味見

旅暮らしをしていると限られた器具、手持ちもしくは現地調達した食材で調理をしなければいけない。しかし、女神の加護のもとにある古城を拠点とするようになってから調理専用の器具に設備、手に入れた食材の備蓄と長期保管できる場所と敵襲を気にせずに食事できる場所を確保できるようになったため食事の質の向上と安定した供給力を手に入れることができた。
特に調理を得意としている仲間からは旅暮らしでは難しかった料理に挑戦したり、様々な調理法を考えられるようになったと好評で、旅の中では一つの皿で済ませられる簡単な食事が中心であったが主菜以外に副菜まで分けて作るのが最早日常となりつつあった。
戦いの最中ではあるものの日々の楽しみが少ない中で食事を更に楽しむことができるのであれば調理と片付けなどの負担はどうということはなく、皆この状況をむしろ喜ばしいことであると捉え、調理が不得手な者は様々な食材の調達に、調理をする者はより美味なものを作ろうと励むようになった。
調理が得意な方であるバッツは今日も一日働いた仲間達の為に美味いものを作ろうと調理場で奮闘していた。
今日の献立は仲間が狩ってきた鹿肉のシチューに新鮮野菜のサラダ、ふっくら焼いたパンとチーズに食後には切った果物を出す予定である。成長期の若者が多いので大鍋いっぱいのシチューでもあっという間に空になる。作っている側からしたら甲斐があったと嬉しくなる。今日もみんなを腹一杯にさせよう。
戦いに赴く時とはまた違った使命感のようなものを感じながら最後の仕上げに取り掛かろうとした時に入り口の方から人の気配を感じた。

「よ、何か手伝うことあるかい?」
「ジタン。それにスコールも」

入り口にいたのはジタンとスコールだった。二人は今日は探索任務で外に出ていた筈。よく見ると手にはゴロゴロとした子供の拳サイズの何かが大量に入った袋が握られており、任務を終わらせて真っ直ぐこちらにやってきたのであろうことが伺えた。

「実はさ、スコールと外に出ていた時にスモモを見つけてさ。晩飯の後にどうかと思って持ってきたんだよ」

上機嫌な様子でジタンはバッツのそばにやってくると手にしていた袋を開き、中身をバッツに見せる。袋の中には赤紫の瑞々しく丸々としたスモモが大量に詰まっていた。

「へぇ。もぎたてのスモモか〜」
「どうだ?食べられそうか?」

ジタンに続きスコールが聞いてくるとバッツはいくつかのスモモを手に取ると品定めをするかのようにじっと観察し、やがて袋に戻し、もう少し時間をおいた方がいいかもしれないと助言した。

「新鮮なうちも酸味があっていいと思うけどさ、多分涼しいところで追熟させた方が甘みが増していいと思うぞ?」
「そういうもんなのか?」
「ああ。店とかで売られているものは食べ頃を見越して出してくれたり、加工したりしているからなぁ。甘いのが好きなら数日置いた方がいいよ」

そう答えるバッツにジタンとスコールは顔を見合わせるとバッツの言葉に従った方がいいだろうと判断したのか二人ともそうしようかと頷いた。

「摘みたてが一番ではないというわけか……」
「まぁ甘いのが好きなやつが多いからバッツの言う通り寝かせた方が良さそうだな。ティナやオニオンナイトあたりが特に喜ぶかと思ったんだけどなぁ」

少し残念そうに呟くジタンにバッツは少し後になるだけだからと苦笑する。

「まあまあ。採った方からしたら早く食ってもらって喜んでもらいたいって気持ちもわかるけどさ、食べてもらうなら特に美味く食べれる時がいいじゃないか」

そうだろ?とバッツはスコールの方へ視線を向けるとスコールの方は肩を竦めて別にと呟く。気にしていない風であったがどうでもいい、関心がないという感じではなかった。
バッツとスコールの顔をジタンは交互に見るとやがてぷっ、と小さく笑いこぼすと頷いた。

「どうせ食べるならみんなが美味いと思う方がいいに決まってるな。な、スコール?」
「……俺は別にどちらでもいい。任せる」

小首を傾げて同意を求めるジタンを鬱陶しそうに手で払う。
本当にどうでもいいのならさっさと二人に任せて退散しているはず。先程の別にという言葉は壁や境界を作ったり遮断ではなく会話に参加しているからこそ出た言葉だと察し、最初の頃の様に他者を寄せ付けないようにするためではないことだとわかって嬉しく思った。

「じゃあ今日採ってきたやつは食料庫かな?あそこ、涼しいし風通しもいいからな。オレが持っていくからスコール、後は手伝い任せた」
「は?」

そうと決まればそっちに持っていくとジタンはさっさと決めるとスコールの返答を待たずに台所を出て行ってしまった。

(ま、スコールのあの様子ならバッツに任せても大丈夫だろ。それに……)

