Blaue RosenU -9-

翌朝のバッツの目覚めはあまり良くなかった。
昨日ユウナと共に出かけたことにより、彼女に対して少なからず沸いた情と彼女自身に迫る危機から掬い出したい気持ちが強くなったのだが何ができるのか、何かできることはないかと考えたのだが全くと行っていいほど何も思いつかなかった。考えれば考えるほど、頭の中が悩みで浸食されてしまい、気持ちがどんどん暗くなっていく。
昨日せっかく購入した色鉛筆もスコールに渡す気にはなれなかった。なんとなく、これを渡し、ユウナのことを話題に出ることが躊躇われたのだ。仕事用の荷物袋に渡すはずだった色鉛筆を一度も取り出すこともなく、夕飯もそこそこに早々と就寝したのだが頭の中を占める悩みが邪魔をしてよく眠ることができなかった。
それでも、日々の糧を稼ぐためにも仕事に出かけなければいけないので優れない気分のまま出かける準備をして仕事場へと向かった。

仕事は今日も忙しかったが、最中は作業に集中するため少しは気を紛らわせることができその忙しさに逆に救われているようであった。
大量に流れる汗をタオルで拭い、失った水分を補給するために水を飲んでいると、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。
昨日ユウナが現れた時と同じ騒ぎようだったので、彼女がやって来たのかと思い、振り返ると見知らぬ長身の女性が立っていた。

「バッツ・クラウザーさん、ですね?」
「そうだけど…アンタは?」

黒い髪に黒い服を纏った、ユウナよりも明らかに年上と思われる女性に声を掛けられバッツは首を傾げた。
寺院にいる僧侶や巫女とは少し雰囲気が違う妙齢の美女はバッツだと確認をすると、ゆっくりとお辞儀をしてきた。その仕草は、昨日のユウナとよく似ていた。

「ユウナのガードのルールーと申します」

ガードとは何かわからなかったが、バッツのすぐそばにいた大工の男がそれを察し、僧侶や巫女をすぐ傍で守る云わば守護者のことだ、とこっそりと説明してくれた。
先程仕草が似ていると感じたのはユウナと関係があるからかと納得した。
彼女がユウナに近しい者の一人であることはわかったが何故自分に用があるのか分からず、理由を聞こうとしたバッツだったが、聞く前にルールーは話をし始めた。

「本日、ユウナは体調が優れないので彼女から言伝を預かりました。こちらの手紙を貴方とお仲間に…とのことです」

差し出されたものを受け取ると、確かに昨日ユウナが購入していた向日葵のカードが2枚あった。丁寧な字で書かれたそれはバッツとスコール宛てになっており、最後にはユウナのサインがされている。
どうやらユウナが書いたものに間違いはなさそうだが、何故それを彼女ではなくルールーが持ってきたのか。
嫌な予感を感じ、バッツは用事が終わり、「これで…」と頭を下げて帰ろうとするルールーを慌てて引き留めた。

「ちょっとまってくれ。ルールーといったな?ユウナの体調が優れないのなら見舞いに行かせて…」
「申し訳ございません。寺院内の個室や一部の施設は関係者しか入出できないきまりになっております故」

丁寧な言葉づかいではあったが明らかな拒絶を感じる。
ユウナが女性であるから伏せっている場所に男性が入ることをよく思っていないのかと一瞬思ったが、ティーダや仕事仲間から聞いたユウナの状態のことが頭に過った。
もしかしたら、ユウナの状態が芳しくないからそれを隠そうとしてそうしているのだとしたら…。

「…ユウナの具合は?」

探りを入れることを含めてそう聞くと、ルール―の瞳が一瞬バッツの瞳から逃れるかのように逸らされる。

「(やっぱりエボンジュってやつのせいで今危ない状態なのか…!!)」

ティーダはユウナの命は一週間と言っていたが予想より早い。先程のルール―の様子からユウナがいよいよ危ない状態であることを確信した。

「…横になってはおりますが、病を患っているわけではありませんのでご安心を」

ルール―は動揺をすぐ隠し、先ほどの落ち着きを取り戻すとバッツに心配はないと言い放った。
優秀な巫女が原因不明の病に侵されていることが町中の人間に知れ渡れば不安や混乱を招くかもしれないと考えて隠しているのだろう。
此処にはうわさ好きの大工の連中もいる上に旅人で正体もわからないものに話をしないのは至極当然のことである。
ルール―は「では、これで…」と頭を下げると寺院の方へと戻っていってしまった。
その背中をバッツは眺める。ユウナの身に危険が迫っているであろうことはわかったが、人外の者が相手となればバッツだけではどうすることもできない。
ティーダはこのことをすでに知っているのだろうか?一人では無理だからとスコールに頼っていたがそのスコールも協力できないと言い放っていた。

