煩悩と純情

※2019ー2020年年越し用に書いたお話です。



年の瀬のある日、バッツはいつものように自室のカーテンを開き、少し身震いをした。
今年は暖冬とはいえ、外気の冷たさが窓ガラスを通して伝わってくる。ひんやりとしたそれは起きたばかりの重い体を覚醒へと促してくれているようでバッツは丸まりかけていた背中をピンと伸ばした。

「ひやー……冷やっこいなぁ」

思わず感想を呟き、こんな日はさっさと部屋の暖房を入れて着替えるに限ると窓から離れようとしたその時、向かいの家の窓のカーテンがさっと開き、部屋の主と目があった。
寝巻き姿のバッツとは違い、すでに身支度を整え済みである向かいの少年スコールは一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに表情を整えて窓を開こうとしている。
朝の挨拶を直接しようとしてくれているのだろうとバッツは察すると、すぐに近くに畳んで置いていたパーカーを羽織り、自分も窓を開いた。

「おはよーさん、スコール!」
「ああ、おはよう」

開いた窓から冬の冷たい空気が部屋へと侵入し、寒さに震えそうになったが、それ以上にスコールと直接言葉を交わせたことでバッツは心の中にあたたかな春の風が吹いたような気分になった
隣に住んでいるとはいえ、大学生のバッツと高校生のスコールとでは普段の活動圏内も生活のリズムも異なるので顔を合わせない日が何日も続くことも珍しくはない。
今日は何だかんだ幸先がいいなとバッツは頬を緩ませるとスコールが怪訝そうな表情をバッツに向けてきた。

「何だ、ニヤニヤと……」
「そう言うなって。偶然スコールと顔を合わせられて嬉しいんだよ」

バッツが正直に心情を漏らすと、スコールの表情が怪訝なものから一転して頬が朱に染まる。照れているのだろう。大人っぽい外見ではあるが中身は高校生らしい初々しい少年なのだとバッツは益々頬を緩めると世間話を始めた。

「そういやスコールももう冬休みに入ったんだな?私服だし、これからお出かけでもするのか?」
「ああ。姉さんが年末年始の買い出しに付き合って欲しいと。父も昨日仕事納めで家にいるから男二人荷物持ちと言うわけだ」
「なるほどなぁ。エルオーネの料理、美味いから張り切ってくれようとしてるんだろうな。人が多いだろうから気をつけて行ってこいよー」

年末年始らしい家族風景にバッツは目を細めると、行ってらっしゃいとばかりにひらひらと手を振った。それに対してスコールはバッツをじっと見つめると話を続ける。

「あんたは?ドルガンさんはどうしている?」
「おれ?親父は今年は海外だしなぁ……どうもおれが成人したからか国外の仕事を増やしたみたいでさ。だから今年は家で一人寝正月をしようかと思ってるよ」

あっさりとバッツがスコールの質問を返すと、スコールは小さくため息を吐き、「だったらうちに来い」と提案をしてきた。

「父と姉と、それと俺で話をしていたんだ。ドルガンさんが最近不在がちのようだからバッツが年末年始一人ならうちで過ごしてもらおうと。勿論、バッツが嫌でなければだが」
「へ?そんなこと話してくれていたのか?」
「ああ。元々小さい頃からお互いの家族が行き来していたし、何度も泊まったり泊めてもらったりしていたからな」

あっさりと話すスコールにそういえば小さい頃はよくスコールとお互いの家に泊まったり泊めてもらったりしていたことを思い出す。バッツが中学生に上がる頃には子供だけで留守番をさせても問題はないだろうと機会が無くなってはいったが。
だが、家族ぐるみの付き合いがあったとは言え、その言葉に素直に甘えてもいいのだろうかとバッツは悩む。

「お誘いは嬉しいけど、家族水入らずのところにおれが行ってもいいのか?」
「問題ない。父も姉さんもむしろバッツが来てくれたら喜ぶ。酒が飲める相手がいてくれると気楽になるとか、弟みたいなものだからとか、そんな風に好き勝手言っていたぞ」
「はは。確かエルオーネってあんまり飲まないんだっけ?それなら親父さん、そう言いそうだなぁ。おれもエルオーネは姉ちゃんみたいな存在だからそんな風に思ってくれていたら嬉しいよ」

