幼きものの宣戦布告

夜が更け、薄暗い古城の中をスコールは一人で歩いていた。今日一日のやるべきことを終え、仲間達と食事を共にした後は就寝まで各自自由時間となる。この時間は他の仲間と過ごす者。一日の汚れと疲れを落とそうと風呂に入る者。読書や武器の手入れ、明日の準備をするなど自分一人の時間を過ごす者。思い思い好きなように過ごしていいことになっている。それはスコールとて同じであった。

(明日の任務で使う分の火薬の準備……それはすぐすむから寝る前にでも問題ない。その他に何かしなければいけないことは特になさそうだな)

今日は拠点で待機だったため武器を使用することがなかったので手入れは必要ない。火薬の準備さえしてしまえば眠るだけ、である。

(時間に余裕がある……ならばあいつの部屋に行ってみるか)

明日の準備以外に行わなければいけないことはないので就寝まで時間に余裕がある。それならば想い人であるバッツと一緒に過ごすのもいいかもしれない。大広間には彼の姿がなかったので恐らくは風呂か自室か……もしかすると他の仲間の部屋にいるかもしれないがまずは彼の部屋にひとまず行ってみてから考えよう。目的地が決まり、いざ彼の部屋へと続く廊下を歩いて行こうとした時、唐突に自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

「よお、スコール。お疲れさん」

歩いている廊下のわずか数メートル先、部屋へと続く廊下の角にバッツが腰を下ろしながら声をかけてきたのだ。こんなところで腰を下ろしているのは、何か探し物だろうかとスコールは首を傾げた。

「なにをしているんだ。あんた」
「んん〜いい質問してくれるね」

バッツは朗らかに笑うと角の壁に手を当て、手のひらで軽く数回叩いてみせてくる。

「ここの壁な、偶然気がついたんだけどほんのすこーしだけ風を感じるんだ」
「?隙間でもできたのか?」
「いんや。見たところ隙間らしい隙間が見当たらない。古城だから経年による綻びかとも思ったんだけどさ。どうも違うみたいなんだ」
「どういうことだ?……いや、その口ぶりからとっくに何か探り当てたんだな」
「ご名答。ちょっとここ見てくれよ」

そう言いながら手招きをしてくるバッツのすぐそばにスコールは片膝をついて身をかがめると彼が指差す壁に目を凝らした。スコールの視線が指先に注がれているのを確認したバッツは手のひらでそっと壁を押す。すると、ほんのわずかではあるが壁の一部が凹んだのだ。

「これは……」
「ああ。多分だけど隠し通路だ。壁の石を正確に押すと開く仕組みのやつな」

少しだけ壁の一部を凹ませたところでバッツは手を離しにっと笑う。普段通り過ぎるだけなので気付かなかったが、城の中に密偵や逃走用につかう経路がバレないようにこのような仕掛けがあってもおかしくはない。しかし、ここを拠点としてまだそれほど時間が経過してないのにそれを見つけ出してしまうとはとスコールは素直に感心した。

「こんなものを見つけてしまうなんて……あんたは本当にただの旅人なのか?」
「はは。まぁ偶然だって。しっかし隠し通路なんて多分おれら以外気付いてないよなぁ」

壁を指先で撫でながら呟くバッツにそうだろうなと頷くとスコールは立ち上がった。

「このことは皆に報告した方がいいだろうな。これがどこに繋がっているかわからないからすぐに、明日にでも調査した方がいいと」

まだ就寝までの時間がある上に大部分の仲間達は広間で過ごしているだろう。バッツと部屋で共に過ごそうかと思っていたが臨時の報告会を開いた方がいいとスコールは広間へと足を進めようとしたが「待て」とバッツはスコールの服を掴んで止めた。

「待ってくれよ。せっかくおれ達で見つけたんだからさ、一足先にこっそり冒険と行かないか?」
「は?何を言っている?」
「最初に見つけた特権だって。もしかしたらお宝が待ってるかもしれないだろ?」
「しかし……もし閉じ込められでもしたらどうする?通路として機能していないこともありえるし……不測の事態が発生しても助けに来てくれないぞ」
「そんなの枕元にメモ書きを置いておけばいいだろ?朝になっておれ達の姿が見当たらなければ誰かしらおれかスコールの部屋に様子を見に来るだろうしそれで気付いてくれるだろ。それにさ、こんな冒険久々だろ」

