乾杯

リックスの冬は日照時間が短い。朝は遅く、昼は少しどんよりとしており、夕方と呼ばれる時間には日が暮れる。
スコールはこの村に来て初めての冬であるが、窓を見ればつい先ほどまで外が明るかった筈であるのに、少し目を離した隙にとっぷりと日が暮れているなんて経験は一回や二回ではなかった。
今日も一日の、正確にいえば昼が終わるのが早かったと心の中で呟く。
日が暮れれば村民達はそれぞれ家族の待つ家の中に引っ込むのでもう来客はないだろう。スコールはそう思い、部屋の中が見えないように木製の社交窓を閉じていると、室内にいたバッツが声をかけてきた。

「寒いし夜が長いからさ、今晩ちょっと飲まないか?」

そう言いながらバッツが手に持って掲げてきたのはワインのボトル。お世辞にも上等そうに見えないそれをバッツが眠る前にたまに隠れるようにちびちびと飲んでいたことを知ってはいたが、誘ってくるのは初めてであった。

「珍しいな。誘ってくるなんて」
「ん。今まで外で飲んできたりこっそりひとり酒していたんだけどな。よく考えたらスコールはもう飲める年齢なんだろう?あの世界にいた時は飲まないのは年齢がそれに達していないからってだけの理由のようだったから今なら誘っても大丈夫じゃないかなって思ったんだ」

あの世界とは神々の戦いに召喚された頃のことを話しているのだろう。
あの時のスコールは17歳でまだ少年と呼ばれる年齢であった。スコールの世界では成人の年齢に達していなければ飲酒をしてはいけない決まりがあり、そういった法律がない世界から来た戦士たちにひどく珍しがられていたことを覚えている。

「あんたの言う通りだ。あの時はまだ十代だったから断っていたな」
「だよな。飲んで悪ノリした奴らにここは別の世界だからバレやしないって勧められてもきっぱり突っぱねていたもんな。けど、今は堂々と飲める年齢になってるんだろ?」
「ああ。俺のいた世界は二十歳になれば飲んでもいいことになっている。好き好んで飲んでいたわけではないが、少しなら飲むことはできる」
「やった!じゃあ飲もうぜ飲もうぜ」

拳を振り上げて素直に喜びを見せるバッツにスコールは苦笑する。
二人で酒を飲み交わすなんて、あの世界にいた頃は思いもしなかったことだ。再会できて、一緒に暮らしていけるようになっただけでも十分幸福ではあるが、前の世界ではできなかったことなどができるようになるとそれはそれで嬉しく思う。

(そう言えばバッツは無理に飲ませようとはしなかったな……もしかして飲み交わすことができなかったことを残念に思っていたのかもしれない)

法律のない世界だからと飲酒経験のある仲間が勧めてくるのを諌めていた方であったはずだ。

ーースコールが元の世界の決まりごとを大事にしているのはその世界にいずれ帰るからだろ?無理に突っつくのはよくないぜ?

そんなことを言ってやんわりと注意をしていたことを思い出す。
あの時のバッツは自分を含む仲間達がいつか元の世界に帰ることを意識していたのだろう。だからこそ、元の世界の法を持ち出し、それを守ろうとするスコールに助け舟を出してくれたのかもしれない。
いろんな土地を旅し、出会いと別れを誰よりも経験したであろうバッツの考え方は彼らしくはあったが「別れ」を誰よりも意識していて割り切っていたともとれなくもない言葉にほんの少しだけ切なくなったことも思い出す。

(まぁ、今はこうして一緒に暮らしてはいるけどな……)

ウキウキとした様子でワインのボトルとスパイスが入っているらしい小袋、乾燥させた果物を出しているバッツにスコールは目を細める。
もう、世界を隔てた別れを意識することはない。別れるとしたら多分どちらかが死ぬ時だろう。それもいつ来るかはわからないが、少なくともあの戦いの時よりも近いということは確率的に低いだろう。お互い大きな怪我もなく健康でいられれば。
懐かしい飲酒にまつわる話から互いに健康で長生きできるようにどう生活していくかへとスコールは頭の中で話が脱線しかかったが、バッツの一声がそれを引き戻してきた。

「なー、スパイス入りの甘いあったかいワインにしようと思うんだけど大丈夫かー?」

バッツはそう聞きつつも、すでに鍋にワインを注ぎ、果物やスパイス類を放り込んでいた。
砂糖の壺まで手に持っている。

「寒い日といえばホットワインだよなぁで作り始めちゃってさ。甘いのがダメならスコールには普通のものを出すけど」
「甘すぎなければ問題ない」
「なら良かった。いつも飲むやつだからもう手を動かしちゃってさ」

