鏡のむこう -2-

"バッツ"がやってきて数日、最初のうちは仲間も"バッツ"も妙な緊張感が漂ってはいたが彼の面倒見役の一人であるバッツの力もあってその緊張は徐々に解けて行った。
"バッツ"はあまり話さないが元々好奇心が旺盛で、人に対してもすぐに接し慣れてしまうと自ら近づくようになった。
特にティナやオニオン、ティーダのような年少組と共にいることが多く、日中はそのうちの誰かと散歩や読書、簡単な料理などをして過ごすことが多くなった。外見に反して幼さが目立つ"バッツ"を放っておけない気持ちといつも面倒を見られる側から見る側に回った新鮮さもあったのだろう。厳しい日々の中賑やかにしている彼らの姿は他の仲間達にとっても心の中にあたたかな火を灯すようにもなっていった。
しかし、日中はそうであっても閨の刻になると"バッツ"はバッツの元へスコールの手を引き戻り、無言で共に眠ることを要求した。

「(ほんとに子供のようだよなぁ…こいつ)」

三人分の寝床が無理やり作られたバッツの部屋には"バッツ"を真ん中にして両隣にスコールとバッツがそれぞれ横になっている。本当は仲間の負担などを考えて夜はバッツが一人で面倒を見るつもりであったのだが何故は"バッツ"はそれを良しとせず、スコールをの手をひっぱり三人で眠りたいと主張した。

「(他の仲間とは結構仲良くしてるみたいなのに何でなんだろな・・・)」

バッツは寝息をたてている二人に再び視線を向けると、"バッツ"がスコールの衣服を掴んで眠っておりそのせいで寝返りが打てないスコールが少し魘されていた。
その様子が微笑ましく思えるが同時に少し羨ましく思えた。
仲間達と、スコールと好きなように接している自分によく似た青年。自分は旅人であるから、なるべく後を残さないようにと人とは必要以上に長く接することはなかった。その場限りの関係であることで自分も相手も別れの時に互いを惜しまないようにするために。

「(おれ、どこか怖がってるのかもしれないんだよな・・・スコールにも他の仲間達にも)」

苦いものが湧き出て心を浸食していくのを感じる。これ以上考えるのをやめようと小さく首を降ると横になって瞳を閉じた。疲れもあってか闇色の世界が広がってすぐ、意識は深い眠りの海へとゆっくり、ゆっくりと沈んでいく。
横で眠っていた同じ顔の青年が瞳を薄く開き、見つめていたことなど気付きもせずにバッツは眠りについたのだった。


翌日、朝餉を終えた"バッツ"はティナとオニオンに連れられどこかへと出かけて行った。小走りの三人の背に軽く手を振りながら見送るとまるで子供を持つ親のような心境になる。見てくれはずいぶん大きいのにとバッツは苦笑をすると食事の後片付けをしようかと動き出そうとした時に、ティーダが傍にやってきた。

「"バッツ"どこッスか?」
「へ?…ああ、あいつのことか。あいつならティナとオニオンに引っ張られてどこかへ行っちまったけど…ややこしいなぁ」

自分と同じ名前を出され一瞬わからなかったが、今目の前にいる自分に対して何処とは聞くことはないだろう。そうなるとティーダが行方を探しているのは自分に瓜二つの彼のことだろう。同じ名前だと混乱しそうだとバッツは口をへの字に曲げるとティーダが笑った。

「悪い!同じ名前だからややこしかったッスね」
「まったくだ。まぁ仕方ないけどな」

悪いと言いつつも微塵もそう思っていなさそうなティーダの笑みにバッツもつられて笑いかける。しかし、その表情を見たティーダは急に距離を詰めてまじまじとバッツの顔を眺めだした。

