喧騒と孤独

八月もそろそろ中頃に差し掛かり、日差しがまだまだ厳しい午後、バッツは自室のベッドの上で寝転びながら天井を見つめていた。
スコールとの出来事があってからどうも心身に力が入らない。バイトがある時は兎も角として何か動く目的がなければ頭の中でスコールとのことが何度も脳内再生され、考え込んで動けなくなってしまっていた。
中途半端なことをしてしまってスコールを傷つけてしまったこと。そして遠ざかっていく背中を追えなかったことがどうしても頭から離れない。
スコールのことは大切な存在であるのはわかってはいる。愛情はあるとは思うがそれが家族や友人に向けるものなのかそれとも恋愛であるのかが答えがでない。考えれば考えるほど答えが見えないどころか遠ざかっていくような感じになる悩みは生まれて初めてだった。
ベッドに寝転がったままはぁとため息を吐く。
このまま時間が経過すればするほどスコールとの距離が離れていく気がする。けれどスコールのことをどう思っているのか、自分がどうしたいのか。自分のことであるのにさっぱりわからない。
今日も考え込んで一日が終わりそうだとバッツは自身にうんざりしながら寝返りを打とうとすると、テーブルの上に置いていた携帯電話が突然震え、連絡を告げる。あまりマメに連絡をしない方で更に携帯がガラケーであるバッツへ連絡を寄越すのは本当に用事がある時で限られた人間しかいない。
スコールにまだそんな機種を使っているのかと何度も言われたことを思い出し一瞬笑いそうになった。しかしそんなやり取りももうできないかもしれないと思うと気分が急降下した。
起伏の激しさにため息を吐きながらバッツはのろのろとテーブルの方へと手を伸ばし携帯を掴む。
学友の誰かか、それともバイト先か。表示を見ると普段から行動することが多い友人の名前が表示されていた。

「セシル?」

大学が夏休みに入ってから顔を合わせていなかった友人の突然の連絡にバッツは首を傾げつつ届いたメールを開く。
セシルからの連絡は先日旅行に行ってきたらしく、その土産を渡すのを兼ねて会いたいとのことであった。
優しく丁寧な気遣いをするセシルらしいメールにバッツは是非会いたいと返事を送るとやりとりの流れで今日会うことになった。ちょうどもう一人の友人クラウドの都合もあったらしく、久しぶりに三人で飲むことになった。
気分が沈んでいる時だからこそ友人の誘いはありがたい。
バッツは着ていたTシャツとジーンズはそのままに洗濯したてのシャツを羽織ると携帯と財布をポケットに突っ込んで外に出た。少し早いが待ち合わせの駅前で時間を潰せばいい。そう思い門を潜ろうとした時に隣のスコールの家の方から男女の声が聞こえ、体を止めてそちらに視線を向けた。

「いいんちょ!今日はありがとねぇー。ゼルもあたしも全然課題進んでなかったからねぇ」
「ほんと助かったぜ!頭のいい友人がいてよかった。な、セルフィ」

声の主はスコールと同じ学校らしい制服を着た少女と少年の三人であった。セルフィと呼ばれた少女は栗色の髪を外ハネにさせた小柄で色白の人懐っこそうな可愛い子だった。もう一人のゼルと呼ばれた少年は髪を逆立てた元気のよさそうな少年でスコールの物静かな性格を考えると意外な組み合わせであった。

(へぇ……スコール奴あんな友達いるんだな)

あまり友人のことや学校でのことを話さないのでどんな生活を送っているかと気になっていたが、友人二人の明るい様子からそれなりに充実しているらしいことが読み取れる。
それが嬉しくもあり、同時に寂しくもあった。バッツが知らないスコールと疎遠になってしまったことに加えて自分が知らないスコールの世界があるのだと知らされたからだ。それくらい誰にもあるのにとバッツは首を振り、再び会話を聞き続ける。

「……助かったのならよかったが自分で考える努力をもう少ししてくれ」

突き放すような言い方をしているが、頼られたら放っておけないくせにと突っ込みを入れたくなった。友人達もそんなスコールの性格を承知しているらしく、調子の良さは変わらなかった。

