手を取り合って

燦々と太陽の光が降りそそぐ穏やかな午後。昼食が終わり、食後の休憩とばかりにジタンは木の上に上り午睡を取っていた。
大きな一本の枝は少し体を動かせば心地がいいと感じる揺れを生み、風がそよげば葉が音を奏でて耳に心地が良い子守唄を歌ってくれる。寝るなら不安定で落ちる心配がある木の上よりも地面の方が勿論いいのかもしれないがそんな魅力があるからこそついついこちらを選んでしまう。もっとも、木の上で寝ることに慣れているジタンが落ちることは余程の事が無い限りまずないが。
満腹の腹を休めながらのんびり穏やかな時間を過ごしているとちょうど木の下に何者かがゆっくりこちらに近づいてきている気配を感じ取り、ジタンは小さな苦笑を浮かべた。
まったく、一人で気分よく過ごしていたところをと視線を下に向ける。
視線の先にはもう見慣れた淡い紅茶色の髪の青年と濃い鳶色の髪の少年がこちらを見上げていた。
気配から思った通り、仲間のバッツとスコールであった。大方、自分が見当たらないから探しに来たのだろう。心配性だと内心呆れつつジタンは二人に小さく手を振った。

「よぉ、お二人さん。わざわざ探しに来てくれたのかい?」

寝そべっていた枝から身体を起こし、横座りになりながら声を掛けるとスコールが眉間に少し皺を寄せる。
何か気に障るようなことを言ったかと首を傾げると彼はため息とともにバッツと二人で今まで探していたと不満げに文句を零してきた。

「気楽なものだ。仲間達の集団の中にあんただけ姿が見えないと少し騒ぎになったんだ。フリオニールとティナが特に心配していたぞ。無事だったからよかったものの……」

前髪を掻き上げ、めんどくさそうにそう言うスコールに隣にいたバッツが「無事だったからよかったじゃないか」と宥めたが「そう言うことではない」と反論する。
スコールの眉間の皺と眉の吊り上り具合からどうやら彼もそこそこ心配していたのだろう。だからこそそれだけ文句を言っているのだ。気持ちの裏返しに気が付かないほどジタンはもう子供ではない。スコールのこともだがフリオニールとティナ、それに他の仲間達にも心配を掛けてしまったのなら尚更次回からは気をつけないといけないなと心の中でこっそりと誓うとわぁわぁと騒いでいる二人に金の髪を揺らし、頭を下げた。

「そりゃ悪いことしたなぁ。一言声をかけりゃあよかったな。次から気を付けるよ。ごめんな」

素直に謝罪をするジタンの姿にようやく腹の虫が治まったのか「次回からはそうしてくれ」とスコールがそっぽ向く。
視線が外れたスコールにジタンはバッツに向かって小さく舌を出すとさすが役者と言わんばかりにバッツが困った笑顔を向けてきた。スコールのような生真面目な相手は反省しているように見えないといつまでも小言を言ってくる。勿論反省し今後このようなことは無いようにするつもりだが同じ反省をしていて長い小言か短い小言か選べと言われたら短い方がいいに決まっている。
スコールの注意から逃れるとジタンはもう少し体に楽な座り方ができるようにいい塩梅になる場所と体制を探しながら木に座り直す。その様子を見たバッツが眉を顰める。

「よくそんな高いところにいてられるなぁ」

心の底からの呟きにジタンは彼が高いところが苦手であったことを思い出す。
戦闘中など意識が他に向いている時は我慢ができるようではあるが本人曰くできることなら高所には近付きたくはないらしい。せいぜい人二人分の高さである木の上すらも駄目なようである。
上に登れば結構快適なのにとこの楽しみを感じたことがないだろうバッツに一度登ってみないかと持ちかけてみる。

「木の上、結構気持ちいいぜ?日よけにもなるし敵にも見つかりにくくていいぞ?どうだ?二人とも?」

親指を上げて上るよう声を掛けたがバッツとスコールは互いに顔を見合わせると遠慮しておくと首を振った。

「俺はやめておく。履いている靴や服が登るのに適していないからな」
「おれもだ。そんなところだと落ち着いて休憩にならないし」

スコールの方は高所恐怖症ではないらしいが着ている物を気にしてやめておくとのことであった。一方のバッツはやはり高いところへの恐怖心が拭い去れないらしく休憩どころではないと両腕で自身の体を抱きしめると身体を震え上がらせている。
余程恐怖に感じるのかそれを隠そうとしていないバッツにジタンは苦笑を浮かべた。