腰を下ろした状態で上目遣いで頼んでくるバッツにスコールはうっ、と僅かに狼狽える。バッツは普段プライベート関係で何かを頼んでくることはほとんどしない。自分の好奇心に忠実そうに見えるがそれは一人の時だけで仲間を巻き込んで勝手な行動を起こすことはない。余程自分と冒険に出たいのだろう。加えて惚れた相手の珍しいお願いに応えてやりたい気持ちもある。しかし、勝手な単独行動を、しかも他の者に内緒でとなると隊としてはよろしくない行動である。スコールがどうしたものかと脳内で想い人の願いとコスモス軍の一員としてのあり方とを天秤にかけたがバッツの次の一言がトドメを刺した。

「おれはスコールと冒険したいんだよ」

揺れていた天秤が一気に傾いた瞬間であった。





「どこに出るかわからないから一応防寒になりそうなもの持参しようか。あとメモ書きな。準備ができたらここに集合。人通りを見計らって出発しよう」

スコールの了承を得るとバッツはまるで予め用意していたかのように出発計画を話すとすぐさま自室へと戻っていた。その様子から早く出発したいらしい気持ちが見て取れる。仲間達に黙っての行動に罪悪感はあるが嬉しそうなバッツの姿は正直見ていて悪くはない。これが惚れた弱みなのかとスコールは溜息を吐くと、彼の言う冒険とやらの準備の為に自室へと戻った。
防寒は自分の上着がある。もし何かあった時の為に一応武器は持参しておいた方がいいだろう。後は携帯できるランプと水筒くらいか……と迷った末日帰りの任務に必要なものを揃え、万が一何かあった時の為に仲間に隠し通路を知らせるイラストつきのメモ書きを部屋に残しておいた。自分の世界の文字がわからなくても絵から手がかりを得てくれるだろう。そう信じて準備を整え、誰にもばれないようにと足音を立てずに集合場所に向かうとバッツはすでに待機していた。

「お、準備はできたか?」
「ああ。日帰りの任務の際に必要なものをそのまま持ってきた」
「そっか。おれも似たようなものだけど、念のため毛布と火をおこす道具も持ってきた」

そう言い小さな布袋と外套のように巻きつけている毛布を指差す。城の調査という名の冒険に二人で出るには十分な装備だろう。

「了解だ。じゃあ行くぞ」
「おう」

バッツは笑みを浮かべて応じると、他に誰もいないかをさっと確かめ、隠し通路の仕掛けと思われる煉瓦石を押す。すると煉瓦石はすっと凹み、僅かな音を立てて壁の一部が開く。大人一人かがめばようやく通れる大きさであった。

「さーて!冒険の始まりだ!では、ここがおれがお先に行くぜ」

小声ではあるが明るい調子のバッツの声にスコールは肩をすくめると、顎で先に入るように促す。バッツはすっと音も立てずに通路に入り、安全確認のためか暫く間を置いた後に手招きをしてきた。スコールはそれに従い中に入ると大人一人が立って歩けるほどの天井の高さと幅の通路が一本、奥へと伸びていた。

「入口は小さいけど通路は普通だな。仕組みもさっと確認したけどこちら側からも開けられそうだぜ」

そういい、携帯用のランタンに明かりを灯すと手探りで石壁を探り、仕掛けと思われる石を押す。すると開いていた扉はわずかな音を立てて閉じていった。

「これでよしっと。さ、進むぞ」

これで他の誰かに気づかれることなく先に進めるとバッツはにっと笑うと前を歩き始めたのでその後に続いた。通路は所々に明かりを灯せる燭台はあるものの機能していないので手元の明かりが頼りであった。暗い通路は一本道の為、慣れていれば明かりなどなくとも通れそうではあったが。

「一応罠の類はないみたいだな。この道の先へ到達させないようにしていないってことは外への通路の可能性が高いな。作りが単純なのは城の持ち主や家臣の逃走用か密偵が使いやすいようにそうしてるんだろうなぁ」
「使う者や機会が限られているだろうからな。罠を設置して侵入者を防ぐよりもそうした方がよいと判断したのだろう。しかし、これで城内の隠し財宝の線は薄くなったな」
「まぁ見つかったら見つかったで面白いけど、おれの目的は冒険だからなぁ……それにこの世界で金銀財宝を手に入れても豪遊しに行くこともできないしな!」

笑いながら話すバッツに彼らしいとスコールは口元に緩やかな弧を描く。結果よりも過程を楽しむ彼は見ていて気持ちがよかった。
自分がいた環境は、クライアントの依頼を、任務を遂行することが第一でたとえそれが自分が死ぬこととなろうとも失敗してはいけない。結果が第一であるのが当然であるというよりもそれが自然に染み付いていた。