そこまで考えてこれ以上は野暮かとジタンは小さく笑みを浮かべるとスモモの袋を抱えて目的地へと向かったのだった。



収穫物を一人さっさとしまいに行ってしまったジタンに、後を追うのもおかしいのでスコールはとりあえずバッツに手持ち無沙汰なので何か手伝うことはないかと問う。食事の準備はほぼ終わったらしく食器の準備を頼まれたのでスコールは人数分の皿やカップ、フォークやスプーンなどをまとめるとバッツは助かったと笑いかけてきた。
大したことではないどころかほぼ何もしていないのにも関わらずそれでも礼を言われると何だかくすぐったいような気分になる。バッツの朗らかな人柄もあるがそれ以上に想いを寄せ合っている相手であることも少なからず関係しているのであろう。
仕事とはいえ二人きりの機会を与えてくれたジタンにスコールはこっそり感謝すると追加で他に手伝うことは何かないかと聞くとバッツは少し考えた後にそうだとばかりに指を鳴らすとシチューの入った大鍋の蓋を開けて味見を頼んできた。

「最後に味を見て必要があったら整えるだけなんだけどさ。作ったおれよりも客観的な意見を聞いた方がいいよな」

バッツはそう言いながら鍋の中を数回かき回す。ふわりと舞ったシチューの香りはたくさんの野菜と肉が使われているのであろう。食欲をそそるいい香りがした。濃い焦茶色のそれから丁寧に時間をかけて野菜を炒め、煮込まれて作られたのは料理がそれほど得意ではないスコールでも察することができた。
味見をするのにいい塩梅になったのかバッツは手元に置いてあった小さなスプーンに手を伸ばし、鍋の中をひと匙すくう。まずはスコールの前に自分用に手の甲の上に少し垂らすとそれを躊躇いもなく舐めとる。舌に肉と野菜の旨味をたっぷり含んだシチューの味が広がり我ながら美味い、とは思う。しかし、

(これをおれ以外のやつがどう思うかなんだよなぁ)

料理を作るの好きであり楽しくはあるが食べるのは自分だけではない。仲間達も口にするからこそ仲間達が美味いと思うものを作りたい。自分が美味いと思って作った物が自分以外の人間が食べてもそう思うものに仕上がっているか試してもらうのも大事なことだ。
使ったスプーンでまたひと匙シチューをすくうと今度はスコールの方へと向けると試して見てくれと差し出した。

「ほい。今度はスコール。味の濃い薄いとかあるなら言ってくれよ」
「……」
「ん?どうした?」

無言のままじっとスプーンを見つめるスコールにバッツは首を傾げる。もしかして、苦手な料理だったのだろうか?そういえば味見をしてくれと言ったもののスコールからまだ同意を得ていなかったことに気付く。

「なんだ?味見ダメなのか?」
「いや、そうではないが……」
「が?」
「変わった味見の仕方をするのだなと思ってな」
「変わったって?」
「手の甲にシチューを落として……」
「ああ。なんだそのことか。あれはスプーンに一度口をつけたらシチューの鍋にまた突っ込めないだろ?変えなくてもいいように、何度も使いたい時はそうしてるんだ」

念のため衛生に気をつけた方がいいだろ?とバッツは笑いかけた。
「まぁその都度変える奴もいると思うけどさ。少しとはいえ洗い物は減らした方がいいしな。だからおれが味見をする時は手の甲に落とせるものは落として舐めてるんだよ」
「なるほど」
理解したとスコールが頷く。そういや他の仲間は小皿などに盛ってそれに口をつけて味を見る者もいる。手の甲に落として確かめる者は少ないのかもしれない。
「まぁ珍しかったのなら気になるだろうな。あ、お前はこのままスプーンに口つけて使ってくれていいぞ。おれは確かめたしあとはお前が使うだけだろうからな」
ほいとスプーンを渡すとさぁどうぞと味見を促す。美味いと言ってくれるといいがとバッツはスコールが味を見るのを待つ。しかし、スプーンを手にしたスコールは暫し無言の後にバッツが思いもよらない行動をしてきたのだ。
てっきりスプーンを口に含み、味を見るのかと思いきや突然バッツの手首を掴むとバッツが味を見た時と同じ手の甲にスプーンのシチューを垂らす。

「へ?」

突然の行動に驚き、何でそんなことをするんだと問う前にスコールはバッツの手首を自分の口元に引き寄せ、舌でシチューを舐めとる。温かく、湿った舌の感触がくすぐったい。唇が少しも残すまいと軽く吸い付き、ちゅっ、と小さなリップ音を奏でる。
味見のはずなのに、まるで物語の騎士や王子が姫君に忠誠や愛を誓うかのように手の甲にキスを送るかのようでバッツは自分の頬が熱くなるのを感じ、照れといきなり何故そのようなことをしてきたのかと困惑もあってスコールを軽く突き飛ばし、距離をとった。

「な!おまっ!何でっ!?」

何でこんなことをするんだ!と言いたいのにうまく言葉を紡げない。スコールとは想いを通わせているとはいえ、どこか色事のように見えてしまうような行動をいきなり取られたことに心臓が壊れた時計のように早く鼓動を打ち、全く落ち着かなかった。
目を白黒、口をパクパクさせ見るからに狼狽えた様子のバッツにスコールは「味見だ」と答えると再び手首を掴み、抱き寄せて腕の中に閉じ込めると顎に手を添えて口と口を合わせる。