スコールとはまた違った優しさを持った二人にバッツは密かに感激すると、「わかった」と頷いて了承した。

「じゃあお言葉に甘えようかな?おれ、大晦日までバイトがあるからそれまではこっちで過ごすけど、終わったらお前の家に向かうよ」
「わかった。父と姉さんに伝えておく。何かあったら連絡するからあんたもそうしてくれ」
「了解。ありがとな!」

バッツは満面の笑みで礼を言うとスコールが一瞬はにかんだような表情を見せてきた。
心情を言葉にしたり、表情に出したりすることが少ないスコールの貴重な一瞬を見れたことでやはり今日は幸先がいいとバッツは心を弾ませた。

***

大晦日。
バッツはアルバイトを終えると手土産を手にしてスコールの家へと向かった。
流石に手ぶらじゃ何なのでスコールの父親へは酒を、姉のエルオーネとスコールへはアイスクリームを手土産にした。
スコールの父親であるラグナは酒にあまり強くなかったはずであるが、一緒に飲めることを楽しみにしているとのことであったので問題はないだろう。エルオーネは甘いものを好んでいたし、何より暖かい部屋でのアイスは格別だろうとバッツの独断と偏見で選んだものであった。

(まぁ、年の瀬の冷蔵庫は食材でいっぱいの可能性があるけど、その時はうちの冷蔵庫に一旦退避させりゃいいしなー)

そんな風に考えながら紙袋を片手にぷらぷらと道を歩いて行く。
泊まり用の衣類や歯ブラシなどを準備した鞄を家に取りに寄るつもりだが、隣同士なのでほぼその足で向かうのと変わりがない。数分後にはスコールの家の扉の前に立っているだろう。

(最近はお互いの部屋の窓と窓で話しているか、そこからの行き来ばっかだったからなー。正面からの方が少ないってよくよく考えると面白いよなぁー)

窓から顔を合わせるのが手っ取り早いので子供の頃からそうしてはいたが、外に出るのが手間なので窓から窓へと移動するようになったのは体が大きくなったここ近年からだった。
互いの家に泊まることが少なくなったので無意識のうちに二人で過ごす時間をそのようにして補っていたのかもしれない。

(そういえばスコールの家に最後に泊まったのは何年ぶりだろ?)

小さい頃は親同士の仕事の都合の部分もあったがそれでも泊めてもらったり、泊まってもらったりした時はとてもワクワクしていたことを思い出す。遊び終わって別れるのではなく、同じ場所に帰って晩御飯を食べ、風呂に入り、布団を並べて眠る瞬間までスコールと一緒であったことが嬉しかった。
日常の延長と言う非日常が楽しかったのもあるが、相手がスコールであったと言うことも大きいのだろう。
小さい頃のやり取りを思い出しながらバッツは顔を綻ばせていると、ふとあることに気付く。

(そういやおれ、今日はスコールの部屋で一緒に寝るのかな?)

幼い頃はスコールを兄弟のように思っていたが、今は恋人同士である。
子供の頃はスコールの家に泊まる際は、スコールの部屋に布団を敷いてもらって並んで眠っていたので今回もそうなるのだろうか。

(親父さんとエルはおれ達が付き合ってるなんて知らないだろうから、寝る場所も同じの可能性があるよな……あれ、なんかおれ、いきなり意識しちまってる……?)