一人で色々考え込んでいたがためにバッツが何をしようとしているのか把握していなかった。
バッツのそばへ近寄り、彼がどのようなものを作ろうとしているのかを眺める。

「そのまま温めるのではいけないのか?」
「どうなんだろな?おれはこの飲み方が好きだから作っているだけなんだけどな」

小鍋の中にたっぷり注ぎ込まれた赤ワインの中には色々な物が浮いている。
シナモンスティックに乾燥したオレンジやレモンなどが赤い液体の中にぶち込まれていた。見た目がおとぎ話の魔法使いの鍋のように怪しげである。それだけ色々な物を入れても大丈夫かとスコールはほんの少しだけ不安になった。

「……随分色々なものを入れるんだな」
「ああ。オレンジとレモン。それにシナモンとクローブに砂糖。全部加えて沸騰させないように温めるんだ。それで完成だよ」

鍋から視線を外すことなくバッツは答えると火の加減を見ながら時々中身を軽くかき回す。
寒い季節には温めた酒を飲むところがあると聞いたことはあるが実際どのようなものかスコールは知らなかった。気候が穏やかなバラムでは熱い飲み物よりも冷たい飲み物の方が好まれていたのもあったのかもしれない。リックスのように寒さが厳しい土地なら温かいものを好まれる場面は多そうであった。
バッツが作っているのをそばで眺めているとワインの香りに僅かにスパイスと柑橘系の甘く酸い香りが混じって部屋に広がっていく。

「よし。あとはしばらく置いて、また温めなおしたら完成だよ」
「温まりそうだな」
「寒い地方だからかな?冬の時期はこれ飲む奴は結構多いと思うぜ。甘さとスパイスの刺激がたまらないんだこれが」

火を止めながらバッツは答えると、ワインを置いている間に夕食兼つまみの準備をするから手伝ってくれと頼んできた。特に用事はないのでスコールは素直に応じると二人でキッチンに立つ。
ホットワインにはこれがいいとバッツが提案したのはソーセージと小麦粉とジャガイモを混ぜて作ったジャガイモのパンケーキ。二人分用意し終えたところで置いていたホットワインを温めなおし、夕食となった。

「じゃ。かんぱーい」
「ああ」

マグカップに注がれたホットワインを二人で乾杯し、一口飲む。
見た目は赤ワインそのものではあるが、果物の爽やかな香りと加えた甘みが混じって飲みやすい。温めたジュースのようだと一瞬思ったが、スパイスとワインの芳醇な香りと果物の酸味が柔らかなそれらを引き締めてくる。
喉を通り、胃の腑へと落ちると身体がほんのりとあたたかくなっていくようで、その心地の良さにスコールは目を細め、ホッと息を吐いた。

「美味いな。それに飲みやすい」
「だろ?安い赤ワインでもこうすると美味く飲めるんだ。まぁ、飲みやすいから飲み過ぎ注意だけどな」

スコールの様子にバッツは満足そうに微笑むと、夕飯をつつきながら自分のカップを傾けた。

「しっかしお前とこうして飲める日が来るなんてなぁ」
「それは俺も思った。コスモスとカオスの戦いが終わったらもう会うこともできないと思っていたからな」

バッツに倣いスコールももう一口と口に含む。
ホットワインの甘い味が口に広がると、食事で塩気を取り、リセットすることで無限に食べて飲んでを続けられそうであった。腹も空いていたので無言で手を進めていると、食事とワインの温かさからか、それともアルコールを摂取したからか、ほんのりと頬を赤く染めながらバッツは話し始めた。

「あの時さ、お前が元の世界の決まりごとで飲めないと断っていたの、その世界に帰るから守っているんだろうなぁとは思っていたんだけどさ、スコールには帰る場所があってそこはおれには行くことのできない場所で……そう思うとほんの少し寂しかったんだ」

ホットワインのカップで手を温めるかのように両手で持ち、ゆっくりと話すバッツにスコールは眉を顰める。
スコールの記憶の中では、飲めと言ってくる仲間達を苦笑しながら注意をしていたことは覚えている。いつか帰る時のことを考えてそう注意してくれたのであろうことは察していたが、そこに寂しいという感情があったとは思っていなかった。

