

「いつまでも小さな弟扱いはしないでくれ」
「……む、むぐ」

幼い頃のやり取りをするほど、お互い小さな子供ではない。関係も幼馴染や兄弟であるよりも恋人として見て欲しい。そう思いを込めて放った一言に、バッツは少しの間の後にスコールの考えていることを察して小さく頷いた。
その反応に満足したスコールは、手にした苺ドーナツを一口かじる。
甘酸っぱい苺のクリームとふかふかとしたドーナツの生地の味が口にいっぱい広がり、文句なしに美味い。だが、バッツに大きい方を譲って貰いたいと思うほどではないかとも思う。
バッツは良かれと思って差し出したのだろうが、スコールとしては恋人として対等でありたいと強く願うからこそ、どんな些細なことでも意思を聞いて貰いたいと思う。
そんなスコールを見ながら、バッツはモゴモゴと口を動かして突っ込まれたドーナツを飲み込み、ようやく話せる状態になったと息を吐いた。

「ぶは。そんなつもりはなかったんだけどなぁ」
「そんなつもりはなくても、俺が気に入らないんだ」
「んーそうか。じゃあ今度から気をつけるよ。けど、どう見ても大きさに格差があるから申し訳ないなぁ」
「俺に与えるのは気にしないのに」
「気持ちの問題だよ。けど、それがスコールにとっては小さな弟扱いってことなんだよな」

スコールの方に大きい方を渡すのは、バッツにとって当然のこととなっている。だが、その行為の始まりが年下の幼馴染を大事な、小さな弟のような存在だと思っていたことであることも理解していた。
同世代の友人でも何かを譲ることをしなくもないが、ここまで無条件にすることはあまりない。
目の前にいる幼馴染兼恋人はいつまでも小さな子供でもないし、弟ではなく恋人として見るのであれば、時には行いを見つめ直さなければいけないのだろう。
だが、そんな恋人はバッツが思っている以上にバッツを兄貴分以上に恋人として見ていたようで、考え込んでいたバッツに手を伸ばし、身を乗り出すとクリームや粉砂糖まみれのバッツの頬をペロリと舐めとった。

「お、おお!?」
「どうしても食べさせたいのなら、俺はこっちの方で……いや、こっちの方がいい」

唇すれすれを舌先で綺麗に舐めとるスコールにバッツは一瞬自分が何をされたのか理解ができずに固まったが、数秒遅れで自分が何をされているのかをようやく把握し、見る見るうちに頬を紅潮させる。
どうみても食べるの意味が違う。そう言うかわりにバッツはスコールをひと睨みし、顔を逸らして捨て台詞を吐いた。

「……高校生のくせにマセすぎだ」
「そんなに照れることか?」
「うるさいなぁ!お前だって顔赤いだろ!もう!高校生のうちはそういうエロいこと禁止だ!普通のちゅーまでだ!」

別に特別エロいことでもないし、キスの延長だろう。そもそも普通のちゅーとはなんなんだ?思わずそう言いかたスコールだったが、バッツの勢いに気圧されてツッコミと質問を飲み込んだ。
予想はしていたが、高校生のうちは口付け以上の行為はバッツの中にではまだ早いということなのだろう。長い片思いを経て、ようやく両想いになれた時は天にも昇る気持ちであったが、いざ付き合うと欲望には際限がないのだとこうして思い知らされる。
真っ赤な顔でドーナツを勢いよく頬張る恋人を盗み見しながら、スコールは自分の我慢の限界が来るのが先か、高校を卒業するのが先かどちらなのだろうかとこっそりと悩むのであった。


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リハビリ第二弾。ミ○ド食べている時に思いついた一コマ。
この二人が本懐を遂げるのはまだまだ先のようですね……(スコさん頑張れ)


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