あまさとほんのすこしのにがみ

春一番が吹いたといえども朝晩、日によっては真冬かと思うくらいの寒い日が続いている。暦の上では春のはずであるのに気温の低さ故に春の訪れはまだまだ先とばかり道を行き交う人々の姿は寒さに耐えられるよう真冬の格好をしている者がほとんどである。
陽が落ちて一層骨身にしみる寒さに耐えながらスコールは道を歩いていた。
マフラーを巻いて顔をうずめ、コートはきっちりと前を閉じ、できる限りの防寒を行ったがそれでも体が震える。携帯電話の天気予報を確認すれば気温は片手の指で事足りる数字で場所によっては雪が降っているらしい。
本当に春が来るのか疑わしい天気にスコールは取りだした携帯電話をポケットにしまうと少し速足で道を歩いていく。
こんな天気の日はさっさと帰るに限る。少し前のスコールならそう思っていたのだが、そうするのも惜しいような、そんな気がし ているのは先日出会った青年のことが頭にチラついているからだ。
あと少し歩けば青年が営んでいる店がある。日は暮れているがそれほど遅い時間ではないのでまだ店は開いているだろう。
自宅へ帰る途中ではあるがこんな寒い日は冷えた体を美味い珈琲であたためるのも悪くはない。
そう理由づけて店に向かうと程なくしてもう見慣れてきた店構えが目に入り、スコールは一層早足で店の軒先へと向かったがふと違和感を感じて扉の前で足を止めた。明かりはついているのにいつも外に飾っているメニューボードが出ていない。今までこんなことはなかったのでどうしたのだろうかと扉をよく見るとCLOSEの札と共に張り紙で「本日臨時休業」と書かれているのが目に入った。

「(臨時休業?定休日でもないのに休むなんて変だな)」

店主のバッツの人物像から本人の気まぐれやヘマなどで急に休むなんて想像できなかった。
もしや風邪でも引いたのだろうか、それとも店を開けない訳でもあるのだろうかと心配になり、いるかどうかもわからないが店の様子を探ってみたところ室内に人の気配を感じた。

「(中にバッツがいるかもしれない……?)」

そう思ったものの店が閉まっているのに入ってもよいものだろうか。ましてや中の人がバッツではなく別の誰かだとしたら鉢合わせた時気まずい。どうしたものかと迷いながらスコールは店の前に突っ立ていると突然扉が開いたので慌てて一歩後ろに下がる。開いた扉に視線を向けると驚いた表情のバッツが顔を出しおり、視線が交差した。

「おぉ、びっくりした。よく来たなぁ」

扉の前にいたのがスコールだと知るや否やいつもの朗らかな笑みを浮かべてくる。やはり中にいたのはバッツだったかとほっと安堵すると中に入れよと促されたのでお言葉に甘えさせてもらい店内に入る。
店内は明かりがついていて明るかったが、暖房はついていないらしく少々肌寒い。コートを脱ぐのを少し躊躇う室温は臨時休業だからなのだろうかとスコールは推測すると、奥へと導くバッツの後ろを歩きながら何故今日は休みなのかと問うと彼は困ったように笑いながら訳を話してきた。

「店の暖房が壊れちまって修理屋の知り合いに頼んだらどうも今日は夜まで都合が悪いみたいでよ。ストーブも考えたんだけどこの広さじゃ台数足りないし今日はかなり冷え込むからお客さんが 風邪ひいちまってもなんだしさ……」
「なるほど」

だから臨時休業なのかと納得した。確かに今日は気温も低いのでこの店内の室温では長居どころかすぐに出て行かれてしまうだろう。都合の悪い時にきてしまっただろうかとスコールは少し不安になったがそれを察してかはわからないがバッツは店の奥に一台だけ設置されている古いストーブの前の椅子に座るように促した。

