流星との遭遇

出会いは色々な偶然が重なって生まれたんだ。
あの日もし早めに店についていなかったらとか、ゴミをまとめて出そうとしていなかったらとか、あいつがあの路地裏に迷い込んでこなかったらとか色々考えると重なった小さな偶然の連鎖がおれにとって大切なことだったのだと今なら思うんだ。


バッツの一日の始まりは自分がもつ小さなカフェ兼バーの開店準備から始まる。店の開店は11時だがその何時間も前に店に来てくれる客のために掃除やその日出す料理の簡単な仕込みをしなければいけない。素早く料理を提供できるようにその日使う材料の下ごしらえとソース類や作り置きの惣菜の準備。それが終われば店先をささっと綺麗に掃き掃除をし、客に不快感を与えないように店内の床もテーブルも椅子も窓もピカピカにする。結構な重労働ではあるが毎日のことなのでもはや朝起きた体を起こすための準備運動のようなものだ。
あらかたの準備と掃除を終えてバッツは大きく伸びをし店内の様子に満足げに微笑むと、掃除中に出たごみと店内のマガジンラックに置いている雑誌に目を向けた。
一人客用に何冊かの月刊誌や週刊誌を店に置いているのだがそろそろ古いものを出してしまわないといけない。今出たゴミ類と一緒にゴミ置き場に出してしまおうと纏めると裏口にあるゴミ置き場へと向かった。
今日はいつもより早めに店に来たから開店まで時間に余裕がある。ゴミ出しが終わったらのんびり珈琲と朝食用のサンドイッチでも頬張りながら一人の時間を楽しもう。ついでに自分の好きな音楽を流すのもいい。
そんなことを考えながら裏の勝手口を開き、分別したゴミと雑誌をゴミ捨て場へと置いたその時であった。
一人の青年が迷い込んできたのだ。
こんな路地裏、自分か隣の店の者くらいしかやってこない。おまけに、青年は荒い息遣いと少々焦ったような表情。何かから逃走しているのだとすぐにわかった。
まさか、やばい類の人間かとバッツは思ったが、青年は不審そうに自分を見ているバッツよりも他に気になることがあるらしく、綺麗な身なりをしているのに汚れるかもしれないのを気にせずバッツがまとめたごみ置き場の陰に身を隠した。青年の身なりは洒落ていたが何か危ないことに足を突っ込んでいるようには見えなかった。何故そんなところに隠れているのかとバッツが声を掛けようとしたがその声は路地から出た通りを複数人の女性の黄色い悲鳴にかき消される。そちらに耳を向けると女性は何人かで固まり甲高い声で会話をしながらあっちこっちへと走りまわり何かを探しているようであった。

「(……ああ、なるほどな〜)」

通りの女性達と青年の様子でバッツはようやく事を理解した。
よくよく見ればこの青年を店の客用の雑誌やテレビなどで見たことがある。最近人気が急上昇している男性モデルだったこと気付いた。長い手足に端正な顔立ちで特に女性人気が高い。確かスコール・レオンハートという名前の……。今さっき捨てた雑誌に特集記事が組み込まれていた物もあったはずだ。

「(ファンに追いかけられて逃げてるうちに迷い込んじまったのか。こんなことってあるんだなぁ〜)」

まさかこんなところで有名人に出会うとはと息を潜ませて身を隠しているスコールを眺めながらバッツは思うと表の通りから少しでもこちらが見えないように勝手口の戸が壁になるように開き、小さな声でスコールを招き入れた。

「おにーさん、こっちこっち。店に入んなよ」

バッツの呼びかけに青年、スコールは驚いたような表情の後に警戒心が入り混じった瞳をバッツに向けてきた。見知らぬ人間に招かれると身構えるかとバッツは苦笑すると取って食うつもりなんかないと冗談交じりで話しかけた。

