メビウスの帯に揺蕩う

炎が広がり、大地を焼き払っている。
熱風と黒煙が舞い上がり、世界を赤と黒へと染め上げる様はさながら地獄絵図のようであった。
その大地のど真ん中に、互いを守り合うかのように折り重なった二つの動かぬ身体が在る。
生命の輝きが消えかける光景を氷の女王は静かに眺めていた。

神々の戦いの場であるこの世界は、混沌を司る男神カオスと調和を司る女神コスモスの二柱の神々とそれぞれに属する戦士達よって闘争が幾度も繰り広げられていた。
最初の頃こそは拮抗した勝負を繰り広げていたものの、調和の女神側の劣勢が続き、徐々にではあったが混沌の神側の有利な状況が増えてきている。
幾度も繰り返されている戦いを眺めていた氷の女神はこの戦いの仕組みを薄々ではあるが勘づいていた。
恐らく、戦いに勝利し、生き抜いた戦士達は、戦いを重ねるたびにその時の記憶や経験を引き継げている。
そして、敗北側の勢力に属していた者達、今目の前で転がっている二人の戦士であるが、負けると次の戦いへと経験や記憶を引き継げないのだろう。その為勝利した神に属している戦士達が有利になり、負けた戦士達は不利な状況へと追い込まれていく。
今回の戦いの結末も、混沌側の勝利が確定だろう。恐らく次の戦いもまた。
無限に続くと思われる戦いであるが、これほどまでに実力に差が開いてしまうと結末になんの意味があるのだろうかと氷の女王シヴァは思う。
今回も自身を従えた主人は、前回も、前々回も自分を従えた。その記憶は主人にはなく、毎回同じ戦に赴き、そして敗北する。主人が倒れる姿はもう何度見ただろうか。
氷の女王は瞼を伏せていると、主人とは別の、もう一人の戦士の身体から自分と同じ存在、幻獣が出現する。
炎の魔人イフリートであった。

「こうして話をするのは久方ぶりですね。イフリート」
「うむ」

イフリートは重々しく頷いてシヴァの横に並ぶと、地に伏せた二人の戦士を見やり、炎を纏った息を吐いた。

「今回も敗北か……」
「ええ。混沌側の軍勢との戦力差の開きが前回よりもありましたから……やはり繰り返される戦いに勝利した側は力を引き継いで次の戦いに臨めるようですね」

淡々と話すシヴァにイフリートはふん、と鼻息を鳴らす。

「勝利が続けば続くほど有利になり、負けが続くとその分不利になる。一体この戦いを続けることに何の意味がある?それに付き合わされている我らの身にもなって欲しいものだ」

シヴァが思っていたことと同じような文句を垂れるイフリートの矛先は恐らくこの戦いの黒幕達である存在へだろう。気持ちはわからなくもないが、その黒幕達がその気になれば自分達を消してしまえる力を持っているようであるので滅多なことは言うものではないとシヴァはイフリートを咎めた。

「軽率な言葉は控えた方がいいでしょう。この戦いの仕組み全てを把握してはいないですが、ここでは戦士だけでなく我らも彼らにとっては監視の対象であることに変わりはないのですから」
「しかし興味の対象ではないだろう」

イフリートはそう言うと自分を使役していた戦士を一瞥し、彼らへと向かいつつある炎がこれ以上進まぬようにと制御し始める。重なった二人の戦士の周りにだけ円を描くかのように炎が止まる。
まるで彼らの身体を守るかのような行動にシヴァは口元に緩く弧を描いた。

「あら、この世界と我らの役割に不満を抱いている割にはそのようなことはするのですね」
「一応こいつは我の主人であるのだからな。勝負は決まってはいるが、戦いが終わったわけではない。役割を全うしようとしているだけだ。そう言う主も転がっている二人に冷気を纏わせておるだろうが」

イフリートはそう言い、二人の戦士に向かって炎を纏わせた吐息を吐く。無防備な状態の人間であれば、皮膚が溶け、骨が焼けて跡形もなくなくなる筈であるのに二つの身体は変わらぬままであった。
イフリートの問いにシヴァは優雅に微笑む。

