久遠のかけら -2-

翌朝、スコールが目覚めるとバッツはすでに起きたらしく寝台はもぬけの殻であった。普段から彼の方が目覚めるのが早いことが多いが窓から見える空を見たところいつもよりも早すぎる。何かあったのだろうかと手早く身支度を整え、いる可能性の高い台所へと顔を出すと、薬草と茸でいっぱいの籠を抱えたバッツと鉢合わせたので何事もなかったようだと一安心した。曰く、食材と昨夜の鍛冶屋の主人の礼にと朝から森に入って来たらしい。

「足腰を悪くしているって聞いたから滋養強壮と薬にな。オルゴールの修理のお礼ってやつだ。おれ達の食べる分もいれてこんなになっちまったよ」

快活に笑いながら戦利品を見せるバッツから昨日見せた寂しげな気配は感じられない。もっとも、それを見せるタイプの人間ではないのは承知しているが。採れたての茸でスープを作るから卵とパンを焼いてくれと頼んでこられスコールはそれにおとなしく従うと彼はくるりと背を向けて自分の作業を開始し始める。普段ならなんでもないことであるのにバッツに心配は無用であるとされているように見えて僅かな寂しさと己は無力であると思い知らされているような気分になった。
朝食を終えてからそれぞれの予定を確認し合うとバッツは今日一日村での手伝いを、スコールは村周辺の魔物の討伐に参加するとのことであった。お互い中々予定が合わないなぁとバッツは笑うと自分の方が早く終わりそうだから夕飯は任せておけと胸を叩いた。今までスコールよりも遅く帰ってきたことがない彼の言葉にスコールは内心苦笑を浮かべると「終わったらまっすぐ帰ってくる」と言い、自前の武器と朝食の際に作っておいた弁当を持参して家を出た。昨日のこともあるので今日はなるべく早く帰れるようにしようと決意しながら、討伐に参加する村人達との待ち合わせ場所へと向かったのだった。

スコールが家を出てから家の片付けを簡単に済ませてバッツも家を出ることにした。今日は村の宿屋の主人から壁の修理を手伝ってくれと頼まれている。聞けば老朽化でヒビが入ってきている箇所がちらほらと見えるので土を塗り重ねてほしいとのことであった。必要なものは向こうで準備してくれているのでバッツは自分の荷物と鍛冶屋の主人の礼の品を持って家を出る。鍛冶屋へは宿屋の主人の用事をすませてから行こうかどうか一瞬迷ったが、礼をするのなら早い方が良いだろうと先にそちらへ向かうことにした。小さな村で朝早くからの訪問を嫌がる者が少ないことに加えて宿屋の約束に極端に遅くなることもないだろう。キノコと薬草が入った籠を揺らしながら歩いて行くとちょうど目的の人物が外に出ているのが見えた。

「おおーい」

手を振り呼びかけると自分が呼ばれいることに気づいた主人が視線をバッツの方へ向けて破顔した。

「おお、バッツか。こんな朝早くにどうしたんだ?」
「へへ。昨日スコールから……っと同居人に修理したオルゴール渡してくれただろ?その礼に来たんだ」
「ほぉ……これは」

差し出した籠をまじまじと見つめる主人にバッツはこれで少しでも体をよくしてくれと言葉を付け加えて籠を主人へと手渡した。それを落とさないように主人はしっかりと受け取るとバッツに小さく頭を下げた。

「ありがとうよ。体に良さそうだし何よりも美味そうだ」
「喜んでもらえて嬉しいよ。鍛治職人に無理なこと頼んじまったのにありがとな」
「いや、元通り直せてホッとしたよ。あれは……お前の母さん、ステラのものだったのだろう?」

懐かしむように目を細めて話す主人にバッツはやや間を置いて小さく頷く。持って来たものが女性が好む色合いで旅暮らしの人間が持ち歩くようなものではないので予想はされるかと思っていたので驚きはしないが母親の思い出は懐かしさと優しさと同時に寂しさと悲しみも蘇るので心がざわついた。そんなバッツの心情を察したのか主人は「そうか」とこぼした。

「もう何年もここに帰ってくることがなかったお前が、知らない青年を連れて冬はここで過ごすと聞いた時正直意外だと思ったんだ。親父さんが亡くなってから余計にこの村から足が遠退いたのは、過去の痕跡がお前にとって辛いものになっているかもしれないと思ってな……けど、少しはそうではなくなったんだな……」

