惚気と天然

前作「放課後と脇道」と少し続いております。
単体でも読めるかとは思いますが、前作を読んでいただけるとわかりやすいかと思います。

***

金曜夜の居酒屋は平日夜に比べて賑わいが割り増しになるのは明日が休みという余裕から生み出されるものなのだろう。
活気溢れる店内の個室にてバッツは友人達に先日の擬似放課後デートの話を楽しげに話していた。温厚穏やかなセシルは優しい眼差しで、もう一人の友人クラウドはいつも通りあまり表情を変えずにその話を聞いている。

「それで普段どんな寄り道するのか聞いたらさ、本屋で書籍や文具を見るか、ファストフード店かチェーンのコーヒー屋で勉強してることが多いみたいでさ」
「そうなんだ。本屋は僕もよく行くし、兄さんが遅い日は外へ勉強しにコーヒーショップにも行くからわかるなぁ」

楽しげに話す友人の姿が見れることが嬉しいらしく、セシルはふんわりとした笑みを絶やさずにバッツの話をこまめに拾い上げる。聞き上手なセシルの存在もあってクラウドは自分が注文した酒を傾け、料理をちょこちょことつまみながら二人の話を聞く役割に落ち着いた。
話をするのが好きな友人二人のペースに無理について行く必要もないと思っているし、友人二人もクラウドが退屈をしているわけではないとわかった上で会話を楽しんでいる。
変に気をつかう必要のない二人といることは、口には出さないもののクラウドは好きであった。
今夜も話に花を咲かせる二人を眺めながら食事を進めていくのだろう。この時までクラウドはそう思っていたーー。

「けどせっかくだから二人で楽しめることもしたいだろ?だからゲーセンかカラオケかって話になってゲーセンに行くことにしたんだ」

そう言いながらバッツはごそごそとカバンの中を探り、中から一冊の文庫本を取り出してきた。それがゲーセンと何の関係があるのだろうかとクラウドはセシルと共に首を傾げたがすぐにその訳を知ることになる。開かれた文庫本にゲーセンで撮ったのであろうプリクラシートが挟まっていたのであった。

「プリクラかい?」
「おう。せっかくだから一緒に撮ろうって頼んでさ。普通のカメラとはまた違う趣があっていいよなぁ」
「今の時代はスマフォのカメラを使うのじゃないか?」
「そうなのか?おれ、今だにガラケーだからわからないや」
「……あんたはそうだったな」
「ふふ。バッツらしいね。それ、よく見せてもらってもいい?」
「どうぞどうぞ」

他愛もない会話を繰り広げバッツはセシルにシートを差し出す。それを受け取ったセシルはクラウドと一緒にシートを覗き込む。そこにはバッツが言った通り、制服姿のバッツと同じ制服を着た一人の少年が一緒になって写っていた。流石に女性ばかりで撮ったもののような華やかさはないものの、日付やキャラクターなどのスタンプが乱雑に押されており微笑ましさを感じる仕上がりであった。

「……スタンプやライト以外の加工はしていないんだな」
「おれは目が大きくなるやつとか面白いと思ったんだけどスコールが気持ち悪いから嫌だって言ってさ。あまり変わり映えしないけどよく撮れてるだろ?」
「うん。バッツの笑顔、とてもいいと思うよ。隣に写ってるのがスコール君なんだね?とても綺麗な顔立ちをしている子だね」
「だろー」

セシルの感想にバッツは満面の笑みである。自身の笑顔かそれとも恋人の容姿を褒められたことなのか、あるいはその両方が嬉しいのか。なんにせよいつも以上に上機嫌であるようにクラウドには見えていた。
つい先日幼馴染との関係と想いの方向がわからないと悩んでいた姿を見せていた人間とは別人のようであると内心呆れながらクラウドはプリクラを再度眺める。
満面の笑みの友人の横に写っている少年は端正な顔立ちと少年らしからぬ雰囲気をしているというのがクラウドの感想であった。バッツが高校生だと言わなければ、人によってはバッツと同じかあるいはそれより上だと思われるかもしれないくらい顔立ちも雰囲気も大人びていた。もっとも、バッツに迫ったという話から中身は年齢相応に不安定な部分があるのかもしれないが。

「スコールとやらは随分見た目が大人っぽいな。子供らしい衝動を見せるような奴とは思えないぞ」
「見た目は確かに大人っぽいけどちゃんと中身は可愛い高校生だぞ?けど小学校までは外見も可愛い感じだったんだよなぁ。小さい頃はそれこそ女の子に間違えられるくらい可愛くて、おれの後ろに隠れてばっかりの弱々しい感じの子供だったのが中学くらいから急に抜けてきてさ。今ではこんな男前になっちまうなんて驚きだ」
「……はぁ」