「そんなこと言わないで困ったらまた助けてくれよな。今度学食のパン奢るからさ!」
「うんうん!あ、でもあたし今金欠だからかわりにハグしてあげるね!」
「っ!?何するんだ!」

スコールの慌てた声にバッツは思わず物陰から様子を見るとスコールに抱きつく少女の姿が目に入った。
スコールと身長差があるため背伸びをして両手を伸ばして首に噛り付いている。好意ではなく親愛の情からきているものであるのは感じられるのだが、細く、柔らかそうな身体を恥じらいもなくスコールに押し付けているのを見ると何故か心に薄暗い靄がかかる。
今世界で一番スコールに近いのはあの少女で自分ではない。
まるで一人取り残されたかのような寂しさが襲い、二人を見ていられないとバッツはそろそろと再び物陰に姿を隠すとスコールの怒った声が響いた。

「いい加減離れろ!そんなことをして欲しいわけじゃない!」
「えー親愛の気持ちを形にしたんだけどなぁ」

スコール達の会話や気配からどうやらセルフィはスコールから離れたらしく、バッツは自分が気付かないうちにホッと息を吐いていた。
先程微笑ましさを感じていた筈なのにそれが雲散霧消してしまっており、モヤモヤがどんどん渦巻く。
学生達はバッツが隠れているとは気が付かず、わいわいと賑やかに話し続ける。

「おいおい。スコールの性格を考えろよ。それに自分を安売りするもんじゃないって」
「いいんちょもゼルもカタいなぁ。二人とも友達だからこそできるんだよ!あ、なんならゼルも」
「俺はいいって!ってかお礼されるようなことしてないし!」
「照れなくてもいいよー?」

騒がしい様子の三人にバッツはこれは長引きそうだと判断すると表からではなく裏口から外に出ることにした。楽しそうにしているところに水を差すかもしれないし何よりもスコールが女の子に抱きつかれたのを見かけてしまった為に今顔を合わせるのはよした方がいいだろうと何となく気まずい気持ちになったのだ。
セルフィは友達だからこそできる行為だと言っており、ほんの少ししか彼女の様子を見ていないが天真爛漫誰にでも分け隔てなく接しそうな性格であるように見える。ゼルがもし望めば彼女はスコールと同じように抱きついただろう。しかし、そう頭では思っているのに心の中に渦巻いているものが薄れる気配がない。
スコールにはスコールの交友関係があってそこでバッツとはまた違った関係を構築したり、仲を深めたりするのは当たり前のことであるのにそのことを考えると薄暗いような気持ちになるのだ。
しかも関係がギクシャクしている今、スコールとの距離は遠く離れてしまっている。このまま気軽に話すことも会うこともできなくなってしまうのだろうかと思うとモヤモヤが濃くなっていくのを感じた。

「勝手だ。おれ……自分で招いてしまったことなのに」

バッツはぽつりと呟きため息を吐く。
距離が離れた為に内容を聞き取ることができないが、スコールの声とそれに続いて少女と少年の楽しそうな笑い声が聞こえてきてバッツはこれ以上聞くと更に苦しくなりそうだとその場を足早に離れる。
こんな気持ちを紛らわせる為にもさっさと待ち合わせ場所へと向かおう。友人に会えばきっと楽しい話をして気分も少しは晴れるだろう。それだけを考えることにした。



約束の時間よりも早くに待ち合わせ場所に到着してしまったものの、時間を潰す気になれずバッツは一人セシル達を待つことにした。最初近くの本屋にでも寄って立ち読みしようかと思ったものの開いた雑誌の内容が頭に入ってこず、五分も経過しないうちに店を出てしまったのだ。ウィンドウショッピングも元々する方でないのに今何かを見ても頭に入らない状態でしたところで何もならないだろうと時間を潰すことを諦めてしまった。
強い日差しから少しでも逃れられるようにと日陰に避難し、道行く人々をぼんやり眺めながら友人を待つ。まるで流れが決まっているかのようにほとんどの人が一定の速度を保ち、移動している人の様はまるで水族館の大水槽を泳ぐ魚の群れのようで自分だけがどこか別の空間に隔離されたような気持ちになった。
普段ならこんな風に感じることはないのに何故そんな風に感じてしまうのだろう。家を出る時に見たスコールとその同級生のやりとりもまるで別次元のことのように思えた。人から切り離されていると、距離を感じるのは一人を意識してしまっているが故の孤独感からきているのだろうか。そんなことを考えていると突然肩を軽く叩かれ、バッツは驚き振り返った。