穏やかに話す主人にバッツは黙って耳を傾けていたがやがて小さく笑みを零すと首をゆっくりと横に振った。

「そんなことはないさ。この村はおれにとって大事な故郷であるのは今も昔も変わらないよ。ただ、帰る機会がなかっただけだよ」
「……そうか」

バッツの言葉に対してどう思っているかはわからないが主人はこれ以上話を掘り下げるつもりはないらしく、痛むらしい腰をさすりながら伸びをすると笑みを浮かべた。

「引き止めて悪かったね。そういやここに来る以外に何か用事があるんじゃないのか?」
「ああ。おれ、宿屋の親父さんと約束があるんだ。壁の修理を手伝ってくれってな」
「そうか。ここ最近は村周辺に出てくる魔物の討伐で若手をとられているからな。責任重大ってやつだな」
「はは……大げさだなぁ。まぁそんなわけだからそろそろおれも行くよ。茸や山菜くらいうちのついででよかったらいつでも採ってくるから言ってくれよ?それじゃな」

手を振り別れるとバッツは背を向けて宿屋への道を歩いて行く。正直なところ、両親を思い出させる話が長引かなくてよかった。恐らく小さな村でバッツの幼い頃の事情を知る者の一人である主人だからこそそれを察して話を切り、話題をそらしてくれたのだろう。普段の自分であればもう少しうまく回避できたが、この土地と思い出がどうもそうさせてくれない。父親が亡くなってからは若さ故に自分で自分の内心を暴きたくがないために大事な場所であることをわかってはいても避けがちであった。数年前に共に旅していた仲間達と訪れてから大丈夫だとは思っていたが。

(ちがう。おれははぐらかすのが上手くなっただけだ。うまく消化できていないのをわかっていたはずだ)

思えば立ち寄ることはあっても長く腰を降ろすことはなかった。スコールと共にここにしばらく腰を落ち着けると決め、母の思い出に触れたが為にこの気持ちに気付かないふりをし続けることの難しさを改めて思い知らされた。
突然ひと吹の風が頬を掠め、その冷たさに身震いする。こんな調子でここで冬を越せるのだろうかとバッツは空を仰いだ。頭上の空と雲は今のバッツの心情を表すかのように薄暗く、曇っていた。



(これでこの辺は大分片付いたな……)

魔物が完全に事切れているのを確認すると背後の樹々に向かって「もう大丈夫だ」と声を掛ける。すると数名の武器を携えた村人がほっとした様子で木々の影から顔を出した。

「すまないな。あんたに任せてしまって」
「いや、問題ない。むしろ後方からうまく気をそらしてもらってやりやすかった」

スコールは軽く礼を言うと額にかかった前髪を横に流し空を仰いだ。今朝から天気がよくないと気づいていたが空に暗く、濃い雲が広がっている。帰るまでに本格的に一雨来そうであった。それを他の者も気づいたのか年嵩の村人が今日はここまでにして村へと帰ろうと声を掛けた。

「最近冷えて来たし雨が降り始めて視界も道も悪くなる前に引き上げた方がよさそうだ。さっきの魔物といい、兄ちゃんが来てから順調すぎるくらいだったんだ。今日くらいは早く帰って休もう」

皆提案に異論はないらしく武器をしまいぞろぞろと村の方向へと歩いていく。スコールは服についた埃を落とし、ガンブレードをしまうとその後に続いた。普段バッツの方が早く終わるが今日なら夕飯の準備くらいは手伝えそうだと考えているといつの間にか先ほど皆を纏めていた年嵩の村人がそばを歩き視線を向けていた。

「……なんでしょうか?」
「いや、兄ちゃんのおかげで仕事が大分楽になったからな。一言礼を言わにゃと思ってな」

先ほど皆の前で見せていた年長者の顔とは異なり、人懐っこい笑みを浮かべながら話しかけてくる男にスコールはいきなり距離を詰めてこられたように思え、悪いと思いつつも戸惑いを感じた。大人と呼ばれる年齢となり以前に比べて大分和らいだとはいえ普段の関わりがほぼ皆無の人間に、ましてや自分がいた世界とは異なる為、接し方や距離感に迷う場面は少なくなかった。どう返していいかわからず、「はぁ……」と気のないと思われても仕方がない返事をするスコールであったが感謝の気持ちが強いのかそれとも元々気にしない性格なのか男は構わず話し続けた。

「お礼と言っちゃなんだが帰りにうちに寄ってぜひ夕飯でも食べて行ってくれよ。うちのかかあのシチューは絶品だぜ?」

どうだと言わんばかりに顔を覗き込む男にスコールはやや間を置くと首をゆっくりと横に振って断りの意思を示した。

「……いえ、お気持ちはありがたいのですが、同居人が準備をしているかもしれないので。次の機会がありましたらその時は」
「ああ、そうかバッツんとこに厄介になってるんだったな。それなら家で作った豚の腸詰めがあるからそれを持って行ってくれ。夕飯はまた今度ってことで」

