それぞれのトロイメライ

※本編終了後再開した85のお話です。
※書き手によるFF5の世界の想像が強く出ています。
※オリジナルのキャラクターや建物などが出てきておりますので苦手な方はご注意ください。


スコールがバッツがいる世界に来てから数ヶ月が経過した頃、村を代表して少し離れた街への買い出しへ行くことになった。
リックスの村の中でも生活に不自由なく暮らせてはいるものの、村の中で調達するのが難しいものは行商人に頼るか自ら外へと足を運ばなければならないとバッツはスコールに説明した。

「まぁ今回はこの世界を知るいい勉強になるだろな。春が来たら旅に出るのだからその予行演習にもなる。この世界での移動手段に地域や街の情報。宿の選び方に物の売り買いやその際の交渉の仕方とか色々知る必要があるけど……ゆっくりやっていこうぜ!」

村の中で借りてきたチョコボのソリを引きながら話すバッツに後ろに座っているスコールは軽く頷いて返す。
雪道であるにもかかわらずチョコボは力強い足取りで目的地へと向かう。その速さに感心するスコールであったがバッツ曰く、相棒もそれに負けないくらい速いらしい。そんな雑談を時折交えながら半日以上かけてリックスの村から一番近い街へ歩いて到着するとバッツはチョコボを街の預かり所へ預け、早速今夜の宿を決めようと休むことなく足を進めた。

バッツ曰くチョコボさえいれば朝早くに村を出て街についたら買い物をしてすぐにその足で帰れなくもないらしい。しかし、日が落ちるのが早い時期の上に夜間の移動は昼間以上に危険を伴う。この世界に来てまだ数ヶ月のスコールには一日とはいえ街での滞在はいい機会にもなるだろうということで今日は宿泊を前提とした外出であった。
確かに村の中では文字を学び、買い物の仕方や物の相場はわかってきたがあくまでリックスで送る日常においての必要な知識であり、知人もいない見知らぬ土地から土地への旅となれば話は別である。バッツの移動手段は主に徒歩であると聞いたので向かう土地によって危険な場所や道の情報を知ったり、手前の街などで収集する必要がある。移動以外にも滞在する街や村で泊まる宿を探し出し、村の中では特に苦労することがなかった仕事探しとその報酬の交渉や物の売り買いの値段の見極めなどもしなければいけない場面も今後あるだろう。

「今日は宿を決めたらその後買い出しと食事な。んで泊まって明日の午前中に買いきれなかった分の買い出しをして村に帰る。その予定だけど質問は?」
「そうだな……先ずは宿の選び方だな。俺の世界では知らない土地でも宿泊先を事前に且つ簡単に利用した者の情報を収集して予約を取ることができたが、この世界ではそうはいかないからな」
「へぇ。スコールの世界は随分と便利な世界だな。まぁこの街で泊まる場合の情報からいくか」

バッツはそう言うと街の玄関口に通じている大きな通りから道一本外れた通りに出る。
大通りに比べると賑わいは大人しいが古くから続いていそうな商店や食堂、宿などが立ち並んでいた。

「この街ならこの通りの宿がいい。大通りに比べると見劣るけどその分安いし、最低限の設備を清潔に備えているところがほとんどだ。もう少し奥の通りに行けば更に安い宿があるけど……正直部屋が良くないし、利用している客層もちょっとな。安全を買うという意味でもこの通りか一本奥までの宿にしておいたほうがいいだな」

時折指を指しをながらバッツはこの辺りの情報をスコールに伝えた。
バッツの言う通り、商店などが立ち並んでいる大通りに比べて人の通りは少ないが、皆身なりを小綺麗にしており、中には子供を連れて歩いている大人も見かける。それだけこの辺は安全だと言うこのなのだろうと納得した。

「わかった。……一応聞くがどんなトラブルがあったんだ?」
「んー別の街だけど泊まった宿の部屋の鍵が壊れていて寝込みを襲われかけたことがあったな。返り討ちにしたから大事にならなかったけど……多分金品目的だろうな。男でも若くて見目がよかったら体の方も狙われるって聞くからスコールも気をつけ……」
「もういい」