「そうなのか?」

スコールにとって旅人であるバッツは別れに対しての耐性が強い方であると思っていたし、今でもそう思っている。再会を果たしておいて言うのもおかしいが、バッツは自分に会えなくとも何処かで元気で生きてさえいればそれでいいと考えるような人間だろう、と。

「たとえ結ばれたとしてもいずれくる戦いの終わりのその先でおれたちの道は交わることはないのだろうなって。おれもお前も帰る世界が違うんだなって思うと余計に、な」

そう言いながらバッツはホットワインのカップを一気に傾けた。その仕草が漂っているしんみりとした空気をぬぐい去ろうとしているようにスコールには見えた。

(今も昔もバッツは暗い部分を隠そうとすることがある。一人で生きる為の知恵や、防御手段のようなものなのかもしれない。一人だと言葉を発しても返してくれる誰かがいないのは……壁に話しているのと同じなのだろう)

一人でいることで孤独から逃れようとしていた時の自分がバッツと重なったような気がした。
けれど今は同じ世界で手を取り合って生きている。
だからこうして今吐露してくれているのだろうかとスコールは考える。

(もしそうであるのならば……もうバッツを独りなんてさせない)

たとえ過去のことだとしてもほんの少しでも彼の心のうちを聞くことができたのは、孤独感が少しでも取り除かれたからであってほしいと願った。
ワインを傾け、ソーセージとジャガイモのパンケーキをつつくバッツにスコールは祈りを込めるように小さく息を吐くと再び食事と会話に加わった。

「あんたは俺をそんな風に見ていたのだな」

しんみりした雰囲気が継続しないように何気無い風を装って答えると、バッツは手を止めずに小さく頷き返してきた。

「んーまぁな。仲間達の中で規律とかに厳しい方だとは思ってはいたけど頑ななのは多分そうなんじゃないかなぁってな」
「確かに元の世界のことを多少意識していたのもあるが、それとは別に飲んだことがない自分を他の仲間達に突かれるのが嫌だったのもあるな」
「どういうことだ?」
「あの頃は今以上に中身が幼かったから、飲めないことが子供だと認定されているようで意地になっていたということだ。できないことを突かれ、やれと囃し立てられることに我慢ができなくなるなんてことは多かれ少なかれあるだろ」

身体は兎も角内面が幼かったが故に子供だと遠回しに言われているようなことが嫌だったことは嘘ではない。
特にバッツはスコールよりも年上であったので彼と並んで歩けるように外も内も成熟していればと思ったことは何度もあった。ただ、本当に共に歩むと言うことを、自分が大人と呼べる年齢に達した今は随分と勘違いをしていたものだとスコールは自分自身に苦笑をしてしまいそうになる。
スコールの話にバッツは小首を傾げ、少し考えるとなるほどとばかりに頷いた。

「まあ変に意地になるのはわかる気がするよ」
「そう言うことだ。あんたは高いところに行く以外は余裕を崩すことはなかったから自分の幼い部分を余計に気にしてしまってな」
「おいおい。おれはお前が言うほど余裕のある大人でもなかったぜ?」

バッツは飲んでいたホットワインのマグを口から離し、濡れた唇を舌で舐めて拭った。

「スコールは自分が意地を張っていたって言うけどさ、今だから言うけどおれも同じようなもんだったんだよ」
「どういうことだ?」

意地を張っているようには一切見えなかったが?と今度はスコールが首を傾げる。
大人の男性の雰囲気を纏っているスコールの子供じみた仕草と表情にバッツはまるで昔を見ているようだと苦笑すると、思い出話を話すようにゆっくりと話し始めた。

「ほら、酒の席でお前が他の仲間達に勧められていたの何度か止めたことがあっただろ?スコールは帰ることを考えて元の世界の決まりごとを守っているんだ、ってさ」
「ああ。それは覚えている」
「なら早いや。あの時のおれはいつか来る別れを忘れちまいそうになってしまうくらいお前といることが楽しかったんだよ。だから、自分に帰る時が来るんだって言い聞かせて別れを受け入れられるようにしておこうと思ったんだ。その一つがそれさ」