「…いきなりなんだよ?」

至近距離で顔を眺められて驚き半分居心地の悪さ半分で半歩ほど後に下がって距離をあけるとティーダは「すまねッス」と軽く謝りいつもの笑顔を向けた。

「いや〜…最初さ、バッツと白い"バッツ"は似てるけど外見だけで違うのかもって思ってたんだよ。ほら、あいつは喋らないし、表情もさっきのバッツみたいにそんなに変わらないしさ。けど…」
「けど?」
「白い"バッツ"もやっぱりバッツだなぁって思ったんス」
「へ?」

いきなり突拍子もないことを言われバッツは首を傾げるとティーダはさらに笑い話を続けた。

「ん〜なんつーか…オレの見たところッスけどね、あいつリアクションは薄いけど好奇心旺盛だし、誰かが何かをしようとするとふら〜とやってきてそれ眺めてまたふら〜とどこかいっちまうんスよ。そんな自由に動くところがバッツだなぁ…って思った。そんだけなんスけど」

ティーダは思っていることを出し尽くすためか一気にそう話すと最後に「オレ、あんまり頭よくないから上手くいえないや」と苦笑いをした。そんなティーダにバッツは「なんとなく伝わったよ」と笑う。
ティーダは頭の中で考えて伝えたいことを形成しなおすタイプではないが思ったことをさっと言ってしまうところが彼の性格を表している。その姿に呆れや苛立ちを感じる者もいるらしいが素直さがティーダの良いところだとバッツは思う。
話がひと段落し、ティーダはティナ達を追いかけてみると手を振ると台所を出て行ってしまった。
忙しない後ろ姿を追うと今度は入れ違いにスコールが入ってくる。武器を手に持っているので恐らくすぐに外に出ていくのだろう。

「お、今日は外に行くのか」
「ああ。ただ、その前にアンタの顔をきちんと見ておこうと思って」
「なんだよ。いつも見てるじゃないかよ」

出ていく前の挨拶にしてはかなり律儀なものだと笑うとスコールは少し顔を俯けて視線を逸らした。

「そうではあるが最近アンタに似たあいつが傍にいることが多いから落ち着かなくて・・・」
「そうだったのか?」
「あいつが悪いわけではないのだが・・・」

仲間内でも少々神経質な部類ではあるとわかってはいたのだが一人になる時間が減った上に寝返りをうつことさえ少々困難な部屋で毎晩過ごすことになってしまったことが心労となったのだろうか。
対策を錬った方がいいかもしれないと思ったがバッツが思ったこととスコールが思っていることはどうも違うようであった。

「その、アンタとあいつが重なって見える時があって落ち着かない時がある」

その一言にバッツはドキリとした。
先ほどティーダにも似たようなことを言われたがどうも想いを通わせている相手だと勝手が違う。
自分と自分に似た青年が重なって見える・・・ということはあまり考えたくはないが自分に向けてくれていた想いが自分に似た青年へ・・・と想像して内心首を振った。
スコールが目を向けてくれているのは、今まで過ごしてきた時間と築いてきた関係があるからこそだ。
変な方に考えるのはスコールにも、自分に似たあの青年にも悪い。バッツはすぐにいつもの表情を作る。

「おれはおれだしあいつはあいつだと思うけどな」
「まぁ違うところも多いから気分の問題だとは思うのだが…」

最近寝返りを打つのが困難でよく眠れないのもあるのかもしれないとスコールがこぼすとバッツは昨晩彼が"バッツ"に服を捕まれて魘されていた姿を思い出して笑った。
話が長くなってしまったため、そろそろ行かないと待たせている仲間がいるのではと諭すとスコールも時間の経過を急に意識したためか「ああ」と頷き早足で出て行ってしまった。その後ろ姿を見送り、食器の後片付けに取り掛かろうと振り返ると十人分の食器が目に入る。先ほどまでやる気があったはずなのに何故かそれが急に億劫に感じたのだった。

