alba -4-

もう何度過ぎ去りし季節を、日々を見送っただろう。夜空を仰ぎながらバッツは言葉を紡いでいった。
何年、何十年、木々も草花も生き物も変化をしていくのに老いることのない身体は時間の流れに独り置き去りされているかのようであった。
ただ孤独に変化のない日々を送るのはとても退屈で空しく、胸にぽっかりと穴が開いたような虚無感を感じていた。生きているはずなのに生きていることを実感しない日々をあと何年、何十年送るのだろうか。そう思っていたときであった。
一人の人間の少年がやってきたのは。
自分よりも、この森に棲まう獣達よりも劣る存在。なのに少年は自分が持ちうる力をすべて使い、生き抜こうとしていた。泥で顔が汚れ、若い肢体を傷だらけにし、いつ倒れてもおかしくはないのに少年の中にある命の煌めきは強く、目も当てられないほど眩しかった。
空虚な自分にはない強い光をもつ少年が羨ましかった。
その存在に焦がれのような気持ちが生まれた。
気がつけば体が動き、獣達から少年を救い出していた。

「…人とは違うおれは余程のことがない限り死ぬことも老いることもない。ただ日々を生きているだけのおれにとって、お前の姿は凄く新鮮に思えたんだ。自分にはないものを持っているお前をおれは求めた」

乾きを潤すために水を渇望するかのような、そんな気持ちだったとバッツは苦笑する。
その笑みの中に長年孤独に日々を過ごしてきた寂しさの色を含んでいるようにスコールには見えた。
いつも朗らかに笑っていたのはただ、表面上のものだけだったのだとようやくわかった。
孤独を抱え、一人長い刻を生きてきた彼は何を感じ、何を思って生きてきたのか想像はできないがもの悲しさを感じる。
自分自身も大切な者達を失い一人で生きてきたがその大事な者への想いが生きていくための根となった。そんな自分とは違い、彼は根すらなく生きてきたのだろうか。そう思うと胸が僅かに締め付けられる。
表情を曇らせるスコールにバッツは話を聞いてくれてありがとうと礼をいい、背を向ける。

「ただの気まぐれなんかじゃあない。おれはおれのからっぽの中身を少しでも満たそうと思っておまえを助けたんだ」
「バッツ・・・」

背を向けて話すバッツは表情も見えなければ、声の調子も変わっていない。しかし、見えないからこそ不安になった。今ここで声を掛けないとバッツが消えていきそうな、何故かそんな気がした。何と声を掛ければいいのかがわからなかったが、名前を呼ぶことで繋ぎとめようとしたがそれ以上にバッツは深い孤独の中にいたことを思い知らされる。

「おれはひとりで長く生き過ぎちまったんだな」

たった一言。それだけで突き放されたような気持ちなる。
静かに発せられた言葉はひどく落ち着いていたのは、一人内に秘めた感情や思いを抱えて生きてきたが故なのだろうか。黙って佇むバッツはすぐ傍にいるはずなのに手を伸ばしても届かないように思えた。
先ほどまで何とも感じなかった夜風が寒い。
バッツがもう戻ろうかと言うまで、スコールはバッツに対して一言も発することができなかった。



家に戻った後、二人は、特に休息を必要としているスコールのこともあり、すぐに床に入った。バッツの方もスコールに傷を癒してもらったとはいえ、疲弊していたのか横になってすぐ眠りについてしまった。
明け方近くになりバッツはふと気配を感じたような気がして目を覚まし、スコールが使っている寝台の方へ目を向けるともぬけの殻になっていた。
通常なら傍で何かが動いたら目を覚ましているはずが深く眠ってしまって気が付かなかった、とバッツは自身の気の緩みを悔やんだ。傷の具合は良くなったとはいえまだ全快ではない。日の出は近いが、まだ外は薄暗いので獣達が彷徨いているかもしれない。それにもしかち合ったらとバッツは足早に家の外に出ようとしたが、窓が開いていることに気付いた。
昨日の夜、戸締まりをしたはずなのにと不審に思い開かれている窓から顔を出して外を見渡す。ちょうど真下に咲いている青い薔薇のすぐ横に、今は見慣れたスコールの濃い茶の髪が見えた。

「・・・こんなところにいたんだ」

出ていったかもしれないと焦ったが近くにいて良かったと安堵する。
本調子ではないからかスコールは少々気だるそうにバッツの方へと顔を向けると小さく頷き返し、視線を空の先へと向けた。
闇色の空が白染み始め、日の光が走り、地上を照らし始めている。
朝日が昇り始め、光に照らされた森は夜の姿とは全く異なる。目が覚めるほどの木々の深い緑、飛び立つ小鳥達の鳴き声は寝起きの耳を優しく愛撫してくれている。昨日の出来事を忘れさせるほど優しく、穏やかな朝であった。

「こんな風に朝日を眺めるのは久しぶりだ」

壁に身体をもたれさせながら呟くスコールにバッツも窓の縁に肘をついて外を眺める。
ここに来てからスコールは殆ど寝たきりだった。寝台に横になっていれば窓からそれを眺めるのは困難だったはずだ。久しぶりに眺める朝日が気持ちいいのかもしれない。

「お前は昨日まで寝たきりだったからな」
「まぁ・・・そうだが・・・そういう意味ではないんだ」

バッツの想像に反してスコールは否定をする。
そういう意味ではないというのならどういう意味なんだと怪訝そうにバッツはスコールの方へと視線を向けた。
スコールは相変わらず前を向いたまま話を続ける。

「俺は、家族の思い出と交わした約束のためだけにただ生きてきた。幼かった俺にとっての生きていくための理由だったといってもおかしくはない。それを果たした今、約束の旅への出発などではない朝日を見るのは久しぶりだということだ」
「なるほどな」

"旅”への、スコールにとっての今までの一日の始まりとは異なることかとバッツは納得する。
どれ程彼が歩き続けてきたかは知らないが決して短くはなかったであろう旅を終えた朝は変わらない日々を永い間送り続けてきた自身とは違い、きっと何か思うことがあるに違いない。
そこに胸に何か淀むものを感じながらバッツは空を見上げた。
そういえば自分もこうして朝日を眺めたのは久方ぶりだった。ここで暮らすことが当たり前になり、目に入る景色が見慣れた物だと無意識に感じるようになってから眺めるという行為すら忘れていた。
明るくなる空をぼんやりと眺めていると共に眺めていたスコールがゆっくりと話しかけてきた。

「少し、考えていたんだ」
「ん?なんだよ?」

視線を空からスコールへと向けると話しかけたものの躊躇っているのか、横で慎ましく咲いている薔薇を指先で弄んだり、首を前へ後ろへと数回動かした後、決心がついたのか再び口を開いた。

「生きていく、旅をする理由が今の俺はない。どうだ・・・お互い何もない一人者同士、それを探しつつ共に歩んでいくのは」
「へ?」

唐突の提案にバッツは頓狂な声を出した。
あまりにも突然で予想どころか思いもよらないスコールの言葉に頭が追いつかない。
自分と人間の、種族が違うどころか知り合って間もない相手に、自分を危険な目にあわせた者に一体何を言っているんだ。普通は考えつかないだろう、とスコールへの突っ込みが一気に頭の中を駆け抜けるが虚を衝かれたためそれを声に出すことができなかった。

「おま、それ・・・」
「俺は長旅で疲れた。久しぶりに一つの場所に長く滞在するのにいい時期だと思っている。その、あんたさえよければだが」

完全に呆気に取られ上手く話せないでいると話を進められてしまった。
スコールは座り込んで前を向いたままなので窓から顔を出しているバッツの位置からは旋毛しか見えないのでどのような表情をしているのかはわからない。わからないのだが冗談の類を言う人間ではない。寧ろかなり真面目で誠実な人物であると思う。ほぼ見ず知らずの者にこんな話を持ちかけるなんて本当に今までどうやって一人旅をしてきたのだと呆れてしまう。

「おれは人ではないぞ」

正体を知った今その抵抗はないのかと問う。
見かけは人と変わらないとはいえ、根本的に違う者同士が共することを考えているのかと頭が痛くなった。
昨夜のこともあり、きっと一時の感情に流されているに違いない。年若いまだ青年とはいえないと思われる者なら尚更だ。どう諭そうかと考えようとしたその時、スコールがバッツの方へと顔を向けてきた。

「何を言っているんだ。あんたはあんただろう」

それ以上でもそれ以下でもないだろうと瞳を丸くして言ったスコールにバッツは驚き、言葉を返すことができなかった。
スコールにとって種族云々は関係なかった。
すぐ傍にいる男は事情はどうであれ自分の命を救ってくれた上に自分が長年捜し求めていたものへと導いてくれた。それが人が手にしてはいけないものであるにも関わらず。最初命を救ったことはバッツ自身の心の渇きから来たものだとしても、花の件については少なからず自分を信頼して大丈夫だと判断したのだ。そこには種族の違いは恐らくない。だとしたら自分もバッツ自身ときちんと向き合おうと決めた。
自分に何かができるとは考えてはいない。ただ、彼と共にこれからを生き、その中で互いに生きる上での何かを見つけられればと思う。
バッツが今更種族が理由で突き放そうとしていることがスコールには理解できなかった。
丸い瞳のままじっと見つめてくるスコールにバッツは何も言うことができなかった。
少年の瞳はよく見れば僅かではあるが赤く充血している。先ほど少し考えたといっていたが恐らく、長い時間、もしかしたら一晩眠らずに長考したのであろう。自分が旅に疲れたから休息とともに、次の目標を決めるためだと言っていたがバッツ自身のことを考えてのことであることが安易に察することができた。
赤くはあるものの向けてくる視線はまっすぐ、そして澄んでいる。
本当に純真すぎて困る。
バッツはため息を吐くと窓の縁に額を預けてうなだれた。

「おまえ、変わっているなぁ」
「あんたに言われたくない」

呆れ口調のバッツにスコールは自分を助けたアンタもそうは変わらないとばかりに言い返す。
さっきまでこの少年の考えをどう改めさせようかと思っていた自分自身が馬鹿馬鹿しく思えてくると同時に心の中にあたたかなものが沸き上がってくる。

「じゃあ聞くけど断ったらどうすんだよ?」
「救った命の責任を持て、と言う」
「・・・そうくるか」

結局はスコールにとって決定事項じゃないかと言えばそうだなと返ってきて思わず笑いそうになった。
長い年月を一人孤独に過ごしてきたからだろうか。
少年が自分に向けてくる想いを受け止めることは怖くもあったがそれに抗うことはできそうにない。
自分の心の渇きを、生きていく空しさを取り除くための何かを探そうとは思いもしなかった。
自分よりもか弱い存在であるはずなのに頼もしさを感じるのは何故だろう?
長年の願いを貫いたからか、自分に無い内側に秘めた光かそのどちらかか。わからないがこの少年の提案を悪くないと思う自分がいる。

「(ああ、もう敵いそうにないなぁ…)」

一人の時には感じなかった言葉にはできない感情で口元が緩み、瞳の奥が熱くなってくる。

「ま、一人が長かった分、それもいいかもな」

平静を装ったが絞り出した声は少し震えている。
熱くなった瞳を落ち着かせると窓の縁に預けたままだった面をあげ、少年の瞳を真っ直ぐ見つめる。
横に咲く薔薇にも負けない綺麗な青の双瞳に姿が映しだされると柔らかな笑みを向けた。

「よろしくな。スコール」

ただその一言に自分の想いを込めた。


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リクエスト「吸血鬼パロでスコールとバッツの立場(吸血鬼/人間)が逆のお話」でした。リクエストをくださりありがとうございました。
メインのお話とはまた違った二人ではないかと思いますが、こちらも負けず劣らず不器用ですね…仲良くなる第一歩までが二人は長そうだなぁと何となくですがそう思っていましたらここまで長くなってしまいました。最後までお付き合いを下さりありがとうございました。


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