スコールの断りに男は少々残念そうな笑みを浮かべてそう言うとスコールは「ありがとうございます」と丁寧に礼を言った。バッツのことがあるので断ったがそれにも関わらず何かをしようと、特に料理担当のバッツが喜ぶであろう食料の提供はありがたい。その気持ちの為にも自分自身ができることといえば今回の仕事くらいなものなので一層貢献せねばと思っていると「話は変わるが……」と男は話題を変えて更にスコールに話しかけてきた。

「バッツが久しぶりに人を連れて帰ってきたことに驚いたが、冬をこの村で越すためにこの村で暮らし始めるとは思わなかったなぁ」
「……どういうことですか?」
「?……ああ、そうかあんたは知らないのか。バッツはおふくろさんが亡くなってすぐに親父さんと旅に出てな。それでも時々帰っては来ていたんだが……一時期、三年くらいかな?ここに寄り付かなくなっちまったんだ。後になって知ったのだが親父さんが亡くなっちまってからそうなったらしい」

バッツ本人から父親が亡くなってから相棒であるチョコボと一人と一匹の旅をして暮らしていたと聞いたことがあるが、故郷に寄り付かなかったという話は初耳であった。故郷の話は少ないが何度か耳にしたことがあったのでてっきり定期的に帰っていて、今回の越冬の為の滞在も毎年のことであるとばかり思っていたがどうやら違うようであった。
この場所がバッツにとって大事な場所の一つであることは感じてはいるが、寄り付かなかったのは何故だろうかという疑問が湧き上がる。このような話を本人がいない場所で他人から聞いてもよいものではないのかもしれないと思いつつもスコールは耳を傾けずにはいられなかった。

「あいつにとっての故郷であり、ましてや両親が眠る場所であることがそうさせているのか顔を出すことはあってもここに長く滞在するなんてあいつが出て行ってからなかったから意外に思ったんだ。もしかしたらこの場所自体が、あいつにとって苦いものを思い出させる場所になっちまったのかもしれないってな」

昔を思い出しているのか静かにどこか遠くを見ながら話す男にスコールはバッツが昨夜オルゴールを手にして母親の形見だと話した時のことを思い出した。穏やかな瞳と声でありながらも話している彼の雰囲気が何故か寂しげであったのは亡き両親との思い出がそうさせていたのだろうか。天涯孤独の身であった彼が特定の誰かと寄り添う機会は少なかったと思われる。その唯一の存在であったのは両親の喪失は彼の心に大きな空洞をあけたのだとしたら。

(孤独や寂しさは簡単に埋められるものでも忘れられるものでもない。けれどあいつはひとりで生きてきた。その空虚は今もあいつの中にあるのか……)

この世界に来て再び出会えたことへ喜びを感じていたが、バッツは今も喪失を抱えながら自分の側にいる。愛おしい存在の近くにいながら自身の喜びしか見えていなかったと思い知らされてスコールは胸が疼くのを感じた。スコールが押し黙ったままなので男は話をしすぎたかと思ったのか「すまないな」と小さく頭を下げて来た。

「話し過ぎちまったな。兄ちゃん、村の人間、特に俺くらいの年齢やそれより上の村人にとってはバッツは幼い子供の頃のまま時が止まっていきなり大人になって現れちまったようなもんだから多かれ少なかれ気にしている奴が多い……話に付き合わせちまって悪かったな」
「……いえ、別に……」

スコール自身心情を織り交ぜ他者の身の上話をあれこれとするのはよろしくはないと思っているが、話がバッツのことであったため聞き入ってしまった。バッツの知らないところでこのような話を、ましてやバッツ本人が話題にしたくないかもしれない話を聞いてしまったことに罪悪感めいたものを感じながらスコールは首を小さく振ると、男は話題を変える為か村が見えて来たと指差した。

「そろそろ村が見えてきたな。天気が崩れる前でよかったぜ。今日はたらふく飯を食ってたっぷり眠って英気を養わなきゃな。そうそう、ウチに寄ること忘れないでくれよ」

先ほどの表情から一変して少し不自然だと思うくらいに笑って話す男からやはり話を終わらせる為かと感じとる。スコールもここで終わった方がいいとは思っていたが聞きたいことが一点あったので躊躇いはありつつも口を開いた。

「あんたひとつ聞きたいことがある」


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