放課後と脇道

ある日の週末のことである。
学校から帰宅したスコールがいつもの様に制服姿から部屋着に着替え終えた時のことであった。自室の窓をこんこんと叩く音に気づき、窓の鍵を解除するとスコールが開けることもなく窓が勝手に開く。

「よ、お疲れさん!」
「何の用だ」

窓が開いたとと同時に満面の笑みを浮かべているバッツの姿にスコールは小さくため息を吐いた。
互いの自室の窓と窓が手を伸ばせば届く距離であるが故にバッツはスコールに用がある時は電話を使うことも、わざわざ外に出てインターホンを使うことをせず直接窓を叩いてくる。この距離感のおかしい幼馴染の行動にスコールは毎度注意するのも馬鹿らしいのでため息でその気持ちを表しているのだがそれに気づいていたらそもそもこのような行動をしていない。
入ってもいいかと聞くバッツにスコールが無言で身を引くとするりと軽い身のこなしで部屋へと入ってきた。

「いきなり悪いなー。暇だし、スコールが帰ってきた気配がしたからちょっくら話でもしようと思ってさ」
「こっちの都合は無視か……別にいいが」

お馴染みとなったバッツの思いつきの行動にスコールは慣れものでため息を吐きながらも了承する。まだそれほど遅いわけではないし、もし遅くなったとしても明日は休日だし特に断る理由はない。今日は世間話に花を咲かせることになるのか、それとも映画や動画鑑賞か。どちらにしても飲み物くらいは準備した方がいいだろうとスコールは腰を上げた。

「下から何か取ってくる。飲み物と買い置きしている菓子くらいになるが」
「突然押しかけたのにありがとうな。おれはなんでもいいぞ!」
「わかった。じゃあ適当に見繕ってくるぞ」
「おう!」

笑顔で礼を言うバッツにスコールは肩をすくめて部屋を出て行く。スコールがいなくなった部屋に一人になったバッツは何もすることがなく大人しく座り込んだ。最近はスコールがバッツの部屋に行き来することが多かったのでスコールの自室は久しぶりだった。

(相変わらず綺麗に片付けてんなぁ)

バッツの様に荷物の少なさから部屋が片付いていると言うわけではなく、スコールの部屋はあるべき場所に物が収まっている様な綺麗さである。デスク上は勿論棚には出版社や作者別に本が綺麗に片付けられているし、脱ぎ散らかしもなければ洗濯が終わった衣類もクローゼットに収納されているのか見当たらない。唯一出ているのは普段よく着る制服くらいなもので上着とパンツが部屋の入り口すぐ近くの上着かけに掛けられていた。

(スコールの高校の制服だ)

スコールが通っている高校はバッツが通っていた高校と違うので制服のデザインが異なる。濃紺のブレザーにグレーのスラックスのそれはよくあるデザインではあるが、スコールによく似合っていた。
バッツは立ち上がると制服にそっと触れてみる。年齢は三歳差であるがバッツとスコールに体格差はほとんどない。上着を手に取り、羽織ってみるとほんの少し大きいくらいで部屋にある姿見で確認してみると違和感はなかった。

(へぇー我ながら似合うなぁ)

バッツは鏡に映る自分自身の姿に笑いそうになった。大学生ではあるがこうして制服を羽織ってみると本当に高校生の様である。三年くらいの年齢差はあれど成長期が終わりに差し掛かっている20歳と17歳では見た目ではそれほど違いはない様に見える。
面白くなってきたバッツはすぐさま穿いていたジーンズを脱ぎ、制服のスラックスを穿こうとした時であった。

「待たせた」

タイミングが良いのか悪いのか飲み物と菓子鉢が乗ったトレーを持ったスコールが部屋に入ってきたのだ。バッツは上はブレザー、下はトランクス、手にはスラックスという珍妙な姿で固まると、バッツと同様トレーを持ったまま固まったスコールと目だけあった。

「ーーっっ!何してるんだあんた!」

数秒の沈黙の後にスコールの落雷がバッツの鼓膜を破る勢いで響いたのは言うまでもなかった。




「で、あんな姿でいたのか……」
「いやー上着着ていたらあまりにも似合うからついつい調子に乗っちまったよ」

上はブレザー下はトランクス姿のバッツからなぜ制服を勝手に着用していたのかという理由を聞いたスコールは大きく脱力をした。
あの後、高速で部屋の扉と鍵を閉めたスコールはトレーをローテーブルに置き、バッツに何故勝手に制服を着ているのかと詰め寄ってきたのだ。途中、階下の部屋にいたらしいスコールの父親が突然の怒鳴りに驚いて何事かと慌ててやってきたのだがそこは鍵が掛かっていたので部屋の中にまでは入ってくることはなかった。ドア越しのまま適当に嘘をついて追い返すスコールに「そこまでしなくても」とバッツはスコールに言ったが、今の姿が制服とトランクスなので見られてもいいのかとスコールが返すとピタリと黙ったのであった。

(部屋に鍵があってよかった……)

なんとか父親を下げることができ、ほっと息を吐くスコールであったが一難去ってまた一難。バッツはスコールの父親が部屋から離れると知るや否や、先ほど怒鳴られたにもにかかわらず「スラックスも貸してくれ」とマイペースに言ってきた。バッツに断っても喰い下がってくるであろうことは長年の付き合いでわかりきったことである。加えて二人であまり煩くしていると再び父親がやって来るかもしれない。そうスコールは考えるとこれ以上心労を重ねたくはないと渋々と了承するしかなかったのである。
鼻歌交じりにでスラックスを穿き、中のティーシャツ以外は制服姿になったバッツは自分の姿を確認すると満足げに微笑んだ。