「(ユウナ…このまま死んじまうのか…?)」

脳裏に笑顔のユウナが蘇る。
昨日まであんなに元気だった少女が人外の者にやられて生涯を終えてしまうとは信じられなかった。
一緒にスコールへの手紙に使う絵葉書を探していたことが夢のように思えてしまう。

「(昨日一緒に絵葉書を買いに出かけた時は何ともなかったのに…)」

視線を下に落とすと、ルール―から手渡された手紙がふと目に入った。手紙は二通あった。一通はスコールに、もう一通はバッツに宛てたものであった。
てっきりスコールに宛てるものだけだと思っていたらご丁寧に自分への分も書いてくれていたらしい。
彼女が何を書いたのか気になったのでバッツは封を開けてみることにした。開くと、昨日買った向日葵の絵が描かれたカードが入っており、丁寧な字でメッセージが書かれていた。
メッセージは、助けてもらった感謝の言葉と、助かった命を大事にし、自分も人を助けられる人間になることが書かれていた。
その言葉が心に伸し掛かる。

「(やっぱり…生きようとしている人間を見捨てるなんてできそうにない…けど、おれ自身がなにもできそうにない…!!)」

自身の無力さに悔しくなり唇を噛む。どうすればいいのかと考えたがこうしている間にもユウナの命の光が消えかかっているのかもしれないと思うとあまり考える時間はなさそうであった。

「(色々迷っちまうけど…もう、これぐらいしか思いつかない)」

バッツは顔を上げると、大工連中に早退するとだけ伝えると荷物袋を持ち、全速力で走りだしたのだった。



夕日が落ちかける街並みを眺めながら、スコールは窓辺に座って街並みをスケッチしていた。
昨日、ティーダは今日もやってくると言ってはいたが、昼間現れることはなかった。合って間もないが、彼の性格であればやってくるものと思われるのでスコールはてっきり昨日と同じく昼間に現れるのかと思っていた。夜にでもやってくるのだろうか?それとも何か来られない理由でもできたのだろうかと思ったが考えたところでわかるわけもない。
あれほど少女を助けたいと言っていたのだからいずれやってくるであろう。もっとも、やってきたところで答えは決まってはいるが。
そう結論付け、夕焼けに染まる街のスケッチを再開し始めると部屋の外が騒がしいことに気付く。
どたどたと乱暴に階段を、廊下を走り抜ける音と宿屋の主人の注意の声が微かに聞こえる。一体どこの迷惑な客だと思ったがその足音が自分のいる部屋に近づいてきて、正体を予想したところでドアが勢いよく開かれた。

「スコール!!」

そこには汗だくのバッツがいた。
余程急いでやってきたのか髪と服の襟が乱れている。彼はいつも宿に入る前に靴の泥を落としてから入っているがそれすらもされていない。
騒がしさからてっきりティーダと思っていたのだが予想が外れたようだ。同行人の尋常ではない姿は気になったものの、訳を聞く前にまずは外での仕事に疲れて帰ってきたであろうバッツに労いの言葉を掛けることにした。

「…お疲れ…今日はえらく終わるのが早かった…」

スコールは開いていたスケッチブックを閉じて近くのテーブルに鉛筆と共に置きながら声を掛けたが言い終わる前にいきなりバッツが頭を下げてきた。

「ごめん…おれ自身どうすればいいのかわからなくて…けど、やっぱり頼れるのはお前くらいしか…」

いきなり謝り、話し出すバッツの行動の意図がわからず、今度は戸惑いが生まれる。

「…バッツ?」
「頼む!ティーダと一緒にユウナを救ってやってくれ!」

何を言っているんだという意を込めて名を呼ぶと、そう頼み込まれた。
ティーダからならともかく、自分の前で少女を救って欲しい素振りを見せていなかったので思わぬ頼みに驚いたが自分が断った場面を彼も見ている筈だと首をゆっくり横に振った。

「…その話は前にもしたはずだが…」
「わかってる!おれもお前には危険な目にあって欲しくないし、おれ自身何もできないから言える立場ではないことは分かってる!!けど、あの子は、ユウナは今やばい状態で時間がなさそうなんだ!おれ、昨日あの子と会ったんだけどすげーいい子で話したらますます見捨てることなんてできなくなっちまった…おれにできることなら何でもする!だから…ああもう!おれ、なんかめちゃくちゃだ!」

バッツの方も助けたい気持ちはあるのだが何もできない自分が簡単にスコールに頼んでもいいものかという迷いとスコール自身の心配など色々思うところがあって考えがまとまっていないようであった。
頭を抱えながら訴えるバッツに少しは落ち着けと宥めようとしたところでスコールは彼に手に握られている手紙の存在に気が付いた。

