特別な適任役

コスモスの戦士の人数が集まり、拠点となる建物を見つけた頃のことであった。定住ではないものの、テントでの移動暮らしの時とは異なり雨風しのぐことができれば生活を営む為の設備が整った建物での暮らしは戦士達に多かれ少なかれ安心感を与えてくれるものとなった。しかしその安心感から自覚のない緊張感から解放され、静かに溜まっていた疲れが思わぬ形で現れた者も少なくはなかった。

「オニオンの次はジタンとはなぁ……」

拠点内にある個室にて寝台に伏せっているジタンの横で看病をしながらバッツはしみじみと呟いた。拠点を持ってから数日後、コスモスの戦士達の中に体調不良を訴えるものが出始めた。生きるか死ぬかの戦いに身を起き旅暮らしに心身共に負担を抱えていたのだろう。最初に召喚士の少女ユウナが疲労からくる発熱に倒れ、それに続いて先日はオニオンナイトの少年が免疫力の低下からか風邪をひき、それをもらってしまった形でジタンが伏せってしまった。

「す、まねぇな……」
「気にするなよ。ここに移るまで結構大変だったからこんな時もあるさ」

毛布をかぶり、もそもそと詫びるジタンにバッツはいつもの笑顔で笑いかける。彼は言葉の通り気にしていないようではあるが、先日のオニオンやユウナの件で薬師の知識を生かして治療を任されていた。日々の任務は免除されていたものの、一日の大部分を薬草集めや症状に合わせた薬の調合に忙しかったはずだ。加えて女性であるユウナはティファがそばで看病をしていたがオニオンナイトの時はバッツが看病役をしていた。それに続く形で自分が倒れてしまい笑ってはいるもののバッツも疲れているに違いない。しかし看病を断れるほど自分の体に余裕がないことも重々承知であるのでジタンは申し訳なさで熱混じりの熱い吐息を吐いた。
体が自分のものではないかのように重い。熱で脳が溶けてしまっているのではないかと思ってしまうくらいに意識が混濁しかかっている。世話をしてくれているバッツの声がいつもよりも遠く、少し不安になる。こんなことになるとはと己の自己管理意識の甘さをジタンは呪った。
苦虫を噛み潰したかのような普段のジタンからあまり見られない表情にバッツはどうしたものかと顎に手を当て考える。先程薬は飲ませたものの効くまでに少し時間がかかるだろう。薬が効いてくる間に少しでも心身の負担を軽くしてやれる即効性があるものはないだろうか。その方法がないかバッツが自分の知識や記憶を掘り下げようとしたところで扉を叩く音が聞こえてくる。入ってもいいと返事をすると誰かを連れてきたらしいスコールが中に入ってきた。

「ユウナを連れてきた。病で消耗した体力を回復する役目に適任だろうからな」

説明するスコールの後ろからおずおずとユウナが姿を表す。先ほどの考えていた即効性のある方法、白魔法での回復なら彼女が適任である。バッツは助かるよと二人に笑いかけるとユウナは軽い会釈で返してくる。普段使っている杖を手にしており、いつでも回復に取りかかれる用意もしてきたらしい。ユウナは心配そうな表情を浮かべながらスコールを通り越して室内に入ってくるとベッド脇に近づき、ジタンに話しかける。

「大丈夫?」

ベッドに横たわり、苦しそうに呼吸をいているジタンにユウナは顔を覗き込んで聞くとジタンは掠れた声で「あまり……」と返した。召喚士であり、白魔法に長けた彼女は仲間の回復役を買って出ることが多く、こうして調子の悪いジタンの看病役に自ら手を上げてくれたのだとスコールは説明した。女性好きで女性に対しては人一倍の気遣いを見せるジタンだが返事から余裕が一欠片もないということなのだろう。心配そうな表情を浮かべるユウナにバッツは大丈夫だよと小さく笑いかけた。

「少しだけだけど、さっきティファが作ってくれた粥を食べて薬を飲んだからさ。多分今が一番苦しいだけだよ。薬飲んでたっぷり休めば心配ないと思うぜ」
「でも……」
「苦しそうにしてるのは熱で体の節々が痛いからなんだ。だからケアルをかけて少しでも体力を回復させてやってくれないかな?あとは薬とジタン本人が何とかするさ。ケアルは仲間の中でユウナが一番だからさ」