幼馴染の変化に対してバッツは何も考えていないようであるが、クラウドはスコールがバッツを意識して大人びた風になったのではと予想する。
先日の話から恋心を先に自覚していたのはスコールの方であり、バッツ視点の話ではあったが恋愛についてあまり考えない想い人の姿を見て長年やきもきしていたのかもしれないということが安易に想像することができた。そのやきもきが決壊し、バッツの気持ちを確かめる前に迫ったという事態になったのではないのだろうか?
クラウドはセシルの方に視線をそっと向けると、カチリと目があう。セシルは穏やかな笑みの中にも苦笑の色を若干滲ませており、クラウドは自分と同じようなことを考えているのだろうと察した。

「きっとスコール君は前からバッツのことを想っていたんだろうね?だから少しでも早く追いつきたくて大人っぽくなったのではないかな?」

セシルからそう漏らす始末であった。それに対して「そうかな?」と照れるバッツ。頬をほんのり桃色に染め、目元も口元も締まりのない笑みを浮かべるバッツの有様にクラウドは微笑ましいを通り越して少々苛立たしく感じた。
中学高校生でもないのにモダモダと悩み、セシルとお膳立てをしなければ自分の気持ちにも気がつかなかった癖にと心の中で毒を吐く。数日後には惚気とも捉えられる話をし、その相手が想像していた以上に美形であったことが更に苛立ちを掻き立てた。所謂「リア充爆発しろ」である。

「……これでバッツは今生の恋愛運を全て使い切ったみたいだな」
「はぁ?いきなりなんだよ!」

クラウドがぼそりと呟いた悪態にバッツがすかさず反応する。
それに対してクラウドは何事もなかったかのように自分の分のビアジョッキを傾け、飲み干すと部屋に備え付けられる注文パネルを手にとって操作し、ビールを追加する。ついでにデザートの欄も開き、今日のシメを何にするかを品定めしておく。もちろん自分とセシルの分のデザートを今日もバッツの奢りにしてもらうつもりであった。
これだけの美形と付き合う立役者となったのならこれくらいしてくれて当然であろうという考えである。画面を眺めながらクラウドはバッツに更に追い打ちをかける。

「スコールとやらと両想いになったことは友人として喜ばしいと思っている。ただ、これだけの美形なら他にも選び放題だっただろうになぜわざわざこれを選んだのだと思っただけだ。バラム高の制服を着ているくらいだから将来有望株だろうに……好みとはわからないものだな」
「これ呼ばわりかよ……ひどいなぁ。そんなに釣り合わないか?おれ?」

がっくりと肩を落とすバッツにクラウドは画面から目をそらすことなく話を続ける。

「あと気になったことがある。制服で出かけたそうだがまさかそのまま怪しげなところに連れ込んではいないだろうな?」

とどのつまりバッツはそういう性的嗜好を持っていて、欲求を満たすために揃って制服に着替えたのではないのか?とクラウドは暗に問うているのである。
クラウドの問いかけにバッツは最初何を言われているのか理解できずに眉を顰めたが、見る見るうちに顔が赤くなっていく。質問を理解したらしいバッツにクラウドはタイミングを見計らい自分の耳をさっと両手で塞ぐと個室にバッツの怒号が響いた。

「ーーっっ、んなことするわけないだろ!」

閉じていた個室の扉が震えるくらいの声に隣の部屋で盛り上がっていた客の声が一瞬ピタリと止む。クラウドとバッツが話をしている間、少し小腹を満たそうとしていたセシルも大皿から料理を取ろうとしていた体制で固まって二人を凝視していた。
店内とセシルの様子にしまったと思ったのかバッツが口元を押さえ、黙り込む。
しん……と静まり返る店内であったがおずおずと一人、また一人と会話が再開され、喧騒が戻っていく。会話がヒートアップして声が大きくなっただけだろうと思われたのだろう。
バッツが安心してほーっと息を吐いたところで控えめに扉が叩かれ、店員が顔を覗かせてきた。バッツの声の大きさに何事かと聞きにやって来たのだろう。
クラウドが「ふざけていただけです」とすかさず返して店員の顔を見ると、先日バッツが図られてセシルを押し返した時にやって来た店員と同じ店員であった。
店員はさっとお騒がせ三人の顔を確認すると「またか」と言いたげな表情を浮かべつつ「他のお客さんのご迷惑になるようなことはお控えください」と返して引っ込んでいった。
しばらくこの店は三人で使えないなとクラウドが応対から戻ってくると今だに赤い顔をしたバッツが睨みつけてきた。

「お前、おれをなんだと……」
「季節外れの春が来て浮かれすぎてやしないかと心配になっただけだ。制服姿の幼気な少年を毒牙にかけていないようで安心した。気分が大きくなってやらかしてバッツがとっ捕まらないよう祈っておくとしよう」
「そんなわけないだろ!この格好で買い食いしてゲーセンで遊んだだけだよ!」