「ストーブの近くならあったかいから、よかったらゆっくりして行ってくれよ。一人でひましていたところだから来てくれて嬉しいよ」
「じゃあ……そうする」

来てくれて嬉しい。
その一言に曇った気持ちが救われたような気がしながらスコールは上着とマフラーを取り、座るとバッツは近くのテーブルから自分用にと椅子を引き寄せ、スコールの隣に並べて座った。
寒いと思っていた室内だったがストーブの前はじんわりとあたたかい。ほっと安心するような心地よさにスコールは目を細めると、その様子を眺めていたバッツは小さく笑みをこぼした。

「久しぶりに出したんだ。これ。普通の暖房器具とまたちがうあったかさだよな」
「ああ」
「これは親父が買ってきたものなんだけどこれであったまりながら湯を沸かしたり餅や芋を焼いて食べたことがあるんだ。それをやってみてもいいかもな〜」

あたたかさをより感じようと手をかざしながら話すバッツだったが小首をかしげて自分を見つめているスコールに小首をかしげ返す。何か変なことでもいったのだろうか?バッツがそう思ったのを察したスコールが口を開いた。

「いや、これで調理なんてできるのか?と思ったんだ」

自分が知らないということを知られるのが恥ずかしいのか遠慮がちに話すスコールにバッツはようやく合点がいったと笑う。最近ではストーブを置かない家も増えてきているので使うことがなければ調理器具として使うなんて思いつかないのかもしれないなと思った。

「そういうことか。暖房器具だけどできるできる。時間ちょっとかかるけど煮込み料理やお汁粉も作ったりも……あ、それならちょうどいいのがあるよ」

何か思いついたのかバッツは突然席を立ち、調理場へと向かった。暫くするとひょっこりと顔を出して手に持っているものをスコールに見せてきた。

「ほら。みろよこれ」
「……林檎か?」
「そう。もらいものなんだけど、焼きりんごもこの季節美味いよな〜。中くりぬいてバター入れてストーブの上であっためるんだ。ちょっと時間かかるけどスコール、予定は?」

どうやらストーブでの調理を知らないスコールにどうするのかを見せてくれるらしい。自分も食べたいのもあるのだろうが彼なりの気遣いにスコールは心の中で苦笑すると「問題ない」と返す。その返しにバッツは笑うと林檎を軽く放り投げて、キャッチした。

「よしきた。んじゃ、そこで座って待っててくれよ」

意気揚々とバッツはキッチンに戻ると手早く手に持っていた林檎ともう一つ林檎を取り出す。自分の分とスコールの二人分の林檎の芯をくりぬき、中にバターを入れ、アルミホイルで林檎を包み込む。手早く下準備を終えるとアルミのトレーに二つの林檎を乗せ、スコールが待つストーブの前へと戻った。

「へっへ〜焼きりんご焼きりんご」

歌うかのように呟きながらバッツはアルミのトレーをストーブの上に置き、これで良しとばかりに頷くと席に着く。

「これで大体30分くらいかな?出来上がるまでのんびりしようぜ」

調理場で少し体が冷えたのかバッツは椅子をストーブの前にさらに近付けると「そう言えば……」と最近の話をし始めた。バッツが話す話は主に店にくる常連たちとのやりとりや、春に向けて店に出す料理を考えているなどであった。直接関わり合いのない物事や自分に縁が遠いことでもバッツの話は退屈しない。楽しそうに話す彼にこちらも気持ちがそうなってくるのだろうか。加えてあまり人と話すのが得意ではない自分の話すことでも視線を合わせ、時折話し返しつつ耳を傾けてくれる。その心地よさもあって足を運んでしまうのだろう。無論、彼が出す珈琲や軽食も気に入ってもいるが。
他愛もない話をしていると時が経つのは早いもので気が付けば甘く、さわやかな香りが漂い始めてきている。バッツもそれに気づいたらしく鼻を一度ひくつかせると店の時計を確認し「そろそろ頃合いかも」とアルミホイルを少し開き、フォークで中を確認してにんまりと笑った。