ユウナの心配が少しでも軽減させようと丁寧に説明するとユウナ本人もそれを汲みとり、理解をしてくれたのか先ほど浮かべた心配そうな表情が和らぎ、柔らかな笑みを浮かべてきた。

「……はい」

バッツの言葉にユウナは頷き、ジタンに向き直ると手にしていた杖をゆっくりと振るった。淡い光がジタンの体に降り注ぎ、身体に吸い込まれて行くとジタンは苦しそうな息づかいでユウナの方に視線を向けてきた。

「げほ……サンキューな……ケアル、よく効くよ……」

少しは体力が回復したらしいジタンが律儀に礼を言うとユウナが慌てた様子で「お礼はいいから」と休むように促す。
ユウナのケアルが効いたとはいえ、体力が一時的に回復しただけで病が治ったわけではない。ジタンの顔色はまだ悪く、病人特有の脂ぎった髪に紅潮した頬。窪んだ瞳からはうっすらと涙が滲んでいる。これは重症だなとバッツは頭の中で呟くとケアルをかけたことでの体力の消耗と、ジタンの風邪が移るといけないからとユウナとスコールに部屋を出て休むようにとすすめる。二人もジタンが落ち着いて休めるようにその方がよいと思い、看病の交代が必要であれば呼んで欲しいとだけ言い、部屋を出て行った。後ろ髪を引かれる思いがあるらしく何度も振り返る二人を見送るとバッツはジタンの額にのっている濡れタオルを絞りなおそうと手を伸ばす。すると二人がいなくなったのを見計らってかすれた声でジタンが呟いてきた。

「なさけねーな……特に女の子に心配かけさせちまって……」

こんな状態なのにユウナの、女性を気にするジタンはやはりジタンかとバッツは苦笑を浮かべる。

「気にすんなよ。誰だって弱っちまう時はあるさ」
「ユウナちゃんは優しいからだよ……自分のことよりも人のことを気にしちまう……まぁこれがスコールとか……それ以上にジェクトやラグナのようなガサツな野郎だったら違うけどさ……」
「はは。そう言うなよ。さっきのティファの粥、その野郎二人が食料調達してくれたんだぞ?カインはライトニングと一緒に薬の材料になる薬草が崖下にあるのを見つけて、危険なのに構わず採ってきてくれたしな」
「そこは……素直にありがたいわな……」

女性第一と豪語するジタンではあったが己の為に走り回ってくれた仲間達に対しては感謝しているらしい。ふうふうと大きく息をしながら治ったら礼を言わなきゃとつぶやく彼にバッツは額の手ぬぐい冷水で絞り、掛け直してやった。

「ま、そういうことだ。まぁ今は自分の身体を第一に考えろよ。薬は効いてるか?調合したのはおれだから効きがよくないようだったら言えよ?」

ジタンの病状を見てそれに合わせた薬の調合を行ったので経過と効きに合わせて調整の必要があれば……と思い話すとジタンは暫く瞳を閉じて考え、口を開いた。

「効き目はともかく……意識が朦朧としたり眠くなるのは何とかならねぇの?なんか気持ち悪くてさ……作ってもらって悪りぃんだけど」

ジタンの要望にバッツは少々困った表情を浮かべ首をゆっくりと横に振った。バッツも身体の不調以外のものはなるべく取り除いてやりたいとは考えてはいるものの、その不調を治す為の薬の副作用は個人差にもよるがどうにもできない。よほど副作用が強いのであれば別の方法も考えなければいけないがジタンを見る限りは問題のない範囲のようである。治療最優先とするのならば多少のことは我慢してもらわなければいけないこともあるのだ。ジタンのことなのでそれを説明すれば了承してくれるだろう。

「ん〜悪いんだけどそれは難しいなぁ。解熱と鎮痛の副作用ってやつだから効果と比例しちまうんだよ。眠気を抑えようとすると効きが鈍くなっちまう。まぁ病人には十分な休息が必要だしそこんところは我慢してくれ」

バッツの説明にジタンは渋々とした様子を見せたが納得はしたらしく大人しく「了解」と頷いた。早く治すのが最優先と考えているらしく枕に頭を沈め「休む」と一言だけ言うと瞳を閉じた。暫くして規則正しい寝息が聞こえてきたので眠りに入ったのだと判断するとバッツはほっと息を吐いた。