「気づいていたのですね」
「無論。この者達は今回も戦いに敗北したが……また次があるかもしれぬからな。どのような条件で選ばれているのかはわからぬのならせめてより良い状態にしてやったほうがいいというものだろう」
「ふふ……お互い考えていることは一緒というわけですか」
「ふん。我はカオスの軍勢はどうも好かん。どうせ使役されるのならこちらの方がまだマシだからだ」
「カオスの軍勢を好まないという点では同感です。ですが私の場合マシだからというのではなく彼らに興味があるからではありますね」
「……物好きだな」
「イフリート、人というものは面白いですよ。我らよりも弱い肉体である筈なのに、中身は驚くほど強い。私の主人も、貴方の主人も互いに守り合い、そして本来なら勝てない筈であったカオスの戦士を倒しました。その代償がこれでありますが」

動かぬ二人の戦士をシヴァは一瞥すると瞳を閉じて彼らのこの戦いの最後を思い出す。
この二人が対峙したカオスの戦士は、前回も前々回も戦いに参戦していた戦士であった。敗北側であり、継承できなかった二人の戦士はそのカオスの戦士の前では赤子も同然の力量差があったように見えた。だが、この二人は諦めることなく最後まで戦い、そして勝利した。頭数の差という単純なものではない。ただ、愛する者と共に未来と世界を守るという強い意志が最後まで貫かれた結果であった。
この二人の戦士は想いを通わせあっていた。
いつ果てるかもわからない、たとえ戦いに勝利して万に一つ元の世界に還れたとしても違う二人の行く末は別れである。
いつかくるそう遠くないであろう別れの未来を承知の上で寄り添っていたのだ。
別れが前提で育み合う愛情という感情も、彼らに自覚はないものの何度も繰り返されては敗北と共に終わりを迎える関係はこの戦いの場で必要なことであるのだろうかとシヴァは思っていた。
だが、それでも彼らは幾度も愛し合った。
繰り返される戦いの記憶がないこともあるのかもしれないが、この戦いだけでなく、前回も。前々回も過程に違いはあれど、彼らが想いを通わせ、最後まで共にいる結末を迎えることに変わりはなかった。

「また……次の戦いも出会うのでしょうね」

ポツリと呟くシヴァにイフリートが反応する。

「何故だろうな。この戦いもその前も我れを使役するのは決まってこやつであるのは」

シヴァが言ったのはこの二人の戦士のことであるのだが、イフリートは自身と主人のことであると思ったらしい。それを言えばシヴァも主人が同じであるのでそう勘違いしても仕方がないことである。そこを訂正することもないだろうとシヴァはイフリートに話を合わせてやることにした。

「……さぁ。浄化をされたとしても変わらない部分があるのでしょう。私が私の主人と、貴方が貴方の主人と馬があうからかもしれません。そこには理由などないのでは?」

自分達も、二人の戦士の出会いも何故と考えても答えが見つかるものではないのだとシヴァは思う。ただ、言うとすれば心の導きのままである、ということなのだろう。だが、イフリートはそのあたりがどうも疎いらしく、ざんばらの髪をガシガシと掻き、長い溜息を吐いた。

「どうもそう言った感情というのは我れには理解できぬな……まぁ、次にこやつがまた我れを使役しようとしたとしても争う理由はないがな」
「ふふ。そういうことですよ」

言語化はできないが感じるところはあるのだろう。シヴァは難しい顔をするイフリートに優雅に微笑みかけると、空を仰ぐ。
燃え盛っていた炎が消え、空が薄暗くなっていく。

「さて、そろそろ終わりの刻のようですね」
「ふん。何度合間見えても忌ま忌ましい存在だな」

舌打ちをしながら同じく空を仰ぎ、こぼすイフリートにシヴァはくすくすと笑う。

「そんなことを言っては機嫌を損ねて次の戦いに参戦させてくれないかもしれませんよ?」
「そんなわけあるか。何度文句を垂れても結局は放り出されておったわ。……だが、一応言っておこう。達者でな」
「ええ、貴方も。では、また次に」

次の戦いの舞台を整えんと空を泳ぐ竜が見える。
イフリートは竜を睨み付けると主人へと、正確には戦士の懐にある召喚石へとその身を戻した。
一人その場に佇むシヴァは横たわっている二人の戦士に視線を送ると小さく口を開いた。

