拍手お礼ログ4

■ 拍手お礼 ミニ小説



仄かに磯の香りがする。潮風が頬を撫で、少し重く、暖かな空気に身体が包まれているような感覚がする。
バッツは閉じていた瞳を開くと、目の前に大きく広がる海が見えた。ほんの少しだけ足を動かしてみると、砂浜のさくりとした感触が履いているブーツ越しから伝わってくる。
一体ここはどこなのだろう?
辺りを見回しここが何処なのかを確かめようとすると、少し離れたところに石造りの大きな家が見えた。
一度も、いや一度だけこの場所にきたことがある。ここはジタンと、小さくなる前のスコールと任務中に辿り着いた場所だ。歪みが閉じそうになった為すぐに撤退したからあの時以降ここにくる事はなかったが何故、こんな所で一人立っているのだろう。
状況が飲み込めず、バッツは眉をひそめていると、突然人の気配がし、そちらの方へと視線をすぐさま移した。
視線の先には久方ぶりに見た、青年の姿がそこにあった。

「スコール……!」

思わず声に出して名を呼んだがスコールは名を呼ぶ声が聞こえていないのかバッツの方を見向きもしない。彼の視線の先は海でも石造りの家でもなく、敷地の外の方へと向けられている。
やがてスコールは視線の先へと向かうのか足を踏み出し、歩いて行く。少しずつ離れていくスコールに何となくではあるが彼を引き止めた方が良いような気がしてバッツはスコールの元へと向かおうとしたが距離が縮まらない。それどころか少しずつ開いていく。
早歩きから走って追いかけたが変わらない。どんどん小さくなるスコールの背を追いかけていくと、いつの間にか砂浜も海も石造りの家も消えていて、暗い闇が広がっていた。

「スコール!待て、待てよ!」

大きな声で怒鳴っても見向きもせずにただ前へと進むスコール。その姿は青年からいつの間にか最近見慣れてきた小さな幼子になっていた。



「っ!スコール!」

開いているはずの瞳が開かれる。
暗闇だったはずの景色が一転して薄暗い部屋となったことにバッツは一瞬混乱したが、すぐに先ほどの光景は夢であったことを理解した。ほっと息を吐くと、緊張していた身体がほぐれていき、安堵する。横たわっている身体から寝台の柔らかさと寝汗で少し湿ったシーツの感触、そして小さな寝息が聞こえてくる。
視線を向けると手足を丸めて眠っている幼子が一人。夢の中で追いかけようとした少年が側にいることを実感し、またひとつ安堵の息を吐いた。

「……スコール」

名を呟くが起きることはない。すうすうと規則正しい寝息から少なくとも悪い夢を見ているようではなさそうだとバッツは目を細めると起こさないように静かにスコールの方へと寝返りを打った。ちょうど向かい合わせになり、眠っているスコールの顔が暗がりの中でも見える。口元はゆるく弧を描いており、穏やかな表情だった。恐怖や不安もない、安心しきった表情で眠っている。
夢の中の、どこかへ向かおうとするスコールは何となく思いつめていたように見えた。現実のスコールと夢の中のスコールの食い違いに何故あんな夢を見てしまったのだろうかと疑問に思う。
夢は無意識からのメッセージであるという説があるが、自分でも気がつかない無意識のうちにスコールの変化に関する何かを感じ取ってそれを夢を通じて伝えようとしているのだろうか。
悶々としそうになっていると不意にスコールの手が伸び、バッツの寝間着を掴む。起こしてしまったかと思ったが瞳は閉じられたままだった。どうやら眠ったまま無意識にやったことらしい。掴んで離そうとしない。その様子に微笑ましさを感じたが、夢の中のスコールは自分に見向きもしなかったことを思い出し、腹のあたりに重い何かが落ち込んだような感覚を覚えた。

旅人生活の長さ故、どこでもすぐに眠ることができたはずなのに、バッツはその夜眠ることができなかった。



翌朝、寝不足の腫れぼったい目でバッツはスコールと身支度を整え、朝食の準備を手伝おうと早めに食堂へ向かった。しかしそこで朝食当番であり変化に敏感なジタンと出くわし、即座に目が充血していると指摘されてしまう。

「そんな目をしているということは夜更かしでもしたのか?朝食の手伝いはいいから座っていろ。元々当番じゃないのならスコールと一緒に座って休んでいろよ」

そう言われてしまい、半ば強引に席に通された。
言われるがまま大人しく席に座らされたバッツに今度はその隣に座ったスコールが「おにいちゃんどうしたの?」と小首を傾げて心配してきた。こんな小さい子にまで心配されるほど酷い顔をしているのだろうかとバッツは曖昧に笑うと「大丈夫だよ」と頭を撫でてやる。さらさらした髪が心地がよかった。
あまり食欲はなかったが出された朝食を何とか平らげ、片付けくらいはしようと全員分の食器を洗い桶に運んでいると、使ったらしい調理器具を水を張った桶につけ込んでいるフリオニールと鉢合わせた。後片付け担当らしい彼は穏やかな笑顔とともに片付けの礼をバッツに言い、二人並んで洗い物に取り掛かることになった。

「今朝は品数が多いからその分洗い物も多いんだ。手伝ってくれて助かる」
「はは。今朝は早く来たのに準備の手伝いをしなかったからこのくらいはな」

洗剤を汚れを落とすためのスポンジに染み込ませて皿を洗いながらバッツは答える。するとフリオニールは少し躊躇うようなそぶりをした後に、おずおずとした様子で「何かあったのか?」と聞いてきた。ジタンとのやり取りを見てたのだとバッツは察する。