(苦しそうにしているけど、きちんと喋れてるな。まぁ大丈夫だと思うけど何があるかわからないから暫くおれが傍にいたほうがいいかも)

熱がある状態では自分で水を飲んだり、着替えすらもできなければ人を呼ぶのも大変だろう。自分が休みたい時はセシルかフリオニールあたりに言えばいいし、ユウナも手伝うと言ってくれた。病状が軽くなるまでは自分と仲間達で交代して付き添いをしようと決めるとバッツはベッドの傍に椅子を引き寄せて座ったのだった。
一方ジタンの部屋から出てきたスコールとユウナの二人は他の仲間達の元へと戻りジタンの病状を説明した。病気の広がりを防ぐことに加え、病人が休みやすいように看病をする者以外との接触は極力避けようと取り決めた為に見舞いができず気になっている者もいるであろうということであった。

「苦しそうにはしていたがユウナのケアルで多少体力が回復した。元気はないがいつもの軽口を叩けていたから大丈夫だろう」
「そうか。二人とも感謝する」

仲間を代表して光の戦士が礼を述べると自分は何もしていないとスコールは首を振る。

「俺は案内しただけだ。礼を言われることはしていない。ユウナと今も看病をしているバッツに言ってくれ」

そう言うと後ろの方から療養食の材料を集めてきた自分達も含めろとジェクトとラグナが騒いだので仲間達の何人かがそれを見て笑い、話はここで終わって解散となった。ジタンがまだ本調子ではないもののスコールの「大丈夫」がきいたのか皆安堵の表情を浮かべつつそれぞれの用事へと戻っていく。しかし、その中で皆に事情を伝えたスコール本人は心中複雑な思いを渦巻かせていた。

(ジタンが大丈夫そうなのはよかったが……)

ジタンが多少無理をしていたとはいえ、いつもの女性第一の軽い姿を見せてきたことに安心はしている。しかし、ジタンの病状と同じく気になっているのは自分一人看病役をつとめてているバッツの存在だ。自分以上に彼の方が適任であるのは理解している。薬の知識の深さと不測の事態への対応力の高さもあって皆が当然のように彼を頼り、任せてしまうのもわからなくはない。しかし、その頼もしい仲間は自分にとっては思いを通わせた相手である。自分の心の変化に敏感な少年にはこの感情が何であるのかすぐに理解できていた。
先日のオニオンナイトの少年や今現在病に伏せっているジタンがバッツを独占したくてしているわけではない。特にジタンは自分達の事情を知ってさりげなく導いてくれた恩人とも言える者である。そんな彼に対して小さな嫉妬とつきっきりではなく他の仲間と交代して看病をすればいいのにとバッツに対して不満を抱いているのだ。

(我ながら情けないものだな)

想い人と仲間に対して濁った感情を含ませ、平常心への侵食を抑えられない自分自身に投げるとスコールは自分の任務へと戻ることにした。この感情を少しでもいいからすぐにでも拭ってしまいたい。任務の目的以上にそのことが頭の中を占めたのだった。



夜、昼間の疲れもあり、うとうととしていたバッツだったが、横で大人しく眠っていたジタンの呻き声に微睡から引き上げられる。ジタンの様子がおかしいらしいことに気づき、薄暗がりの中そっと顔を覗き込むと苦悶の表情を浮かべ、目尻からうっすらと涙を流していた。どうやら悪い夢をみているらしい。その様子に起こした方が良さそうだと判断し、身体を軽くゆすろうとしたが、突然叫び声をあげてジタンは目を覚ます。あまりの声の大きさに至近距離のバッツは驚き仰け反ったが滝のような汗を流して荒い呼吸を繰り返すジタンに自分が驚いてどうするとすぐさま身をただした。ジタンのことなのであまりないとは思うが看病する側が少しでも頼りなさを見せることで患者の不安を煽ることがある。つとめて落ち着き、「大丈夫か」と問うとジタンは荒い呼吸を数回繰り返した後に大丈夫だとかすれた声で返答した。

