久遠のかけら -4-

翌朝目覚めると隣で眠っていたはずのスコールの姿はなかった。普段はバッツの方が目覚めるのが早いので寝坊してしまったと思い、飛び起きて窓から空を確認したが陽の様子からむしろ少し早いくらいの起床であったことが分かった。お互い偶々早起きしただけだのことなのだろうか。

(昨日とは逆だなぁ)

バッツは首を傾げながら身支度を整えダイニング兼リビングに向かったがそこにもスコールの姿はない。かわりにテーブルの上にメモが残されていた。
こちらの世界にやって来てからいつの間にか文字を習っていたらしく、たどたどしい字で外出することと朝餉の準備までには戻ると書かれていた。

(スコールの奴いつの間に文字なんて書けるようになっていたんだろ……)

幼い子供なら兎も角、成人していてから新しいことを学ぶのは踏み出す勇気と根気が必要だ。文字を習う以外にも最近は当たり前となっていたが生活を営む為に村の人間と仕事をすることも同様である。自分が知らない、気付かないところで努力してきた部分はこれ以外にもあるだろう。
知らない土地どころか別の世界からやって来たスコールにとってここまで来るのに決して楽ではない道のりだったはず。彼が、自分がいるこの世界で生きることを決めたのだということを実感させられバッツはぐっと胸に拳を当てた。

(スコールが前を向いて歩いているのに何やってんだおれ)

久方ぶりとはいえ母親のオルゴールの音色を聴いてから昔のことを思い出して一人気分を沈ませて。

「親父と母さんのことは大事だけど今いる人のことをもっと大事に考えなきゃいけない……よな」

自分に言い聞かせるように呟くと外に出ているスコールを探そうと家を出ることにした。
扉を開けて外へと出ると昨晩の雨風で大量の葉が道に舞い落ちており、折れた木の枝が無造作に転がっている。今日も宿屋の主人の仕事に向かう予定だったが村内外の道に倒木や土砂崩れなどの危険がないかどうか見て回った方がよさそうであった。
このようなひどい有様の中スコールはどこに行ったのだろうかと探しているとふと両親が眠る墓地への道に視線が向いた。縁のないスコールがそこに向かうとは思えないが念のためと雨風で墓が荒れていないかが気になったのでそちらに歩を進めることにした。
ぐしょぐしょに濡れた道は足取りが普段に比べて重く感じる。加えて昨日のこともあるので二人が眠る場所に向かってもよいものかとも考えてしまう。愛し、愛された存在をこんな風に思うなんてとバッツは少しでも気を紛らわせる為に頭を振るがあまり効果はなかった。
両親が眠る墓標間近のところで……と自分に難儀しているとふと人影が視界に入った。
自分と同じく昨晩の嵐の後の様子を見に来たのだろうか?
人物を特定しようと目を凝らすと人影は見慣れた人物であったことが判明した。

「スコール?」

墓地に佇んでいたのは村にいる人間の中でこの場所に一番用がない人物であった。この世界にやって来て多少時間が経過しているとはいえ、ここに眠る人物にスコールが知る者はいない。
様子をもっと伺えるようにそっと近づくと彼は自分の両親の墓標の前に立っていることがわかった。
この場所をバッツはスコールに教えていないので村人の誰かから聞いたのであろう。
一体何故ここにいるのだろうか?わきあがる疑問に気を取られ、足元の小枝に気がつかず踏んづけて折ってしまう。
パキッと軽い音が響くと墓標に顔を向けていたスコールが音の方へ、バッツの方へとさっと顔を向けてきた。
突然の物音にスコールは目を見開き、張り詰めたような表情を浮かべている。無理もない。知らないうちに背後に人に立たれたら誰でも驚く。

「よぉ」

一言声を掛けて手を軽く振るとスコールは掠れた声で何故ここに…?と呟いた。
バッツへの書き置きにここへ向かうことを書いていなかったのでやってくるとは思わなかったのだろう。場所を書かなかったのは黙っていようと思ったのか、それとも単に使える言葉がまだ限られているからなのか。どちらかはわからないが。
バッツは苦笑を浮かべるとスコールの元へと歩み寄り、その隣立つと墓標に視線を移す。両親の墓標は昨晩の嵐の後にも関わらず状態は綺麗であり、真新しい花まで供えられている。スコールが手入れをしたのは一目瞭然であった。