「また、会えるといいですね」

互いの主人の再会と愛し合う者同士の再会への願いを込めて呟くとシヴァは召喚石へと戻り、終焉を彼らと共に迎えた。



シヴァが次に意識を取り戻した時は森の中であった。
主人を持たない召喚石であるが為、遠くへの移動ができないので詳しい状況の把握は困難ではあるが神竜がまた次の戦いの舞台を用意したのだということはわかった。
さて、今回は誰が自分を見つけ出すのだろうかとシヴァは召喚石の中を揺蕩いながらその時をひたすら待つ。
見つけ出すのは今回も秩序の女神側の戦士の誰かだろうか。もしそうだとしたらあの二人の戦士ともいずれまた出会えるだろう。
神竜に浄化され、今回の戦いにも参加していたらの話ではあるが。
寿命がない召喚獣にとって待つということは人に比べて苦ではない。自分の存在を気付いてくれる者がやってくるまで暫しの休息といこうとシヴァは瞳を閉じた。
何日、何時間が過ぎただろうか。人の気配が近づくのを感じたシヴァが閉じていた瞳を開いて視線を向けると、草木を分けて、二人の戦士が召喚石の前へと立った。
再会を願った二人の戦士であった。
どうやら今回の戦いにも参戦したようである二人の戦士の姿にシヴァはわずかに口元を綻ばせた。

「お、これも召喚石みたいだな」

戦士の一人が、シヴァの、正確には召喚石の前に立ち、まじまじと見つめる。
敗北の代償かとシヴァはひとり心の中で呟く。
わかってはいるもののどこか残念な気持ちになりながらシヴァは二人の戦士のやり取りを召喚石の中から様子見する。

「バッツが持っているものと見た感じは似ているな……」

もう一人の戦士がそう言うとバッツと呼ばれた戦士が懐から召喚石を取り出し、シヴァと見比べた。
キラリと一瞬光ったその召喚石はイフリートであった。
どうやらシヴァよりも一足先に彼らと再会を果たしていたようである。
バッツはイフリートとシヴァの召喚石をひとしきり見比べた後、後ろの戦士に手にしてみればどうだと勧める。

「こいつも召喚石ならスコールが持ったらどうだ?おれはもうこいつがあるから十分だし。とりあえず確認がてら呼び出してみろよ」

戦士、スコールは暫し思案した後、小さく頷くとシヴァの召喚石へと手を伸ばし、手にとる。
シヴァにとってはもう何度感じたかはわからない主人の掌の感触とあたたかさだ。
スコールはシヴァの召喚石を確認するように視線を巡らせ、手の上で少し転がした後、納得したらしく呼び出してみるとバッツに言った。

「バッツ、あんたは下がっていろ。危険な召喚獣だったら……」
「了解。そん時はおれとイフリートで取り押さえるのを手伝うさ」

そんなことを言わずともとって食いはしない。シヴァは召喚石の中で笑う。
今回の彼らにとっては初めての存在であるのだから仕方のないことではあるが。
バッツが手にしているイフリートの召喚石が笑っているかのように光る。
どうせ貴方もその見た目に驚かれたであろうにとシヴァは毒づくと、召喚石に魔力が込められる。召喚の詠唱がされ、シヴァは自分の身体が石から解き放たれていくのを感じる。
シヴァは二つの再会を喜びながら、この戦いで初めて合間見える二人の戦士にどのように挨拶しようかと考えながらその姿を表したのであった。


***
シヴァとイフリート視点の85二人のお話でした。
召喚獣は戦いの輪廻の記憶を引き継いでいて、何度も出会い、結ばれ、そして戦いに敗北する二人の姿を見ていたらと思い今回の話を書きました。
スコさんの召喚獣がシヴァ、バッツさんの召喚獣がイフリートなのはシアトの設定もありますが、なんとなくこの召喚石を持っていそうだと勝手なイメージからだったりもします。あと幻獣二人(?)の喋り方は見分けやすいようにシヴァは女性らしい話し方に、イフリートはやや荒々しい感じにしております……はい;;


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