お互い部屋の行き来は数え切れないくらいしているが、付き合ってから同じ部屋で眠るのは今回初めてである。スコールとの関係の進展をどうこう考えているわけではないが、それでも夜に密室で二人きりになる瞬間があると思うと色々と想像をしてしまう。

(スコールもそんな風に考えている……わけないか。おれを誘ってきた時の喜び様にそんな感じはなかったし)

行くと伝えた時に一瞬見せた嬉しそうな表情から下心の類は見られなかった。
だとしたらこんな風に考えてしまう自身が不純なように思えてしまい、バッツは消沈しそうな気持ちになった。
気持ちを通わせるようになったのはスコールが迫ってきたことがきっかけではあったが、それ以降スコールがバッツに関係の進展を迫ってきたことはない。無理やり唇を奪った後ろめたさもあるのかもしれないが、元々心優しい性格であるので自身の気持ちよりも相手がどう思うかで行動を決めるタイプであるとバッツは思っている。
バッツ自身は関係の進展を望んでいるかいないかは今はよくわからないが、望んでいる気持ちを出さない限りスコールが行動に移すことはないだろう。

「自意識過剰ってやつかな……」

思ったことを小さく声に出して呟くと、バッツは一度目を強く瞑り、前を見つめ直した。
これ以上考えると自分で自分の首を絞めそうな気がする。変にスコールを意識してしまっておかしな空気を生み出してしまうのも嫌だし、何よりスコールとその家族がバッツを気遣い、年越しを一緒に楽しんでくれようとしていることを忘れてはいけない。
バッツは酒瓶とアイスを持ち直すと再び道を歩き出した。

***

バッツの土産はどちらもスコールの父ラグナと姉のエルオーネそれぞれに喜ばれた。
ラグナからは年始も年末も一緒に飲もうと誘われ、エルオーネから「二人とも飲みすぎないでね」と注意をされつつも何度も礼を言われた。喜んでもらえたようで何よりだとバッツは笑って土産を渡すと、エルオーネから荷物はスコールの部屋に置いておくことを勧められた。
部屋まで案内しようとしてくれたエルオーネに「自分一人で行ける」とバッツはやんわりと断り、スコールの部屋へと直接向かう。
エルオーネ曰く、スコールはは夜更かしができるように今昼寝をしているので部屋に入る時は気持ち大きめに扉をノックして欲しいとのことであった。
扉の前に立ち、バッツは深呼吸を一つすると言われた通り扉を強めに叩く。数秒後、扉が開き、寝起きのしかめ面からの驚きの表情でスコールが顔を覗かせてきた。

「もう、来たのか?」
「おいおい。おれ、バイト終わるの18時過ぎだって伝えただろ。寝起きか?すごい顔してんなぁー」

バッツは苦笑を浮かべながら寝癖がついているところ指差すと、スコールは手ぐしで癖を直しながら部屋へと招き入れてくれた。スコールの部屋はいつも通り片付いてはいたが、唯一違うのは1組の客用の布団が一式部屋の隅に置かれているところであった。

「おおー懐かしいなぁ」

不埒なことを考えないようにバッツは普段よりも若干大きな声で感想を漏らすと布団のすぐそばに自分の荷物を置いた。バッツの内心を知らないスコールは「そんな大きな声を出さなくても」と苦笑を浮かべていた。

「そんなに懐かしいか?」
「そりゃな。お互いの部屋を行き来はしていたけど、布団並べて寝るなんて久し振りだし嬉しいよ」
「そうか」

目を細め、口元に緩やかな弧を描いて微笑んでいるスコールを見るとやはり恋人同士で同じ部屋で眠ることに対しての緊張はなく、兄のような存在の幼馴染が久しぶりに泊りに来て嬉しいと言った様子のように見える。
恋人よりも幼馴染としての期間の長さがそうさせているのだろうか。ホッとしたような、何となく肩透かしを食らったようなそんな複雑な気持ちが渦巻いたが、素直に喜んでくれているスコールを見てバッツは気持ちを切り替えようとした。
恋人としても、幼馴染としてもスコールが喜んでいる様子をみると自分も嬉しくなるのは二つの立場で彼のことが好きで愛おしいと思っているからだ。そういうことにしておこうとバッツは雑念を振り払うと下の階に行って話そうとスコールと共に部屋を出たのであった。

***

エルオーネから年越しそばと天ぷらを夕飯にと準備してもらい、食後に軽くラグナと酒を飲み交わしながらバッツはスコールと年越しまでの時間を過ごした。途中スコールと入れ替わりで風呂にも入り、身体の汚れも今年中に落とさせてもらった。

