いつかのHappy Birthday

食事の後、食後のコーヒーを飲みながら穏やかな時間を過ごす。
普段と変わらぬ一時であるが、普段とは少々異なるのは食事が少し豪華であったことと食後のコーヒーの後にデザートが控えていること。
満たされつつある胃袋を休めながら二人向かい合わせで話すのは毎年恒例の話である。

「なぁスコール。憶えているか?」

少し大きめの白いマグカップを片手に話しかけるバッツの台詞は毎年この日に"この話"をする合図。

「…何をだ?」

何を話そうとしているのか既に分かってはいたがバッツと同様に自分にも決まった開始の台詞がある。
何度も繰り返された決まった会話にバッツの方も心得ているのか、スコールの開始の合図の台詞に柔らかく笑みを浮かべる。

「ほら初めてお前の…」



--- X年前

「昼間にスコール宛てに荷物が届いたよ」

食事を終えてお茶を飲んでいたスコールに思い出したとばかりにバッツはそう告げる。

「荷物?」
「そ。お前がバイトに出ている間に届いてさ。開けるわけにもいかないからそのままにしておいたよ」

おうむ返しに問うスコールにバッツは笑いかけるとすぐさま荷物を取りに行き、そして戻ってきた。差し出されたのは少し大きめの段ボール箱。貼り付けられた伝票の送り主の欄にはスコールの父親の名前が書かれており仕送りであることはすぐにわかった。

「家族からだな…」
「仕送りか〜?」
「かもな。重いのに受け取ってくれてありがとう」

スコールはバッツに礼を言うと箱を受け取り、ガムテープを剥ぐって中を開けた。
箱の中には缶詰や野菜、果物で詰まっており、一番上に乗せられていた小さなメモには「同居人の子と食べろ」と豪快な文字でメッセージが書かれていた。「間違いなく父親からだ」とスコールは呟くとメモと共に野菜と果物などを次々とダイニングテーブルに並べていく。
それを手伝おうとバッツは立ち上がると、出された野菜や果物を冷蔵庫へと納めていく。すべて納めきると冷蔵庫は野菜と果物で一杯になっており、こりゃあ暫く食べるものに困らなさそうだなとバッツは笑う。もう他に入れるものはないかとスコールに問いつつ傍に寄るとスコールは箱の中から最後の梱包物を取りだしていた。取り出したのは綺麗に包装された小さな箱とカードであった。

「ずいぶん綺麗な箱だなぁ?頑張っている息子へのプレゼントか?」

覗き込んでくるバッツにスコール小首を傾げつつ、まずカードを開き、中を読むとこう告げた。

「ああ…姉さんと父親からだ…誕生日プレゼントの腕時計だそうだ」
「え…」

誕生日。
その単語にバッツは硬直する。そう言えばスコールと付き合ってはいるものの誕生日を聞いたことがなかった。まさかとは思うが…とバッツは悪い予感を感じながら箱を取り出しているスコールに疑問を問う。

「お前、いつ誕生日なんだ?」
「今日だが…」

悪い予感が的中した。
進んで自分のことを話す男ではないと思っていたが今日が誕生であることを黙っているとはとバッツは頭を抱えそうになった。

「〜〜っ!!おまっ!!なんでそれを言わないんだよ!?」

バッツは身を乗り出し、鼻先が触れるか触れないかの至近距離でスコールを問いつめたが、スコールの方は二、三度大きく瞬きをすると小首を傾げて不思議そうに問いかけに答えた。

「特に言う必要も機会もなかったから…」
「あ、あのなぁ…それで言わなかったのかよ…しかも当日に」

信じられないとばかりにそう言ったもののスコールはそう考えるよなぁと頭痛を覚える。
まだ当日とはいえ、こんな夜では満足にお祝いをすることもできない。

「くそーもう22時…あと2時間しかないじゃないかー…」

プレゼントを買おうにもこんな時間に開いている店なんてない。
パーティをしようにも夕食が終わった後にさらに何か料理を作って詰め込ませるなんてまずできない。
あと2時間で何かできることはないかとバッツは腕を組んで考えたが特に何も思いつかない。
せめて一日前であればなんとかできたかもしれないのに、何故今まで誕生日を聞いておかなかったのかと後悔すらしてしまう。
小難しい顔をしはじめるバッツにスコールは言う必要はないと思っていたものの、自分が生まれた日を祝いたいがために悩んでいるバッツの姿を見ていると今更ながら申し訳なさが湧き上がってくる。