「お前、ほんっと筋金入りの高所恐怖症だな〜」
「ほっといてくれよ……」

ジタンの一言にバッツは拗ねたように顔を背ける。バッツは普段の言動が年齢よりも幼く見えがちではあるが、年長者であると感じるところが多々ある。一人の時は兎も角、仲間達を巻き込んで無茶な行動をとることはまずない。単独行動を取ろうとしたスコールを気遣ったことといい、見かけと言葉だけで測れるものではないとジタンは思っているのだが、今目の前にいる彼は普段仲間達といる彼以上に幼く見える。高所恐怖症がそうしているのか、それとも他の仲間と比べて長く共にいる自分達だからか。どちらにしても心情を隠さないのは打ち解けている証ではあると思うが。
嬉しくは思うがその気持ちを悟られないようにジタンは肩を竦めると情けないと言わんばかりににやにやとした笑いをバッツに向けた。

「ま、誰にだって苦手なものはあるよなぁ。たとえバッツでも」
「あ、なんだよその言い方。馬鹿にしてるのかよ?そういうのよくないぞ!なぁ、スコール?」

バッツに同意を求められ、スコールは小さなため息を吐くとジタンにその辺でやめておけと注意をした。

「ジタン、それくらいにしろ。誰しも得意なものがあれば苦手なものはある。それをからかうのは良くない」
「へーへー。スコールはバッツに甘いよなぁ」

バッツに助けを求められたからとはいえ、普段口数が少ないスコールにそう言われるとなんとなくではあるが引き下がった方がいいだろうとジタンはようやくからかうのをやめるとバッツはジタンのちょうど真下の木の下に座った。ジタンを捜し歩いてきたからか休憩を取るらしい。仲間達の元に報告をしなくてもいいかと問うスコールに「少しくらいならいいだろう」と呑気に返す。その様子に呆れつつもどうやら休憩に反対ではないらしくスコールもその横に座った。
ジタンのように木の上ではないが根元も十分快適らしく、バッツは伸びをすると木の幹にもたれかかり、後頭部に組んだ手を回して寛ぎだす。

「ジタンのように上にはいけないけど、木の下は気持ちいいなぁ」

呟くバッツにジタンが再び「上に来ればもっと快適だぞ〜」と呟くと下から眉を八の字に下げたバッツが見上げてきた。

「それはもういいって。あ、そういやさ、苦手なものといえばクラウドは乗り物が得意じゃないって言ってたなぁ」

話題を逸らそうとしているのか単に突然思い出したかは分からないがバッツの高所恐怖症の話題がクラウドの乗り物酔いへと移る。仲間達全員が合流してまだ日が浅い上にこの三人で固まって行動をすることが多いのでそれは知らなかったとジタンは軽く口笛を吹いた。

「へ〜よく知ってるなぁ。クラウドが乗り物に弱いなんて意外だなぁ」
「だろ?この前ティナ達と魔列車に乗ることがあったみたいでさ。そこから元の世界では乗り物酔いをよくしていたことを思い出したらしいぞ」

偶々帰りを出迎えたらオニオンとティナに抱えらていたところに遭遇したのだと話す。
彼もバッツ同様戦っている時はそちらに気が行くのでそれほど支障はないらしいのだが、何もせずに座って揺れやエンジン音などを強く意識してしまうと酔ってしまうとのことであった。
この世界では移動手段が限られているので得意苦手と言っていられない状況だったらしいとバッツは話すとジタンとスコールは年下の仲間を率いながら己との戦いをしていたと思われるクラウドに心の中で合掌した。

「クラウド……気の毒だな」
「まぁな。今度常備薬に酔い止めを調合しようかと思ってるよ。ないよかマシだろ」

旅生活を送っていた上に元の世界での豊富な経験と技能の持ち主であるからこそ言える台詞にジタンは感心すると同時に是非そうしてやれと頷いた。まだ解決策が見つけやすい苦手とするものであるだけクラウドの場合言い方はおかしいがまだ良かった方だと言えそうである。それも魔列車に乗るまでは忘れていたくらいに普段意識することが少ないので尚更だろう。対するバッツは普段の移動時に高所に行き着くこともあるので震える彼を落ち着かせ、宥める側であるジタンとスコールは特にそう思ったのは当人には内緒である。
この世界に来てから仲間の中で個人差はあれど皆もとの世界の記憶が欠落しているので今回のクラウドのような自体ももしかしたら自分にもあるかもしれないなとジタンは我が身にも降りかかるかもしれない事態に出来る限り気をつけようと心に決めた。