「やっぱり似合うなぁ。おれ」

その一言にスコールはさらに脱力しそうになる。バッツは幼馴染であり恋人である。付き合っている相手に自分の衣服を着てもらうというシュチュエーションは人によっては鼓動高鳴るものであるとスコールは聞いていたが制服姿のバッツは違和感の無さゆえにあまり心が乱されなかった。本人が「似合う」というくらい似合い過ぎていることに加えて、バッツ本人がいつも通りの調子なのでそういった気にならないのもあるのかもしれないとスコールは内心ため息を吐いた。

「……本当にうちの生徒みたいだな」

ボソリと感想を漏らすスコールにバッツは「そうだろうそうだろう」とばかりにウンウンと頷く。

「へへー!スコール!放課後どっか寄り道しようぜ!……こんなセリフ一度でいいから言ってみたいよなぁ」

制服姿のバッツに言われてしまうと確かに友人の寄り道の誘いに聞こえなくもない。だが、そんなことをしなくても今の時代携帯電話があればいくらでも連絡が取れるだろうし、そもそもアポなしでやってくることも多いので本当にやりたいことなのかとスコールは首を傾げた。

「別に出かけるくらい今まで沢山してきただろう……」
「出かけるのはそうだけど寄り道はそうそうできないだろー?おれの大学、スコールの高校とは逆方向だしさ。それにそっちは部活に塾やら色々あって放課後も忙しいし、あらかじめ約束してとかじゃなくてパッと姿見つけてさっと聞いて、よし行こう!てのがしたいの!同じ制服着てさー」
「そんなものなのか?」
「そんなものだ。おれとスコールってちょうど3歳差だから小学校までしか一緒じゃなかったし、学年違うから行きはともかく帰る時間は別々だっただろ?こういうの憧れちゃうんだよ」
「……そうか」

バッツがこの様に考えていたとは意外であるとスコールは目を少し見開いた。自分ばかりが年の差のことを気にしていて、バッツはそんなことなくいつも兄貴風を吹かせばかりだった。それは付き合ってからもあまり変わらず、どこか出かける時はいつもバッツが率先して取り付けてくることがほとんどで好きな時に好きなことを何も気にせずにする人間であるとばかり思っていたのである。

「あんたも少しは年齢差を気にしているところがあったのだな」
「そりゃあるさ。おれが知っているのは幼馴染のスコールだけど高校生活を送るスコールを見る機会なんてほぼないだろ」
「それもそうだな」

不満げな様子で話すバッツにスコールは顎に手を当て、しばし考えると立ち上がり、クローゼットの中を開く。掛かっている上着やパンツ類の中から今バッツが着ている制服と同じものをもう一組取りだすと部屋着を脱ぎ始めた。突然の恋人の行動にバッツは目を丸くする。

「おいおい。どうしたんだ?」
「俺も着替える。夜だから行けるところは限られているが出かけるぞ」
「へ?」

シャツとスラックスに着替え、ネクタイを巻く。これで上着を着れば通学スタイルの完成である。

「いいのか?確かに憧れだって言ったけどさ」

スコールが帰ってくつろいでいたところをまた制服に着替えさせてしまってもいいものかと思ったらしい。眉を少し下げ、申し訳なさそうな表情を浮かべるバッツにスコールは普段突然窓を叩いて暇つぶしをしようと誘ってくる方がよっぽどだろうと呆れる。

「別に。普段突然やってくることに比べたら軽い。あんたの制服はコスプレの様なものだがそれだけ似合っていれば周りにはバレないだろう」
「色々ひっかかるけど、似合っているってところは素直に受け取っておくよ」

素直に誘いに乗ることに決めたらしく、バッツはニッと歯を見せて笑った。スコールはもう一枚シャツを取りだすと、「それを着るとほぼ完璧だろう」とバッツに向かって投げて寄越した。バッツはそれを受け取るとすぐさま着替える。

「準備よしっと!で、どこ行くんだ?」
「そうだな……とりあえず駅近のチェーンのファーストフードでいいか?そこなら遅くまで開いているしな」
「いいねー!制服で飲みがないところがより高校生っぽい!」

制服を着て、グッと親指を立てて同意するバッツの姿は見る限りは本当に高校生の様に見える。ご機嫌な様子の恋人の姿にスコールは苦笑をすると、「さっさと出かけるぞ」と促した。

「流石に靴は履き慣れたものの方がいいだろうからあんたは一旦家に戻れ。5分後玄関前で待ち合わせでいいか」
「おう。おれも財布と携帯くらいは持って行った方がいいだろうからな」
「了解」

バッツは早速とばかりに自分が脱いだ服を回収し、自室へと戻るために窓の縁に足をかける。数分後また会うとはいえ見送りくらいはするかとスコールが視線を向けたままにしていると、突然バッツが振り返り、笑顔を向けてきた。

「なぁ、これって放課後デートってやつになるのかな?私服もいいけど制服で出かけるのもちょっとドキドキするよな!」

それだけ言うとさっと自室に戻ってしまう。バッツが言った言葉の意味を理解するのに数秒後、スコールは口元に手を当て、自分の頬が熱くなっていくのを感じる。

(最後の最後でその言い方は卑怯だろう……)

晴れて恋人同士になったとはいえ、まだまだ幼馴染である部分が大きいと思っていたところに、恋人という関係を意識させることを言ってくるとは思わなかった。
ぐんぐんと熱くなる頬をスコールは自分の両手でパシパシと叩き、心を落ち着ける。こんなところで撃沈するわけにはいかない。数分後はバッツとの『放課後デート』に出かけるのだから。
スコールは着慣れたブレザーのポケットに財布と携帯を突っ込むと「よし」と小さく気合を入れて部屋を出たのだった。


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思いつきガサガサ書き更新。こんなこともあったりなかったり


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