(だからだろうか。バッツが時折眩しくて、自分にはないものを持っているのが羨ましいような、そんな気持ちになるのは)

自由に、自分のしたいように行動し、結果だけしか見ていなかった自分よりもより世界を見ている姿が。一人になろうとした自分に近付かれることが煩わしいと思っていたのが、今はこうして手をひいて行動を共にしてくれることが嬉しかった。そんな彼に今も惹かれているのだ。
二人分の足音が響く通路を歩きながら想いに耽っていると前を歩いていたバッツが急に立ち止まる。何かあったのかと聞くと彼は明かりを前にかざし、スコールに前を見るように促した。

「螺旋階段だ。下に降りて行くから足元に注意して歩こう」

頷きあい、古い石造りの螺旋階段をゆっくり下って行く。手持ちの明かり以外階段を照らすものがない為、下への階段は闇のもとから伸びているようで気味が悪かった。

「光を遮っているから何も見えなくて不気味だな」

そうこぼすスコールにバッツは軽く笑う。

「はは。おれは元いた世界で何度かこんな道を通ったからなれてるけど確かにいいもんではないよな。けど、通路自体は問題なさそうだしこの世界はイミテーション以外のモンスターの類は今の所みてないからなぁ。まぁ出てきたとしてもおれとスコールだから大丈夫だよ」
「そうだな」

そう話し、歩を進めて行くと暫くしてバッツが「おっ」と声を上げまた立ち止まる。どうやら一番下に着いたようであった。スコール自身も明かりをさっとかざして辺りを確認すると先ほどのほぼ同じ大きさの通路が伸びている。

「ここからはまた一本道の通路だな。どれ、歩きますかね」
「ああ」

通路は先ほどと大きさは同じものの、生暖かい空気が時折流れてくるので隠し通路は外へと続いている予想は確信に変わる。通路の先がどのような場所に出るのか少々気になってきたスコールであったがバッツの方は落ち着いており足の速度は一定であった。好奇心はあるもののそこは旅人であるが故の落ち着きなのだろうか。歩を進めるバッツの後ろに付きながら考えるとバッツが歩みを止めるよう制してきた。

「どうやら終点だ。ここにも壁がある」
「行き止まりか」
「いんや。多分こっちも隠している仕掛けがあるんだろうな。それを探さないと……お、あったあった」

目前の壁を探っていたバッツが嬉しそうに声を上げると明かりをかざしてスコールにそれを見せてきた。よく見れば壁に使われているレンガ石がほんの僅か奥に凹んでいる。城内の入り口と似たような仕掛けのものらしい。

「一見するとわかりづらいのに……すぐに見つけるとはたいしたものだな」
「……だろ?伊達に冒険していないぜ。これも奥に押して開くタイプだろうな。どれどれ……」

苦笑しつつバッツは仕掛けを動かすと壁の一部が開き、上から光が僅かに差し込んでいる隠し部屋が現れる。中を覗いてみると円形の、人が二人ギリギリ入れる狭い空間がある。まずはバッツが、続いてスコールがそこへと入り、二人で上を見上げるとそこは天井なく夜空が見える。この空間は外へと通じているのは明白であった。

「ん〜光は月明かりだったのか。見たところ外からは古井戸と見せかけて欺いているみたいだな。こっちも通路の開閉の仕掛けがあるみたいだし、閉じておくか〜」
「そうだな。開けておく必要はないしな……井戸もレンガに凹凸があって登れるようになっているようだから先に進もう」
「だな。どれ、まずはおれが登るかな。荷物は持ってきたロープだけにして登るよ。上に着いたらそれを垂らすから荷物をくくりつけてくれ。上から引き上げるよ。お前もなるべく身軽に登りたいだろ?」
「ああ。わかった」

バッツの提案に了承すると彼は荷物からロープを取り出し、肩に引っ掛けて井戸の上を登り始める。なるべく登りやすいようにとスコールは下から明かりを照らす。見たところ高さは15メートルほどだろうか?身軽とはいえ十分な明かりがないにもかかわらずよくするすると登って行くなと感心しながら見ているとバッツはあっという間に地上に到達し、持っていたロープをスコールの目の前に垂れ下げてきた。スコールはそこにバッツと自分の分の荷物と明かりをくくりつけると上へあげていいと声をかける。するとロープはゆっくり上へと吸い寄せられるかのように登って行き、闇の中に消えると上から明かりを手にしたバッツの顔が現れた。