「ふぃーさっぱりしたー」

濡れた髪をガシガシとタオルで拭き取りながら居間へと入ると、酔いつぶれて眠っているラグナをスコールとエルオーネの二人が介抱しているところに直面した。

「お、親父さん寝ちゃったのか?」
「ああ。少し羽目を外しすぎたみたいだ」

呆れた顔でスコールがバッツに話すと、エルオーネが体が冷えないように上の寝室から毛布を取って来て欲しいとスコールに頼む。どうやら年越しまで酔い覚ましと仮眠も兼ねて横になるとのことらしい。

「飲み過ぎるなと姉さんに注意されていたのにこれだ……」

ブツブツと文句を言いながら上の階へと上がるスコールの後つけながらバッツはまぁまぁと宥める。

「親父さん、仕事忙しかったんだろ?それから解放されて家でのんびりできて嬉しかったんだよ。きっと」
「はぁ……それに加えて今年はあんたという飲み仲間もいるからな」
「はは。けど、三年後にはスコールも仲間入りだぞ?おれ、お前の親父さんと飲むのも楽しかったけど、お前とも飲める日が来るのが楽しみだよ」

ラグナの寝室から毛布を引っ張り出しながら呟くスコールにバッツは笑いながら話す。すると毛布を抱えたスコールが、振り返り、肩をすくめた。

「飲酒解禁を迎えたら散々な目に合いそうだな。その時はお手柔らかに頼む」
「はは、今後の楽しみがまた一つ増えたな。今年の年越しだけと言わず、お前や親父さんにエルオーネと一緒に色々楽しむ機会があればいいなって思っているよ」
「……そうだな。そのためにもまずはこれを父に掛けてやらないといけないな。年始早々風邪を引かれては堪らないからな」
「確かになー」

他愛もない会話をしながらバッツはスコールと共に居間へ戻り、イビキをかいて寝ているラグナに毛布を掛けるのを手伝った。毛布が心地よいのか、益々イビキをかいて起きる気配がないラグナにエルオーネは自分も今のうちに風呂に入ってくるので好きに時間を過ごしていてくれと言って席を外した。
バッツはスコールと二人でそのまましばらく話をしていたが、ラグナのイビキがテレビから流れる歌手の歌と恐ろしいハーモニーを奏で始めたのでスコールがため息を吐き、立ち上がった。

「年明け直前までこれだとうるさすぎてかなわない。部屋に避難するぞ」
「え、親父さんほっぽって大丈夫か?」
「大丈夫だろ。毛布も暖房もあるし、姉さんも年越し前までには戻ってくるだろう。その時を見計らって戻ってくればいいさ」

ぐうぐうと眠っているラグナをスコールは一瞥すると、一応ラグナを気遣ってかテレビの音量を気持ち小さくして部屋へと戻る。その後ろ姿をバッツは慌てて追いかける。ラグナのことが気にはなったが、年越しまで残り一時間を切っているし、その間にエルオーネも戻ってくる。そして何よりもラグナのイビキがうるさいというスコールの意見に内心同意していた。
心の中でラグナに謝りつつ、バッツはスコールと共に部屋に戻った。
年越しまで時間に余裕があるわけではないのでスコールの部屋に備え付けているテレビで結局下の居間で流していた同じ番組を観て過ごすことになった。

「毎年恒例というか、これなら年越しの瞬間を逃さないもんなぁー」

有名歌手の歌を聴きながらバッツは自分の布団を敷く。もう夜も遅いのでいつでもすぐに眠れるようにするのと、自分が座るところの確保の為である。
ふかふかの敷布団の上に腰を下ろし、スコールの方を見ると番組にあまり興味がないのか携帯電話を弄っているのが見えた。二人きりになっても普段通りの様子のスコールにバッツは自分の心が乱れなくなっていることに安心しながら、スコールに声を掛けた。