「悪りぃ……熱からくる感情の昂りだと思うから気にすんな」

咳き込みながらバッツに顔と汗を拭くために濡れタオルをくれと言うと、バッツは新しいタオル取り出して水で硬く絞りジタンに差し出した。

「自分で拭くか?どこか拭いて欲しいところとか伝えてくれたらおれがするけど」
「いや……大丈夫。それくらいは自分でできる……」
「けどよ……」

その様子で大丈夫かと言おうとしたところで、扉を控えめに叩く音が聞こえてくる。こんな夜中にと思ったが先ほどのジタンの大声で誰か気にして様子を見にきたのかもしれないと思い、返事をするとフリオニールとスコールの二人が扉から顔を覗かせてきた。

「すまない。たまたま通りかかったらジタンの悲鳴が聞こえてきたから……」

フリオニールの一言にやはりそうであったかとバッツは思うと、顔を拭きながらジタンが説明した。

「ちょっと悪い夢みちまってさ。それで叫んじまったんだ。二人とも悪りいな。けど、たっぷり眠って汗かいたから昼間よりは楽になったよ」

だから大丈夫だと話すジタンから心配をかけさせまいとしているのがわかった。確かに昼間に比べて顔色はマシになったものの、まだまだ本調子ではないことはバッツも、やってきた二人も気付いていた。

「だからあとはひとりでゆっくり休んでるから3人とも自分の部屋に戻って休めよ……夜中に悪りぃな」

起き上がり謝ろうとするジタンをバッツとフリオニールが起きてなくてもいいと窘める。

「謝罪はいいから横になってろって。喋るのもしんどそうな上に悪夢まで見ちまったんだろ?ここにいるよ」
「バッツの言う通りだ。こんな時は誰かにいてもらった方が俺もいいと思う」
「だから大丈夫だって。何時間か置きに様子を見にきてくれるだけで十分だしよ」
「けどよぉ……」

もうひとりでも平気だと言い張るジタンに引き下がらないバッツとフリオニール。問答は平行線でありどちらも折れる気配はしなかった。夜のため声のトーンを少し落として話す三人にスコールは小さくため息を吐く。自分がジタンの立場なら看病は不要と言うだろう。しかし、病気を治して欲しい側からすれば治るまで油断はできないと思うのもわかる。自分の身であれば多少ずさんでもいいと思うがこれが他者となるとまた違ってくる者は意外と多い。それに加えてジタンが伏せってからつきっきりで看病をし、薬の調合までしたバッツならなおのことであろう。引き下がろうとしないバッツの気持ちを察してはいるのだがその気持ちに反して昼間に感じた薄暗いものがまた心を侵食し始めてくる。遠慮をしているジタンに対して引き下がらない想い人であるバッツに対して不満を抱いているのだ。それぞれの事情を理解しているのに心が納得していないが故の暗雲。もしバッツに対して淡い気持ちを抱いていなければジタンの言い分を理解しつつもきっとバッツとフリオニールの言う通りだと彼を諌め、看病を任せていただろう。

(子供じみた我儘を抱くなんて……そんなのどうかしている)

スコールはため息を吐くとその様子に気付いた3人が視線を向けてくる。スコールは普通に嘆息したつもりではあったのだが自身が思っていたよりも大きなため息だったらしい。心の靄が態度にまで出てしまったことに更に薄暗さが増しそうになった。

「どうした?スコー……」
「ジタン、あんたのことだ。他人に負担をかけたくないと考えて看病を断っているのだろうが病人をみている側からすればひとりにする不安もあるのはわかるだろう。治るまであんたは病人であることを自覚しろ。……誰も、あんたの世話くらい負担だと思ってはいないから大人しく言うことを聞け」

バッツの声を遮り、ぴしゃりと諌めてきたスコールにジタンは勿論、バッツとフリオニールも目を丸くして見つめてきた。これが面倒見の良いフリオニールが言うのならわかるのだが個人主義が強い方であるスコールにそう言われるとは思わなかった。驚き、静止するジタンの頭から固く絞ったタオルがずり落ちたがジタン本人もバッツもフリオニールもそれに気を止めない。3人の様子にスコールはまたため息を吐くと「先に休ませてもらう」と言い、部屋を後にした。心の靄がこれ以上広がらないように、不満を3人に、特にバッツに悟られまいとするために言い切ったのだ。そう、これでいい。スコールは自分自身にそう言い聞かせると自分の部屋に戻ろうと拠点の暗い廊下を歩いて行ったのだった。