夜。仲間達との夕食が終わると見張りの仲間以外は就寝まで僅かな時間ではあるが自由時間となる。他の仲間と談笑する者、湯浴みをする者、武器の手入れをする者など自由時間を楽しむ者がいる中、バッツはさっさと部屋に戻り就寝の準備に取り掛かった。疲れているのもあるのだが、それよりもただでさえ狭い部屋に三人分の寝具を押し込んでいるので自分の荷物や装備品の片付けを先にしたかった。手際よく荷物を片付け、武器に破損などはないかと確認をすると後は残りの二人の邪魔になるべくならないようにと夜着への着替えまで済ませた。服装が軽くなると疲れていたはずの身体もいい具合に力が抜けていくような気がして心地がよい。衣類を脱ぎ着したことで少々の肌寒さはあるがすぐに馴れるだろう。やりたかったことを全部終え、意気揚々と脱いだ服を畳んでしまうとドアが控えめにノックされる。相手はすぐにわかったので入るよう促すと開いたドアから自分と同じ顔が顔を出した。

「ばっつ…」

名を呼び、部屋に入ってきた彼は自分と同じような夜着に着替え、普段着ている服を抱きしめていた。髪が塗れているので湯浴みにでも行ってきたのだろう。
湯冷めするとよくないので早く扉を閉めて部屋に入るように言うと彼は素直にそれに応じた。

「湯浴みに行ってきたんだな」
「・・・てぃーだとふりお」
「そっか。二人が一緒だったんだな。気持ちよかったか?」
「ん・・・」

バッツの問いに"バッツ"は小さく頷きかえす。まだ色々と不安がある"バッツ"の手を引いてくれた二人に明日会ったら礼を言おうと思うと手招きで"バッツ"を呼ぶ。
すぐ傍にやってきた"バッツ"はあまりうまく髪が拭けていたなかったのか水滴がぽたぽたと落ちている。先ほどは少し離れていたのでよく見えなかった。バッツは苦笑すると自分が使っているタオルを手に取り彼の頭にかぶせた。

「きちんと髪の毛拭かないと風邪ひくぜ?ほら、拭いてやるから」
「ん」

バッツに促されると"バッツ"は小さく頷き大人しくされるがまま髪を拭かれる。塗れていた髪の水がタオルにどんどん吸収されていくといつもの癖のある髪型に戻っていく。
自分と全く同じ髪質にますます自分と同じであることを実感する。鏡の光から生まれた彼。自分と同じ造形でありながらもどこか違う彼。一体何故生まれ、此処にいるのだろうか。彼の正体は一体・・・。

「お前は何者なんだろうな…」
「ばっつ…?」

自然と口からでた疑問に"バッツ"が反応する。
彼の声にふと我に返ると丸い瞳が自分を映しだしていた。

「ごめんごめん。なんでもないさ」

気にしないでくれとばかりに言ったが視線が外れることがなかった。

「ばっつは…ばっつだよ」

辿々しく出された言葉に心臓が跳ねる。
"バッツ"から紡ぎ出される言葉は単純なものではあるが何も含まれていない。自分と同じ姿形の者に言われる言葉だからこそまっすぐ突き突き刺さった。

「おれは…おれ…けど、おれもばっつ…」

髪を拭いていたタオルが落ちる。
造形が全く同じ顔が、姿がまるで鏡を前にしているかのように向かい合わせになり視線が重なると昼間スコールとティーダが言っていた言葉が脳裏を掠めた。
自分と彼が重なる。
そうだ、今自分も彼らと同じことを思っている。
鏡の力で生み出された彼はまるで鏡を前にしている自分のようだ。違うのは髪の色や服装ではない。彼は自分の思いに忠実なのだ。
旅人である自分は訪れた土地や人に何も残さないようにしてきた。そうすることで前へ進む枷を作らないようにしてきた。それは今の仲間達も例外ではない。この戦いが終われば皆離ればなれになる。たとえ特別な想いを抱いていたとしても。だからだろうか。触れたいと思っていても無意識に近づくことを避けていた。