「よーし荷物はこれで全部だな?スコール、登ってこれそうか?命綱は必要ならロープ垂らしておれがこっちで握ってるけど?」
「……いや。あんたも問題なく登れただろ?万が一俺が落ちた時に綱を持ったあんたが巻き添えになるかもしれないからな」

本音を言うとバッツが簡単にやってのけたことができないことが少し悔しいからであった。バッツの方はただの好意であることはわかってはいたが。

「そっか。じゃあ上で待ってるよ。気をつけてな」
「ああ。わかっている」

頷き壁に手をかけて登り始める。バッツが上から明かりをかざしてくれているので手元は探りやすいがそれでも登りづらい。指先、腕に力を込めて少しずつ、確実に登って行くが先ほどのバッツほど速くは登れそうになかった。それでもなんとか登って行くとあと少しのところでバッツが手を伸ばしてきたのでその手を掴むと上まで引っ張り上げてくれた。

「悪いな」
「いいや。気にすんなよ。これで二人とも地上に出れたな」

息を整えつつ辺りを見回すと古城から数百メートル程離れた森であることがわかった。

「枯れ井戸にカモフラージュしている上にうまいこと分かりづらい場所に作っているな。森の中だと人も巻きやすいだろうしな」
「やはり隠密用の隠し通路だったということか」
「ああ。間違いないと思うぜ」

立ち上がり、荷物を背負いながら答えるバッツにスコールは枯れ井戸を一瞥すると自分も荷物を手にして立ち上がった。

「隠し通路がどのようなものかわかったが……これからどうする?」

当初の目的は達成したのでスコールは次にどうするかをバッツに問うた。何もなければこのまま帰ることになるが。と言うとバッツは腕を組み、暫し思案すると首を横に振った。

「いや。せっかく外に出たんだ。このまま夜の散歩と行こうぜ。今夜は夜空が綺麗だし、防寒具もばっちりだしな」

持ってきた毛布を見せながらバッツは笑うと歩き出したのでスコールは慌ててついて行く。どこか行く当てがあるのだろうか?バッツは迷う様子もなくどんどん森の奥へと進んで行く。

「バッツ」
「なに?」
「この森に詳しいようだが目的地は考えているのか?」
「ん〜まぁ一応な。任務で何度か探索したから多分大丈夫。ま、ついてこいよ」

のんびりと答えるバッツにそれならこれ以上何も聞くことはない。黙って後をついて行くことにした。手持ちの明かりと夜空の星と月の光があるとはいえ、暗い森の中を危なげなく前を進んで行くバッツは頼もしくはあるが自分が頼りないような、守る対象として見られているような、そんな気がして少し悔しい。さりげない行動ではあるがこういう時バッツが大人であるのだと感じる。バッツ自身は年長者であるからと考えているかはわからないが彼との年齢や経験差を気にしているから余計に意識してしまう時がある。自分がまだ幼い部分を残しているところにも。

(二人だけの時は、大人であるとか幼いとかそんなことを気にしたくないと思っているが……いや、考えると落ち込みそうだ。パスだ)

自分で深みに落ちて行きそうになるのを察知して無理やり思考を停止させ、前を歩くバッツを見やると彼は少し歩いて立ち止まり、キョロキョロとあたりを見回している。気がつけば森の中であるのに少し開けた場所に到達していた。何かを探しているようで明かりをかざしながら首を傾げていた。

「おかしいなぁ。確かこの辺りのはずなんだけど……」
「どうした?」

バッツには悪いが思考を散らすのにちょうどよかったと思いつつ困りごとを聞くと彼は明かりをかざす手を止めずにスコールに答えた。

「いや、この辺りに休むのにいい倒木があったはずなんだ。おれたち二人座るのにちょうどいい長さと高さのやつなんだけどな〜」
「そんなものがあるのか?よく知っているな」
「ああ、まぁ……偶然見つけたものだけどな。たまたま、思い出したからさ……うん」
「……そうか」

そう言うバッツにスコールは頷きつつも内心首を傾げた。

(なんだろう。バッツの答え方が普段に比べて歯切れが悪い気がする。偶然がこれほど出るものなのか?……そもそも隠し通路でも分かりづらい仕掛けをすぐに見破ったのも……)

何も考えずに後ろついてきたがよくよく思い出せば外部の人間に気づかれないように造られているであろう仕掛けをなんでも器用にこなすからといっても初見で、ものの数秒で見つけて解除してしまうことも今思い出せばおかしい。加えてバッツの歯切れの悪さ。何かを隠しているのかもしれない。

