なんの変哲も無い愛おしい時間

その日スコールは珍しく通常の起床時間よりも早く目覚めた。
時計が存在しない世界なので陽の高さで起床の判断をしているのだが、見たところ太陽が登り始めた頃合いであった。窓から空を眺めれば、まだ夜の闇を余韻を残した薄闇色の空と白銀色に輝く太陽がうっすらと輝いている。
まだぼんやりとしている頭をスコールは軽く横に振って目を覚ますと、身支度を整えることにした。二度寝をすることも考えたが、それをしてしまって寝坊をするというパターンをしたくはなかったからだ。
着替えたら皆が起きるまで朝の鍛錬でもしよう。そう決めると洗濯済みのTシャツとパンツを穿き、履きなれた靴に足を通す。上着は着ると暑そうなので置いていく事にしてスコールは部屋を出た。
剣を肩に担ぎ、振るっても支障のない場所をいくつか頭の中で浮かべる。外に出てもいいが、自室から一番近いのは屋上だ。現在拠点にしている古城は見張りの塔とは別に屋上がある。そこなら剣を振るうのに十分な広さがある。普段は仲間内で休憩に使われる場所でもあるので遠慮をしているが今の時間なら邪魔になることもないだろう。
目的を定めるとスコールは早速屋上へ向かった。階段を登り、屋上の扉を開くと朝の光がスコールに降り注ぐ。建物の内側とは比べ物にならない光の強さにスコールは一瞬目を細め、光の強さに目が慣れるようにゆっくりと瞼を上にあげる。
陽の光と朝の靄で若干白んだ屋上を見渡すと、見た事がない様々な植物が植えられたプランター群とそれに寄り添うように屈んでいる人影が一つ、目に入った。

「バッツ?」

人影の正体を確認するかのようにスコールが呟くと、座っていた影がそれに気付き、立ち上がって振り向いた。
影の正体は、先ほど呟いた名の持ち主に間違いなかった。

「おはようスコール。今日は早いんだな」

陽の光とプランターを背に名を呼ばれた青年バッツはスコールに微笑みかける。
朝の柔らかい光と混じり、溶け合うような微笑みに、スコールは僅かに己の頬が緩むのを感じるが、それを悟られないように口元を引き締めた。

「あんたこそ早いな」

なんて事ない一言も添えて感情を隠す。感情を曝け出すのは幼子のように思えて恥ずかしさがある。それに加えて他者と接することを苦手としているスコールにとって感情を悟られないようにすることは、接する機会を最低限にすませるための術でもあるからだ。尤も、目の前の青年にそれを行う必要性はないとは思ってはいるが。
バッツの方もスコールの性格をわかった上でそのことに突っ込みを入れることなく、スコールを手招きし、プランターを一緒に見ないかと誘う。その誘いを断る理由はないので、スコールはバッツの隣に立つと、二人揃ってプランターへと視線を向けた。

「すごいだろ?ティナとオニオンと三人でやってるんだけどな」
「ハーブと野菜か」
「そう。トマトがそろそろ食べ頃だから世話がてら収穫をしようと思ってな」

そう言いながらバッツは目の前のプランターに実っているトマトを指先で軽く突く。
バッツの影に隠れていたが、プランターには丸々ツヤツヤとしたトマトがいくつも実っている。真っ赤に色づくそれはまるで今が食べ頃であると主張しているようかのようであった。
そのうちの一つをバッツは傍におっていた籠から鋏を取り出し、軸と実を切り取ってスコールへ差し出した。

「ほい。早起きの特権。朝飯前だから味見がてら半分こしようぜ」
「俺が育てたわけじゃないのに、いいのか?」
「収穫したらみんなで食べようって決めていたからな。そんなに気にしなくてもいいだろ。けど、トマト好きな奴は多いから内緒な?」

口元に人差し指を当て、片目を閉じるバッツに少しどきりとしながらも、スコールは小さく頷いて了承する。その反応にバッツは目を細めると、「お先にどうぞ」とトマトをスコールに手渡した。
受け取ったトマトにスコールは口元に寄せると、まずは一口歯を立てて齧る。ぱつんと張った皮が破けると、ジュワッと瑞々しい果肉と汁の旨味が口内に広がる。多少の青臭さはあるものの、それ以上に甘みと酸味が絶妙でトマトの旨さを相乗効果で引き立てており、文句なしに美味かった。