「(こいつが誰かに、スコールに触れているのが羨ましかったんだ・・・けど、それをするかしないか)」

自分と同じ顔の頬に触れると体温が伝わる。
掌が心地よいのか"バッツ"は気持ちよさそうに目を細めた。自分が普段どのように笑うのかはわからないがきっと同じ顔なのだろう。

「なんとなく、鏡がなんで光ったのかわかったよ」
「ばっつ?」

首を傾げる彼を引き寄せ抱きしめる。
体温が伝わって温かい。
もっと早くきちんと彼と、自分と向き合い触れたらよかった。

「ばっつ・・・」
「…ありがとうな」

気づかせてくれて。
目の前に現れてくれて。

溢れる想いを込めて礼を言うと腕の中の自分が柔らかく微笑む。
瞬きをした次の瞬間、腕の中の温もりは跡形もなく消え去っていた。
抱きしめていた腕で自分を抱きしめ、もう一度小さな声で「ありがとう」と呟いた。


"バッツ"がいなくなり、仲間達は一抹の寂しさを感じたものの彼がいない元の生活が普通であったためすぐに落ち着くことができた。彼と過ごした数日を振り返ると形はどうであれ後を残す前に跡形もなく消え去った彼はまるで風のようであったと思う。

「今ここに吹く風のようだったな」

拠点からそれほど離れていない草原でバッツはもう一人の自分を思い返しながらぼんやりと呟く。そよそよと流れる風に肌を撫でられながら座っていると後ろから気配を感じ、振り返る。

「スコール?」
「・・・探していた」

連れ戻しに来たわけではないらしくすぐ横に腰を落ち着けられる。
暫く何も話さずぼんやりと座っているとスコールが呟くように話しかけてきた。

「結局あれはなんだったんだろうな」

彼の言う"あれ"が誰を指しているのかすぐにわかった。

「さぁ…けど悪いことじゃなかったから今更何かをどうかなんてどうでもいいんじゃないかな」

あの後、布にくるんだままにしていた鏡からは何もわからなかった。それどころか魔法に長けたセシルやティナが調べるために鏡を手にとっても何もなかった。もっと詳しく調べようかと申し出もあったが断ったのは今更原因を知っても何もならないと思ったからだった。
恐らく、もう彼と向かい合って座ることはないだろう。そんな気がしたからだ。

「・・・鏡に映されたおれはおれだったってことだよ」
「バッツ?」

バッツの呟きが聞き取れずスコールが聞き返してくる。それを何でもないよと笑う。
そう言えば向かい合った自分は眠る時スコールに傍にいることを望んでいた。他の仲間達とのふれあいとは違いまるで譲れない決まり事であるかのように。
目覚めと眠り。
一日の始まりと終わり。
その時に彼と共にいることを望んでいた。

「(そうだ・・・おれは)」

あいつと同じでスコールと共にいたい。
この旅の終わりが別れでも。
決まった場所を持たない旅人で必ず訪れる別れの時に何も残さない生き方をしてきたけれど奥底で望んだ願いは違う。
今日一日の始まりと終わりの時を寄り添って迎えたい。

何も答えない自分を不審に思ったのか訝しげな表情で見つめられる。その表情に笑みをこぼすと一気に傍に寄り、肩に寄りかかる。

「バッツ?」

想い人の突然の行動にスコールの声を僅かに上擦る。
生真面目で初心だと思われる彼にいきなりすぎたかと思ったがこれぐらいはいいだろう。もう一人の自分に許したのだからこれくらい許してもらいたい。

「暫く、こうしててもいいか?」

一応聞くと暫くの沈黙の後耳心地の良い低い声で「・・・ああ」と控えめに返ってきた。
今この瞬間がとても貴重で愛おしい。
いつかの別れの時を思うと触れることをどこか躊躇っていた。けれど向かい合ったまっさらな自分は消える直前笑っていた。
だから触れたいぬくもりに手を伸ばそう。

最後に笑えるように。


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これにてお話は終わりです。
鏡は自分を映すものだと・・・そんなお話にしたかったのです。
最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。


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