「オレも気をつけないとな。バッツのように元々苦手なものに対する記憶がある者もいればクラウドのように急に思いだしたりすることもあるって憶えとこう。心の準備なしに急に思い出すなんて、ちょっと嫌だなぁ……」
「まぁ忘れていた方が寧ろ都合がいいってやつもあるかもだな。今回のクラウドの件なんてそっちだし。けどさ……例えばだけどおれのように高いところが苦手な奴がそれ忘れて山道を歩いている途中に苦手だったことを思い出してパニックになっちまうなんてことがあっても困るよなぁ」
「……結局どっちがいいかなんてわからねぇな」

思い出した方がいいのか悪いのかわからなくなってきたとジタンは頭を抱える。そんなジタンと話の聞き手側に回っていたスコールの二人に「お前らは何か苦手なものはないのか?」とバッツは問う。半分は興味本位で、もう半分は自分だけが弱点を晒しているのが少しだけ不公平に思ったからである。他の仲間達に比べ、この二人とは過ごしてきた時間は長いが二人とも苦手としているものを知る機会はなかった。

「オレ達に苦手なもの……か?」
「そうそう。何か思い出せないか?」

興味津々といった眼差しで二人を見たが、問われた二人は互いに視線を合わせ、首を傾げてしばし考え始める。そういえばここに来てから苦手なものと思えるものに遭遇した記憶がない。忘れているだけかもしれないが。ジタンは頭をを前後にゆっくり振って頭の中から自分の記憶をひねり出そうとした。

「ん〜特には……けどそうだなぁ〜素敵なレディの頼まれごとに弱いのは憶えて……」
「それはもうわかってるって。んじゃ次、スコール」
「話振っておいてぶった切るのかよ!?」

考えた結果を正直に述べたのに感想もそこそこに一刀両断するバッツにジタンは尻尾を逆立てて文句を言ったがバッツは聴く耳を持たなかった。何でもかんでも女性に結び付けるのはそろそろ聞き飽きたらしい。
折角答えてやったのにとぶうぶうと文句を垂れるジタンを無視し、隣に座って考えていたスコールの顔を覗き込んで何かないかと促す。

「俺は別に……」

顔を覗き込まれ、期待が混じった表情で問われたとしても何も思いつかない。
苦手なことと言えば人に自分のことや考えを話すことではあるが恐怖を感じるものではなかった。と、なると自分もジタンと同様ないになるのだが…と返答に困ってると鼻先に小さな水滴が当たった。
先程まで晴れていたはずなのに、いつの間にか暗い雲が広がり、雨粒がぽつぽつと降り始めてる。

「あー雨だ」
「通り雨っぽいな。木の下だしそんな濡れないだろ」

突然の天候の変化にジタンとバッツが話題からそれて空を眺める。
二人の言う通り、ところどころ雲の層が薄く、遠くの方は日の光が見えているので一時的な雨であるのはスコールでもわかった。

「バッツの言う通りだ。戻るのが少し遅くなるだけで暫く大人しくしていればだいじょう……」

そう言いかけた時、頭の中に突然ある光景がフラッシュバックする。

暗い空と降りしきる雨と古い石造りの家。
家の軒下から空を眺めると冷たい雨が顔を打ち付ける。
心細さと不安が心を侵食していき、ちっぽけでひとりぼっちの自分はそれを消し払うことができない。
頬を流れるのは雨の滴かそれとも……

「……スコール?」
「大丈夫か?」

呼び掛けられスコールは我に返ると心配そうな表情を浮かべた二人の仲間が顔を覗き込んでいた。

「あ、ああ……問題ない」

かすれた声でそう言ったが心が動揺したままだった。
今一瞬脳裏に浮かんだ光景は一体何だったのだろう。冷たく、暗い雨が降り注ぐ空の下で何故一人で佇んでいたのだろうか?誰かに待たされていたのかそれとも待っていたのだろうか?何故あんなところで小さな子供の自分が不安に押しつぶされながら震えていたのか思い出せないが薄暗いものが胸に広がっていくのであまりいい思い出ではないのだろう。
苦い表情を浮かべるスコールにバッツとジタンは顔を見合わせる。先程まで彼はいつも通りの彼であったが雨が降り出してからどうも様子がおかしい。何を思っているかまではわからないが表情からあまりいいものではないことはわかった。