興味本位で軽く聞いた内容にスコールは眉を顰めた。
バッツは大丈夫だったと言っていたが、一歩間違えれば金品を奪われ大怪我をしかねない状況になりそうだったと言うことに代わりはない。
もし五体満足であったとしても、体目的で侵入した者がバッツの身体を暴いていたとしたらその者を地の果てで追いかけ、探し出して殺しかねない。そんな想像に更に不快な気持ちになり、胸を悪くするスコールであったが当のバッツはケロリとしており、宿選びについて呑気に説明を続けていた。

「あとは宿屋の整備具合と客を見ればいい。訳ありの宿にはそんな雰囲気を醸し出している奴がゴロゴロいる。そのあたりはお前も傭兵をしていたのなら多少は分かるだろうしおれもいる。あとは宿自体が掃除が行き届いていなかったり、設備が壊れていたりすることも多い。わかりやすいのはそのあたりだな。土地ごとの情報はその都度教えていくからしっかり覚えな」

スコールがいた世界はある程度世界中の情報を個人で簡単に入手する方法が確立されていた為バッツの世界に比べると経験と今までの知識、そして時には長く旅を続けて培われた勘を頼りにしなければいけない場面は少なかった思う。
これから覚えていくことが多そうだがバッツと共にいると思うと苦どころか寧ろ楽しみだとスコールは思う。遊びではないことを頭の片隅に常に置いておくことも忘れずに。
バッツは通りを歩きながら宿を見定めていくと「この街ならここだな」と呟き、スコールを手招きする。
バッツが示した宿は、古くはあるがこの通りでは大きい部類の3階建の宿屋であった。屋根の上には今にも飛び立とうとする竜とそれに跨る髪を一つに高く結い上げ、弓を構えた美しい女神の彫り物が乗っている。

「飛竜亭。昔旅をしていた仲間がこの宿の名前と屋根の上の像……前と少し変わったみたいだけどそれをいたく気に入っちまってな。それで入ってみたら結構良くて。とりあえず入ってみようぜ?」

バッツはそう言い重い木の扉を開けると、掃除をしている若い娘とお世辞にも愛想が良いとは言えない、髭面の大きな体格の男がフロントのカウンターで事務作業をしていた。

「……飛竜亭へようこそ」

バッツとスコールが入ってきたことに気づくと開いて帳簿を閉じ、こちらに顔を向けてくる。掃除をしていた女性は静かに頭を下げ、邪魔にならないようにか奥へと静かに引っ込んでいった。残ったニコリともしない男に対し、バッツは朗らかに挨拶すると宿泊がしたいと伝える。
男はこの宿の主人であることを伝えると、開いている部屋とその料金を提示する。バッツは以前利用した時に比べて料金が上がっていることを指摘した。どうやら前にも利用した時の料金をしっかり覚えていたらしい。

(あちこち旅をしていてよく覚えているな。いや、それほどここを好んでいると言うことか?)

スコールは二人の会話を聞き逃すことなく、ぼんやりと考える。
主人は古い宿の整備と維持費が上がった分を取るようにしたことを話したが、以前利用したことがあるのなら宿屋併設の食堂を利用してくれれば差額分をサービスすると持ちかけてきた。その提案にバッツはすぐさま了承し、今夜の宿は決定となった。
二階の部屋の鍵を渡され、部屋の確認と荷物を置きに部屋へと向かう。

「宿泊する奴は大抵ここの食堂を利用しているけど、客を他の食堂に流れさせないようにしているのかもな。ま、部屋は相応だけどここは飯も酒も美味いし、踊り子もいて楽しいからな」
「踊り子?」
「そ、踊り子。食堂と舞台が併設しているんだよ。何十分か置きに女の子が一人あるいは数人舞台に立って踊るのを見ながら食事をすることができるんだ。音楽もあって楽しいぜ?」

楽しげに話すバッツにスコールはディナーショーのようなものかと予想する。

(騒がしいのは苦手だが……たまの娯楽であるのなら仕方がないか)