「美味いな」
「三人できっちりお世話したから当然だ。おれにも味見させてくれ」
「ああ」

齧りかけのトマトを手渡すと、バッツは受け取り、そのまま何の躊躇いもなく一口齧る。数回味を確かめるように咀嚼し、飲み込むとスコールに笑みを向けてきた。

「うん。旨味がたっぷり詰まってるな」

これなら皆に出しても大丈夫だろう。バッツはそのままトマトを半分を食べると、残りをスコールに手渡し、収穫に取りかかる。トマトの実が熟しているか一つ一つ確認をしながら、籠へと放り込んでいくバッツを見ながらスコールもトマトの残り半分を平らげた。

「ご馳走さま。味見をさせてもらったのだから俺も何か手伝おう」
「お、それなら今日の分の収穫がもう終わるから一緒に運んで朝飯の手伝いをしてくれないか?二人だと早く準備できるしさ」
「了解だ」

スコールはそれを了承するとバッツから収穫したトマトが乗った籠を受け取る。一つの重さは大した事はないが、複数個集まるとずしりとした重みがあった。
バッツは自分の衣類の埃を払うと、スコールよりも一回り大きい籠に残りのトマトと鋏や手ぬぐいを乗せて立ち上がった。

「これでよしと。結構沢山採れたからスコールがいてくれて助かるよ」
「別に構わない。これだけ育て上げるのはさぞ大変だっただろ」

屋上に来たのはしばらくぶりではあったが、最後に来た時はこんなに沢山のプランターはなかった。小さいとは言え、三人でこのような菜園を作るのに時間と労力をかけたに違いない。しかし、バッツからは苦労の色は見えなかった。

「きっかけはティナとオニオンからだったんだ。軽い会話の中で何か植物を育ててみたいって言ってさ。それならやってみようぜっておれが話に乗って。最初は二人とも躊躇っていたけど、別にしちゃいけないってわけじゃないし、ここでの生活に支障が出ない範囲ならいいんじゃないかで始めたら思っていた以上に楽しくてさ」

最初は簡単なハーブ類を育て始めたら、順調に育ち、それなら比較的育てやすい野菜も……と続けて行くうちにいつの間にか家庭菜園になっていたとバッツは目を細める。何でも楽しもうとするバッツらしい話であった。そんな彼だからこそ、ティナもオニオンナイトの少年も始める気になったのだろう。
バッツの探究心と行動力には引き寄せられるものがある。
スコールは改めてそう思うと、笑みがこぼれそうになるのを耐えながら一言漏らした。

「あんたらしいな」
「へへ、それほどでも。スコールも参加してみないか?楽しいし美味い飯が食べられるぞ」

バッツの誘いにスコールは暫し思案した後、やがて小さく首を横に振った。

「やめておく。早起きは得意では無いし、俺が世話をすると逆に駄目にしてしまいそうだ」
「そう?無理強いはしないけど参加したくなったらいつでもいってくれよ。こんな世界だから戦い以外のことも尚更大事にしないとって思うからさ」
「戦い以外のことか……」
「そう。だっておれ達は戦士である前に人間なんだぜ?戦うだけの存在じゃないってこと」

バッツの言うことに一理ある。
傭兵としての訓練を受けてきたスコールでも、異なる世界で、いつ終わるかもわからない戦いに身を置き続ける事への不安はある。他の戦士達も多かれ少なかれ似たようなもの抱えているだろう。それを少しでもやわらげるために、元の世界での暮らしに近いものを求めるのかもしれない。
食事を摂り、他の誰かと他愛のない話をし、好きなことをする時間を作り、明日を思いながら眠りにつく。
それでどれだけ心が救われるだろうか。

「……まぁ、そうだな」
「だろ?生きていく為には人らしく、自分らしくあるための時間って必要だよな」
「同感だ」
「だからスコールもそう言うのをもっとしろよ。何かしたいこととか無いのか?」
「……無い訳ではない」
「お、それは是非聞きたいなぁ」