「…それはなんだ…?」
「へ?」
「手に握っている…」

混乱する頭で突然関係のない問いをされて何を言っているのか分からなかったが、ようやく持っていた手紙のことを言っているのだとようやく察したバッツはそれをスコールに差し出した。

「えっと、これはユウナからスコールへのお礼の手紙で…」

バッツから差し出された手紙は2通。一通は自分宛の封筒と、もう一通はもう開封済みであったので開かれた封筒とむき出しにされた絵はがきであった。
絵はがきは一面黄金色の向日葵畑が描かれており、昨日のティーダとの話が蘇る。

「向日葵畑…」
「あ、ああ。ユウナが好きみたいで…って今はこんな事を話している場合じゃ…ってスコール…?」

スコールの呟きに反応したバッツは説明したものの今はじっくりそのことについて話している暇はないと話を戻そうとしたが、スコールはただ絵はがきを凝視して何かを考え込んでいるようであった。

「(舞を舞った時と同じ季節はずれの花の絵葉書…昨日のあいつとの思い出話…)」

ティーダとユウナが初めて出会い、心を通わせた思い出の花畑の花。
種族を越えてただ純粋に少女を助けたいと願う人外の少年。
そして…その少女が少年との思い出を今も大切にしているとしたら…。

二人のその姿に、種族を越えて自身の身を省みずに救い出したバッツの姿と自分の姿が何故か重なる。
危険や見返りを求めるどころか自分の命さえも曝け出した人と人外の者の絆。
自分達とは違えど彼らの中にもそれが生まれつつあるのだとしたら…。

スコールは瞳を閉じると、片手で顔を覆って項垂れる。

「(俺は…バッツ以外にも、あの二人に何を期待している…)」

人から人外の者へと変貌を遂げたと知った時、自分は人に戻ることはおろか人に触れることを、近づくことすら許されない存在であると思っていた。
そう思っていたのに、目の前の青年に近づき、触れられた。
それは奇跡だと思っていた。
数十年ぶりに触れた人のぬくもりと優しさ、信頼、それは空虚な心にあたたかな何かを注いでくれた。しかし、反面バッツ以外にありえないことだと決めつけ、人外の自分が人に近づくのがやはり怖かった。
人と人外の者が触れ合い、交わることなんて本来はありえないのだと思っていた。しかし、自分とバッツ以外にもその奇跡が生まれつつあるのだとしたら。

「スコール、どうしたんだ…?」

顔を伏せたまま黙りこくるスコールにバッツは心配になりどうしたのかと背にふれて呼びかける。暫くの後、スコールは瞳を開くとバッツの方へと視線を向け、ユウナを救う手助けをすると言いだした。

「気が変わった…夜中になったら寺院に向かう」

そう言い放つと、手紙をバッツの手の中に返した。
手紙を受け取りつつ、バッツは瞳を丸くしてスコールを見つめる。頼んだとは言え、頑なに拒否をしていたスコールが言ったことが、信じられなかった。

「え…ほ、本当か…!?」

柄にもなく震える声で確認するとスコールは無言で小さく頷く。荷物袋に先ほど使っていたスケッチブックと画材を仕舞うと、黒い外套を取り出した。

「ああ…人が寝静まった時間でないと余計な混乱を招く可能性があるからな…。恐らく、ティーダも寺院にいるだろう」

ティーダが何故現れなかったのか。ユウナが危険な状態になってしまったからだということに間違いない。恐らく状態が確認できるように彼女の近くに居るに違いないと確信していた。
彼女を救うにはまずはティーダを探し出さないといけない。

外套の他に顔を隠すためのマフラーを取り出し寝台に投げるとスコールは窓辺に近付き、外を確認した。すでに夕日は沈み、街に街灯のあたたかな光が灯る。

「人通りが少なくなってから、行動に移す。寺院に着いてまずはティーダを探し出す。…夢魔を倒すには夢魔の力がないと何もできないだろうからな」

人外の者同士の戦いはどれほどのものか人であるバッツにはわからないが、自分が知っているスコールは自分を簡単にのしてしまうほど力が強く、動きも素早い。そのスコールが慎重になるほど夢魔は余程手ごわい相手なのだろう。ユウナを助ける手助けをしてもらえることになって安心はしたものの、予想もできない敵に背筋がぞくりとした。

「(相手がどんなに強いかとかどんな危険があるかなんておれにはわからないけど…ユウナを助けたい気持ちに背くことはできそうにない)」

スコールの説明にバッツは暫し黙りこくっていたが、ごくりと生唾を飲み込むとゆっくりと頷いたのだった。


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