「…すまない。けど気持ちだけで十分だから…」

考え込むバッツにそれ以上悩まないで欲しいという意を込めて宥めたがバッツの方はそうはいかないらしい。

「そんなわけにはいかないだろーおれはお前をお祝いしたいの!!」

頑としてそこは譲らないバッツはスコールにそう言い放つと瞳を閉じ、さらに腕を強く組んで何度も頭を前後に揺らす。
あと2時間、2時間でできること。と、うんうん唸りながら考えているバッツにスコールは黙って様子を伺っていると何かを思いついたのか急に目を開けて台所へと早足へ向かっていく。冷蔵庫を開いたり、戸棚の中をあれこれと確認しながらバッツはスコールに大きな声で声を掛けた。

「スコールー!!腹にちょっと余裕あるか?」
「は?」

腹に余裕ということは腹が空いているということなのだろう。夕食を先程食べたばかりなのに空いているわけがないじゃないかと思ったがバッツの勢いに気圧される形でスコールは「少しなら…」と控えめに答えた。それを見てバッツは満面の笑みを浮かべる。

「よかった!んじゃあテーブルに座ってくれよ!2時間もあればなんとかなりそうだ!」

そう言いながら、片づけが済んでいる調理台に次々と調理器具を置いていく。
ボウルにまな板、包丁と並べられていくそれらに何かを作ることはわかったが何を作るかがわからずスコールは首を傾げた。

「バッツ、一体何を…」
「いいから座って待ってろって。誕生日ならアレだろ?」

親指を立て、ウインク一つでそう答えるバッツだったが、その意がわからず眉根を寄せるスコールにバッツは大きく口を開けて笑った。

「簡単な材料で即席お誕生日ケーキだよ」
「…ケーキ…」
「そ。と言っても失敗したくないし、晩飯で腹も膨れてるから簡単なものになっちゃうけどな〜。えーっと、ホットケーキミックスと朝メシ用のフルーツ…あ、イチゴ、買っていたんだった。ラッキー!!それと料理用に使っている生クリームとおやつの板チョコ…っと」

バッツは動き回りながら調理器具の横に今度は今述べた材料を次々と並べる。
後片付けが終わり静かだった台所が活気づいていくように見えた。
テーブルに座ってその様子を眺めているスコールにバッツは笑うと、自分がこれから何をしていくかを説明しながらケーキ作りを開始した。

「まずは湯煎でチョコを溶かして〜星形の型抜き使ってチョコを作りマース」

板チョコを刻み、湯を沸かし、火を止めた鍋の中に小さなボウルを入れて刻んだ板チョコを溶かすと、星形の型抜きに流し込み、冷蔵庫で冷やす。
その間にとバッツはホットケーキミックスを手にとって生地を作り始めた。

「チョコを冷やしている間に〜生クリームの準備ともちもちホットケーキ〜」

まるで歌を歌うかのように次に行う作業を言い、温めたフライパンにホットケーキの生地を流すと一枚、二枚と焼いていく。
程良い厚みのきつね色のホットケーキを焼くと休むことなく生クリームのパックに手を伸ばしている。
まるで踊るかのように調理をしているようだった。

「ホットケーキを少しさましたら、切ったイチゴと生クリームを間にはさむっと」

ホットケーキの上にナイフで器用に生クリームを均一に塗り込むとその上に少し薄めに切ったイチゴを乗せ、さらにその上をホットケーキで重ねると少しケーキらしくなってきたように思える。
完成に近付くにつれて明るくなるバッツの声にこちらもつられて気分が徐々に上がっていくようにスコールは感じていた。
小さい頃、父親と姉に祝ってもらった誕生日。その日が近づくにつれて高まる高揚感とむず痒さとどこか似ている。難しい年頃になり、進学と共に家を離れてから久しく感じていなかった気持ちが蘇る。

「最後の仕上げに生クリームを全体にコーティングして、残りのイチゴと絞り出し生クリームと星形の型抜きチョコで上を飾り付けして…よしよし」

生クリームで覆われた真っ白なホットケーキは大きなイチゴと絞り出した生クリームでデコレートされその中央に大きな星形のチョコレートが乗っている。
バッツは作り終わるやいなや汚れ防止のエプロンをとることもせず、小走りでそれでいて慎重にケーキを運ぶとテーブルに座るスコールの前に置いた。

「お誕生日ケーキ完成!!・・・ってわけだ!!」

即席と言っていたが大きな星が乗った手作りのそれは父と姉が誕生日のたびに目の前に出してくれたものに決して劣らない。
プロが作った物に比べて手作り感はあるが寧ろそれが嬉しかった。
バッツが自分のために作ってくれた。それが嬉しかったのだ。

