おまじない

夕日が沈み、橙と赤が混じった光が地を染める。
巣へと帰る鳥たちの鳴き声と羽ばたく音が遠くに聞こえ、家々から夕餉のいい香りが漂っている。

あたたかな灯が灯る家々の間を風のように走り抜けるのは一人の少年。

服を泥だらけにし、遊び疲れているにもかかわらず少年が走っているのは帰る場所と待つ者がいるからだ。
地を蹴り、風を切り、見慣れた家へと急ぐ。速度を落とさずに勢いよく玄関の扉を開くと、台所に立っていた母親が振り返る。
母の後ろに控えている大きめの鍋からは大好物のシチューの香り。大きなテーブルにはパンとサラダが乗っている。
食欲をそそる光景に少年の腹から盛大な音が鳴ると、母親が目を細めて「お帰りなさい」と笑った。
笑う母親の元へと駆け寄った少年は夕餉はまだかと強請ると母は最後の仕上げとばかりに鍋をかき混ぜる。

――最後におまじない…気持ちを込めて…

母の優しげな声に少年は顔を綻ばせた。

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夕暮れ染まる野営地に食欲をそそる香りが広がっている。
赤々と燃える薪の上には大きめの鍋が一つ。そのすぐ傍らにバッツは座り込み鍋をかき回しながら鍋の中を覗き込んだ。鍋の中の具材は程よく煮えているようでいい具合だと口元を緩める。最後に仕上がりの確認とばかりにお玉で少量のシチューを掬うと手の甲に落として舐める。野菜の甘みと肉の旨味が凝縮されており、疲れた体を暖め、空腹を満たしてくれるだろう。今外に出ている育ち盛りの仲間二人のために量も多めに作った。
これで夕餉の準備は完璧だとバッツは一人にっと笑うと背後から気配を感じた。その気配は感じ慣れた気配であったため振り向かずとも誰かわかっていた。

「あー腹へったぁ」

腹をさすりながらそう言ったのは小柄な少年ジタンだ。そのすぐ後ろに黒衣の長身の少年スコールもいる。二人には周辺の見回りと火に使う薪や食料の調達を頼んでいたのだ。二人ともしっかりと仕事をしてきたらしく武器と共に枯れ枝と恐らく木の実が入っているのであろう袋をぶら下げている。
ふたりの様子からこれはすぐ食事に取りかかったほうがよさそうだとバッツは顔を綻ばせて二人に労いの言葉を掛けた。

「おーお帰り。お二人さん。もう出来上がるから荷物置いて座れよ」

言いつつぐるぐると鍋をかき回し、底に溜まっているであろう肉や野菜を掬うようにし、撹拌する。
軽く瞳を閉じてながらまあるく、大きな円を描くようにかき混ぜる。最後の仕上げにゆっくりとゆっくりと。そう心掛けて数回かき混ぜてバッツはよしと頷いた。

「…いい匂いがするな」

シチューをかき混ぜると香りが舞い鼻孔をくすぐったらしいスコールがぼそりと呟いた。
普段無口で、食事はジタンや自分に比べてあまり興味がなさそうな彼がそう呟くのは珍しかった。

「お、スコールも腹へりか?今日はキノコと昼間屠った雉肉のシチューだよ。沢山食えよ」
「やった!育ち盛りには肉!肉だよ!」

肉が入っていると聞くやいなや飛び跳ねて喜びを表すジタンにバッツは笑い、近くに置いていた器にシチューをよそいだした。

「はは!今日は前に行った断片で見つけたチーズもあるぞーほれ、食べろ食べろ」

よそったシチューの器と共に切り分けたパンとチーズを添えて出してやるとジタンは満面の笑みで礼を言って受け取り、スコールも小さく頷いて受け取った。

「ありがとな〜バッツ!」
「…すまない」
「はは!こういう時はありがとうだぞー?スコール?」

スコールなりに礼を言っているのは分かったが言葉にするのなら謝罪ではなく感謝の方がいい。優しく訂正を入れるとスコールはまた小さく頷いて言い直した。

「ああ…ありがとう。バッツ」

言葉で表現するのが苦手なスコールの不器用な礼にバッツは満足そうに頷くと焚火と鍋を囲むようにして3人で座り、食事を開始した。
バッツが作ったシチューは肉と野菜が少し大きめに切られているがよく煮込んでいるためとろけるように柔らかく、美味かった。火で少しあぶったチーズを乗せたパンもシチューによく合っている。限られた材料で調理をする大変さはジタンもスコールも承知しているので二人はバッツに礼をいいつつ、お代わりとばかりに皿を差し出すとバッツはにぃっと笑い返した。思った通り育ちざかりはよく食べる。