「何してるんだー?」
「別に。特に目的もなくネットを見ているだけ……」
「今時の若者っぽいなぁー」
「あんたも今時の若者だろう」

心ここに在らずのスコールにバッツは苦笑すると「おれも一緒に見ていいか?」とベッドに座っているスコールの横に座った。スマートフォンの小さな画面には動画が流れており、テレビを点けている意味がないのではとバッツは心の中で突っ込みながら同じ動画を二人で眺めた。

「チョコボの動画、かわいいなー」
「あんたも自分の携帯で見ればいいだろ」
「無理。おれの携帯今だにガラケーだし、スコールのがあるだろ」
「あんたという人は……」

バッツが覗き込んできて見えづらいらしく、文句を言うスコールであったが拒絶をしないところがスコールらしい。バッツは図々しくもそれに甘えながら二人で携帯の画面をひたすら眺めていると、携帯とテレビから流れる音とは別に微かな音が外から聞こえてくる。一定のリズムで長く響くその音色は除夜の鐘であった。

「お、除夜の鐘だ」
「そのようだな。久しぶりに聞いた気がする」

鈍く、そして重い独特の鐘の音色は一年の終わりの足音のように思えてくる。
バッツは隣に座るスコールに除夜の鐘の由来をなんとなしに話始めた。

「知ってるか?除夜の鐘を撞く回数って煩悩の数らしいぞ」
「知ってる。煩悩という心の乱れからが解放された状態で新年を迎えられるようにするために鳴らすのだろう」
「お、知っていたか。けどさ、いつも思うけど本当に108回なのかな?おれ、子供の頃鳴らすのに並んだけどそれ以上の人がいたぞ」
「さぁな。そもそも人の煩悩なんてもっと多いだろ」
「あはは、なるほどなぁ。確かに煩悩って108個じゃ足りなさそうだ」

そう言い切ってからバッツはふと疑問が湧き上がる。煩悩の数は鐘の回数以上あるだろうとスコールは言っていたが、スコールもたくさんの煩悩を内側に秘めているのだろうか。
もしかして、うまく隠しているだけで自分とどうこうなりたいという欲があるのだろうかとバッツはこっそりとスコールを盗み見したが、表情から心情を読み取ることができなかった。

(ああ、くそっ!おれだけだってそんなこと考えているのは!)

脳内で自分に言い聞かせながらバッツは消え去ったと思っていた緊張感をなんとか落ち着かせる。
スコールと二人にきりになるのは今回が初めてではないし、下にはスコールの家族だっている。
自分の不埒な考えも鐘の音と共に消えてくれやしないかなとバッツは願いながら鳴り響く除夜の鐘を聞いていると、隣に座っていたスコールが唐突にバッツの肩に自身の腕を回してきた。
思いもよらぬ触れ合いにバッツは驚き、びくりと身体を大きく跳ねさせる。
これが普段の状況であったら即座にバッツもスコールの背に手を回していたであろうが、不埒な方向に思考が行きかけていたので普段ならしない勘違いをしてしまうことになった。
スコールに押し倒される。
貞操の喪失を想像してしまい、バッツは叫んだ。

「う、うわわぁっ!」
「なっ!声がでかい!」

スコールから注意と共に肩に回されていた手が今度は口元に当てられ、バッツは目を白黒させた。スコールの顔を見ると焦った表情をしており、視線を下に向けて戻した。スコールの目の動きから階下の人間の存在を思い出し、バッツは慌てて声のトーンを落とした。

「ご、ごめんよ。考え事していたから驚いちまって……」
「いや、こっちこそ悪かった。その、鐘の音を聞きながら身を寄せ合うのもいいかと……」

つまりスコールは除夜の鐘を二人そろって聞いている今の状況がロマンチックなシュチュエーションと思えなくもないので恋人らしことがしたかったのだということだとバッツは理解した。
てっきり押し倒されるのだと勘違いした数秒前の自分をぶん殴ってやりたいとバッツは頭を抱えそうになったが、なんとか堪えた。