「凄いな」
「へへへ〜だろー?…っと、ろうそくがないからエアろうそくで頼むよ。今から準備するから脳内で補完してくれ」

バッツはそう言うと、見えないろうそくをケーキに差す動作と火をつける動作をする。
何もここまでしなくてもとスコールは苦笑したが、まぁいいからとバッツは笑う。ちょうど年齢分その動作をし終えると、バースデーソングを歌うと宣言した。

「さてさて、ここでバースデーソングだ…歌い終わったらお願い事をしながら見えないろうそくを吹き消せよ?」

言い終わるやいなや手を叩いて調子を取り、よく通る声で歌い始めた。
歌っている歌は今まで何度も聴いたことがあるバースデーソング。
昔は父と姉であったが、今歌っているのはホットケーキミックスの粉で少し汚れたエプロンをしている愛おしい存在。
初めて祝ってもらったがどこか懐かしい。

「そらっ!!お願い事をして吹き消せー!!」

歌い終わるやいなや今だ!とばかりに大声をあげるバッツの声にスコールは我に返る。
吹き消せとは想像の中の、エアろうそくのことだろう。そもそもケーキの火にお願い事をして消すものと知らなかったスコールは突っ込みをいれそうになったがはしゃぐバッツの姿と声にそんな疑問など吹き飛んでしまう。スコールは身を乗り出すと目の前の特製誕生日ケーキに向けて、見えないろうそくの火へ向けて息を吹きかける。見えないろうそくの火が消えたと判断するやいな拍手が響いた。

「おめでとう!!スコール!!」
「ありがとう…」

気持ちだけで十分だと言ったが、前言撤回。祝ってもらえる方が断然嬉しい。
感謝の気持ちを十分に伝えられないのがもどかしくなるほど嬉しかった。

「さて、ケーキを切り分けるとするかぁ。今日はケーキだけだけど、プレゼントは後日渡すからな」
「いや…今もらう」
「へ?」

ナイフを取りに台所へと戻ろうとし掛けたバッツの手をスコールは掴むやいなや、力を込めて抱き寄せる。
自分よりも僅かに小さい体を両腕の中に閉じ込めると向こうが何かを話す前に唇を自分のそれで塞いだ。
柔らかく、あたたかい唇の感触と共にホットケーキとチョコレートの甘い香りがふわりと鼻孔を擽る。
ただ触れるだけの口付けだったが、感触と香りを十分に堪能して離すと、目を白黒させているバッツの顔が瞳に映る。突然のことで驚いているようであった。

「〜〜っっ!!な、な、なぁっ!?」

なにをするんだと言いたいのだろう。上手く言えていないバッツにスコールは柔らかな笑みを浮かべる。

「どうせもらうなら、当日の方がいいだろう」
「っ!?…うぐぐ…スコールのキザ野郎っ!!」

ぐんぐん赤くなる顔で喚くバッツに笑いを堪えることができなかった。
普段の兄さん風はどこへやら意外に初心な反応をするバッツが愛おしい。
どうやら最高のプレゼントを貰ってしまったようだとスコールは笑みを浮かべると機嫌を損ねたバッツの代わりにナイフを取りに台所へと向かったのだった。

----

「そうだったな」
「な。思い出したか?あれはあの時のおれには結構なインパクトだったぞ?てっきり初心だと思っていたお前がなぁ〜」

食後のコーヒーをまた一口と飲みながらダイニングテーブルで思い出話に花を咲かせる。
あれから数年、何度も二人で祝いをしたが話すのは決まって一番最初に祝った誕生日のことである。
付き合って最初の誕生日は即席のケーキにバースデーソング、形には残らないが思い出に残るプレゼント。
お互い若く、互いに好意を寄せ、手を取り合っていたもののどこか互いに遠慮をしていた。その遠慮が招いたのが拙さとそして精一杯の愛情が込められたあの日の出来事。
その話をしていると自分達をあの日の自分達へと戻してくれる。
相手への愛おしさで溢れたあの日の思い出は何ものにも代えられない宝物の一つだ。
思い出に浸るスコールだったがバッツに名を呼ばれて現実に引き戻される。

いつの間にか、目の前にはあの時と同じ即席の誕生日ケーキが置かれていた。

「久々に作ってみようと思ったんだ。改めまして・・・誕生日おめでとうな。スコール。そしてこれからもよろしく」

祝いの言葉と共に軽く口付けを落とされる。
あの時と同じケーキとプレゼント。
変わらない幸せがここにある。
見えないろうそくを吹き消した時に願った願いが、ここにある。

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現パロコンビののファースト誕生日なお話でした。
スコさんは聞かないと言わなさそうだと思いまして…お誕生日なので美味しいおもいをさせてあげようと思ったのですが甘すぎて書いていて痒くなってきました…;;(平和な世界にいたらこの二人バカップルになりそうだなぁと…)


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