「綺麗に掃除してくれたんだな。それに花も。ありがとな」
「いや……」

旅暮らしの時、この村に訪れた際には両親の墓を詣でていた。しかし、ここ最近はこの村で久々に長期滞在する為の住居の確保や生活基盤を築くこと、加えてスコールがやって来たことなどもあって疎かにしてしまっていた。……眠る両親と向き合うのを極力避ける理由にしていたのだ。

(ここに来るとどうしても意識しちまうな……母さんと親父がもういないということを……悪いことをしちまったことを)

母親と父親は亡くなったことは理解しているが心の中では二人との永遠の別離を受け止め、消化しきれていない部分があった。
幼い頃、旅から帰ってきた父に自分を連れて行って欲しいとこっそりと強請った夜に母は倒れ、帰らぬ人となった。その出来事から自分が母の元を離れることを口にしたからと幼い心に深く刻み込まれ、母がいなくなったのは自分の所為だと責めるような気持ちは今も心に残っている。
そして、唯一の肉親である父も他界し、天涯孤独となった。形見を母の元へと頭では思っていたものの心の整理がつかず、長い間父をこの村へ帰してやることができなかった。
両親との思い出の土地であるはずなのにこの場所は両親がもうこの世にはいないのだと感じさせる、孤独と後悔が押し寄せる場所でもあるからそこへ足を踏み入れることへ躊躇いがあった。

(いつまで経っても消えないんだな)

父と母が眠る場所を一瞥するとスコールに何故ここに?と問う。スコールは言葉に迷ったのか少しの沈黙の後、ここに行き着いた訳を話し始めた。

「昨日、仕事からの帰りに村の人から聞いた。この場所にあんたの両親が眠っていると。昨晩の嵐の見回りも兼ねて行ってみよう思ったんだ……たまたまだ」
「そっか」

たまたまと言っているがそれは嘘であるとバッツは感じていた。黙ってここに来たのも多分スコールがバッツ自身の中に渦巻いている両親への複雑な感情を悟ってのことだろう。共にこの世界で生きると決めた相手である自分がこの場所へ連れて行くべきなのだろう。そしてここに眠る両親にも会わせるのが遅くなってしまったこと。二重に心苦しくなる。

「ごめんな……おれの勝手で気を遣わせちまって」

そっと呟いた謝罪の言葉にスコールは片眉をピクリと上げ、じっとバッツを見つめるとやがて口を開いた。

「謝ることじゃないだろ」
「スコール?」
「ここに来たのは俺の勝手であんたが謝るとかそういうことではないだろ」

そう言い、バッツのそばによると頬に手を当て、人なでする。優しく、掌から親指の腹で撫でられるその仕草はまるで涙を拭ってくれているかのようだとバッツは感じた。

「墓は生きている人間の為にある場所だ。たとえここに大切な人の肉体やその一部がここにあったとしてもその人本人がいるのとは違うと思う。魂云々は死者ではなく生者が言っていることだから実際はどうであるかわからない。生きている人間が喪失の悲しみや死者の生前を思い出し懐かしんだりする為のもので気持ちの整理をつける場所だと俺は思っている。だから……あんたが来たいと思った時に来ても来なくても問題ないだろ」

淡々としてはいるものの心情を察し、気遣っているのだとバッツは感じる。だからこそ、自分だけが悩み、スコールにそうさせてしまっているのが申し訳なかった。

(今一緒にいるのはスコールで、おれに会う為だけに元いた世界から単身ここに来てくれたのに……大切な人と別れてここに来ただろうに)

元いた世界とともにいた者達と別れ、ここにひとりやって来て、自分とこの世界で生きると決めたスコールに対して何をやっているんだと責める。
俯くバッツにスコールは撫でていた頬の手を止めると、その手でバッツの腕を掴み、抱き寄せてきた。

「スコール」

こんなところで。誰か来るかもしれない。その言葉を発する前にスコールが耳元で呟く。

「自分の心の赴くままでいいだろ」
「え?」

言葉の意味がわからず聞き返すと抱き寄せられた腕の力が緩められたのでバッツはスコールの顔へと視線を移す。出会った時はほとんど変わらなかった背丈のはずなのに今は少し見上げないといけない。嵐の後の醒めるような青空と朝の淡い陽の光を背にしたスコールは柔らかな、慈愛に満ちた笑みを浮かべており、眩しさに思わず目を細めた。