「バッツ」
「何?スコー……ル?」

探し物に熱中していて不審に思っているスコールに気がつかなかったらしい。振り向いて答えようと視線を合わせた瞬間それに気がついたのかバッツの表情が固まった。

「どうしたよ?難しい顔して……」
「あんた、俺に何か隠してないか?」
「へ?なんでだよ……?」
「いや、ここまでの道中どうもあんたの様子が……」
「え、あ、あ……あーあんなところにあった!」

目を泳がせるバッツにスコールは問い詰めようとしたが、そこで突然バッツが叫び、会話が途切れる。一体なんなんだと目を見開くスコールをよそにバッツはスコールを横切り後ろ数メートル先を小走りで向かっていく。その先には倒木が転がっていた。

「倒木が見つかった!椅子がわりにできたらって思っていたからよかったよ。地べたに座るのもいいけどこっちのが楽だしな〜」
「お、おい……」

先ほどの様子などなかったかのように嬉しそうに倒木のそばに荷物をおくバッツにスコールは言いかけた言葉をぐっと飲み込む。偶然なのかわざとなのかわからないが休憩の準備をしだすバッツに対して先ほどの件を蒸し返すのは野暮なように思えたからだ。うまくはぐらかされたスコールは小さく溜息を吐くとバッツに続き倒木のそばに自分の持ってきた荷物を置き、座り込んだ。

「ちょっとまってろ。焚き火を……これでよし。何かあったかいもの飲みたくなったらいえよ?ちっさいけど薬缶ももってきたからさ」
「ああ……」

テキパキと休憩の準備をするバッツにスコールは頷きつつ倒木に腰掛ける。地面に座るよりも硬さと冷たさが気持ちマシであるのでこちらの方が座るのに楽である。座って焚き火で暖をとりながら気分を落ち着かせようとスコールは目の前の火に軽く手を当て、見つめる。拠点を持ってから焚き火のぱちぱちと爆ぜる音と柔らかな橙色の火の色に少し遠のいていたため、ほんの少しの懐かしさを感じる。火がある程度落ち着いたところでバッツはよしと頷くと火打ち石をしまい、外套がわりに身体に巻きつけていた毛布をはらりとときはじめた。布ずれの音にスコールは目の前の火からバッツへと視線を移すと、彼の仕草が衣服を脱いでいるようであることに加えて足元の炎が逆光になって暗い影をつくり、不思議な色香を生み出していていることに気付き、思わず息を飲んだ

(っ、何を考えているんだ。俺は)

ここは外で、バッツはわざと仕向けているわけではないのにとスコールは視線を再び炎へと移しなんとか気を逸らそうとする。それに気付いていないバッツが横に座ってきた気配を感じたが一瞬とはいえ不埒なことを考えてしまったため視線を合わせるのを躊躇っているとふわりと風が舞い、バッツの身体が触れ、毛布が肩にかかった。

「少し肌寒いからいっしょにくるまろうか?」

優しく話しかけられ、おずおずと視線を向けるとふわりと笑った想い人の顔がすぐそばにあった。一人用の毛布を二人分の身体を巻きつける為にどうしても身体を寄せ合う必要がある。普段並んで座る以上に距離が縮まるのは必然であった。

「バ……」
「ん?嫌だったか?」
「そ、んなことない」

驚いただけだと言うとバッツは笑うと肩に顔をあずけてきた。仲間達は自分達の関係を知ってはいるものの彼らの前では普段関係を思わせるような素振りを出さないようにしている。元々この世界に来たのは秩序の女神に世界の均衡を保つ為に呼ばれたからだ。戦士達それぞれが使命を胸に、いつ終わるかもましてや死ぬかもわからない戦いに臨んでいる中である為、それがお互い暗黙の了解となっていた。しかし、ここに仲間達の姿はなければ自分達二人だけである。身を寄せ合う躊躇いはない。身体を触れさせてくるバッツにスコールはすっと肩を抱くと嬉しそうに身を更に寄せてこられ小さく名前を呼んできた。

「スコール」
「なんだ?」

二人の声以外焚き火の爆ぜる音しか聞こえない森の中。暫くの間の後にバッツはポツポツと話し始めた。

「さっきのさ、何かに隠してないかって聞かれたのな。あれ……スコールの言う通りなんだ」
「……ああ」
「実は通路を見つけたのも通ったのも今日が初めてじゃなくてさ。その、一度自分で散策したんだ」