「……」

スコールが部屋を出た後、3人は無言で互いを見つめあっていた。3人とも普段思っていてもなかなか言葉にしなければ人のことにあまり口を挟むことがないスコールの先ほどの行動が少々意外なように思えたことと、何故か少し慌てているような、早くこの場を脱したいようなそんな風にとれる性急な言動。それが気になってしまい看病云々の
話が飛んで行ってしまったのだ。

「スコール、少し様子がいつもと違うように見えたな……」
「ああ……そうだな」

バッツの呟きやや遅れてフリオニールが同意する。二人はスコールが出て行った扉を見つめたが何故様子がいつもと違ったのかは本人が出て行ってしまったのでそれを確かめることなんてできない。しかし、小首を傾げるバッツとフリオニールとは別にジタンは熱にやられていつもよりも働かない頭を働かせてスコールの態度のわけを導き出していた。

(ありゃやきもち……いや、さみしさの方が近いな……)

仲間達の中で口数も表情の変化も少ない方ではあるが普段から接しているからこそスコールの細かな変化には敏感な方ではあると思っている。それはバッツも同じではあるのだが彼の場合、色恋沙汰に特に自分に関する想いが含まれているものに対して疎いところがあるから気がつかなかったのだろう。ここにセシルやクラウドあたりがいたらすぐに悟られていたかもしれないとジタンはゆるゆると頭を掻いた。

「……バッツ、看病はフリオニールに頼むからお前はスコールんとこへ行け」
「へ?なんで……」
「げほ……オニオンの時と言い、オレの看病で付きっ切りだっただろ?あいつに茶でも淹れてもらってお前も休め」

さっさと行けとばかりに顎で部屋を出て行くように促す。ジタンの言葉にバッツは二、三度瞬きをするとやがて頬を軽く掻き、ジタンとフリオニールに小さく頭を下げた。ジタンと、二人の会話を聞いて察したらしいフリオニールはバッツが言わんとしていることがわかっているのか穏やかに微笑んでいる。

「ごめん、フリオニール。後を頼んでもいいかな?」
「ああ。俺は別に構わないよ」
「じゃあよろしく頼むな。それとジタン。その、ありがとな?」
「ようやく察したかこの野郎。さっさと行ってやれ……」

ジタンは熱混じりの吐息を吐くとまくらに深く頭をうずめ、意味ありげにウインクを送ってくる。体調が悪いと言うのにこの少年の気遣いに助けられるとはありがたいのか自分が情けないのか複雑になる。バッツはジタンに苦笑するとフリオニールに薬類を手渡すと足早に部屋を出る。その背を見送りながらジタンは「世話の焼ける奴ら……」と呟いたのであった。



部屋に戻ったスコールの頭の中は自己険悪の思いでいっぱいであった。病人をつきっきりで看病するバッツに自分が放って置かれているような子供のような不満と縁をつないでくれた恩人でもあるジタンに嫉妬を抱いた。それだけでも自分が嫌になりそうになるのに、本気で心配をしているフリオニールと自分を比較して険悪感に拍車をかける。いたたまれなくなりやや強引に部屋を後にしたが3人とも自分の異変に気付いているようであった。

(本当に情けない……)

寝台に横になり、背中を丸めていると控えめに戸を叩く音が聞こえてきた。こんな時は誰とも会いたくはないので寝たふりを装うかとしたが返事も何もしていないのに扉が開いた。

「ごめん、寝ていたか?」

返事がないから開けるか迷ったんだけど……と躊躇いがちに話すバッツにスコールは寝台から思わず身を起こし、目を見開く。彼は、ジタンの看病をしていたのではないのか?それなのに、何故ここにという疑問と驚きで凝視するとバッツは苦笑し、部屋の中に入ってきた。

「看病はフリオニールに代わってもらったんだ。おれもちょっと休まないといけないなって思ってさ」

バッツの話から彼が嘘をついているのはすぐにわかった。フリオニールに代わってもらったのは真実なのだろうが、代わってもらえるからと言ってそうするタイプではない。多分自分の様子を察して追いかけてきたのだろう。そう悟られないために疲れを装ったのだ。
無言のスコールにバッツは苦笑を浮かべるとあまり物音を立てずにそばに近づいてきた。