何よりも隣にいるバッツが楽しみだと言っているのでスコールは自分の苦手は封印しておいた方がいいだろうと判断した。

宿の確保が済むと、早速二人揃って街へと買い出しに出た。
自分達に必要なものと村人達から頼まれていたものを探し、買い物をしながら店から店へと移動しているといつの間にか日が暮れかかっていた。買い物は6割程度終わったところではあるがバッツは明日もあるから今日の分を切り上げようとスコールに持ちかける。

「お前にとっては初めての、おれにとっては久しぶりの街だしな。今夜はここの名物でも食べて飲んでゆっくり休もうぜ」

幸い、スコールも村で魔物退治や狩りの仕事をするようになっていたので懐具合は悪くはない。
荷物が入った大袋を抱えて宿に戻り、貴重品以外の荷物を部屋に預けると早速宿に併設されている食堂へと降りる。
踊り子のいる食堂は評判がいいのか客が埋まりかけており、たまたま空きがでた前方の席を運良く取ることができた。着席に合わせて給仕をしているらしい男がやってきたのでバッツはビールを、スコールは温めたワインを選び、料理も一緒に頼んだ。
しばらくすると飲み物と共に小皿に盛られた数種類の料理がやってくる。

「じゃ、お疲れさん。そしてかんぱーい」

ジョッキとマグカップを軽く合わせると喉を潤し、腹に食べ物を詰め込んでいく。
リックスの村の宿屋の食堂も中々ではあるが、流通経路の中継地点となっている街らしく、酒の種類が多く、食事もそれに合わせたものが多い。
会話をそこそこにまずは腹の虫を満足させるのに専念し、ある程度膨れるとようやくひと心地ついた。

「あんたが勧めるのもわかるな。どれも美味い」
「だろ?けどそれだけじゃないんだぜ。そろそろじゃないかな?舞台の方を見てみろよ」

バッツは視線で舞台の方を指すのでスコールもそちらに視線を向ける。舞台の端にあるピアノの前に演奏者らしき男性とバイオリンや横笛、ギターなどを様々な楽器を持った者が楽譜を開いている。彼らは目配せをすると、それぞれの楽器を構え、あるいは前に座り爆音のような音楽を奏で始めた。するとその音楽に合わせて、舞台の上に煌びやかな衣装を着た女性達が笑顔で現れる。

「飛竜亭名物踊り子のショーだよ」

邪魔にならないようにこっそりとバッツは耳打ちでスコールに教える。
赤や黄色、緑に青、桃色と色とりどりの長いスカートの衣装をそれぞれ身に纏い、軽やかなステップを踏む踊り子達はまるで海の中を優雅に泳ぐ魚達のようであった。
最初はショーの開始と盛り上げる為か賑やかな音楽であったが情熱的な曲、静かな曲、楽しい曲と続けて演奏されて行く。その曲に合わせて踊り子達は途中交代などで数人のメンバーを変えつつも、踊りは続いていく。
何人かは開始から踊り続けている者もいるのに皆表情に疲れは一切見せない。整った顔立ちを上気させ、玉のような汗をかいてはいるが、彼女達を彩る装飾だと思えるほど美しい。
恵まれた肢体が目立つように腰から上はぴったりと作られた衣装を身に纏っているのも関わらずいやらしさを感じないのはそれだけ彼女達の踊りが芸術的だからなのだろうとスコールは分析する。

中でも目立っているのが豊かなブロンドを高く結い上げ、草原を翔ける馬の尾のようにさらりと揺らしながら中心で踊っている踊り子。最初から交代することなく踊り続けている彼女は特に美しく輝いて見えた。しかしそれは彼女の魅力だけで出来上がっているのではない。周りの踊り子達も彼女の魅力が伝わるように主張しすぎず、かと言って大人しくなりすぎないように動きをその踊り子に合わせている。
中心の踊り子が高く飛翔しながら回ると周りの踊り子達はその美しさを称えるかのように跪き、踊り子が腰をくねらせてしなを作ると、彼女以外の全員がワンテンポ遅れて揃って同じ動きをし、より目立って見えるようにしている。
計算された動きは見る人全員を魅了しており、それに惹かれてまたやってくる常連客も多いのだろう。口笛に手拍子、その中に混じって気に入りらしい踊り子の名前を呼ぶ者までいるくらいであった。