「それにしてもバッツは意外に料理上手だよな〜。オレやスコールと同じ材料を使って同じメニューを作っているはずなのに差がでちまうし…何か料理のコツでもあるのかよ?」

おかわりのシチューの皿を待ちながらジタンがぼやくとバッツはそうかと首を傾げつつ、二人にたっぷりとシチューをよそった皿を渡す。

「え〜そうかぁ?お前ら二人の料理も美味いぞ?…う〜ん〜…思い当たることといったら…」
「お、何か秘訣でもあるのか?」

上手い料理の秘訣を知りたいジタンは少し身を乗り出して聞くとバッツは鍋に突っ込んでいたお玉を手にし、空いた手で指さした。

「仕上げのおまじない、かな?」
「おまじない?」
「そうそう。こうやってシチューを作るときは最後に…」

言いながら手にしたお玉で鍋の中をくるくるとかき回す。先ほど仕上げにした時と同じように、大きく円を描くようにゆっくりとかき混ぜる。

「美味くなれよ〜美味くなれよ〜…って感じに念を込めて混ぜてやることぐらいかな?」
「…それだけか?」

自分達が知らないスパイスか何かをてっきり使っているものだと思っていたジタンは目を点にして聞き返すと、今度はバッツの方が首を傾げ返した。

「仕上げの時は大抵こうしてるけど?作り方はお前らと大差ないだろうし…多分これかな〜って思ったんだけど」

ジタンやスコールが食事当番の時、たまにではあるが二人の手順を見ることがある。その時自分との作り方にあまり大差はなかったと思う。ジタンは大人数で暮らしていたためか、スコールも傭兵としての訓練の一環で野営経験があったらしく二人ともバッツが思っていたよりも外での炊事の手際はよく、簡単な料理は作ることができていた。
それ以外特に何もしていないと思うけどなぁとバッツは思った通り答えるとジタンは眉根を寄せて疑わしげにバッツの顔を覗き込んだ。

「え〜本当にそれだけなのかぁ?何か特別な調味料を使ってるとかさ」
「ほんとだよ?こんな物資が限られている状況なのに。塩でさえ貴重なのに調味料を独り占めになんかしないさ」
「ジタン。バッツの言うとおりだ。そんなに疑うことはないだろう」

スコールの注意にジタンはむぅ…と口を突き出すと自分が座っていた位置に戻り、残念と呟いた。

「なーんだ。秘訣があるなら教えてもらおうと思ったのに。可愛い女の子がそうしてくれたらいいなぁ〜と思うけどバッツのような野郎がそんなおまじないをやっているなんてなぁ…寒気がする」
「あ、なんだよーせっかく人が教えてやったのにそう言うことないだろ?な、スコール」
「…美味ければ俺は別になんでも…」
「ほらー」
「なんだよ。オレは見た目重視なんだよ」

美味い料理を作れるなら誰でもいいが、おまじないをするなら見た目は女性の方がいいとジタンはぼやく。ジタンらしい呟きに最初は不満顔であったバッツも彼らしい反応に苦笑した。

「見た目とかそうじゃなくても気持ちだろ?気持ち。食べてくれる奴を思いながら作ると美味くなるって聞いたことがあるんだよ」

作り方も腕も勿論大事だが食べてもらう相手がいるからこそ美味いものを作りたい。その気持ちがあるのとないのとでは違うとバッツは思う。
自分も食べるなら美味いものを勿論食べたいとは思うが、自分以上に共に旅をしているスコールとジタンには一日の疲れを癒し、体を作るための食事はより良いものにしたい。今、こうして自分が作ったものを美味い美味いと食べてくれる姿を見るのはとても嬉しい。だからその気持ちを料理にぶつけているのだとバッツは笑った。
笑うバッツをジタンとスコールは互いに一度顔を見合わせると再びバッツへと視線を戻した。