「やあバッツ」
「あ、セシル。それにクラウドも」

バッツが振り返るとそこには待ち合わせ相手であるセシルとクラウドの二人が立っていた。

「来る途中クラウドとちょうど会ったんだ。バッツがまだ来ていないようだったら別のところで時間潰そうかと話していたのだけどその必要はなかったみたいだね」

微笑むセシルにクラウドは小さく頷く。
大学休みに入って以来の集合にバッツの沈んでいた気持ちがほんの少し浮上し、喧騒の外に孤立していた感覚がさっと無くなっていく。二人がやってきてくれてよかったと内心ホッとした。

「早めに来て正解だったな。セシルもクラウドも久しぶり。授業がないと中々会わないもんだなぁ」
「まぁ、3人とも住んでいるところが離れているからな。だが、あまり会いすぎるのも暑苦しいだろ」

素っ気ないクラウドに相変わらずかとバッツは苦笑し、セシルはまぁまぁと窘めた。

「会わない間も会っている時の時間もそれぞれの楽しさがあるとは思うけどね。さて、せっかく三人揃ったからどこかゆっくり話せるお店に向かおうか?いつもの居酒屋ケルブでいいなら電話してみるけどどうかな?」

気遣いが細やかなセシルらしい提案にバッツとクラウドは賛成とばかりに頷く。
居酒屋ケルブはバラバラの場所に暮らしている三人の生活圏から集まりやすい場所にある為、三人で飲む時はそこにおさまることが多かった。加えて居酒屋ケルブは大学生の財布に優しい値段設定をしている上に味も良く量も多い。運が良ければテーブルではなく個室に通してもらえることもあるので三人で話しながら食べて飲んでをするには最適であった。

「俺は酒も料理も量があるところがいいから賛成だ」
「おれも。ケルブは安くて美味いからなぁ!今日は沢山飲んで食おうぜ」
「わかった。じゃあ電話してみるね」

二人からの了承にセシルはスマフォを取り出し、店に直接電話を掛け始める。
数分後、セシルが通話終了と共に柔らかな笑顔を浮かべたのでケルブ行きが決まったのであった。
たわいの無い話をしながらぷらぷら歩いて店に向かい、丁度店先に出てきた店員に連絡した旨をセシルが伝えると5、6人で使える個室に通される。どうやら予約時にセシルが頼んでくれたらしくクラウドは素早く中に入ると一番奥に腰を下ろした。

「久しぶりの個室だな。リラックスできそうだ。バイト終わりの身にはありがたい」
「喜んでもらえたのならよかったよ。まだ夕方だし、平日だからかな?何にせよ個室の方が話はしやすいよね」

クラウドに続いて入ったセシルはその向かいに座ったのでバッツは少し迷った後にセシルの隣に座ることにした。出入り口に近い方が注文がしやすく、旅行とバイト疲れの二人よりも自分が動いた方がいいだろうと考えてのことである。
早速とばかりにメニューを開き、三人で何を食べて飲むかを決めるとバッツは店員を呼び、漏らすことなく注文をする。
程なくして酒と料理が続々とやって来たので三人揃って乾杯をし、空いた腹や喉を潤してひとまず落ち着いた。

「ここの料理とお酒は美味しいね。つい夢中になってしまうよ」
「あんたは上品な割にはかなり食うな。見ていて気持ちがいいくらいだ」
「ふふ。クラウドこそ」

穏やかに話しながらも箸を動かし、グラスを傾けるクラウドとセシルを眺めながらバッツは自分が確保した料理を口へと運ぶ。
仲の良い二人に会えば少しは気はまぎれるかと思ったが、出がけに見た光景がどうしても頭から離れない。友人達の話も料理の味にも集中できないが二人にそれを悟られないようにバッツは機械的に料理を口へと運ぶ。話を聞きながら時折相槌を打っているとクラウドがセシルに旅行の話題を振りはじめた。