バッツはちらりとスコールの方を一瞬見やると、スコールもまたこの踊りに目を奪われているようであった。その瞳から彼もまた多くの踊り子達が一つになって作り上げていく踊りという作品に強く惹かれているのだろうと察した。
曲が終わると同時に踊り子達は一斉に同じポーズを取り、客席に向かってとびきりの笑顔を決める。盛大な拍手とともにコインや小袋に入ったギルを舞台に投げ込まれるとバッツも自分の懐からコインを取り出し舞台の方へと投げた。その動作で隣のスコールがバッツの方へと視線を向けてくる。

「食堂と聞いていたが、随分と派手な舞台だったな」
「ああ。ここの食堂は踊り子の質も高いと評判らしいからな。けど、楽しかっただろ?」
「まぁな。もう少しいかがわしいものを想像していた自分が恥ずかしいくらいだ」

スコールの感想にバッツは一瞬目を丸くしたがすぐに笑い返した。

「ま、そういうお店もあるにはあるなぁー。そういうのがお好みだったか?」
「まさか」

恋人であるにも関わらずニヤニヤと笑うバッツにスコールは顔色ひとつ変えることなく首を振ると、近くにいた店員に酒の追加を注文する。その様子にバッツはウブだった少年の頃が懐かしいとからかうがスコールはそれを無視し、受け取った追加の酒を煽った。まだ何か言いたそうなバッツに、スコールは内心ため息を吐き、そろそろやめろと言い返そうとしたが、突然周りの客達がざわめき出したので二人揃ってざわめきの対象へと視線を向ける。
舞台袖から先ほど踊りを披露していた踊り子達がぞろぞろと出てきて挨拶をすると、何人かはそのまま残り、客席に下りて客達へと挨拶をしに回り始めた。

「お、踊り子さん達が出てきたみたいだな。ショーが終わると踊り子さんが残って店内を回って常連と話したりすることがあるんだよ。まぁ贔屓にしてくれるようにだろうな。客によっては気に入った踊り子に酒や料理を奢ったり、投げ銭を直接渡すのもいるな」

バッツが説明していると、周りの客達のどよめきがより一層強くなる。まるで海を二つに割った神話の登場人物のように、身を引く客達の間を一人の踊り子がこちらに向かって歩いてくる。
先ほどの踊りの中で一際目立っていた踊りをしていた女性であった。
最初は常連客を探しているのだと思っていたが、女性はバッツとスコールの席までくると、立ち止まり、魅力的な笑みを向けてきた。

「こんばんは」

鈴を転がすような綺麗な声で挨拶をする踊り子にバッツは笑顔で、スコールは表情を変えずに会釈をし、挨拶を返す。

「こんばんは。さっきの踊り、最高だったよ。おれもこいつも夢中になっちまった」

口下手なスコールに代わり、バッツは先ほどの感想を述べると踊り子は口元に優雅な弧を描く。

「ありがとうございます。踊り子冥利につきますわ。……失礼、申し遅れました。私は踊り子のクラリスと申します。舞台の近くの席は常連さんが座ることが多いのに、見ない顔のお客さんだったから気になってしまって。特に髪の長いお兄さん。あなた、とても綺麗な顔をしているわ」

クラリスと名乗った踊り子はそう言い、スコールの方へと軽くウインクを寄越してくる。
その仕草にバッツとスコールへ好奇や嫉妬の眼差しを送っていた者達は皆締まりのない表情に変わる。
クラリスはスコールが目当てでわざわざやってきたらしい。普段一緒にいる為見慣れてしまったが、何もせずとも他者を惹きつける造形をしている恋人であったことをバッツは思い出した。