「隣、いいかな?」

聞きつつも返答を待つ前に座られる。断る気はないが先ほどの自分の行動があるのでスコールは居心地の悪さを感じて思わずバッツから視線をそらした。スコールのどこかバツの悪さを感じる素振りにバッツは小さく笑みをこぼすとやや強引に身体をもたれかけさせてきた。人に対してざっくりとした付き合い方をするバッツではあるが空気が読めないわけではない。普段の彼なら今の自分に対して了承もなくこのような一方的な接し方はしてこないだろう。そう分析し、一体どうしたんだとスコールが問おうとするとそれよりも先にバッツが話しかけてきた。

「おれ、ジタンの看病で少し疲れちまったんだ。だからスコールがおれを労ってくれよ」

思ってもいなかったバッツの願いにスコールは弾かれたようにバッツの方に視線を移した。彼は柔らかく微笑みを浮かべると肩に頭を預けてゆっくりと瞳を閉じた。リラックスした様子のバッツにスコールは戸惑う。

(俺が……あんな姿を見せたから追ってきたのだろうが……)

「何故そんな……」と、考えていた最後の方が思わず声に出してしまった。スコールの呟きが聞こえたらしいバッツは閉じていた瞳をゆっくりと開くと視線をスコールの方に向けてきた。

「ん、ダメだったか?」

肩に頭を預けたままなので自然と上目遣いになる顔に思わず心臓が飛び跳ねる。身長がほとんど変わらないのでバッツの視線がスコールよりも下になる場面は限られている。その上こんな至近距離で、二人だけの空間でこのように見つめあう機会なんてほとんどない。男性にしては大きな瞳と至近距離でなければ気付くことはない瞳を縁取る睫毛の長さや濃さ。そして少し靄がかかった薄紫の瞳の色。素直に綺麗だと思う瞳が、スコールただ一人をうつしている。伏せっているジタンや看病を代わってくれたフリオニールは悪いが、彼が自分だけを見つめているこの瞬間に嬉しさを感じた。

(……そうか……バッツは……)

意地っ張りな自分を察し、甘えたいと言うことで自分が抱いた子供じみた我儘を受け入れてくれようとしているのだ。少々情けない気がするがまだ幼い部分を残している自分への彼なりの気遣いなのだろう。そう見られたくない気持ちも少なからずあるがそれ以上に満たされていく気持ちの方が優っている。けれど……

「あんたが甘えてくれるのはその、嬉しい。けど、こんな俺でも……いいのか?」

ジタンが大変な時に自分の独占欲を出してしまい、バッツにもジタンにもフリオニールもそれに巻き込んでしまった。そんな自分を甘えると言って甘えさせるのはいいのかと。

「ん?んーけど、ジタンのことも心配でスコールはぐるぐるしてたわけだろ?」
「しかし……」
「おれ自身はお前のことを困ったやつだとかそんな風なことは思っちゃいないさ。けど……そうだなぁ……悪いとか負い目みたいなものを持ってるのならさ今度ジタンとフリオニールにスコールができることをすりゃいいんじゃないかな?たまたま風邪の看病おれが適任だっただけなんだしな。それに……」

まだ躊躇いを持っているスコールの頬にバッツは頬を寄せるとそのまま軽く唇を素早く合わせる。驚いたのかスコールはバッツの行動に目を見開く。表情が一気に変わったところが年相応のらしさがありバッツは笑った。

「おれをこんな風に甘えさせることができるのはスコール、お前だけなんだからさ。適任ってやつだ」
「ーーっっ」

普段はすました顔をしているスコールの顔がみるみるうちに朱に染まる。まだ大人と呼べる年齢でもなければ幼いともいえない。だからこそ割り切れなかったり、無理をすることもある。けれど、背伸びでも我儘でも我慢でも何でもいいから見せて欲しい。それがスコールに一番近い特権なのだとバッツは思う。感情が高ぶったのか、スコールの腕がバッツの身体にまわり、力強く抱きしめられる。彼の気持ちに寄り添おうと思ったのに寄り添われているのはどちらなのだろうか。あたたかな体温と甘さに包まれながらバッツは瞳を閉じ、スコールへと身体をあずけたのであった。


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キリ番50000hitリクエスト「ジタンが高熱を出して悪夢を見て号泣してしまって構いっきりになるバッツに嫉妬するスコール(+見守る013秩序組」でした。
自分の中でお話を膨らませてみたのですが…いかがでしたでしょうか…?(拙いうえにお待たせしてしまい申し訳ないです;;)
リクエストをくださりありがとうございました。


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