興味津々といった表情のバッツにスコールは小さく口元に弧を描く。表情の変化に何かを感じ取ったらしく、目を見張るバッツにスコールは顔を近づけてバッツの唇と己のものを重ねた。
感じるのは唇の柔らかさと僅かな湿り気。先ほど食べたトマトの果汁かもしれない。僅かな甘みを感じるのはそのせいなのか、愛おしいと思う気持ちがそうさせているのかどちらなのだろう。
バッツの唇を堪能し、ゆっくりと離れると大きく目を見開いたバッツと目が合う。突然口づけられるとは思わなかったと言いたげな表情が可笑しかった。

「びっくりしたか?」

驚きの表情のまま固まるバッツにスコールは話しかける。それでようやく我に返ったらしいバッツの頬が見る見るうちに朱に染まる。その赤さに「まるでトマトのようだ」とスコールが感想を漏らすと額を指先で弾かれてしまった。照れ隠しなのだろう。普段余裕のあるバッツにしては珍しい反応であった。

「おう。誰もいないとはいえ、朝っぱらの外でしてくるとは思わなかった」
「駄目だったか」
「いや。そんな事はないぞ」

バッツはそう言うやいなや、スコールの顔に己の顔を、唇を重ねる。
仕返しとお返しを兼ねた口付けらしい。
驚き、目を見開くスコールの瞳とバッツの瞳が合う。バッツの細められた目からしてやったりといった感情が読み取れた。大人しくやられぱなしでいるような性格ではないと思っていたが、まさか即行動に移すとは思わなかった。
唇を軽く吸われ、小さなリップ音と共に唇が離れると、悪戯に成功した少年のような表情の向けられる。楽しげな様子のバッツに今度はスコールが自身の頬を熱くする。

「どうだ?驚いたか?」
「……すぐにやり返されるとは思わなかった」
「はは。まあな。これがおれらしさってやつだよ」

確かに思い立ったら即行動のバッツらしい返しであった。
表情や仕草、話す言葉。全てが愛おしいとスコールは思う。
この世界にやって来た頃はたった一人で、ただ与えられた任務を、神々の戦いに勝利する事しか考えていなかった。そんな時に、仲間達と、バッツと出会った。
もしも孤独な戦士のままであったなら、いつ終わるかわからない戦いに、いつまで戦い続ければいいのだろうか、本当に終わりがくるのだろうかと不安や焦燥感に駆られてどのような末路を辿っていたかわからない。
意志のなる一人の人間で戦うだけの駒ではない。
その証拠に、戦い以外のこのような時間と、共に過ごす人間の存在へ愛おしさを募らせている。

(生きるために、自分らしく、人らしくあることが大事なのだとバッツと共にいると思い知らされるな)

目の前で笑ってくれるかけがえのない存在にスコールは手を伸ばすと、意図を感じ取ったバッツが身を寄せる。
惹かれ合うように三度目の口付けを交わし、互いに目を細めて笑いあった。

「さて、そろそろみんな起きだす頃かな?スコールとの時間も大事だけど戻ろう」
「そうだな。朝食の準備をしないといけないしな」
「生きる為には食事も大事だからな。採れたて野菜で美味い朝飯を準備するとしますか」
「ああ」

収穫したトマトを持ち、二人並んで拠点へと戻る。
一日の始まりを知らせる朝の光は金色のベールのように降り注ぐ。
穏やかに朝を迎える光景も、今となっては日常であると思えるようになったのは、日々の営みの中にある尊いものが当たり前のように身近にあるからなのだろう。
それは時に忘れそうになってしまうが、忘れてはならない。
人らしく、自分らしく生きていくためにも。
鼻歌交じりで横を歩くバッツを盗み見ながらスコールは心の中で呟いた。

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2020年8月23日 スコール誕生日おめでとう!
孤独の怖さや寂しさを知るからこそ、身近なものへの愛情により敏感で、それは弱さではなく、強さだと思っています。
改めましてスコール、おめでとう!大好きです!


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