「ねぇ、せっかくだから是非私と一緒に踊ってくださらない?このお店、踊り子と一緒に踊ることもできるの。勿論私から誘ったのだからお代はとらないわ」

クラリスの言う踊るとは、客が金を払い、一人ないし複数人の踊り子を指名して一緒に踊ることである。また、一言で踊ると言っても壇上で一緒に楽しく踊るものもあれば、踊り子と身体を密着させて踊るものなど様々である。特に男性に人気なのは後者。体を密着させ、口付け寸前の間近まで顔を近づけることで金払いの良い太客を捕まえる商売手段の一つとしている踊り子も少なくはない。
しかし今回は例外である。踊り子が直々に踊りを願うということは他の客への煽りかそれとも踊り子側が客を気に入ったか、である。

(馴染み客の競争心を煽るのもあるのだろうけど、スコールくらい顔も体も整っていたら本当に気に入って声をかけているのかもしれないな。スコールのやつ、やるなぁ)

クラリスはテーブルの上に置いているスコールの手に自分のほっそりとした白い手を重ね、そっと身を寄せる。細い腰に不釣り合いな豊満な胸をスコールの二の腕にギリギリ触れるか触れないところまで寄せており、バッツはその積極性に苦笑した。
普通の客なら美貌溢れる踊り子にここまで思わせぶりに近寄られたらすぐに首を縦に振っていただろう。周りの客も人気の踊り子直々の指名とあってスコールと踊り子のやり取りを見守っている。

「兄さん!この店一番の踊り子クラリス直々のご指名はかなり珍しいぜ!誘いを蹴るなんて野暮なこたぁしねえよなぁ?」
「くっそーっっ!なんであんな初めて店に来たやつなんかにっ!」
「踊るに賭けるやつは?全員かよ!誰か一人くらい断るに賭ける奴はいねえのかよ!かかぁがいるかもしれないぞ?え、それでも踊るってか」

囃し立てる者。嫉妬を向ける者。そしてこのやりとりをみてちゃっかり賭け事を始める者。そんな人間達の好き勝手な声が飛んでくる
スコールは少年の頃に比べて薄らいだものの、基本積極的に人と接する性格をしていない上に周りがこれでは断りにくいだろう。あの世界にいた時、口が回る仲間達に時折からかわれ、無言で拗ねていた時の光景を思い出す。自分が助け舟を出した方がいいだろうかとバッツが椅子から腰を浮かせると同時にスコールはそっとクラリスから体を引き離した。

「あら……」

吐息を吐くかのように悩ましげな声を上げるクラリスにスコールは構わずバッツの手を掴み、引き寄せた。

「踊る相手はもう決まっているんだ」

バッツの耳に息を吹きかけながらスコールはきっぱりと断りを入れる。
クラリスは勿論様子を見ていた客達を蕩けさせるような柔らかく、ほんの少し妖艶さを滲ませた笑みを浮かべて。
突然のことでバッツは一瞬何が起きているのかがわからなかったが、事の成り行きを見ていた周りの客がスコールの台詞と表情から同性のバッツと只ならぬ関係を察して戸惑い、ざわつき始める。そんな中クラリスは取り乱すことなく即座にとびきり魅力的な笑みをスコールに返した。

「先客がいらっしゃったのね?」
「ああ。もうずっと前から魅了されている」
「そうでしたの?知らなかったとはいえ失礼を……許してくださいな」

一流の踊り子らしくクラリスはバッツに優雅に頭を下げると再びスコールに向き直る。先ほどまでスコールを魅了しようと熱っぽさを含んでいた瞳は今は穏やかな、それでいて面白いものを見るかのようないたずらっぽいものに変わっている。

「貴方のような素敵な方を魅了するなんて、とびきりの踊り子なのでしょうね」
「ああ。ここを出てすぐにでも二人きりで踊りたいくらいに」

冷やかすような台詞をスコールはなんともない風で返すと、ズボンのポケットに手を突っ込み、コインを二枚踊り子に渡した。

「舞台の上でのあんたの踊り、力強く、とてもしなやかで美しかった。髪型も相俟ってまるでこの宿の屋根の上の竜にまたがる女神のようだと思った。ささやかだが良いものを見させてもらった俺とこいつ二人分の感謝の気持ちだ。これで一杯やってくれ」
「ええ。ありがたく頂戴します」