「(苦手なものを話していて、それから雨が降って……そこからだよな?)」

推測ではあるがこの二つがスコールの記憶と心に何か作用したのだろうかとジタンは推測する。
良い思い出なら兎も角としてもしこの二つがスコールにとって苦いものを思い出してしまったのだとしたらそうなるとは思わなかったとはいえ、悪いことをしてしまったようなそんな気持ちになる。
スコールの性格からこちらが元気づけたり励ましたりと琴線に触れられることを時と場合によっては嫌がりそうな気もするのでどうすればいいのかとジタンが考えていると突然バッツが立ちあがり、いきなり木に向って重い蹴りを入れた。
どん!と大きな音共に木が揺れ、その衝撃でジタンは寛ぎ座っていた大枝が不安定になったので大慌てて飛び降りて二人がいる地に降り立つ。それと同時に木の葉に落ちて溜まっていた雨粒がバラバラと音を立てて地に落ち、まるで3人が立っている木の周辺だけが集中豪雨かのような状態になった。

「なっ!?」

いきなり何故こんなことをしたのだという疑問と驚きにスコールが頓狂な声を上げてバッツを見ると彼は苦笑を浮かべスコールの顔を覗き込む。

「気分、変わったか?」

バッツの言葉からどうやらスコールの気を晴らそうと思ってしたであるのだとジタンは察した。先程のバッツの行動でスコールの表情や纏っていた空気は変わった。荒っぽい方法ではあるが。

「だからといっていきなり、あんな」
「ははは。ショック療法ってやつか?スコールがこのままだとあんまりいい感じじゃない気がしたからさ。ここらで気分が一気に別の方向へ行くようなことをした方がいいと思ったんだよ」

笑いながらそういうバッツにスコールは顔を片手で覆い、頭を振る。
バッツが自分のことを思って行動に出たのはスコールも解ったのだがいくらなんでも突飛すぎるだろうと呆れた。
そんな二人の様子を眺めていたジタンは最初は呆気にとられていたものの、いつもの二人の様子に声を上げて笑い出した。ジタンの笑い声に一体どうしたとばかりに二人の視線が向けられる。

「なんかお前等見ていたらさ、色々忘れちまっていることは多いけどさ、色々どうでもよくなってきたよ。ほらさ、バッツが高いところが苦手だったり、スコールが苦い思い出があったりとかさ、一人じゃないから大丈夫じゃないかなっていうかなんというかさ」

一人で何かに耐えたりする必要がないのだと二人を見ていてそう思った。
この世界にやってきてから記憶が抜け落ちていることに対して不安があった。空っぽの一人に満たない身であるからこそここでは自分以外の別の誰かの存在が貴重であるのだ。
高所恐怖症に苦い記憶の欠片を持つこの二人も形は違ってはいるが自分と同じように自分以外の誰かと寄り添うことで補いあえる存在なのだ。いつまで共に歩めるかはわからないが最後の時まで共に居たいと思えるがこの二人でよかったと思った。
笑うジタンにバッツとスコールは顔を見合わせるとバッツは笑みを浮かべ、スコールはほとんど表情は変わらないものの纏っている雰囲気が明らかに柔らかいものへと変わった。

「言いたいことはわかるぜ」
「……なんとなくは」
「はは。それならよかったよ」

思っていることをうまく言葉にできなくとも、バッツもスコールも自分の思っていることを汲みとってくれる。性格も育った環境も接した期間も短いがこの二人とは時には血の繋がりよりも濃いものを生みだしているのではとさえ思えることがある。

「お、雨がやんだみたいだな」

話しこんでいるうちにいつの間にか雨が通り過ぎたようだとバッツが呟く。雲と雲の間からは空が顔を覗かせており暗い空が嘘のような青さであった。

「おお、晴々だな。天気も晴れ。気持ちも晴れ。いいじゃないか。そろそろ戻らないとな」
「……そうだな」

そう呟くスコールの声がどこかこの時の終わりを名残惜しんでいるかのように聞こえる。
束の間の一時は自分達の心に何かを投げ入れてくれたようだ。
差し込む太陽の光と雨上がりの草の匂いの心地よさ。
一人ではなくこの三人でこうした休息をとるのも悪くはないかもしれないとジタンは一人心の中で呟いたのだった。

いつか、また。


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キリ番リクエスト「ジタンとバッツの高所恐怖症ネタ」でした。
大変遅くなってしまい申し訳ございません。ジタンとバッツのでしたがどうもこの二人だけだとぽんぽん会話が流れてしまいがちになってしまいましたのでスコールさんも参加していただきました…これでよかったでしょうか?


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