「こんなところだとすぐに見つかっちまうぜ。店の中に隠れてやりすごせよ。おれの店、まだ開店してないからおれ以外人もいないしさ」

そう言い、じっとスコールの瞳を見つめた。
客商売をしている上にバッツ自身も自分は人懐っこそうな、相手の警戒心を自然と解すのに適した外見をしていると思っている。それにやましい気持ちなんて微塵もない。ただこの青年が少々気の毒に思い、助けられるのなら助けたいと思っただけだ。
バッツはスコール自身がどうしたいのかを決められるように何も言わずに返答を待つと、スコールは少々考えた後に小声で「ありがとうございます」とだけ言うとさっと店の中に入ってきた。スコールが店に入るのと同時にバッツはすぐさま、そしてそっと戸を閉じる。もう女性の声は届かない。
バッツは客席までスコールを案内すると椅子に座って休むように勧めた。スコールはその言葉に甘えて椅子に着ていた上着を脱いで一息つく。息が整うと座ったままではあったが先ほどよりもさらに丁寧に礼を言ってきた。

「あの、ありがとうございます。……すみません、いきなり」
「いんや。お兄さんの様子と女の子達の声でなんとなく状況はわかったよ。人気が絡む商売だと色々大変そうだな」
「いえ……」

そう言いつつもスコールの表情は硬い。もともと固い表情の持ち主なのかそれともここに来るまで散々逃げ回ってきたのか。どっちにしろ服や髪が乱れているので少なくとも後者は該当しているのは確かであった。

「お前よっぽど好かれてるのかな。いっちゃあ悪いけど結構しつこそうな感じだったから暫く身を隠してから行きなよ」
「……そうしていただけると有難いです……その、本当に……」

視線をやや逸らしながらぎこちなく話すスコールにバッツは本当にモデルなのかと内心苦笑をする。意識してみたことは無いが雑誌で見かけた彼は射抜くような強い視線が特徴的であったことだけは憶えている。カメラの前だけは違うのだろうか?これだけ表情が固く話べたそうな人間も珍しい。落ち着いた外見をしているので対応も落ち着いているのかと思いきや、外見で人を判断してはいけないなぁとバッツは一人頭の中でごちるとそんなに畏まらなくてもいいと笑った。

「そんなに気にすんなって。あと敬語もいいよ。けどまぁ、もし気にするってんなら今度は客としてきてくれよ。美味いメシと酒を出すからさ」

個人で経営しているから客が増えてくれると嬉しいんだというとスコールは暫し黙った後に小さく頷き返してきた。
外見の割には少し幼いとさえみえる仕草にバッツはまた笑うと、少し座って待っていてくれといいカウンターへと消える。
程なくしてカップを二つと自分の朝食用に準備していたトーストサンドイッチを持って戻ってきた。

「ほい。うちの自慢の一つだ。さっき美味い酒っていったけどまだ朝だからな」

そう言いながら差し出したのは淹れ立ての珈琲。湯気が昇り、焙煎した豆が香ばしい香りを放っている。
片付けの後に一服しようと思って準備していたものであった。

「……いただきます」
「どうぞどうぞ」

多少の遠慮があるのかスコールは控えめに言うとカップを手にし、一口口に含んで飲み込むと目を見開き、カップに視線を注ぎこんだ。
彼の表情から何を思っているのかを察したバッツは笑みを零す。ここに初めて来る客は皆この表情をするのだ。そしてその後に必ずいう一言がある。

「……美味い」
「だろ?」

スコールが漏らした一言はもう予想していたがやはり言葉にされると嬉しい。
バッツは得意げに胸を張ると、朝飯がまだならサンドイッチもと勧める。それも素直に口にし、また美味いと零されてまた笑顔になる。
二人で美味い珈琲と軽食を手にしながら今日の天気や昨日食べたもの、最近読んだ本など簡単な話をした。客がいない閑散とした店内ではあったが、珈琲とトーストサンドイッチの香ばしい香りと時折零れる他愛もない会話に店内が一人の時よりも、客が来た時と同じくらい生き生きと色づいているとバッツは感じた。
今日のあの時がなければ、バッツが偶然早く店に出て片づけをしていなければ、スコールがあの路地裏に迷い込まなければ訪れることが無かったこの時間。一人のんびり過ごそうと思っていたがスコールがいてくれてよかったかもしれない。そう思った。
しかし、楽しい時間というものはあっという間であった。そろそろ店の開店時間が近くなってきたことにバッツが気付いたと同時にスコールの方もそろそろ行かなければと席を立った。
珈琲とサンドイッチの代金をと財布を出すスコールにバッツはまだ店は開けていないと笑って首を振った。