バッツだけでなく、スコールからも踊りを評価されて嬉しいのかクラリスはスコールからのコインを受け取ると、大切なもののように手の中に閉じ込め、胸に当てて目を細める。

「またいらしてくださいな。今度もお二人揃って」

花が綻ぶように笑う踊り子は、舞台や先ほどのスコールとのやりとりの時とは違い、慈愛に満ちたている。その笑みから彼女は本当にまた舞台を見にきて欲しいと願ってそう言っているように見えた。
その言葉にスコールは素直に頷くと、恋人の手を引き振り向くことなく食堂を後にした。


賑やかな食堂を出て、一直線に部屋へと戻ろうとするスコールに、手を引かれたままのバッツは乱暴に振りほどく。
あれだけ周りに人がいる中で自分たちの関係を匂わせ、ざわつかせたことは流石に恥ずかしく、文句の一つも言ってやらないと気が済まなかった。

「おい!」
「なんだ」
「踊り子のお姉ちゃんは兎も角、周りの客があっけに取られていたぞ!なんであんな……踊るくらい別にいいだろ!」
「俺はあんた以外とたとえ少しの間でも触れることはしないと決めている。それに、言ったことは本当のことだろう?あの踊り子が場を纏めてくれたからいいじゃないか」
「けど、そんな……と言うかあんな台詞と表情をどこで覚えてきたんだよ!」

人をあしらうのがお世辞にも上手い方ではないと思っていたスコールが、自分の持つ色気を自覚し、それを出すことで周りを黙らせるようなことをしてくるとは。
もしかして自分と再会する前の元の世界で色んな女性を相手にして得たものではないのかと邪推してしまうほど今のバッツには混乱していて余裕がなかった。対してスコールは落ち着いたものであり、珍しく喚くバッツに柔らかな笑みを向けてくるほどであった。

「元の世界で色んな業界の人間の傭兵をしていたら誘ってくるのが一人や二人ではなかったのでな。適切に遇らう方法はそこで学んだ」
「わっ!」

そう言い、スコールはバッツを自分の腕の中に引き寄せ、すぐそばにあった大時計の陰に身を隠すと顎に手を添え、噛みつくようなキスをした。
驚き、体を強張らせるバッツに構うことなく。

「んんっ!」

硬く閉じられた口を舌でこじ開け、絡め取ると身をよじって逃げようとしたが力技で押し込める。人目を気にしているのかバッツも力任せに暴れるまではしてこなかった。
ぬっとりとした舌を吸い上げ、温かく、湿った口内と柔らかい唇を存分に堪能した後に開放する。バッツはスコールの胸を押し、間合いを取るとゼイゼイと荒く呼吸をしながらジロリと睨みつける。
人がいないとはいえ、すぐ近くには大勢の客がいる食堂がある。出てくる客やこれから食事や踊り子目当てで向かう客が通らないとも限らない。ここで騒ぐのは良くないと目で文句をいうことにしたのだろう。
酸欠からか潤んだ瞳で睨まれてもあまり効果はないとスコールは内心笑うとバッツの手首を掴む。

「さっさと部屋に戻るぞ。あの踊り子に言った言葉を忘れたわけではないだろう?」
「……な、な、っ!」

踊り子の女性にスコールが放った一言「ここを出てすぐにでも二人きりで踊りたいくらいに」がバッツの脳内で再生される。あの時のスコールの笑み、熱っぽさを含んだ瞳と声。そして踊りたいに隠された本当の意味。諸々が頭の中を駆け抜け、バッツは赤面し、金魚のように口をパクパクとさせる。
そんなバッツの様子にスコールは満足そうに、そしてほんの少しだけ意地の悪いものを含んだ笑みを向けるとバッツの手を引き部屋へと急ぐ。

夜はまだ始まったばかり。

***
多分続きます。(続くか未定のため進行によっては題名を変えるかもしれません;;)
久々にお色気話を書きたいという欲とFF5の世界の妄想から生み出されたお話でした。
(この二人、年齢的な落ち着きはあれど、なんだかんだでバカップルなところがあって欲しいと思っております……はい。)



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