「へぇ…」
「ふーん…で、それを誰から教えてもらったんだよ?」

美味い料理の訳は分かったが一体それを誰に教えてもらったのだとジタンは興味津々そうな表情でバッツの顔を覗き込んだ。
旅人であった彼はこの旅でその豊富な知識を披露してくれた。野営の準備、天候の読み方、食用できる草花やキノコの見分け方…ジタンもスコールも元いた世界ではそれらの知識はそれなりにあると思っていたがバッツとは比べものにはならなかった。
その知識は自身が自然と身につけたものもあるのだろうが今回は"教えてもらった"と答えた。料理人でもないのに料理を教わるとなれば、その相手は近しい間柄であった可能性もある。
その日暮らしの旅人のバッツがどこの誰に教わったのか、純粋に興味があった。
さっさと教えろよとばかりにジタンはバッツに促したが問われた方のバッツは数回左右に首を傾げたがやがて小さくため息を吐いて首を横に振った。

「…うーん…それがよく思い出せないんだよなぁ…なんだろ…ただ、こうしてると落ち着くというか、懐かしい気持ちになるんだよ。多分だけど、おれもこうしてもらったんだと思うよ。ごめんなぁ。何もわからなくて」

しょぼくれた声を出して謝るバッツの姿にジタンは悪いことをしたかと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。この世界に来てから自分を含めスコールもバッツも個人差は多少あるものの元いた世界の記憶がないと言っていた。そう言っていたのに興味本位で軽々しく聞くのではなかったなとジタンは頭を下げた。

「そっか…ごめんな」

尻尾も一緒に下げて謝るジタンにバッツは慌てて顔を上げるように促した。

「や、謝ることなんかないぞ!こっちこそ悪いな、しんみりさせちまって」

よく見ればジタンの横に座っているスコールもどことなく気落ちしているように見える。
思い出せないことは残念ではあるが、思い出せないからこそその気持ち以外は何も沸かない。思い出を思い出せない事以上にジタンとスコールが自分のことで心配したり、悲しんだりされる方が心が痛む。

「二人ともそんな顔をすんなよ!せっかくの飯なんだからさ。ほら、冷めちまうぞ」

先ほどお代わりによそったシチューをそっちのけにして話をしていたので食べろと促す。
温かい方が美味いしなによりも腹がふくれると幸福な気持ちになる。特に食べ盛りの二人なら尚更だ。
バッツに言われてジタンとスコールはようやく手に持っていた大盛りのシチューの存在を思い出した。今の少しもの悲しいような空気を払拭させたいため二人はすぐさま食べに掛かることにした。

「お、おお!そうだな、いただくとするか。な、スコール」
「…そうだな」

二人してスプーンを持ち、一口掬って口にすると、優しい味が広がる。
美味いものを作ろうとしたバッツの気持ちそのものに感じた。

「美味いなぁ」
「…ああ、美味いな」

二人して素直に感想を述べる。普段は二人とも年齢の割にはどこか大人びてはいるがそう呟いた時の二人は一瞬年相応の子供のように思えた。
環境が環境なだけ己を殺すことは多かれ少なかれあるだろう。だからこそ、素のままでいられる時はなるべくそうして欲しいと思う。尤も、この二人に特にスコールにそう言ったところで素直にそうするとは思えないが。

「はは!二人とも、ありがとうな」

美味い美味いと食べる二人にバッツは笑うと自分も彼らに倣って一口食す。
仲間のことを思いながら作ったシチューは自分でも上出来だと思う。
憶えてはいないが、おまじないを教えてくれた人物もきっと食べてくれる誰かを想って料理を作っていたのだろう。その誰かは思い出せないが、今は目の前の二人の存在の方が思い出すことよりも大事だ。

「オレも今度おまじない、してみようかな。な?スコール?」
「そうだな…」

そう言いながら食事をする二人を見ると温かなものが湧き出てくる。
思い出せない誰かは思い出した時に想えばいい。今は、大事な仲間達のために自分ができることをしてやろう。
心の中の想いを仕舞うとバッツはスプーンでシチューを掬い、口へと運んだ。


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8月2日バッツの日、おめでとうございます。
両親との思い出があるFF主人公は珍しいので家族ネタに…普段は子供っぽい言動が多いけどバッツはきちんと年長者だと思うので。
大事な思い出を思い出せないのは苦いですが、バッツにとって目の前にいる二人が苦いもの以上に明るいものを提供してるのではないかと思っています。


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