「いっただろ?こんどは客としてきてくれって」
「そう、だったな」

じゃあここはご馳走になると財布をしまう彼にバッツは店の扉の前まで彼を見送る。
耳を澄ませ、窓からそっと外を見たが彼を探している人影は見えない。
スコールは扉に手を掛けるとバッツに世話になったとまた頭を下げた。

「また来る。珈琲もサンドイッチも美味かった」
「おお。満足してもらえたようで嬉しいねぇ。これを機に贔屓にでもしてくれや。仕事、頑張れよ」

またなと軽く手を振るバッツにスコールはくるりと背を向ける。そのまま店を出て扉を閉めるかと思われたその時、いきなり振り返ってきた。
深い蒼の双眼でバッツを真っ直ぐ見据えて。

「……ひとつ言っておく」
「え?何?」
「俺はまだ未成年だから酒は飲めない。だから、次も珈琲を出してくれ」
「へ?」

いきなり言われたことにバッツは理解できずに目を丸くする。その表情にスコールは柔らかな表情を一瞬だけ浮かべると扉を閉めて出て行ってしまった。
スコールが出て行った扉をバッツは暫く呆然と眺めていたがやがて弾かれたように勝手口へと向かう。今日まとめた古雑誌に確か彼の特集を扱っていたものがあったはず。綺麗に縛っていた紐を乱暴に解き、これでもないあれでもないと雑誌を乱暴に捲ってその時の記事を探しだした。記事にはスコールのプロフィールも掲載されておりそれに目をとめるとその内容に驚き、思わず呟いた。

「……あいつ、まだ17才だったのかよ……」

外見から自分よりも年齢が上だろうと思っていたらまさか三つも下で青年ではなくまだ少年であったとは。
人気商売であり、尚且つモデル業界に属していたら普通の高校生に比べると言動や身なりが大人びてくるのかもしれない。先程酒を出すと行った後に少し黙ったのも、見かけの割に幼く感じた仕草と最後のスコールの言葉も実際の彼の年齢を考えると今思うと納得できる。
別れ際にみせた柔らかな笑みもまた……。

「(……なるほどなぁ)」

色々と合点がいき、バッツは目を細め、肩を震わせて笑う。
この店を持ち、毎日沢山の客を相手にしているので自分はそこそこ人を見る目はあると思っていたがどうやらまだまだだったようだ。
加えてスコールが人気モデルであることを何とも思っていなかったが最後に瞳を真っ直ぐ向けられた時、不覚にも少しどきりとしてしまった。あの瞳に見つめられたら、雑誌に掲載されている彼の射抜くような視線を向けられたらと思うと女性人気があるのも納得できる。
もっとも、売れっ子モデルである彼よりも他愛のない話をしあえて、年相応の柔らかな表情を浮かべる彼の方が魅力的で好感がもてるとバッツは思ったが。

「次は違う豆の珈琲でもだしてやるとするかな〜」

何となくではあるが、彼は、スコールは近いうちにまた店を来てくれそうな気がした。
酒は暫く先になりそうなので、今度は今日とは違う珈琲豆でもてなそう。彼が望んでいたのだから。
バッツはそう決めると読んでいた雑誌以外の古雑誌を紐で縛り直し、雑誌を胸に抱くと店の中に戻る。
彼が次に来るまで、どんな人物かちょっとは知っておこう。
色々な話ができるように。


----
カフェ兼バー店主バッツさんとモデルスコさんの偶然の出会いでした。
(前から書いてみたかったのです…)


[ 165/255 ]


[top][main]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -