alba -3-

その動きは流麗でまるで舞を舞っているかのようであった。
月明かりの、最低限の明かりの中、複数の獣達を前にしていても怯むこともなく的確に相手の急所を撃つ。苦労どころか自分をあっという間に追い詰めた相手をまるで木の葉を蹴散らしているかのようにいとも簡単に返り討ちにしている。
美しいとさえ思える動きと素早さ、鋭さにスコールは身動き一つとれずに見惚れてしまっていた。
最後の一匹を地に伏せるとバッツは血に塗れた手をひと舐めして顔を顰めると、座り込んでいたスコールの方へと振り向いた。
振り向いた顔は明かりをバックにしていたため顔に影が指したが瞳の輝きは闇を裂くかのように輝いている。
強く輝く瞳は普段の青い瞳ではなく鮮血のように紅い。
何も話さず暫し互いに視線を交差させたままであったが先に沈黙を破ったのはバッツの方であった。

「おれをみて驚かないんだな」

戦っている隙に逃げるかと思ったと零したバッツは今更正体を隠すのを無駄と悟ってか取り繕うことは一切しない。落ち着いた様子のバッツにスコールの方も落ち着きを取り戻し、小さく首を振った。

「薄々そうではないかと思っていたんだ」
「・・・なんで?」

自分の正体を、最初の夜に出会った血を啜る魔の物であることを知っていたと零すスコールにバッツは此処数日の世話焼き男の顔に完全に戻り、小首を傾げて問う。つい先ほど獣を蹴散らした同一人物とはまったく思えなかったが逆にその方がスコールにとって話しやすかった。

「怪我で運ばれた時、俺はあんたにこう質問した。"何かを、”見たり聞いたりしなかったか"と。その返答に対してアンタはこう言った"誰もいなかった"。質問の"何か"を人か獣かこちらは特定していないのにあんたは"誰"と言ったんだ」

人が寄りつかない森であるならば"人"を指す言葉を使うことはない。やってきた時にはスコールだけが倒れていたと言っていたので"何か"を知らないはずであり、返答は嘘ということになる。何故嘘をつく必要があったのか、少し考えれば大体想像がつく。
スコールの説明にバッツはなるほどと小さく頷き、頭を掻いた。

「人なんて寄り付かない、何も見ていないと言っておきながら返した問いが矛盾していたってことか。鋭いなぁ…」
「ああ…聞いてすぐには気が付かなかったがな。薄々おかしいと思うようになった後もあんたは魔の者にしては俺を喰らう素振りを一切見せなかった。それどころか寧ろ俺を治療し森から出そうとしていた。だからあえて…何かをするつもりはなかった」
「…おれが血を啜る魔物だとわかった今でもか?」
「言っただろう。最初に血は啜られたがその後アンタが俺を喰らうつもりはなさそうだから何かをするつもりはなかったと。今もそんな気はない。だから逃げ出さずにこうしている」

また死に近づいていたにも関わらず冷静なスコールにバッツは腰に手を当て、困ったような面白がっているようなそんな表情と共に小さなため息を吐いた。

「お人よしだなぁお前。そんなんでよく一人で旅をしてこれたなぁ。まぁ最初の吸血は獣の毒を吸い出すために行っただけなんだけどな」
「…アンタに言われたくもない。次はこっちが質問させてもらう。何故…俺を助けた?」

自分を獲物として捕らえるのなら兎も角、バッツは一度ならず二度までも窮地を救ってくれた。それどころかこちらが負傷して身動きが取れない状態であっても何かをするどころか治療を施して森の外へ帰そうとしていた。
バッツにとって何の価値もなさそうな自分を何故助けたのか、スコールには皆目見当がつかなかった。
黙ったままバッツの答えを待つスコールに、バッツは暫しその瞳を見つめると数秒の後に何でもないとばかりに首を振った。

「べつに…気まぐれだよ。ただの」

それ以上でもそれ以下でもないとばかりにバッツはそれだけを吐きだすと視線を逸らす。
いつもの朗らかな彼とは違う様子と逸らされた視線がどうも気にはなったが聞いたところで恐らく話してはくれないような気がする。その証拠にバッツはさっさと話題を変えようとしてか自分の服装を整え、血に塗れた手を自身の外套で拭うとスコールを助け起こそうと近付いてきた。

「さぁ…これに懲りただろう?家に戻るぞ。動けたとはいえお前は万全じゃないしおれもここ最近お前の世話で自分の糧を一切…」

そう言いかけて突然黙り込んだバッツにスコールは不審そうに眉根を寄せたが、一瞬で事態を察した。
バッツの身体が九の字に曲がり、地に倒れかける。目を凝らすとバッツの背後に先程倒した筈の獣が鋭い爪と牙で襲いかかっていたのだ。
息の根がなくなっていたと思いこんでいたため隙を作ってしまった。
スコールは立ちあがってバッツと獣を引きはがそうとしたが、倒れる寸前にバッツは体を回転させ、獣を思い切り蹴り飛ばした。余程力を込めたのか、獣は凄まじい勢いで吹っ飛び、近くの樹木に叩きつけられるとそのままピクリとも動かなくなった。どうやらとどめとなったようであった。
しかし、バッツの方はそれで精一杯だったのか地に倒れこんだまま起き上がらない。重い身体でスコールが傍に寄ると、バッツの背は爪で深々と身が抉られており、血がまるで湧水のようにとめどなく流れていた。

「バッツ!!」
「あーあ…油断しちまった…」

何ともない様な呟きであったが、傷の深さと流血の量が尋常ではない。普通の人間なら明らかに致命傷であるのにバッツの落ち着いた様子がどこか危うさを感じる。
何をしていいかわからず、とりあえず意識を確保しようとしっかりしろと声を掛けるとバッツは小さく息を吐いてスコールに薄く笑いかけてきた。

「お前を助けたのが運のつきだったようだなぁ…万全の体調だったら…どうってことない傷なのに…ま、今更そんなことどうでもいいけどよ…」

傷みでのた打ち回ることも、死への恐れを感じさせる姿を見せることもなければ生き足掻くことすらしないこと様子から、バッツには死へ向かうことへの迷いがないように思えた。いや、生きることを、今後の人生への諦めのようなものを感じる。
自分を助け、生かしておきながら、当人は生きることに執着しない姿にスコールは心配と苛立ちのようなものが湧き上がるのを感じる。何もできないまま、このまま勝手に逝かせるのは納得がいかない。

「おい」
「…なんだよ?」

呼ばれると億劫そうにバッツはスコールに顔を向けてきた。とりあえずまだ意識はきちんとあるようだと確認すると、スコールはバッツの身体を抱き起こした。まるで親が幼い、赤ん坊をあやすような抱き方に意図がわからないバッツは眉根を寄せる。

「お前…なんの…つもりだよ…」

掠れた声で問うバッツに、スコールは着ていたシャツの首元を寛げ、晒す。
晒した首元は、ほとんど完治はしているものの、獣に襲われた時の傷跡ともう一つ、うっすらと二つの小さな傷がついている。数日前、バッツに血を啜られた時についた傷跡であった。

「あんたは血を糧とする魔物なんだろ?物語などでよく聞くが、摂取することで体は回復しないのか?」
「な…」

瞠目し、言葉に詰まるバッツの姿に考えは間違っていないのだと確信する。

「どうやら図星のようだな。遠慮はするな。俺はあんたに二度も助けられたからな」
「なにいってんだよ…そんなこと、ただでさえ血が足りない状態なのに、んなことできる、かよ」

よろよろとした動作で押しのけようとされたが、先ほど見せた強い力はどこにもなく、あまり時間の余裕はなさそうであった。
頑ななバッツになんとか血を摂取してもらおうと、スコールはバッツをむりやり抱き起し、自分の首筋へと頭を強引に引き寄せた。

「人を助けるだけ助けておいて、あんたばかり勝手にさせてたまるか」
「ちが、う。血を吸いすぎちまって、怪我人のお前を危険に晒しちまうかもしれないんだぞ…おれはお前にとっちゃ化け物…」
「違う」

夜の静寂を切り裂くかのようなはっきりとスコールは言い切るとバッツはぴくりと体を一度震わせ、押し黙った。
バッツは人ではないのは最初に出会った時と先程の様子で十分に理解している。しかし、種族は違えどスコールはバッツを化け物とは思っていなかった。最初に出会った時ならもしかしたら自分を襲う怪物の類であると思っていたかもしれないが、自分を助け、気遣ってくれた彼をそのようには思っていない。
今スコールを突き動かすのはただ、自分の命を救ってくれたバッツを助けられるものなら助けたい気持ちであった。

「俺はただあんたを…このまま死なせたくはない。俺を助けたのは気まぐれだと言っていたが、助けたいと思う気持ちは少なからずあったと思っている。俺を助けたあんたなら、大丈夫だ」

そう言うとバッツがしたいようにできるように肩の窪みに顔を埋めさせた。バッツの荒い息が肩にかかり、肌がしっとりと湿りはじめる。肩で息をし、抵抗が見られない様子からもう殆んど力が残っていないのだろう。
さぁ、とスコールが促すと、バッツはやや間を置いた後、小さく頷く。柔らかい髪が頬を人撫でしたと感じてすぐ首筋に鋭い痛みが走った。

「っ…」

食むかのように押し当てられた柔らかい唇と、熱い舌と漏れる吐息、そして埋め込まれている牙の感触に痛みと甘い疼きのようなものを感じ、スコールは身を震わせた。
身体中の血液の流れがまるでバッツが吸い付いている首筋に急速に集まっていくかのように感じて体が熱い。
最初に血を吸われた時に感じた感覚が蘇っていく。
しかし、以前と違うのは得体のしれない存在や己の死への恐怖が今はないことだ。自分に寄りかかっている存在を助けたい。その想いが強い。
背中に手を回し、抱きとめてやるとバッツの方もゆるゆると背に手を回してきた。
そうだ。それでいい。
そんな言葉が湧き上がる。
自分の身体に縋る存在のあたたかさを感じながらスコールは瞳を閉じたのだった。



次にスコールが瞳を開いた時は森の中ではなく、過ごし慣れた最初にバッツに運ばれた部屋の中であった。
柔らかい寝台に寝かされ、あたたかいシーツを掛けられていたため一瞬先程の出来事は夢でも見ていたのかとさえ思えてしまうほどであった。一体どれだけ意識を手放していたのか、バッツはどうなったのか状況を確認しようと視線だけで部屋見回そうとしたところで「気が付いたか?」と声を掛けられた。
寝台の横にバッツが椅子に座っていた。自分が意識を手放す前は大怪我を負っていたはずなのにそんな様子は微塵も感じられない。着替えをしているのもあるからかもしれないが、部屋の中に備え付けているランプの光に照らされている肌は血色がよさそうなので取りあえず危機は回避されたのだろう。瞳の色も赤から普段の色に戻っていた。
見慣れたバッツの姿にスコールは安堵の息を漏らすと半身を起こし、枕をクッションにして身体を落ち着けた。

「もう、大丈夫なのか?」
「ああ。おかげ様でもう大丈夫だよ。そのためにお前は途中で意識を失っちまったんだけどな」

申し訳なく思うのか少しだけ目を逸らしつつそう言われる。こちらがいいと言ったものの、躊躇していたので気まずいのだろう。こちらは一切気にはしていないのだが。

「あのさ、おれは兎も角、お前の方は大丈夫なのか?」
「俺はそれほど…」

バッツに助けられる前に獣達に襲われたものの怪我らしい怪我はない。ただ、少しだけ虚脱感のようなものを感じはするが最初に運ばれた時に比べて体調はまだいい方であった。しかし、ここで大丈夫だと言ってしまっても気を遣って無理をしていると思われ、余計に気にしそうだと思い、ここは正直に伝えることにした。

「…少し体が怠い気がするが平気だ。怪我はほとんどしていないから最初にここに来た時よりは平気だ」
「…そっか」

それなら十分な休息と食事を摂れば大丈夫だろうとバッツはようやく柔らかく微笑んだ。
恐らくスコールが目を覚ますまで不安があったのだろう。安心をしたのか先ほどに比べて緊張が解れている。変に隠して無理をするよりもこれでよかったのだとスコールの方も内心胸を撫で下ろした。
互いの無事に安堵するとバッツは少し遠慮がちに声を掛けてきた。

「…なぁ」
「なんだ?」
「少し、歩けるか?」


ふらつく身体をバッツに支えてもらいながらスコールは外に出た。
今どのくらいの時刻かはわからなかったが月の位置から夜が明けるまでまだまだ時間がありそうであった。
こんな時間にバッツは一体何処に自分を連れて行こうとするのか見当がつかないが病人を遠出させることはないだろう。
外に出てすぐ家の周りに沿って歩いていくバッツにどこに連れて行くつもりだと問うと「すぐそこだよ」と返されたので大人しく従う。
それほど大きくないバッツの家の周りを歩いていくと、行きついた先は丁度スコールが使っていた部屋の窓の前であった。
一体ここに何の用がとスコールが問おうしたがその前にバッツは持ってきていたランプを窓の前に掲げた。
不意に風が舞い、バッツと最初に出会った時に香った花の香りが微かに漂う。その香りに誘われたその先には、数本の、深い海を思わせるかのような青い薔薇が咲いていた。
一瞬見間違いでないかと疑ってしまうほどでひっそりと、名も知れず咲いていたため見間違いではないかと目を疑ったが何度瞬きをしても、消えることも、色が変わることはなかった。
外に抜け出した時は暗い上に出ていくことに気がいっていたため気が付かなかったが、今は照らされたランプの光のお蔭で探し求めていた花をはっきりと確認することができる。
こんな近くに探し求めていたものが見つかったことが信じられないのと、驚きもあってスコールは思わず地に膝をつき、声を震わせてバッツに確認をとった。

「…これは…」
「ああ。お前が探していた青い薔薇だよ」
「こんな近くに…どうして話をしてくれなかったんだ」

掠れた声で問うとバッツは少々間を置いた後に、ゆっくりと話し始めた。

「この花は…不可能を可能とする花と言われているんだ。大病を治し、傷を癒し…命を繋ぎとめる…」
「…命…」

それだけ言われて合点がいった。
どんな怪我や病気をたちまち治し命さえも繋ぎとめてしまう。そんな万能薬のような花がもし世にでればたちまち生命の輪が乱れ、崩れてしまう。同時に大勢の人間に知れたらどのような事態になるか…花を巡って争いが起きるどころか下手をすれば国同士の戦争にまで発展するかもしれない。
だからバッツは知っていてもスコールに話さなかったのだと悟った。

「そうか…それで…か」

納得顔で呟くスコールにバッツは頷き返した。
珍しいから独り占めをしたいからではなく、保たれた均衡が崩れる可能性があるものはたとえ便利なものであっても表に出ない方がいい。噂程度に留めておけば人が徒党を組んで探しにやってくることなんてない。たとえ噂を聞きつけて個人で探しに来たとしてもこの森の獣達にたちまち葬り去られてしまうか運が良くても追い返され二度とやってくることはないのでまず見つからないだろう。

「これが人の手に渡ったらどんなことになるか…だからこれは外に出すことはできない。だからスコール、これは今見るだけにしてこの森の外へは…」
「…いや、俺はそういうつもりは最初からなかった…」

スコールはそう言うとズボンのポケットから小さなロケットペンダントを取り出し、開く。中には二人の男女と二人の幼い男女の子供が写った古い写真が入っていた。
子供の一人がスコールと面差しがよく似ており、一目で彼の幼少の頃の姿であるとわかった。一人が幼いスコールだとすると、大人の男女は両親、もう一人の幼い少女は大きさから姉だろうかとバッツは予想する。
スコールは写真を一瞥すると、それを花が良く見えるよう屈んで地に置いた。

「父と母と姉の写真だ。3人とももういないが…幼い頃、両親に聞かされたおとぎ話の中に青い薔薇の話があった。幼い頃、姉さんと俺はその花を探そうと約束をし合った。だが…」

言い淀むスコールの様子からあまりいい話ではないことが見て取れたのでバッツは屈んでいるスコールの肩に手を置くと無理に話さなくてもいいと首を振った。スコールは「すまない」と礼を言い、ロケットの中に閉じ込められた思い出の中の家族と共に青い薔薇を眺めはじめた。
失くした両親と姉との思い出を自分の命の危険すらも顧みず、探し求める姿からスコールにとって家族の存在と喪失は余程のものであったのだろう。一人孤独を抱えたままここまで、傷だらけの姿でやってきた少年はかなりの苦労をと困難を味わい生きてきたと思われる。
体格は男性の中では大きい部類であるはずなのに、その背は今は小さく、幼い子供のようにバッツには見えた。

一しきり家族と共に薔薇を眺めるとスコールはロケットを拾い、閉じてポケットに仕舞った。
長年この願いを胸に生きてきた。忘れられない思い出は苦しくもあったが同時に生きる目標となった。過酷な旅路ではあったが到達し、亡き両親と姉とともにこの地に立つことができた。
長い、長い時間は失った者を想う気持ちを少しずつ癒し、整理させてくれるのにたとえ小さな口約束だったとしても少年にとっては必要な生きる希望であった。
失った悲しみは消えないが落ち着いた気持ちでいられるのを感じる。

「俺は、俺達はこれで…いいんだ。バッツ、あんたと出会えて本当によかった。ありがとう」

訳が訳なだけに教えることに悩んであろう彼にスコールは頭を下げ、礼を言った。
自分の命だけでなく気持ちまでも救ってくれた彼に深い感謝を込める。
スコールの様子から言葉以上の感謝の気持ちを感じるとバッツは小さく首をふり、顔を上げるように頼んだ。

「…スコール、顔をあげてくれ。おれはお前に感謝されるほどのやつじゃない」

感謝されるほどじゃない。バッツが何を言いたいのか分からずスコールは眉根を寄せるとバッツは小さく息を吸い込み言葉を紡ぐ。

「おれはお前を気まぐれで助けたと言ったけど、実は気まぐれなんかじゃないんだ」


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終わりませんでした;次回でラストです。


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