「うん。うまいことできてる。気をつけなきゃだけど何かしながら放っておいてもできるから焼きりんご好きなんだよ」

火傷をしないように念のため鍋つかみを手にはめながらバッツはストーブから林檎を退避させると予め用意しておいた皿の上にアルミで包まれた林檎を一つずつ乗せた。
少し焼き色が付いたアルミに包まれた林檎が乗った皿は一見すると何かは分からない。「開いてみろよ」とバッツに促され、スコールは火傷をしないよう慎重にアルミを開くと中から溶けたバターがとろりとしたつやつやと輝く林檎が姿を現した。

「どうだ?甘くて美味いぜ。この熱々にバニラアイスを添えても美味いぞ?」
「初めて食べる……」
「そうなのか?おれが小さい頃にさ、親父や母さんがこの上で何か作って食わせてくれたんだよ。懐かしいなぁ……何年ぶりだろ」

懐かしそうに目を細め呟くバッツにスコールはいつもとどこか様子が違うと内心首を傾げる。
まだ彼と出会って日は浅いが両親のことを話題に出したのは今日が初めてだった。いつもの彼は店に関係する出来事を話すのがほとんどで何かを懐かしむような話をすることは極めて少ない。加えて明るい表情と声が常なのに、眼差しと声はどこか淋しげであった。
店を切り盛りするには若い部類であることも気になっていたが、もしかして彼の両親になにかあったのだろうか。
黙りこくるスコールにバッツは何かあったのかと小首を傾げてきた。

「何?どうかしたか?」

向けられた視線と声はもういつものバッツのものに戻っており、スコールははっと我に返り首を横に振った。

「いや、何でもない」
「?そっか。飲み物は紅茶の方がいいかな。スコール、紅茶飲めるよな?」

バッツの問いにスコールは「ああ」と小さく頷くと彼は座って待っているようにいい、すぐにキッチンへと消えて行った。二つの焼き林檎が乗った皿のすぐ傍には二組のフォークとカップ類が用意されている。スコールがあれこれと考えあぐねている間に用意してくれていたらしい。席に着くと大きめのポットを持ってバッツが戻ってきた。

「紅茶はもう少しまってな。先に林檎を食べるとしようぜ」

スコールの向かいの席に着くとバッツは自分の分の林檎を引き寄せ、もう一つをスコールに押しやる。がさがさと音を立てながらアルミホイルを開き始めるバッツにスコールも少し遅れてそれに続く。銀の仮面を剥がすとほこほことした林檎が姿を現し、バッツは嬉しそうに手にフォークを構えると「いただきます」と共に突き刺し、一口大に切って口へと運ぶ。
口内に爽やかな林檎と濃厚なバターの甘みが広がる。

「お、うまいうまい!」
「……甘いな」
「果物は熱を加えると甘くなるんだよ。紅茶はストレートだから飲むと甘いの苦手でも味の帳尻合うよ」

ほくほくの林檎を咀嚼しながらバッツはポットを傾け、カップに紅茶が注ぐとスコールは礼を言い手に取った。一口紅茶を含むとバッツの言う通り、砂糖もミルクも入っていない紅茶が甘さを流し、舌を整えてくれるようであった。

「これなら甘くても食べ切れるだろ?」

にこやかにそう言うとバッツは自分の分の焼き林檎に集中し始めた。美味そうにフォークを進めていく彼からは先ほど見えた少し物悲しげな姿は何処にも見当たらない。

「(いつも笑ってはいるが、人は表面だけでは分からないことが沢山ある。わかってはいることだが……)」

甘い焼き林檎に少し渋さが強い紅茶。
心安らぐ時間と聞きづらい話題。
一瞬見せた優しげなまなざしの中の哀愁が気のせいであればいいと願いながらスコールはまた一口焼き林檎を口元へと運んだ。

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ほのぼの時々少し苦い。そんなお話を目指したつもりです。


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