今度は幾分ボリュームを押さえてバッツが喚く。
普段温厚な人間ほど怒ると怖い。その一言が似合いそうなくらいバッツは眉を釣り上げていた。その顔はまるで般若面のようだとクラウドが脳内で独り言を言っていると、セシルが「まあまあ」と間に入ってきた。
穏やかな気性のセシルはじゃれあい程度の騒ぎであれば止めることはないが、沢山の客がいる店内で、店員が注意しにやってきたことを気にしたのだろう。眉尻を少し下げ、穏やかにバッツを宥める。

「スコール君、格好いいしバッツがあまりにも嬉しそうだったからクラウドもからかいたくなったんだよ。けど、限度はあると思うよ?クラウド?」

そう言いながらセシルはちらりとクラウドへと視線を向けてくる。穏やかな空気を纏っているものの、咎めるような視線であった。
クラウドは謝罪の代わりに肩をすくめるとセシルはふっと目を細める。もしかしたら怒らせると一番怖いのはセシルかもしれないなとクラウドは脳内で独り言をつぶやくとパネルへと視線を戻した。クラウドが黙るや否やバッツがセシルに泣きつく声が聞こえてくる。

「おれ、浮かれすぎてるのかな?」
「浮かれていると言うよりも、僕はバッツがスコール君と想いを通わせられてとても嬉しそうだなぁと思ったよ。本当に彼のことが好きなんだなって。そこは僕も我がことのように嬉しく思っているよ。けどね、僕も少し気になっていたんだ。スコール君はまだ十七歳なんだし、彼のことが大事ならあと三年は我慢しなといけないよ?」

その一言にクラウドはパネルから顔を上げる。
穏やかな物腰のセシルにしては珍しく、パシリとした声を出したことが意外であった。
セシルはやんわりと注意をすることはあれど意思決定は本人に任せることがほとんどで強く出ることはない。セシル本人曰く「明らかに止めなければいけないことを除いては本人が決めることであるから」であった。今回のバッツのことにしても恋人との関係を結ぶことについては片方がまだ高校生であるものの当人達の問題として片付けるとばかり思っていた。だからクラウドもそのことをネタにバッツをからかい、怒らせてしまったのではあるが。

「せ、セシルまでそういうこと言うか……。スコールもそんなこと考えていたりすんのかなぁ」

クラウドの時とは違い、しょげた様子のバッツ。
確かにセシルに真面目に諭されたらなんとなくやってはいけないことをやってしまったと落ち込みたくはなるなとクラウドは思った。最後の方はすくい上げるとなんとなくめんどくさいことになりそうなので無視をしておくが。

「あんたもそんな風に注意をすることがあるのだな」

セシルの凜然とした態度にクラウドは無意識にポツリと呟く。その一言にセシルは「当然さ」と肩をすくめた。

「そりゃあね。流石に未成年に飲酒はいけないからね」
「……へ?」
「……は?」
「……あれ?そう言う話ではなかったの?」

唖然とするバッツとクラウドの顔を見比べセシルは小首を傾げる。
たっぷり数秒後、セシルの勘違いに対して勘違いをしてしまったと気づいたバッツは再び顔を赤くしてテーブルに突っ伏し、クラウドは内心頭を抱えた。

(セシルはセシルで過保護な兄に育てられた純粋培養の坊ちゃんだったことを忘れていた……)

バッツに未成年に手を出すなと言っているのだとばかり思っていたが、どうやらセシルは先ほどの話を飲酒の話だと勘違いしていたらしい。クラウドは淫行条例のことをぼかして話していたつもりではあったのだがぼかしてしまったが故に伝わっていなかったのだろう。

(バッツもバッツだがセシルはセシルで地雷になることもあるのだな……)

先日の己の感情に気づかないバッツといい、夜の方には疎いらしいセシルもなかなかのものである。こいつら本当に成人済みの健全な肉体を持った男なのだろうかとクラウドは脱力する。
今だにテーブルに突っ伏しているバッツに何も気付いていないセシルが心配そうに話しかけている。その姿を眺めながらクラウドは心のメモに一つ注意事項を書き加える。

バッツもセシルもいい奴であるが二人とも色恋に関しての話題では地雷となりうる可能性がある。

もしこの先クラウド自身が恋や愛に悩むことがあってもこの二人に安易に話をふるのは控えよう。
そう心に決めたのであった。


***
大学生3人のガチャついた一幕でした。
クラウドはクラウドで癖のある性格をしていると思うのですが、この二人が絡むとまだ普通の感覚の持ち主なのでは?とか思っております(常識人であるかどうかはまた別かなと……)


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