「そういえば旅行に行ったと言っていたが、どうだったんだ?」
「うん。兄さんと幼馴染と三人で行ってきたよ。兄さんがね、まとまった休みがとれたから久し振りに遠出しようかって話になって避暑地コーネリアへね」

セシルの口から幼馴染という単語が出るとは思わず、バッツは僅かに身を強張らせ、セシルの方へと視線を移す。
セシルに兄がいることを日々の雑談の中でも聞いたことがあるが、幼馴染がいるとは初耳だった。
彼らと楽しいひと時を過ごしてきたらしいセシルはその時のことを思い出しているのか目を細め、柔らかな笑みを浮かべており、表情から仲の良さと絆の深さを感じられた。

「セシルに幼馴染がいたんだな」

ぽつりと呟くバッツにセシルはうんと頷き、話題の幼馴染のことを楽しげに話し始める。

「うん。カインって名前で幼稚園の頃からの仲なんだ。実は大学も同じなんだけど学部が違うから学内で待ち合わせをしない限り会うことはほとんどないから二人に話すのは初めてだったね」

セシルとカインと言う名の幼馴染は自分達と同じくらい長い付き合いがあり、仲が良いらしいことにバッツは胸に何かがつっかえるような感覚に陥る。
ほんの数日前なら、スコールと仲違いがなければそうは感じなかっただろうにとバッツはつっかえを取ろうとするかのようにグラスを傾けた。
それに気付いていないセシルは話を続ける。

「今回の旅行、兄さんの仕事疲れが取れるように涼しいところでのんびりしようってカインが場所を決めて色々手配してくれてね。車の運転は兄さんだったから僕は二人にくっついて行っただけだったなぁ」
「あんたらしいな」

おっとりした気質のセシルらしいとクラウドは小さく笑みを浮かべるとセシルは笑みを返し、手荷物を取り出し、テーブルの空いたところへと置き始める。置かれた色々な種類の小箱や瓶、袋などをクラウドはしげしげと見つめた。

「チーズにソーセージか。コーネリアのものは美味いと聞いたことがある」
「うん。あとはジャムも買ってきたよ。どれも試食したら美味しかったから迷ってしまってね。クラウドもバッツも好きなの選んで?」

持ち帰る用の紙袋を取り出しながらセシルはバッツもと視線を移したがバッツが黙ったままであることに気付き、首を傾げた。

「バッツ?」
「へ?あ?何?」

呼びかけられ、バッツは慌てた様子で取り繕う。
セシルはおっとりしてはいるものの勘が鋭く、人の些細な変化も見逃さない。現にバッツの心を探るかのようにじっと瞳を見つめている。様子を伺っているようでバッツは悟られないようにと笑みを浮かべて誤魔化そうとしたものの遅かった。

「……今日のバッツいつもと違う気がするのだけど何かあったのかい?」

心配そうに問いかけるセシルにバッツは小さく呻く。
スコールとのことを少しの間でもいいから忘れようとやって来たのに友人を心配させてどうする。己に突っ込みを入れつつもこの状況をどうしたものかと悩んでいると追い討ちとばかりにクラウドが口を開いた。

「どこか上の空だったのは俺も気付いていたが本人が何も言わないのなら放っておこうと思っていた。セシルは優しいな」

クラウドも気付いてらしいことにバッツは内心がっくりと項垂れる。隠したり取り繕うことすらできないほどスコールとのことが痼りになっていたらしい。

「友人二人にここまで言わせて心配させてもだんまりするつもりか?」

脅しのような自白の強要をするクラウドにバッツは黙りこくるとセシルはまぁまぁとクラウドを宥めた。

「クラウド、その言い方は良くないよ?素直に一人で抱え込むよりも話した方がいいんじゃないかと言えばいいのに」
「そう言うのはあんたの仕事だ」

セシルに真意を読まれ、クラウドはふん、と鼻を鳴らすとグラスを傾けた。
友人らしい気遣いにバッツはふっと笑みをこぼす。二人の言う通り、話すことで頭と心の整理がつくこともあるだろうとスコールのことと、先日あった出来事を二人に話すことにした。



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続きます。一人で悩む必要なんかないさ……ということで。


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