バッツの言葉にやはりそうだったかとスコールは頷く。通路を開ける仕掛けをすぐに見つけたのも、井戸を難なく登って行ったのも一度経験していたからだ。ましてや一人ではなく誰かと共にいる時は無茶をしない彼が罠が仕掛けられているかもしれない未知の場所に冒険だと言って気軽に誘ってきたのも安全だとわかっていたからなのだろう。感じていた違和感の謎が解けた。

「そうだったのか」
「うん……ごめんな。嘘ついて」
「いや、別にそのことについては責める気はない。ただ、どうして?」

嘘をつかれたことに対しては何も思わなかったが、何故つく必要のない嘘をついたのかが気になった。何か理由のあってのことだろうと問うとバッツは躊躇いの表情を見せ黙りこくる。沈黙が暫く続いたので言いたくなければ言わなくてもいいと言おうとしたところでバッツはようやく口を開いた。

「スコールと、出かけたかったんだ。その……二人だけで」
「?たまにだが任務で二人になるだろう?」
「あ、あのなぁ……それは仕事だろ?おれが言いたいのはそんなんじゃなくて……ああもうお前鈍感だから言うよ!」

スコールからしたらバッツも色恋沙汰には鈍感ではないかと思ったが突然口調を荒げられたことに気圧されてしまいツッコミが入れられず、大人しく聞いていると、バッツはばりばりと後頭部をかきながら吠えるように吐き出してきた。

「その、デートってやつだよ!お前と戦いのことを忘れてのんびり出かけて二人だけの時間を過ごしたいなって思ったんだ!以上!」

一息で捲し立てると自身の肩に顔を押し付けるバッツの様子にスコールは暫し呆気にとられたが、時間経過とともにバッツが何故そのような姿を見せたのか理解し思わず口元に手を当てた。いつも年長者としての余裕を見せる想い人のこのような、まさか照れる姿を見られるとは思わなかった。冒険といって誘ってきたのも、夜のデートに行きたいと言うのが恥ずかしくて隠してきたとしたら。

(どうしよう……嬉しい、と思う)

手で隠してはいるのでバッツに悟られないとは思うが口元が緩む。自分ばかりが幼さ故の余裕のなさを感じていたのに、バッツはバッツで余裕のない部分があったとは。しかもそれを二人だけしかいないこの場でさらけ出してくるとは思わなかった。
彼への愛おしさで衝動的に、肩を引き寄せて抱きしめてしまっていた。

「わっ!?っと!」

驚き声を出すバッツに構うことなく力いっぱい抱きしめるとバッツの方もやがて背に腕を回してきた。互いの鼓動が聞こえてしまうのではないかと思うくらい身体を密着させる。

「バッツ」

名を呼ぶと鼻先が触れ合い、視線がぶつかる。それ以上は何も言わずともお互い相手が何を欲しているのかがわかった。
バッツが軽く息を飲む音が聞こえるとそっと唇を触れ合わせる。
ぱちぱちと爆ぜる焚き火の音が遠い。瞳を閉じるとバッツの体温、僅かな息遣い、触れ合う身体と唇の近さを更に感じる。軽く触れ合わせた唇を離すと、バッツが肩に顔をうずめてきた。頬をかすめるバッツの柔らかい髪がくすぐったい。たった数秒間だけの触れ合いなのに胸の中がふわふわとした充足感で満たされていくのを感じながら空を仰ぐと木々の先を満点の星が煌めいている。それを素直に綺麗だと思えるのは恥ずかしがりながらも素直に曝け出してきた彼にあてられたからだろう。今なら、自分も素直に言葉を紡ぎ出せそうだった。

「バッツ」
「ん……?」

顔をうずめたまま答えてくる彼が愛おしい。

「今夜は誘ってくれてありがとう。今度は俺からも誘う。いつまでもあんたに引っ張られたままだと悔しいからな」

大人な彼にほんの少し悔しいと思っている気持ちも入り混ぜて宣言すると少しだけバッツの体が震える。きっと笑ったのだろう。けど、それに対しての悔しさはない。
年上の彼でも愛おしい者への触れ合いに戸惑いや照れがあったのだ。普段見せる年齢や経験からの余裕の姿以外のものを暴くという宣戦布告も含まれているのに彼は気付いているのだろうか。

(覚悟しておいてくれ)

肩に顔をうずめるバッツを見つめながら心の中で呟くと抱きしめる力を込めたのだった。



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初々しい二人を書こうと思いつつ、子供故の宣戦布告お話なのでした。


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