バッツは懐かしげに話すと、喉を潤す為かそれとも話の息継ぎの為か。あるいはその両方の為にか、ホットワインのマグを傾ける。最後の一口らしく、天を仰ぐかのように首をそらせて飲みきった。その間にスコールはバッツの話を自分の中で整理する。
スコールはバッツが酒の席で注意したのは元の世界に帰ることを意識していて、その心構えができているからこそ出てくる言葉だと思っていた。
旅人である彼は出会いも別れも仲間達に比べて多く経験していて、たとえ心を通わせた相手でさえも同じことであるのだ。そうスコールは思っていたが……バッツもまたスコール自身と同様に別れに対して割り切れない部分があり、それを表に出していなかっただけのようだ。
いつかくる別れへの心構えをする為だったのだと理解するとスコールは座っていた椅子に深くもたれ掛かり、小さく息を吐いた。

「なんだ。俺はてっきりあんたは俺との別れも当然のことのように思っているのだとばかり……俺だけが沢山寂しいのかと少し切なく思っていたこともあったのだがな」
「はは。今更話して悪いなぁ。けど、それを今話せるようになったのは、年齢を重ねたからもあるのだろうけど、お前がここにいてくれていることが大きいよ」

バッツは空になったマグをテーブルに置くと、椅子から立ち、スコールの側へと近寄る。もたれたままのスコールを椅子の背ごと抱きしめると、バッツは甘えるように肩に顔を埋めてくる。
普段の彼とは少し異なる甘えるような仕草にスコールは一瞬目を見開いたが、やがてそっと背中に腕を回し、後頭部を撫で始める。
バッツが今何を思って抱きついてきたのはスコールにははっきりとはわからない。バッツの意図を読むことに対して苦労をしたことも少なくはない。けれど、以前に比べると感情や要求を素直に表に出してくるようにはなったとは思う。
今夜のように昔バッツが思っていたことを聞けたことも、彼からの唐突な抱擁を受け止められるようになったのも、今同じ世界に寄り添いあっているからだ。
わからなくてもいい。これからもゆっくりお互いを知っていけばいい。
ここを帰る場所だと決めたのだから。

「バッツ」
「んー?」
「今の俺にとっての帰る場所はあんたのそばだ」
「……うん。わかっているさ」

互いに顔を見合わせると、バッツが甘い微笑を向けてくる。その表情につられてスコールは口元に弧を描くと、お互い引き寄せられるように口付ける。
バッツの唇から砂糖と柑橘系の果物の甘みと酸味、スパイスの刺激的な香りにワインの芳醇な渋みを感じる。
渋みや酸味、甘味や刺激など様々な味わいを絶妙に感じるからこそ、それぞれが引き立つのだろうか。
思い出も似たようなものなのかもしれない。
今こうして幸福感に心地良く酔うことができるのはあの世界で感じた切なさや不安、寂しさなどを多く感じた上での再会が少なからず作用しているからだ。その中に沢山の愛おしい気持ちが加わり、混ざり合って一つになっていく。どれか一つでも欠けていたら今の自分達の姿は別のものに変わっていたのかもしれない。
今があるからこそどれも掛け替えのないものばかりだと切に感じる。
長く、味わうように口付けをしあい、離れるとお互い小さく笑いあった。

「晩酌していたはずなのに何やっているんだろうな。おれ達」
「別にいいだろ?もうあの時のようにお互い色々気にする必要はなくなったのだからな」
「はは確かに。思い出話を肴に飲むのも悪くないよなぁ」

バッツはそう言うとするりとスコールの腕の中から離れる。
テーブルの上にすでに空になっている二つのマグカップを見やると、手に取りおかわりをしようかとスコールに聞いてきた。

「ホットワインのおかわり、温めようか?夜はまだまだ長いしな」
「ああ。いただこう。まだいけるぞ」
「お、ノリがいいね。堅物少年だった頃が懐かしいや」
「うるさい」

酒を飲み交わし、軽口をたたき合いながら過ごす日がくることを、昔は想像もしていなかった。
今の時間が楽しく、愛おしいのは昔感じた切なさや寂しさの効果なのかもしれない。
バッツがキッチンに立ち、鍋に火をかけると再びホットワインの香りが広がっていく。

(過去が一つに混じり合った末に酸いも甘いも感じる刺激的な今になるのかもしれない。……なんてな)

そんな風に思いながらスコールはアルコールで少しだけ温かく、重くなった身体を椅子に預けたのだった。



***
大人な85のお話(のようなもの)でした。
FF8の世界の法を捏造してしまいましたが、ありそうだなぁと思っております。
ホットワインはグリューワインを参考にしました。(28歳と25歳なら……ということで)
この後そこそこいい雰囲気になって刺激的な夜を……(あ



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