「あんたの孤独や、抱えているものは俺にはわからない。だけどそれを含めてがあんただ。そんなあんたと共に生きると決めた。だから勝手でいい。どんなあんたであろうと俺は俺で勝手に食らいついて行くつもりだから、あんたは気にしなくていいんだ」

昨晩バッツが寝台から抜け出し、母親の形見のオルゴールを見つめていたところを夜闇からそっと覗いていた。表情などは読み取れなかったがその身が普段に比べて小さく見えた。スコールはバッツの生い立ちは端的にしか知らないが両親との別離が孤独やさみしさを漂わせる原因となっているのではないかと感じていた。
バッツが背負うものを癒し、共に背負えるものとスコールは思ってはいない。これはバッツ自身のことでそれを他者がどうにかできることではない。だから、何ができるかとかではなく、ただそんなバッツの傍にいたい。そう思ったのだ。
スコールは慰めるように、また頬を撫でるとバッツは瞳を閉じてそれを受け止めた。
掌はあたたかくとても大きい。幼い頃に父や母に触れられた時と似たような感情が湧きあがるが違う掌。そっとその手に触れる。自分とは違う体温に触れるのは心地がよかった。
父が亡くなり、一人で旅をしていた時は頬を撫でてくれたのは吹く風だけだった。だから、旅をしている時は風が自分の手を引き、包み込んでくれると風を頼りに旅をしていた。

(ひとりじゃなくなったんだな。本当に)

触れられ、触れると改めて思う。ひとりでいることが当たり前だった時とはもう違うのだと。
うっすらと目を開くとスコールは変わらず自分を見つめてくれている。
初めて顔を合わせた時は、目の前青年は孤独を恐れるが故に孤独であろうとしていた。少年故の不安定さもあって手をとったのは自分であったのに今では逆になってしまった。

「スコールは、おれの知らないところでいっぱい乗り越えてきたんだろうな」
「バッツ?」

首を傾げるスコールにバッツは小さく笑うと重ねていた頬の手を握り、下におろした。丁度手をつなぐ形になるとお願いだと呟いた。

「もし、おれがひとり迷っている時はスコールが隣に吹く風になってくれ。時に頬を撫で、時に包み込み、時に手を引く……」

自分の為に元の世界に別れを告げたスコールに対して我ながら身勝手な願いだとはわかっていた。しかし、もう一度結ばれた手はもう、離したくなかった。
バッツの願いにスコールは結ばれた手を一層強く握り返してきた。

「当然だ。あんたとはもう離れたくない。たとえあんたが離れようとしたとしても離すものか」

この世界でともに生きて行くと決めたから。
その言葉と繋がれた手の硬さにスコールの意志の強さを感じる。
亡き両親を思い出すと今も孤独を感じる。けれどそれを心に抱えた自分はもう独りではない。

「さぁ、今日はもう帰ろう。また、来ればいい」
「うん……」

手を引くスコールに合わせて両親の墓に背を向けて歩き始めると前から微かに風が吹き抜けバッツの頬をひと撫でして通り過ぎて行く。その風にバッツは思わず振り返ると風は備えられた花を揺らした。

(あ……)

スコールは、ここに眠る本人がいるのとは違うと言っていたけれど、今の風がバッツには偶然とは思えなかった。墓が生者の為場所であるのなら自分は両親がここにいると思ってもいいだろう。

(心配、かけさせちまったかな)

偶然の風に足を止めたバッツにスコールがどうしたと?と聞いてくる。それになんでもない、とバッツは柔らかな表情を浮かべると前へと歩き出す。

(今度はちゃんと二人でここに来よう。母さんが大事にしていたあのオルゴールを持って……)

幼い頃に母と聴いた優しい旋律のオルゴールを今度は4人で聴こう。
孤独を感じたその思い出の旋律は再び優しい思い出ともなるだろう。
もう、独りではないのだから。

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これにて久遠のかけらは完結です。長々と引っ張ってしまった上に更新に間があいてしまい大変申し訳ございませんでした。
レオバツといいますか、何年か経過した後に再会したスコバツは書いていてとても新鮮でした。25歳のスコールは落ち着いていて包容力ありそうだなとか、バッツさんは人からの気持ちを受け止められる(距離を保ちつつ与える側のような気がします)素直さをもっていたらいいなとか、弱さを見せてくれてもいいんですよ?とか考えて書いておりました。
これから先共に生きていくと決めた二人に幸がありますように……そう願いを込めて終わりとさせてただきます。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。



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