「な、なんだーそれならそうと言えよなー」

誤魔化すかのように明るい声でバッツは無理やり笑顔を作るとスコールの肩に頭を埋めた。これなら表情も読み取られないし、スコールの要望も満たせるからであった。
バレてしまったらかなり恥ずかしい。我ながらとんでもない勘違いをしてしまったものだとバッツは内心嘆く。
スコールはただ身を寄せ会おうとしただけなのに叫んでしまい、疑ってしまった申し訳なさもあって穴があったら入りたいくらいであった。
穴に入れない代わりにバッツは背中を丸め、スコールに抱きついてるとその背中に腕が回されて抱きしめられる。

「……バッツ、その、ありがとう」
「お、おお。いいってことよ」
「すまない。よくよく考えたら除夜の鐘という煩悩を祓う鐘を聞きながらすることではなかったな」

恋人同士の触れ合いを煩悩の一種だと捉えているのかスコールの声に申し訳ない気持ちがにじみ出ている。
そんなスコールに対し、こっちはもっと凄いことを想像していたとは口が裂けても言えずバッツは「気にするなよ」と明るい声で答えながらも再び撃沈しそうになった。
以前ならスコールに対してもっと余裕を持って対応できていたはずなのに今夜はどうも上手くいかない。幼馴染で弟分として、ではなく恋人としてスコールを意識するようになったからなのだろう。

(スコールよりもおれの方が先走って色々やらかしそうだなぁ……というかそれだけ意識しているということはスコールのことがよっぽど好きで恋人としてもちゃんと見ているってことなんだよなってことにしておこう)

心の中でこっそりと片付けると、付けっ放しにしていたテレビからカウントダウンのコールが聞こえてくる。いつの間にか今年の終わりが目前に迫っていたようだ。
抱きしめあった体勢のまま、バッツはスコールと二人でテレビへと視線を移すと「ハッピーニューイヤー!」と出演者達の明るい声とクラッカーのような爆発音が鳴り響き、新年の訪れを告げていた。

「煩悩……持ち越してしまったな」

ポツリと呟くスコールに、抱擁を交わすという煩悩を除夜の鐘と共に払えなかったことを言っているのだとバッツは理解すると吹き出して笑った。

「別にいいだろ?むしろ祓われたらおれはたまったものじゃないよ」

そう言いながらバッツはスコールの額に自身の額を合わせ、視線を交わす。
確かに心の乱れはあったが解放されたいというものではない。スコールを変に意識してしまったことも、スコールとこうして触れ合っているのも愛おしく、大事に思っているからこそだ。
これが祓わなければいけない煩悩というわけではないだろうとバッツは笑うと、新年の挨拶をする。

「スコール、あけましておめでとう。今年もよろしくな」
「……あけましておめでとう、バッツ。今年もよろしく頼む」

挨拶と共に互いに唇と唇をそっと触れ合わせ、離れるとくすぐったさが込み上げてきて笑い合う。
心の中が忙しい年越しであったが、何はともあれ新しい年の始まりが良い形で迎えられて良かった。
二人で笑いあっていると、階下からラグナ声が響く。エルオーネに起こされて復活したのか、明るい声で共に新年を祝おうと誘っている。その誘いに二人きりの時間を邪魔をされたと思ったらしいスコールが一瞬眉を寄せたが、こっちも大事だろうとバッツが宥めるとしぶしぶと言った様子で了承した。
恋人同士の時間は一旦お預けで、ここからは幼馴染としての時間だ。
この時間なら先ほどよりも心を乱すようなことはないだろう。
今年は今までとはまた違った喜びや悩みなどで心を乱すようなことが色々あるかもしれないが、年の瀬の頃にはいい一年だったとスコールと言い合える一年にしていきたい。
兄貴分でもあり、恋人でもあるのだから。
バッツはこっそりと願うと、スコールの背中を押して新年を祝うために部屋を出たのであった。

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新年明けましておめでとうございます。
今年は幼馴染な二人の年越し話でした。バッツさんも先走ってしまうこともあるのではと思い、書いたものなのですが……楽しんでいただけたら幸いです。
(こんな調子だと本懐を遂げるのはまだまだ先なような気がします……はい)




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