「ジタンとのこと、見ていたのか?」
「偶然俺も今朝は早く来ていたんだ。バッツが寝不足なんて珍しいからさ。この世界に来た時は何人か環境が変わったことで眠れないって言ってきたけど……ここでの生活も軌道に乗ってきたら自然と減っただろう?それなのにその、何かあるのなら俺は勿論みんなで話を聞くからさ。あ、今は言いにくいとか心の準備が必要だとかなら無理には……」

もごもごと言い淀むフリオニールにバッツはふっと笑みを零す。ジタンといい、スコールといい、ここの連中は自分のことのように、時にはそれ以上に他者を心配するような奴らばかりだと笑う。ほんの僅かな変化を見逃すことなく気遣いや心配を向けられることがここに来てから本当に多くなった。一人が長かったためまだ少しくすぐったいような、心配させたことが申し訳ないような、そんな気持ちになる。

「……ここにいる奴らは心が優しいやつばかりだな」

ポツリと心情を漏らすバッツにフリオニールは困ったような笑みを浮かべてきた。どうやらフリオニールもそう思っているのだろう。一人で抱え込むことで他の誰かを心配させるのなら時にはそれを吐露することも必要なのかもしれない。そう思うようになったのもここにいるからなのだろう。自分の荷物を誰かに手伝ってもらうことへの抵抗がないわけではないが、そうしてもいいのかもしれないと思わせてくれるのはフリオニール並びに仲間達の人柄故だ。

「へへ。じゃあ甘えさせてもらっていいかな?」
「ああ。俺でよければ勿論。一人で悩む必要はないさ」

快活に笑う彼にバッツはそれじゃあ遠慮なくと今朝方見た夢の話をする。話が進むにつれてフリオニールは困惑したような表情を浮かべ、話終わると「何と言ったらいいのか……」と小さく零した。夢を見たバッツ自身もよくわからない状況であったと思っているのに、聞く方であるのなら尚更だろう。ただの夢だろうと言えばそれで終わる話であるのにそう片付けないところがフリオニールらしい。

「いや、そんな何か言って欲しくて話したわけじゃないから気にすんな。何となく、もやもやしちまってさ。誰かにいうことで少しでも軽くなればいいなーって思っただけなんだよ」
「まぁ、そんな時もあるのはわかるが……バッツがそう零すのは珍しいから、な」

だからこそ少しでも心が晴れるようなことを言いたかった。フリオニールの気遣いを察し、バッツは「話に付き合ってくれてありがとうな」と礼を言う。それに対してフリオニールは本当に聞くだけになってしまってすまないと謝りつつも、「あくまで希望的観測ではあるが……」と話を続けた。

「その、夢というのは物事の転機とみることもあるから……もしかしたらスコールのことで近いうちに何か動くのかもしれないとみてはどうだろうか?」
「と、いうと?」
「ほら、歴史上の偉人は大きな転機の直前に見た夢が予知夢になったり、その時の内容で行動を決めたり問題解決の糸口を発見した者もいるというじゃないか」
「はは。そんな大それたものじゃないとは思うけどなぁ」
「けど、そう思うと不安を生むだけのものではないと思うかもしれないだろう?」
「まぁな。要は捉えようってことか」

洗い物を終わらせ、手拭きで濡れた手を拭いながら、バッツはなるほどと頷く。
抱えている問題に対する転機の根拠とは言えないかもしれないが、それを希望的観測と捉えるかそうでないかでは違ってみえてくる。スコールが遠ざかって行くことへ不安を感じたものの、久方ぶりに見た元の青年の姿から近いうちに戻るような出来事があるという予知夢のようなものと思えば感じるものはまた違う。無理やりな気もするがとバッツは苦笑するとフリオニールの気遣いに礼を言った。

「ありがとな。励ましてくれて」
「励ましになったのならよかったよ。まぁ現実的とは言えないと何人かに突っ込まれそうだけどな」
「いんや。希望と思うと気の持ちようが違ってくると思うよ」

話してよかったと笑うバッツにフリオニールもつられて笑う。ちょうど片付けも終わったので食堂で食後の茶でも飲みながら少し休もうと話しているとセシルがやってきた。

「バッツ、今いいかい?」

名を呼ばれ、バッツが視線を移す。セシルの手にはバッツが元いた世界でも見たことがあるアイテムが、離れた場所でも連絡を取り合うことができる”ひそひ草”が握られていた。

「兄さんから連絡があったんだ。魔女アルティミシアに話をつけてくれたらしい」

セシルの言葉にバッツは思わずフリオニールと顔を見合わせる。偶然とは言え本当に転機がすぐにやってくるとは……お互い相手がそう思っているのだと察し、二人は数秒の沈黙の後に口元を歪ませ、耐えきれず声に出して笑った。

「ま、まさかこんなに早くやってくるなんて思わなかったぞ!」
「俺も言っていてなんだが良いタイミングだ」

笑う二人にセシルは状況がわからず小首を傾げている。せっかく知らせに来てくれたのに訳がわからず蚊帳の外はいけないだろうと、バッツは笑いを堪えてセシルに先ほどの話を話始めたのだった。


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85連載と言いつつ本連載はつくづく85らしくないですね;;
最後の方はシリアスな空気の中にもこんな場面があっても良いのかなという……。
連絡を取り合えるアイテム”ひそひ草”は、セシルとゴルベーザは今回の件に限りということで、時間と場所(拠点から少し離れた場所)など限定して使っている設定だったりしますはい。(ひそひ草のセキリティリスクはどんなものなんでしょうね……)



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