「んむっ!」

くぐもった声を漏らすバッツの唇に吸い付き、何度も角度を変えて柔らかな感触を堪能する。
バッツが味見をした時、手の甲に唇を寄せる姿がスコールにとってはただ味見をしているだけには見えなかった。形の良い唇を己の手の甲に落とし、吸い付く姿はまるで口づけをしているようであり、小さなリップ音が漏れる唇の隙間から赤い舌先が覗き、見え隠れしているからこそ誘うかのように見えて官能的に感じてならなかった。
普段朗らかで色気よりも食い気の彼のそんな姿に当てられて、ただの味見のはずなのにタガが外れてしまった。それに加えて唇を寄せた時に見せた彼の反応が想いを言葉だけでなく身体でも通わせた仲であるのに初々しくて可愛く、そんな姿を見て愛おしい気持ちで溢れた。
仲間がいつ来てもおかしくない場所なのに触れたい衝動に駆られた結果がこれだった。
唇の柔らかさを楽しみながら舌を差し入れ、バッツの舌先を探し出すと絡め取り、吸い上げる。その甘い感触に暫し没頭した後に解放すると咎めるような目つきでバッツが睨んできた。

「いきなり、なにすんだ!」

誰か来たらどうするんだ。そもそもシチューの味見を頼んだのに何故こうなる。
色々言いたいことがあるが激しい口づけから解放された直後で上手く言葉を紡ぐことができなかった。
絶え絶えのバッツにスコールは小さく喉を鳴らして笑う。

「さっきも言った通り味見だ」
「はぁ!?どこがだよ!?」
「シチューもあんたも美味かった」
「なっ、なぁ!?」

憎らしいほど平静に答えるスコールにバッツはまごつく。スコールは外見は大人びてはいるが中身は年相応の少年で恋愛面では殊更初々しい反応を見せる。その少年が大人である自分を翻弄させるようなことをしてくるとは。

(す、末恐ろしいやつ……!)

今はうぶな少年だが数年後どんな姿になっているか。先程の行動から将来の彼の片鱗を垣間見たように思えてならなかった。
もしまた今回のような行動を二人っきりとはいえ誰が来るとは分からない場所でいきなり取られたらたまったものじゃない。
していいことと悪いことがあることを注意しておかなければとバッツは口を開きかけたが、間の悪いことに仲間達の気配が近づいて来る。どうやら任務を終わらせた者達がそろそろ夕飯時だとやって来たのだろう。耳をすませば腹が減った、今日のメニューは何だろうかと会話の内容が断片的に聞こえてくる。その中にはジタンの声も混じっていて、わざと大声で喋って人が近づいていることを知らせてくれているのであろうことを察した。
自分達を少しでも二人きりにしようとしてくれただけでなくこのようなことまでしてくれるとはとバッツは頭が上がらない思いを抱いた。
仲間達が近くにいるのに流石に痴話喧嘩のようはことをするわけにはいかず、バッツは渋々スコールにシチューの大鍋と食器類をワゴンに乗せて運び、給仕を手伝ってくれと頼んだ。

「話は後だ。スコール、みんな腹減ってるだろうし先に飯の準備に取り掛かるぞ。おれは飲み物とかパンとか、その他のもんを運ぶから」
「了解だ」

口惜しそうなバッツの様子にスコールは目を細めると大人しく指示に従って鍋をワゴンに乗せ、食器類を準備しようとすると既に自分の運ぶ分をワゴンに乗せ終えたバッツが先に行くと声をかけてきた。それに了解したと頷いたがバッツはすぐに動かず、少し怒ったような、赤い顔でスコールを見つめるとやがてスコールにしか聞こえない小さな声で話しかけてきた。

「お説教は夜に……味見の続きもだ」

素早くそれだけ言うとさっと身を翻してガラガラと派手な音を立てて食堂へと行ってしまった。
バッツの言ったことがすぐに理解できず、スコールは数秒硬直した後にやがて口元に手を当て、緩むのを隠した。
バッツが先程の行動に対して何か言ってやらないと気がすまないだろうとは思っていたがまさか続きを強請るとは思わなかった。不意打ちのような口づけへの仕返しに照れさせようとしたのか、それともやられっぱなしが悔しかったが為にあえてそう言ったのか。彼の真意はわからないが今夜逢瀬できるということに照れと嬉しさが溢れ、表情に出てしまいそうであった。

(……敵わないな)

年上の想い人の不意打ち返しにスコールは心の中で呟くとまずは自分の仕事をこなそうとする。
逢瀬の前に彼の機嫌をこれ以上損なわないようにする為と、夜に備えて自分も腹ごしらえしなければ。
緩みそうな頬を引き締めようとばちんと両手で叩いて表情を整えるとスコールはワゴンを押し、バッツに続いて調理場を後にしたのであった。


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甘めに。
たまには意地の悪いスコさんでも。


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